第23話 弟子の焦燥②

 

 恋心を自覚したのは一昨年。ユーグが十三歳になったばかりのとき。オフェリアが一通の手紙を開いて、突然涙を流した夜のことだった。



『また、置いていかれちゃった』



 数少ない、オフェリアの不老を知る友人の魔術師の訃報。彼女は手紙を胸に当て、しばらく無言でソファから立ち上がることができなかった。

 ユーグが初めて見た、オフェリアの弱い姿。

 強く、美しく、優しく、完璧だと思っていた女神が、不遜にも普通の女の子のように見えてしまった。

 不老の苦しみを抱え、置いていかれる恐怖を隠し、いつも健気に笑顔を浮かべ続けることを、この日ユーグは初めて知ったのだった。


 救いたい。自分は絶対に彼女を置いていきはしない。とびっきり大切にして、今まで頑張ってきた分たっぷり甘やかして、幸せしか考えられない未来を与えたい。

 その役目は、誰にも譲りたくない。

 そう強く意識した瞬間、尊敬だけでは説明できない感情を自身が抱いていると自覚した。

 しかし自分は未熟すぎる。魔術師としても、精神的にもオフェリアに相応しくない。



(僕はもっと、もっと高みへいかないと――)



 初めての定期テストの日を迎えたユーグは、当時抱いた決意を改めて心に刻み、実技試験の順番を待っていた。

 演習場に設置された細長いテーブルの上には、教科書サイズの木の板が二十枚並べられている。一分の間に、魔法で木の板を倒した数が成績に反映されるらしい。使用する魔法は投擲系を用いることが決まっていて、大量の水で押し流したり、強風を巻き起こしたりして倒すのは減点対象になる。攻撃をテーブルに当てて倒すのも減点だ。

 魔法を連発して当てようとする者、一弾一弾慎重に魔法を打っていく者、生徒それぞれ工夫を凝らして試験に挑んでいる。


 先日ユーグを馬鹿にしてきた貴族令息は、一弾ずつ狙うタイプらしい。一秒で手のひらにボールサイズの水球を生み出し、数秒かけて標準を合わせ、放つ。彼は一分間で十五枚の木の板を倒した。



「なるほど、レントン殿は弟子によく教えているようだ。悪くない」



 試験官の口振りから、貴族令息は優秀な方らしい。他の生徒も貴族令息の出来栄えに「おぉ」と感心の声を上げている。

 貴族令息はまんざらでもない笑みを浮かべ、すれ違いざまに次の挑戦者ユーグに声をかけた。



「星付きの実力、楽しみにしているぜ」



 期待する言葉とは裏腹に、声質は嘲笑っているものだ。

 星付きのユーグは上級生の授業に出ていて、普段この授業には出ていない。同学年の貴族令息の前で魔法を見せるのは初めてのこと。

 取り巻きがいる輪に戻ってからも、貴族令息はニタニタと意地の悪い表情でユーグの背中を見ている。

 だが、ユーグの意識は別のところにあった。



(弟子に実力があれば、お師匠様もセットで褒められる。逆に僕が不甲斐ないと、お師匠様の評価も下がる。それは許されない。敬愛なるお師匠様が馬鹿にされることは、絶対にあってはならない)



 よし、と気合を入れて指定された位置に立った。



「はじめ!」



 試験官の合図と同時にユーグは、手のひらに角砂糖サイズの氷の礫を一瞬で二十個出現させ、連続で放つ。

 木の札は右から左に流れるように、リズムよく倒れていった。その所要時間は約十秒にも満たない。

 与えられた時間のほとんどを残し、魔法を一発も外すことなく終わらせてみせた。



(慣れない連続打ちだったから、最後の三発は端っこギリギリだったな。お師匠様の攻撃魔法はもっと速くて正確。お師匠様が見ていたら、まだ精度が甘いって言われてしまいそうだ。練習しなきゃ)



 課題を見つけ、ユーグは苦笑しながら次の生徒に場所を譲ろうとする。

 だが、ユーグの後ろで待っていた生徒も、馬鹿にする視線を送っていた貴族令息たちも驚愕の表情を浮かべ佇んでいた。

 唯一、試験官だけが驚くことなく満足そうに微笑んでいる。



「星を与えて間違いではなかった。素晴らしい」



 試験官の言葉に反論する生徒は誰もいない。

 そうして試験を終えたユーグは、筆記、実技、総合においてトップの成績を収め――学年首席を獲得したのだった。

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