第10話 弟子を拾いました⑤
ユーグを弟子に迎えた翌月、オフェリアは国境を越えて別の街を訪れていた。
規模は大きくない田舎街だが、隣国と王都を結ぶ貿易街道の途中にあるため、程よく活気がある。露店通りには物珍しい商品が並べられ、思わず引き寄せられそうになった。
しかしオフェリアは誘惑をぐっと堪え、ユーグを連れて裏道に入っていく。
「もう少しだと思うんだけれど……ユーグ、足は大丈夫?」
「うん!」
黒髪をさっぱりと整え、少し肉がついてきた弟子は元気に返事をした。顔色も良く、疲れを我慢している様子はない。
オフェリアは小さくホッとしながら、地図を広げて奥へと歩いていく。
歩くこと数分、裏道から抜けたオフェリアは目的の場所を見つけニッコリと笑みを浮かべた。
「ユーグ、ここが私たちの新しい家よ!」
オフェリアは、閑静な住宅街にある大きな集合住宅の前で宣言した。
一軒家感覚で住めるメゾネットタイプで、白い石造りの立派な佇まい。
これからオフェリアは、ユーグとともにこの街で暮らすつもりだ。
旅をしながらでは、普通の人間の暮らしを学ぶのは難しい。そう考えたオフェリアは、ふたりで住める家を買ったのだった。
(腰を据えて一か所に留まるなんて、何十年ぶりかしら。ユーグの学びの妨げにならないよう、老いない顔のことを上手く誤魔化しながら生活しないと)
あまりにも容姿が変わらないオフェリアは他人から気味悪がるようになり、避けられるようになる。
それだけならまだマシで、不老を知られ、欲深い王侯貴族や魔術師に狙われたら面倒だ。周囲にも迷惑をかけるし、実際に捕まりかけて恐怖を味わったことも数回ある。
だから長く同じ土地に留まるようなことは避けていたのだったが……ユーグを理想の魔術師へと育て上げるためなら、過去の嫌な思い出くらい我慢できる。
そう腹を括る師匠の隣でユーグは、目を大きく見開いてアパートを見上げていた。
「こ、こんな立派なところに住むの? 師匠と僕の、ふたりで?」
「どうかしら? 私は素敵だと思うんだけれど」
事前に下見もせず、入居者募集中の紙だけを見て決めたが当り物件だろう。
ふふんと鼻を高くしてオフェリアは聞くが、ユーグはまだ喜んでくれない。
「好みじゃなかったかしら?」
「ううん! そうじゃなくて……お金大丈夫?」
「あら、そんなこと心配してくれていたの? ここは田舎で安い方だったから大丈夫。借金もしてないわ」
「師匠って、すごいんだね!」
「まぁね」
実をいうとオフェリアはなかなかのお金持ちだ。
呪いの元凶となった貴族令嬢の生家から「娘の所業を言いふらさないでほしい」と願われ、口止め料と慰謝料がたっぷり送られていた。それでいて旅の途中でもしっかりと仕事をして稼いでいる。新居の費用を払っても、総資産の半分も減っていない。
ちなみに悪魔を召喚した貴族令嬢は急病による療養を表向きの理由にして、魔塔の地下牢で監視生活をおくったという。
結局、令嬢自身は呪われることなく老いて亡くなったそうだ。
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