第32話 選択した進路①

 

 さらに一年後。

 十九歳になったユーグは、オフェリアが予想していた通り麗しさに磨きがかかっていた。


 だが、昨年と同じように動揺するオフェリアではない。

 キラキラと眩しい笑みを浮かべて出迎えるユーグに対抗するように、オフェリアは普段しないメイクをして会いに行った。

 いつもより目鼻立ちがハッキリし、唇には七十年ぶりにルージュを引いた。鏡で自分の姿を確認したが、綺麗なお姉さん風に仕上がっていると自負している。十代の弟子に、まだ色気では負けない自信があった。

 効果はテキメンで、今年はユーグが両手で目を覆ってしまうほどだ。



「例年以上にお美しく見えるのは、僕だけでしょうか」



 なんて言いながらユーグは頬を軽く赤くして、チラチラと指の隙間からオフェリアを見下ろしている。



(ふふん、これが年の功ってものよ。伊達に百年生きていないわ)



 ユーグへの仕返しを成功させて誉め言葉ももらったオフェリアは、気分を良くしながら胸を張った。

 親しい人の変化がどれだけ心臓に悪いか、身をもってユーグは知ったことだろう。そう期待しながら、長い指の間から見える弟子の目を見上げる。

 だが、急ぐようにユーグがオフェリアのフードを深く被せたことで、視界が遮られてしまう。



「ユーグ!?」

「しっかり被っていてください。今のお師匠様を他の方に見せたくありません。変な人に見つかったら危険です。絶対に狙われるし、絡まれます。ただでさえ心配なのに、あぁ……もうっ。お師匠様はいつもホテルまでの見送りを遠慮なさっていますが、今日だけはロビーまで送ります。良いですね?」



 この数年でユーグは心配性を加速させていた。

 だから今年は大人のお姉さんだとアピールし、心配されるような人間ではないと知らしめるつもりだったのだが……逆に過保護に滑車をかけてしまったらしい。

 よほど他人にオフェリアを見せたくないようで、ユーグは定番のカフェではなく個室付きのレストランでの食事を提案するほど。


 こんなにも弟子に心配される師匠なんて、自分だけではないだろうか。完全に作戦失敗だ。

 しかし、オフェリアは不思議と残念に感じなかった。

 むしろ、自分のことを気にかけてくれていることが嬉しい。



「分かったわ。ふふ、慣れないことして悪かったわね。ユーグに見せたかっただけなの。許して」

「――っ」



 オフェリアの目の前にある、フードの縁を握るユーグの手に力が入ったのが見えた。ぎゅーっと数秒力むと、彼の手はフードから離れた。



「僕の前だけですよ。それなら、変な人が絡んできても僕が守れますから」



 守るという言葉が妙に耳に響いた。

 だって守るというのは、強者が弱者に対して抱く気持ちだとオフェリアはこれまで考えてきたし、師匠の自分は弟子のユーグを守る立場だと思っていた。一緒に暮らしていた頃も、いじめっ子から守ってきた実績もある。

 だから、ユーグからオフェリアを守ると言われるなんて想像もしていなかった。そんな人は全員、自分を置いて先にいってしまったと思っていたはずで……



「そう。頼もしいわね」



 鼻の奥がツンとしてしまう前に笑みを作ってみせた。



「はい。お師匠様を傷つける人は許しませんし、しっかり排除してみせます」

「怖いわね。ほどほどにしなさいよ」

「お師匠様がそう言うなら」



 ユーグの笑みがどこか胡散臭いが、優しい弟子を疑うのは真の師匠ではない。信じることにして、ユーグおすすめの個室レストランに向かうことにした。

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