（普通に老いて死ねるなんて、なんて羨ましいのかしら。私はまだ、悪魔の呪いで苦しんでいるのに……先に人生から解放されるなんて……）

　街道に、冷たい秋風が吹く。オフェリアの銀髪が靡き、露出したうなじがひやりとした。

　ずるい。どうして私だけ――というドロドロとした感情が顔を出し、体だけでなく心の温度も下がっていくようだ。

　そのとき、袖がつんつんと引っ張られた。

　ハッと横を見れば、ユーグが目を輝かせていた。早く家の中を見たくて仕方ないようだ。これからの生活が素晴らしいものになるという、期待の大きさが窺える。

　そんな可愛い弟子の顔を見たら、沈みかけていた気分が浮上していった。

（そうよ、呪いを解けば良いのよ。だって私は、希望に満ちた子を弟子にしたんだもの。普通の人間に戻れるはず。まずはユーグを立派な魔術師に育てることに集中しないと！）

　気を取り直したオフェリアはポケットから鍵を取り出し、玄関の扉を解錠した。

　ギィっと少し音を軋ませながら扉を開けば、広々としたリビングがあった。その奥にはキッチン、玄関のすぐ脇には二階へと続く階段がある。床板も壁も状態はよく、ますます良い買い物をしたとオフェリアは自画自賛した。

「すごく広い。そして……何も……ない」

　ユーグがまた目を見開いた。次は、宿のように家具が備え付けだと思っていたらしく、すっからかんの家に驚いているらしい。

「ふふ、家具はこれから自分たちで並べるのよ」

　オフェリアは家具のイラストが描かれたカードを取り出した。

　これは収納魔法のひとつで、カード一枚につき家具ひとつを閉じ込めたもの。魔術師の技量にもよるが、これを使えば大きな物も重い物も、どんなに数があっても軽々運べる。もちろん応用すれば服も本もカードに収納できてしまう便利な魔法だ。

　オフェリアはカードの束から、数枚ユーグに手渡した。

「これがユーグの部屋に置く家具よ。基本的なものは用意してあるけれど、追加でほしいものがあったら相談してね」

「僕の部屋があるの？」

「当たり前じゃない。部屋もこの家具も、私に気にせず自由に使って良い、ユーグだけのものよ」

「――っ」

　分かりやすくユーグの顔が緩んでいく。彼はカードを大切そうに抱き締め、オフェリアを見上げた。

「師匠！　僕、勉強頑張る！」

「嬉しいわ。一緒に頑張ろうね。ということで、そのためにも日が暮れる前に部屋作りを終わらせないと。きっと素敵な家になるわよ」

「はい！」

　玄関で突っ立っていたふたりは顔を見合わせニッと笑うと、意気揚々と家の中に入っていった。

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