第30話 成長報告⑤

 

 また一年後。

 オフェリアは口を開けたまま、十八歳になったユーグの前に立った。

 待ち合わせのいつものカフェに向かう道中、対面から見覚えのない黒髪の美青年が、落ち着きの微笑みを浮かべながらオフェリアに手を振ってきた。


 セミロングの黒髪を肩口で軽く束ね、色っぽく流れる長めの前髪の間からは綺麗な黄金色の瞳が覗いている。その色の組み合わせはよく知っているが、どうも頭に浮かぶ可愛らしい人物と目の前の大人っぽい男性にずれがある。

 しかし、その青年が「お師匠様」と呼んだことから認めるしかなかった。

 オフェリアはユーグを見上げ、悲しみで震えた。



「私の可愛いユーグが消えちゃった!」

「そんな! お師匠様は僕の成長は嬉しいって、落ち着きのある雰囲気が良いって言っていたじゃないですか。だから話を参考にイメチェンしてみたのに……こんな僕は嫌いですか?」



 ユーグがオフェリアの両肩を優しく掴み、切なげな声で問いかける。

 オフェリアの心臓はドキンと強く鼓動した。

 幼さが残る柔らかいユーグの笑みに心を温めていたオフェリアにとって、天使の笑みの消失は由々しき問題だ。

 確かにイメチェン後のユーグもある意味天使の笑みではあるが、先ほどは妙な色気が帯びているように見えた。

 髪型と微笑み方でここまで印象が変わってしまうなんて想定外。なおかつ、さらに身長が伸びた上に、肩幅も広くなったのか逞しい印象が強い。華奢で可憐な少年だった雰囲気はどこにもなくなっている。


 こんな美青年に切なげに縋られたら、百歳以上年下の相手でも勝手に胸が高鳴ろうとして大変だ。

 そんな間違いは起こしてはならないと、オフェリアは両手で目を覆った。



「嫌じゃない。ただ、ユーグが格好良くなりすぎて、慣れなくて目が痛い。癒されない!」



 優しいユーグなら、こう言えば「分かりました」とオフェリアのために髪型くらい工夫してくれるはずだ。

 そう願っていたのだが……オフェリアの両手はユーグに捕まれ、顔から離されてしまう。そして彼はオフェリアの青い瞳に映り込むように、軽く身をかがめた。

 視線が交わった彼の目元は柔らかく細められているのに、金色の瞳の奥はどこか鋭い。



「あなたはそう言いますが……お師匠様の容姿の方が美しく、僕も目が痛いときがあるので、お互いさまってことで受け入れてください、ね?」

「弟子が容赦ない!」



 そもそも呪われたのはオフェリアの美貌に貴族令息が一目ぼれし、令息が婚約者を蔑ろにしたのが発端だ。

 オフェリア本人はそこまで美人だと思っていないが、忌々しい過去ギルバートのせいで軽々しく謙遜もできない。

 美人という自覚なしに、他の女性と同じく普通に親しげに男性に接した途端、相手が豹変して巻き込まれたトラブルは少なくはない。

 ユーグが「美しい」と言った言葉に反論できず、羞恥に耐えるしかなかった。

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