第31話 成長報告⑥

 

「お師匠様、やっと会えましたね。とても……とても幸せです」



 カフェの席に腰を下ろすなり、ユーグは顔を綻ばせ、師匠オフェリアに告げた。弟子の瞳は、まるで遠距離恋愛中の恋人に向けるように熱っぽい。

 ふたりだけの世界だと錯覚しそうになるこの甘い空気に、オフェリアは内心でたじろいでしまう。



(私は百歳以上年の離れた老婆よ。一年ぶりに会えたことが単に嬉しいだけに決まっている。だってユーグは師匠想いの優しい弟子だもの)



 ユーグの眼差しの熱さは尊敬の類いに決まっていると、自分に言い聞かせる。



「それは良かったわ」



 オフェリアは動揺を隠すように、コーヒーを口にした。口に苦みが広がり、甘く疼きそうだった気持ちも少しはマシになる。

 と、思ったのはわずか数秒だけ。



「良かった。顔が赤かったので熱でもあるかと思ったのですが、大丈夫そうですね。お師匠様に何かあったら、僕はどうにかなりそうです」



 またも弟子としては重すぎる言葉を告げられ、オフェリアはむせそうになった……が、踏みとどまる。

 元々心配性な弟子だったが、随分とパワーアップしているではないか。

 師匠として威厳ある姿を心掛け、頼りない姿を見せたことは一度しかないはずだ。親しくしていた魔術師の死を知った、あの一晩だけ。

 ユーグの過保護が加速している原因が分からない。

 ただオフェリアの精神衛生上、彼の過保護スイッチをオフにしなければいけないことは理解した。



「そんなに心配する必要はないわ。大袈裟よ。呪われた私が病気なんてしないのをよく知っているでしょう?」

「はい。知っていますが、それでもお師匠様のことが大切だから……許してください」



 ユーグは指先でオフェリアの頬を優しく撫で、眉を下げながら慈しむような眼差しを向ける。蜂蜜でできているのではと錯覚するほど、彼の金色の瞳が甘く見えた。

 オフェリアの心臓は不本意にも飛び跳ねる。



(理想の魔術師を育てようとしただけなのに……こんな風に立派になるなんて想定外なんだけれど!? どこから、こうなってしまったの!?)



 慌ててコーヒーを口に含むが、まったく苦みが効いてくれない。甘い。吸い込む空気全部が甘い。

 見た目麗しくて、魔法の才能も申し分なく、態度も大人っぽくなった。

 育ての親オフェリアとしては『立派な息子を育てた』と胸を張れることなのに、どちらかと言えば『とんでもない罪深い男を育ててしまった』という後ろめたい気持ちが浮かんでしまう。



「すみません。ずっと気にしていたお師匠様に会えて、舞い上がってしまいました」



 オフェリアの頬に触れていたユーグの指が離れ、照れるような笑みを向けられた。馴染みのある、無垢で純粋さが感じられる照れ笑い。

 知っている弟子の姿が帰ってきたことに、オフェリアは安堵する。



(まぁ、一年しか会えない日を三年も過ごしているから、寂しがり屋のユーグなら過保護な思考に走ってしまっても仕方ないのかも。それなら、会いに行けない私が悪いわね)



 反省しつつ、残り一年は訪問を約束している魔術師がいるため、やっぱりユーグに会えるのは来年になってしまう。



「なかなか会いに来られなくてごめんね。だけど私も離れている間、ユーグのことを想っていたわ。子どもっぽいものだけど、受け取ってくれるかしら」



 詫びるように、最終日に渡そうと思っていたプレゼントをテーブルに出した。

 それは手のひらサイズの、ふたつのウサギの人形だった。

 片方は白色の体に、青色の宝石の目。もう一方は黒色の体に、黄色の宝石の目をしている。それぞれお揃いの紺色のローブを着て、お行事よくテーブルの上に座った。

 軽く目を見張ったユーグは、両手でそっと包むようにウサギの人形を持ち上げた。



「この色……お師匠様と僕ですか?」

「正解! 呪い関連に詳しい魔術師に教えてもらいながら作ってみたの。なかなかいい出来でしょ?」



 呪いの重さに差はあるが、世の中にはオフェリア以外にも悪魔のせいで苦しむ人間がいる。その呪いを他の物に移す研究をしている魔術師は人形作りにも精通しており、共同研究の傍ら人形作りを教えてもらったのだ。

 寂しがり屋な部分がユーグと似ていると思い、今回はウサギのデザインを選んでいる。

 ユーグはふたつの人形をしばらく見つめて、むずむずと顔を緩めていき、たっぷり間を開けてから弾けるような満面の笑みを浮かべた。



「ありがとうございます。一生の宝物にします」



 一生だなんて大袈裟だが、とても嬉しそうなユーグの顔に、オフェリアの顔も緩む。

 再会した直後は大人っぽさに驚いてしまったが、見た目や態度が変わっても、弟子が可愛いことには変わりないと改めて実感する。

 もう少しだけ可愛いままでいてと、密かに願いながら――。

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