第4話 呪われた魔術師③

 

「オフェリア・リング、君は悪魔に呪われた。残存している魔力量や、傷の治り方を見るに“不老”になったと思われる」



 最寄りの魔術師協会の城、通称『魔塔』に保護されたオフェリアは目覚めるなり、最高権力者である魔塔主に告げられた。

 彼女はベッドに座ったまま、唖然と老齢の魔塔主から続きを聞く。

 魔塔に運ばれた直後から異常な速さでオフェリアの傷は治っていき、三日寝続けていたのに魔力量が回復していないらしい。過去の様々な文献を使って症状を調べた結果、『不老』と推定したとのことだ。



「魔法の守りが甘かったのだろう。上級悪魔であるアビゴールは不老の悪魔。君の魂はその悪魔に呪われ、穢されたようだ。悪魔の痕跡が、色濃く残ったまま薄まる気配がない」

「そん……なっ」



 状況が呑み込めず、オフェリアは絶句した。

 そんな彼女の耳には、廊下で囁かれる他の魔術師の声が届く。



「この街から穢れた魔術師が生まれるなんて」

「悪魔混じりなんて、恐ろしい」

「今は大人しいが、いつ悪魔の影響が出てくるか」



 魔塔主が「やめんか」と諌めればピタリと止まったが、病室の中を窺う魔術師の視線には疑心と嫌悪が帯びていた。

 オフェリアは、声を震わせて問いかける。



「ま、魔塔主様。解呪方法はあるんですよね?」



 ここは魔術師の英知が集う魔塔のひとつ。フリーの魔術師に仕事を斡旋するギルド的役割を持ちつつ、メインは新しい魔法の研究や魔道具の開発をしたり、古の魔法の分析を行ったりする研究所という立ち位置だ。

 大陸でいくつかある魔塔の中でも、ここは知識の塔と呼ばれる、特に魔法の歴史に詳しい機関。過去の事例が眠っているはずだと、オフェリアは希望を抱いて返事を待った。

 しかし――



「解呪方法はない。上級悪魔を相手に生き残った例は少なく、その上呪いを受けた例は数えられるほど。その記録も、呪いを受けた魔術師はすぐに死んでしまったというものばかり。我々でも解呪方法は分からない」

「――っ」



 希望が打ち砕かれ、頭が真っ白になった。

 そんな絶望するオフェリアに、さらなる残酷なことが告げられる。



「魔術師オフェリアよ。君は悪魔の印を持っている。この魔塔では保護することができない……我々ができることは、被害者である君を見逃すことだけだ。すぐにこの街から離れなさい」

「……今すぐ、ですか?」

「噂を聞いて、君を実験体にしようとする悪しき魔術師が現れるかもしれない。忌々しい悪魔を倒すのだと、人気取りのために王家が君を処刑する可能性もある。そして私は魔塔主として、ここを守らねばならない。分かるね?」



 つまり外部の魔術師ひとりのために、魔塔全体を混乱に巻き込みたくないという意思表示。

 また廊下から囁き声が聞こえる。



「悪魔混じりを野放しにするのか? 判断が甘いのでは」

「しかし、我らが魔塔主様の決めたこと」

「呪われていなければ、悪魔を退けた英雄だったのに……なんと不運な」

「私たちに害がなければそれで良いわ。決まったなら早くここから――」



 頭を下げ、魔塔に留まったところで居場所はないらしい。彼らの視線は濁り、人間に向ける類ではなかった。

 オフェリアは魔塔主に言われるまま、人目がつかない真夜中に魔塔から出て行った。

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