第9話 弟子を拾いました④

 

 ユーグは、生まれは貧しい平民の家庭に生まれた。

 父親はギャンブルに通い、母親はお酒ばかり飲んでいて、一人っ子のユーグは家の中でほとんど放置されていた子だった。

 ときどき暴力を振るわれることはあったが、ごはんは美味しかった良かったような気がする……とユーグ本人は言っていた。


 記憶が曖昧なのは、両親と一緒にいたのが五歳ごろまでだったかららしい。

 ある日孤児院を運営しているという司祭が家を訪れ、両親に金貨一枚を見せて何かを告げた。すると両親は、迷うことなくその場でユーグを司祭に引き渡したという。

 そして連れて行かれた孤児院は、家よりも劣悪な環境だった。


 一日中、休むことなく内職をさせられ、与えられる食事は両親のところにいたときよりも少なくて質も悪い。個人の部屋もベッドもなく、床に寝そべって夜を明かす日々。他の子が熱で倒れても、大人たちは誰も見向きしない。やせ細った体力のない子どもは何人も亡くなっていった。

 運よく回復して成長しても、待っているのはさらに厳しい労働。


 このまま孤児院にいては死んでしまうと思ったユーグは、より辛い仕事を割り振られるようになる十歳を目前にした春、司祭らの目を盗んで脱走した。

 そうして行きついたスラムの路上で生活して半年ほど過ぎた今日、オフェリアと出会ったのだった。





 オフェリアは、腕の中で深く眠る弟子の頭をそっと撫でる。



(まだこんなに小さいのに、今まで頑張って生きてきたのね。ユーグ、偉いわ)



 親に売られ、孤児院という名の裏組織に搾取された子どもはたいてい無知だ。外の世界も知らず、状況の悪さに疑問も抱かず、逃げるという発想すら浮かばない。

 そんな環境下で、生きるために行動を起こしたユーグの姿勢は称賛に値する。環境が改善されたとは言い難いスラムで、今日まで生きていけたことから賢い子だと分かる。



『オフェリア、師匠というのは弟子に最善を尽くすものだ。家族のように大切にするのは当たり前だよ』



 不老になり、解呪研究で迷惑をかけることを詫びたオフェリアに、師匠ウォーリスが言ってくれた言葉だ。

 悲しい気持ちに寄り添い、解呪のために熱心に研究をし、たっぷりの愛情を注いでくれた。

 オフェリアはそんな師匠を尊敬している。

 弟子は師匠を見習うものだ。勢いで弟子を取ったが、無責任な育て方は尊敬する師匠の教えに反する。オフェリアは、師匠のようにユーグを大切に育てようと誓った。



(魔術師としてだけでなく、人間としても立派にしてみせるわ。文字の読み書きはもちろん、普通の生活の仕方、大陸の国や街のこと、身分制度、言葉遣い……生活のことも色々教えていかないと。そのためには――……っ)



 過去の嫌な記憶がふと蘇る。

 だがユーグの寝顔を見たら、すぐに覚悟が決まったのだった。



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