第33話 選択した進路②
案内されたレストランは、想像以上に格式の高い場所だった。最高級のレストランとまでは言わないが、普通の平民は一生に一度利用するかしないかくらいのレベル。
そんな店で、学生のユーグが慣れたように店員に個室への案内を求めていた。
お小遣いは不自由のないように銀行の口座に送金しているが、高級レストランに通うほど残高は減っていなかった。むしろ、もっと遠慮なく贅沢しなさいと言おうと思っていたくらいで……。
「ユーグは、この店には何回か来たことでも?」
食事が運ばれ、個室にふたりっきりになったタイミングで問いかける。
今年も一位を収めた成績表を横にずらしたユーグは、別の紙をテーブルの中央に置いた。その表情は少し硬い。
「魔塔グランジュールより、スカウトが来ました」
「グランジュールですって!?」
オフェリアは急いで紙を掴んで目を通した。
魔塔グランジュールは、大陸にいくつかある魔塔の中でも圧倒的トップを誇る魔法の研究機関だ。もちろん魔術師の就職先としても一番人気で、尊敬するウォーリス師匠すら就職試験で落とされるほどのレベルを有している。レベルが達していなければ、新人ゼロの年もあるくらい試験が厳しい。
そんな魔塔ではあるが、大陸一の魔法学園ルシアスで四年連続首席に君臨している星付きユーグなら、就職できる可能性はあると思っていた……が、まさか魔塔側からスカウトがくるとまでは思っていなかった。
しかも紙の最後に書かれたサインを見る限り、魔塔主ブリス・オドラン直々のスカウト。
「この店には、オドラン様たち魔塔の関係者とお話しする際に誘われ、何度かご馳走していただいたのです……それで、僕は……」
ユーグは一度言葉を区切り、大きめに息を吸ってから続きを語った。
「卒業したら、お師匠様の旅に付いて行くことなく、魔塔グランジュールに就職しようと思います。魔塔でもっと、魔法について極めたいのですが……」
まるで謝罪をするような口振りだ。視線も落とされ、オフェリアと目が合わない。
(魔術師として高みを目指す場に、師匠ではなく魔塔を選ぼうとしていることを申し訳ないと感じているのね)
弟子に、恩を仇で返されたと憤る師匠も世の中には存在する。暗に師匠では役不足だと弟子に宣告されているに等しいのだから、プライドが酷く傷つく魔術師がいるのも理解している。
だがオフェリアは違う。本心から祝福の微笑みをユーグに向けた。
「すごいじゃない! やっぱりユーグは自慢の弟子よ」
ユーグがパッと顔をあげ、揺れる瞳でオフェリアを見つめた。
「お師匠様……っ」
「だってあの魔塔グランジュールも認める魔術師の卵を、魔塔よりも先に私が見つけたなんて生涯の自慢にできるもの。私はユーグの選択を支持するわ。魔塔で頑張りなさい」
もとより自分ではユーグの才能を伸ばしきれないと思って、ルシアス学園に入学させたのだ。弟子の成長と比べたら、自身のプライドなど紙切れのように軽い。
オフェリアは心から、ユーグの背中を押したいと思っている。
だというのにユーグは一瞬嬉しそうな顔をしてから、なぜか少し残念そうに肩を落とした。
「どうしたのよ?」
「えっと……お師匠様が怒ることなく応援してくれたことは嬉しいのですが……僕と一緒に旅ができないことを、お師匠様が一切惜しんでいないことに若干へこんでいます」
見た目だけならオフェリアと変わらないほど、すっかり大人びてきたユーグ。自身でオフェリアから離れた場所で魔法の研究に勤しむ選択をしたため、師匠愛の重さが改善されたと思っていたが変わっていなかったらしい。
しかしオフェリアが慰める前に、ユーグはすぐに表情を引き締めた。
「でも、これでお師匠様が理想とする魔術師に近づけます。そして僕が呪いを解く方を見つけてみせます。もう少し待っていてください」
真っすぐな眼差しが、オフェリアに向けられる。
言葉には覚悟が載り、瞳はやる気と自信に満ちていた。ユーグは不老が解呪できると、信じ切った様子で……。
オフェリアは胸の奥から込み上げてくる熱さを必死に抑え込んだ。
(今は、まだ早い。まだ……その時じゃない……っ)
ユーグに悟られないよう、大袈裟に笑みを作る。
「嬉しいこと言ってくれちゃって。弟子が凄すぎて、もう師匠の立場がないじゃないの」
「何を言っているのですか。お師匠様がしっかりと教え込んでくれた下地があったからこそです。お師匠様なしでは、僕はこうはなりませんでした。これまでも、この先も、あなたは僕にとって誰よりも大切な人です」
せっかく冗談めいた言葉を選んだのに、またもや真剣な表情でユーグが言うものだから、オフェリアの心臓はきゅっと締まってしまう。年を取ると涙腺が緩むと聞いたことがあり、不老には関係ないと思っていたというのに例外らしい。
慌てて師匠として、年上の大人としてのプライドをかき集め、笑みを保ってみせる。
「ありがとう。さ、食べましょうか! 魔塔主が選ぶお店だけあって、美味しそうね!」
「はい。特にお肉が美味しいのですよ」
「あら、本当に美味しいわね。柔らかい!」
「ですよね。初めて食べたときは僕も驚きました」
幸いにも、ユーグはオフェリアの演技に気付いていないようだ。そのことに安堵しながら、心を落ち着かせようと努める。
しかし街を出発する日まで――ユーグが目の前にいる間はずっと、心臓の鼓動はいつもより速いままだった。
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