第13話 師弟の日常②

 

 店主の息子はわずかに瞠目してから、ぎこちない笑みを浮かべた。



「ユーグ君は、相変わらずオフェリアさんにべったりだなぁ?」

「弟子ですから。お師匠様のそばにいるのは当然じゃないですか。魔法を教えてくれて、ご飯も作ってくれる優しいお師匠様のことなら、些細なことも手伝いたいのです。ということで失礼します。行きましょう、お師匠様」



 ユーグは店主の息子に軽く頭を下げると、歩き出してしまった。

 オフェリアも「りんご、ありがとうございました」と告げて店を離れる。



(もう、ユーグったら大人の男性には相変わらず塩対応ね)



 ユーグは素直で、とても良い子に育てられているとオフェリアは自負している。

 我がままは言わず、イタズラや悪さもせず、きちんと約束は守る。勤勉で、魔術だけじゃなく学校の基礎学習も怠らない。

 学校での成績は良く、周りの子より大きく遅れて勉強を始めたとは思えないくらいに優秀。丁寧な言葉遣いも上手になった。


 はじめこそユーグは孤児と軽視され、いじめにあうこともあった。オフェリアが間に入らざるえないほど、一時は酷かった。

 しかし、もう馬鹿にする人間は学校にいない。

 むしろ最近は背が伸びて、なかなか整った顔をしていることもあって女子生徒に人気だと……先日の保護者会で耳にしたくらいには、立場が良くなっているようだ。


 けれどユーグは一切傲慢になることなく、師匠の手伝いのために学校から走ってくるほど純粋なまま。何も言わずに重いバスケットを持つところは、紳士的で素晴らしい。

 そう、難点は大人の男性――特に二十代から三十代の男性に対して警戒心が強いところだ。



(孤児院の司祭が大人の男だったと聞くし、ユーグを連れ去ろうとしていた奴隷商人らは三十代くらいの男だった……この世代の男性が信じられないのでしょうね)



 怖い思いをして芽生えたトラウマが原因なら、強く叱ることはできない。

 オフェリアは眉を下げながら、隣を歩くユーグに微笑みを向けた。



「優しい人だから、あまり睨まないであげて。ほら、ユーグの好きなりんごもたくさんサービスしてくれたのよ」

「……だからですよ」



 ユーグはボソッと弱々しく呟いた。オフェリアが「どういうこと?」と投げかければ、バツが悪そうに彼女の視線から顔を背けた。



「いえ、僕が未熟なだけです。ごめんなさい……気を付けます」



 拗ねながらも、きちんと反省するユーグは偉いとオフェリアは思う。

 十四歳といったら思春期の真っただ中。反抗的な態度になり親と口を利かないのはもちろん、暴言を吐いても不思議ではない複雑な年頃だ。これくらいの不機嫌さは可愛い方だろう。


 オフェリアは自分より高い位置にあるユーグの頭を軽く撫で、無言で褒めた。

 ユーグも黙って受け入れる。

 そうしてふたりは今日も並んで帰路についた。


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