第14話 師弟の日常③

 

 家に帰ると、オフェリアは夕食の準備を始め、ユーグはリビングで魔法の本を読みながら夕食が出来上がるのを待つ。

 ユーグにも自室はあるが、分からないところがあったらすぐに質問するために師匠の近くで読みたいらしい。


 頼られるのは師匠として嬉しい。勉強熱心な弟子の成長のために、オフェリアも料理に熱が入る。味見をして、シチューの出来栄えに頷いた。



「やっぱりお師匠様が作るシチューはお店より美味しいです」



 ユーグは至福のため息を零しながら、どんどんシチューを胃袋に収めていく。

 成長期ということもあって勢いのある食べっぷりはもちろん、好き嫌いなく何でも美味しいと言ってくれるのはオフェリアとしては有難い。



「ふふ、ありがとう。おかわりあるからね」

「やった!」



 弟子の無邪気に喜ぶ顔、満点。



(自画自賛ってわけじゃないけれど、ユーグと出会ってからのごはんは本当に美味しいわ。警戒しなくてもいい……親しい人と食べる食事は、やっぱり素敵ね)



 この時間を愛しいと思う。失った温もりが、蘇るようだ。

 ユーグと出会えた奇跡に感謝しながら、オフェリアは食事を続けた。


 食後、順番にシャワーを浴びたら、それぞれの自室で自由に過ごす。

 オフェリアは過去に集めた情報を読み直して、整理するのが日課だ。重要なヒントには印をつけたり、弟子が理解しやすいよう別のノートに書き記したりしている。


 オフェリアが不老の呪いを受けていることは、すでにユーグにも話してあった。解呪の手助けをしてほしいことも含めて、百年以上生きていることも全部。

 そのときのユーグは悪魔の呪いを恐れることもなく、話を疑うこともなく、ただ「次は僕がお師匠様を助ける番ですね」と微笑んだのだった。

 使命が与えられたことが嬉しいらしい。期待を一身に背負った彼は、寝る間も惜しんでますます勉強に励むようになった。


 解呪のヒントを探す旅を中断して、研究に進展がないにもかかわらずオフェリアの心に余裕がある。きっと、真面目な弟子がオフェリアに希望を照らしてくれているからだろう。



(でも成長期なんだから、少しは自身の体を労わってあげてほしいところね)



 自室を出て廊下に出れば、間もなく日付が変わる時間だというのに、ユーグの部屋の扉の下からは光が漏れている。

 オフェリアは一階に降りてホットミルクと蜂蜜を用意すると、ユーグの部屋の扉をノックした。

 ユーグはすぐに顔を出して、オフェリアの手元を見て表情を明るくさせた。



「僕にですか?」

「えぇ、これを飲んでそろそろ寝た方が良いわ。それとも分からないところがあるなら教えるけれど、大丈夫?」

「ありがとうございます。夢中になって時間を忘れていただけです。もう寝ます」



 ホットミルクと蜂蜜が載ったトレーはオフェリアからユーグの手に渡る。

 このときさりげなく部屋の中を覗けば、机の上に本が山積みということ以外、きちんと整理整頓されていた。

 半年前からユーグが扉の前で出迎えるようになり、なんとなくオフェリアはユーグの部屋に入れていない。以前は徹夜もよく部屋で付き合っていたが、二年ほど前から徹夜の場所はもっぱらリビング。

 部屋の状況が心配だったが綺麗だし、日に日に手がかからなくなっているのを実感する。



(こうやって子どもは親から自立していくのね)



 ほんの少しの寂しさを抱きつつ、ホクホクとした気持ちでオフェリアはユーグの頭を撫でた。

 夕方と同じく、ユーグは黙って受け入れる。拗ねているような、喜んでいるような、なんとも言えない表情が面白い。



「ふふ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい、お師匠様」



 そうしてオフェリアは、軽い足取りで自身の部屋へと戻っていった。

 ユーグが、彼女が部屋に入るまで真剣な眼差しを向けているのを気付かないまま。


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