第24話 弟子の焦燥③

 

 定期テストの成績上位者が貼り出されて以降、ユーグを馬鹿にする声は一切聞こえなくなった。

 貴族令息の影が薄くなったことで、少しずつ友人も増えてきた。それぞれの師匠の話を聞くのは、いろんな魔術師が世の中にいると知れるのでなかなか面白い。

 実力主義の校風で良かったと思いながらユーグは、ゆっくりとした足取りで回廊を歩く。


 回廊の外では、お揃いのローブを着た多くの生徒が行きかっている。

 実技が上手くいったのか、友人と嬉しそうに駆ける者。本に嚙り付きながら歩く者。魔法に失敗したらしく、髪の毛半分が爆発している者。色々な生徒がこの学校にはいた。



(お師匠様はどんな生徒だったのかな)



 オフェリアが指定ローブを着ている姿を想像して思いを馳せる。顔立ちはもっと幼かったのか。髪型はどうだったのか。どちらにしても、彼女は美しいに違いない。

 そう想像すると本物のオフェリアが恋しなってしまう。



(お元気にしているだろうか。今、どこにいるんだろうか。お師匠様、会いたいです)



 いくら願っても、再会の約束のときまで半年も残っている。時間の経過の遅さに、ユーグは思わず苦笑してしまった。

 すると、後ろから先日の試験官が声をかけてきた。

 試験官は、ルシアス学園の一年生の主任ビル・クラーク。五十代の男性魔術師で、魔法陣の専門家と記憶している。



「ユーグ君の師匠はオフェリア殿だったんだね。後見人を確認して驚いたよ」

「お師匠様をお存じなのですか?」

「あぁ、約三十年前、窮地を助けてもらったことがあってね。オフェリア殿の攻撃魔法の速さと正確さに感動した気持ちは、三十年経った今も色褪せていない」



 当時を思い出しているのか、クラークは瞼を閉じていて大きく一呼吸した。

 そうです。僕のお師匠様すごいんです――と声を大にして言いたい気持ちを押さえながら、ユーグは顔を緩めるだけに留めた。



「ふむ、ユーグ君もオフェリア殿に憧れているんだね」

「はい。世界で一番敬愛しているお方です」

「あんな素晴らしい師匠がいて羨ましいよ。魔法の知識はたっぷりあって、実力もあり、魔法も容姿も美しい」

「……はい。そうですね」



 確かにクラークの言っていることは当たっているが、他の男の口からオフェリアの美しさについて聞くのは少し複雑だ。

 しかしクラークは言葉を続ける。



「魔法を放つたびに靡く銀髪に、力強い青い目は本当に美しかった。何より心が美しい。オフェリア殿自ら私の手当てをしてくれてね。手が触れるたび、顔が近づくたび、私の胸は高鳴ってしまって――……ユーグ君、まだ君に嫉妬する資格はないよ」

「――っ」



 ギロリと、クラークの冷たい視線がユーグを射貫いた。

 ユーグは体を強張らせ、視線を受け止める。



「彼女は、相変わらず解呪のヒントを探す旅かね?」

「どこまで……知っているのですか?」



 ユーグはさらに警戒を強める。

 オフェリアは『不老』に興味を示す魔術師に碌なやつがいないと愚痴っていたことがある。

 人体実験をしたいマッドサイエンティストだったり、不埒なことを考える変態だったり……だからオフェリアは不老の噂が広まらないよう、魔術師との交流は最低限にし、仕事の依頼も目立たないよう地味なものばかり選んでいたはずだ。

 クラークはオフェリアにとって善か悪か、ユーグは見定めようとする。

 悪に該当したら、オフェリアにすぐにでも緊急の魔法信号を送って、ルシアス学園に近づかないよう連絡しなければならない。

 すると一転、クラークは厳しかった態度を緩めた。



「はは、そう警戒しないでくれ。不老を解呪する手助けをしたいと思っている側の魔術師さ。証明するから付いてきなさい」

「……っ」



 ユーグは警戒しつつクラークの後を追った。

 通されたのはクラークの個人研究室だった。壁一面に数多の魔法陣が貼られ、テーブルにも書きかけの魔法陣があった。

 研究への熱意が語られなくても伝わってくる部屋に、ユーグは静かに息を呑む。



「星付きの君から見て、これらをどう思う?」

「僕は魔法陣に疎いので詳しくは分かりませんが……凄いと思います。こんな細かく計算式が書かれた魔法陣、教科書でも見たことがありません」



 なんの魔法陣か読み解くことはできないが、計算式から高度な魔法の発動を目的としたものだと察せられる。この計算式を算出するのも難しく、魔法陣として組みこんで書きあげるとなれば、難易度はさらに高まる。それが数えきれないほど積み上げられていた。

 圧倒されるとは、こういうことなのだろう。素直に感嘆の言葉をユーグは述べる。

 クラークはさらに表情を緩め、ユーグをソファに促した。



「私がこの研究を始めたきっかけは、オフェリア殿のそばにいたかったからだ」

「――え!?」

「さぁ、少し昔話をしようか」

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