第3話 呪われた魔術師②
悪魔、それは望みを叶えると言って人を惑わし、破滅を呼び込む存在。
現れた悪魔の体は人型に近いが肩幅が広いのに対し腹は異常に細く、トカゲのような下半身は小さくてアンバランス。背の高さは目測で人間の四倍以上。頭からは螺旋状の角が二本生えていて、鷲鼻が際立つ顔は絵本に出てくる悪しき老いた魔女のよう。
そんな悪魔はバルコニーからオフェリアを見下ろし、不気味な笑みを向けた。
「我が名はアビゴール。契約者の望みを叶えるため、お前の魂をいただこう」
「アビゴールですって!?」
オフェリアは悪魔の中でも厄介な相手だと知り、舌打ちをした。
教科書通りなら、アビゴールは上級悪魔。普通に考えれば、新人魔術師のオフェリアひとりでは倒せる相手ではない。
「クリスティーナ様、今すぐ悪魔を魔界に戻してください! 魂を交換したあと、とんでもない対価を奪われてしまいます!」
上級悪魔は魂の捕食を好む。魂の交換という契約が成立したあと、クリスティーナの魂を奪う可能性が高い。
しかしオフェリアが呼び掛けてもクリスティーナは反応を示さず、頭を抱えてバルコニーに座り込んでしまった。
「魔術師よ、契約者に余計なことは吹き込まないでもらおうか」
アビゴールがクリスティーナに何か仕掛けたようだ。
こうしている間に、騒ぎに気付いた屋敷の人間が様子を見に駆けつける。中にはクリスティーナの両親もいるようで、アビゴールの背後から娘の名前を呼ぶ悲鳴が聞こえた。
オフェリア以外の人間は恐慌状態に陥ってしまっている。助力は望めないだろう。
「本当に最悪。浮気の怒りの矛先は、私ではなく浮ついた男に向けなさいよ……!」
杖を握る手に力を込め、対悪魔用の保護魔法を自身に纏わせた。
アビゴールが、オフェリアを追ってバルコニーから飛び降りる。その瞬間、鋭い牙が生えている口から赤い閃光が放たれた。
オフェリアは分厚い障壁を張ってガードする。
閃光が弾け、眩しさでアビゴールが目を閉じた。
すかさずオフェリアは雷撃を繰り出し、悪魔の皮膚を焦がす。ごくわずかな範囲だが、効果はゼロではない。弱気になりそうだった気持ちを持ち直す。
「ほう……ただのひよこではないようだ。良い……良い素材だ。これは奪い甲斐がある!」
「絶対に奪わせないわ。私の体は私のものよ! 何が何でも生き残ってみせる!」
「その威勢はいつまで続くかな?」
アビゴールは容赦なくオフェリアに襲い掛かる。
オフェリアは自慢の魔力量を惜しむことなく魔法に費やし、迎撃していく。
ふたりの戦闘は激しさを極め、庭には風は吹き乱れ、芝生は抉れ、花が吹き飛び、屋敷の一部は崩れていってしまう。
(苦しいっ! 怖い……いつまで続くの!? 嫌よ……私はまだ死にたくない……っ! オフェリア・リング、しっかりするのよ!)
必死になって悪魔の攻撃を凌いでいるが、勝てるビジョンが描けない。味方が現れる気配もない。魔力はどんどん消費されていき、残りが心許ない。魔法を連発していることで、反動で目眩もしてくる。
今にも弱気になりそうだ。何度も自分に檄を入れながら耐える。
そうして戦いが始めって数時間後――アビゴールは、突然煙のように消えた。
オフェリアは霞む目で周囲を見渡すが、やはり悪魔の姿は確認できない。
「自ら、魔界へ帰った……? 私、勝った……の?」
理解するより先に危機を脱出できたと認識した体に、一気に疲労感が押し寄せる。立っていられなくなり、オフェリアの体は地面に倒れ込んでしまった。
屋敷の方から、使用人が走ってくるのが見えたが、どんどん視界がぼやけてくる。睡魔とは違う意識の混濁に抗えないオフェリアは、そのまま意識を手放した。
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