第15話 師弟の日常④

 

 週に一日だけ、学校の休みがある。この日は街の郊外にある森に入り、家の中ではできない魔法の実戦練習をするのが定番だ。

 はじめに、木の上に実っている拳サイズの果物を狙ってオフェリアが魔法を放った。

 風の刃が枝と実の間を断ち、手元に落ちてくる。果物に傷はひとつもない。



「さぁ、ユーグもやってみて」

「はい!」



 ユーグは果実に手のひらを向け、師匠を真似て風の刃を放った。

 しかし魔法は果物に当たってしまい、真っ二つになった実の片割れが手に落ちる。弟子は果汁で濡れてしまった手を残念そうに見ながら「お師匠様のようにはいかないですね」と苦笑した。

 だが、魔法を習い始めて四年でここまでできれば優秀だ。



「惜しかったわね。でも魔法を練り上げるスピードは悪くないし、魔力の練度は申し分ないわ」



 果物の断面は研ぎたてのナイフで切ったかのように滑らかで、種まで抵抗なく寸断されていた。魔力のコントロールが少しでも甘ければ、こうはならないだろう。日々の努力の成果を実感する。

 さすが私の自慢の弟子ね――そうフォローすれば、ユーグの顔に笑みが戻った。


「もう一度やらせてください」と気を取り直した弟子は、再び果物を狙って魔法を放っていく。

 繰り返していくうちにどんどん精度が上がり、持ってきたバスケットがいっぱいになる頃には、無傷の果物がいくつか獲れるようになっていた。


 適当なところで腰を下ろして、果物の皮と種をナイフで取り除く。木製のコップに入れて魔法で撹拌すればジュースのできあがり。この魔法も、魔力コントロールの制度を上げるのに良い訓練だ。

 ジュースは持ってきたパンと一緒に昼食を食べることにする。


 自分も若い頃、師匠とこうして食べたたことをオフェリアは思い出して「ふふ」と笑みを零した。

 突然笑ったことで、弟子から怪訝な視線が送られてくる。



「ごめん、ごめん。昔を思い出していて、師匠のことが懐かしくなってしまっただけよ」

「お師匠様の師匠って、どんな方だったのですか?」

「そう言えばあまり話したことがなかったわね。ウォーレス師匠はとても素敵な方よ。包容力のある性格で、魔法を教えるのも上手で、攻撃魔法が得意。ダンディで紳士な魔術師だったわ。今でも最も憧れている魔術師よ」



 ユーグへの魔法の教え方は、完全にウォーレス師匠の教え方を真似ている。

 師匠自身が積極的に魔法を弟子に披露し、弟子が課題に成功すれば全身全霊で褒め、失敗したら成功するまで根気強く付き合う。

 普段の生活も、弟子が学びやすい環境を最優先させる。


 大好きな師匠だった。

 褒めるときも、慰めるときも、力いっぱい抱きしめて寄り添ってくれた。

 そんなウォーレス師匠の最後の言葉は「どうか諦めないで。笑顔で逢える日を、先に天に行って待っているよ」というもの。



(ウォーレス師匠……待ちくたびれてないかな?)



 オフェリアは空を見上げ、浮かぶ雲にウォーレス師匠の笑顔を重ねた。

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