第25話 弟子の焦燥④

 

 クラークはルシアス学園を卒業して間もなく、フリーの魔術師として活動していた。

 そんなあるとき、依頼主の虚偽報告によって実力以上の魔物と対峙することになってしまった。

 クラークはどちらかといえばインテリ系の魔術師。攻撃魔法は不得意で、魔物に追い詰められることになる。


 絶体絶命――そう死を覚悟したとき、彼を助けたのが偶然通りかかったオフェリアだった。

 魔法の華麗さとオフェリア自身の美しさに魅せられたクラークは、驚くほど簡単に恋に落ちてしまった。


 誰に対してもどこか壁を作るオフェリアに近づきたくて、慎重かつ積極的に交流を図ったらしい。そして数年かけてようやく信用を得て親しい友人と認められた頃、告げられたのが『不老』についてだった。



「彼女の体も心も止まったまま。でも親しい人の死の悲しみだけが重くなっていく。オフェリア殿が不老である限り、私の恋は成就することはないと悟ったよ。だから私は呪いを解く研究を始めた」



 クラークは立ち上がり、壁に貼っている中でもひと際大きな魔法陣の表面を手のひらで撫でた。



「恋する男は駄目だね。好きな子に見栄を張りたくて、成果が見えるまで秘密にして、あとで驚かせてやろうと思って……黙っていた結果、気付いたら私はオフェリア殿の相手として年を重ねすぎてしまっていた」



 今から十年前。クラークが四十歳を迎えてすぐの頃、偶然にもオフェリアと再会したのだが、美しいと思っていた彼女が子どものように見えたのだった。横に並んで比べれば、他人からは親子に見えてしまうだろう。

 クラークは時間の流れの残酷さにショックを受けた。

 そして研究の成果は未だに見えない。それは今も……だ。



「人間の持ち時間は短い。しかも恋まで成就させようと思ったら、その有効期間はますます短くなる。そう、私のように……そもそも生きている間に、求める結果に辿り着けるかもわからなくなる」



 クラークの言葉が、重くユーグの肩にのしかかる。

 これほどの魔法陣を書き上げる知識と技術があっても、クラークは未だに解呪に手が届いていない。

 どこかあった余裕が消えていく。


 他の魔術師をはるかに上回る魔力量があり、オフェリアに優秀と認められ、ルシアス学園内でも学年でダントツのトップ。このまま勉強していれば、不老の呪いを解くことができると、漠然と思っている節があった。


 馬鹿だ。


 その程度で呪いが解けるのなら、今もオフェリアは苦しんでいない。

 今のまま学んでいるだけじゃ、到底オフェリアにも解呪にも手は届かない。クラークが、未来の自分の姿に見えてくる。

 ユーグは片手で口元を押さえて、楽天的だった自分に対する落胆のため息を長く吐いた。



「ふふ、愚かさに気付いたかね。若者よ」



 悔しいが、反論の余地はない。黙って頷いた。

 するとクラークはある提案を持ちかけた。



「一時的に、私の弟子になりなさい」

「――え?」

「年寄りのお節介のようなものだよ。学園にいる間に私の研究を叩き込む。どうだね? ユーグ君なら私を超えられるはずだ」



 ユーグは目を大きく見開き、クラークを見上げた。そしてゴクリと息を呑む。

 クラークの目は、ユーグが自身を超えていくと本気で信じて疑っていない。鋭く、奥に炎を宿した眼差しだ。



(そうだ……ここで挫折してどうする。僕はお師匠様を不老から解き放つために存在しているんだ。誰にも譲りたくないって――僕が救うんだって――すべてを捧げると誓ったじゃないか。一分一秒が惜しい)



 両手で顔を挟むように叩くと、ブレそうになっていた覚悟に筋が通った。

 学園生活は留年しなければ五年間。通常の勉強もしつつ、約三十年分のクラークの研究を自分のものにするには、休んでいる暇なんてない。過酷な学園生活の始まり。

 しかしユーグの気持ちは高まる一方だ。

 クラークに負けない強い眼差しを返す。



「僕に、魔法を教えてください」



 魔術師の卵が見せた顔に、クラークは満足そうに微笑んだ。

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