第2話 呪われた魔術師①
オフェリアは平民の一般家庭から生まれた、フリーの魔術師だ。
さらなる魔法のレベルアップの修行を兼ねて、魔法学園の卒業後は難易度の高い仕事を求めて大陸を巡る旅をしていた。
そんなオフェリアが弟子を取ることになった『不老』の呪いを受けたのは、百年前のクレス歴八百五十年――彼女が二十歳のときのこと。学園を卒業して半年が経ち、新人魔術師として軌道に乗った頃だった。
「オフェリア・リング……わたくしからよくも……婚約者のギルバート様を奪ったわね!」
とある国の伯爵家の令嬢クリスティーナが、屋敷にオフェリアを呼びつけるなり怒りをぶつけた。
金髪碧眼の美しい令嬢だというのに、台無しにするほど顔を歪ませている。
これは相当お怒りだ。オフェリアは痛くなっていく頭で言い訳を探した。
(好きでもない男に付きまとわれて困っているのに、その婚約者に怒りを向けられるなんていい迷惑だわ)
クリスティーナの婚約者である伯爵家の跡継ぎギルバートとは、仕事の依頼で出会った仲だ。『仲』と言っても、ギルバートが仕事を引き受けたオフェリアに一目惚れをして一方的に付き纏っているのが現状。
魔術師は稀有な存在であり、人類の反映に貢献するとして、平民であっても望まない内容であれば貴族の命令を断っても罰せられない権利を持っている。
とは言っても、伯爵位となれば無下にできない。
面と向かって「好きじゃないので」と断りにくいオフェリアは、修行中の身であることや身分差を口実にギルバートの求婚から逃げ続けていた。
この国で引き受けた依頼を終わらせたら、さっさと他国へ逃げる算段もつけている。
ギルバートに蔑ろにされたクリスティーナの怒りは至極当然だが、オフェリアは無実。早く浮気の濡れ衣を晴らしたいところだ。
「ご安心ください。私は今まで通り、ギルバート様のお気持ちを受け入れることはございません。自分の立場を十分に理解しております。あと残りの一件を終わらせたら、この国から立ち去ります」
「立ち去るだけ?」
「え?」
「駄目よ……それだけでは、ギルバート様のお心からあなたは消えない。だってギルバート様ったらオフェリアさんのお顔に夢中なんですもの。知っていて? 彼ったら画家に何枚も絵を注文したのですって。妻になったときを想定して、ドレス姿の貴女の絵を!」
オフェリアは気持ち悪さで身震いした。付き纏うだけでなく、勝手に脳内で妻にし、妄想の肖像画をコレクションにするなんて怖すぎる。
すると立ち上がったクリスティーナが手を伸ばし、オフェリアの強張った頬を包み込んだ。
「本当、憎たらしいくらいに美しい顔ね。ねぇ? オフェリアさんは男性経験がおありで?」
「あ、ありません。魔法に夢中で、まったく……」
残念ながら、恋人がいた経験はない。魔法の勉強が楽しくて、興味がなかったことを正直に告げる。
「そう……良かったわ。この美貌と乙女の体さえあれば……ギルバート様は私を一心に愛してくれるに違いないわ。オフェリアさん、その顔と体をいただくわね」
クリスティーナはうっとりとした、光悦の表情を浮かべた。
オフェリアの背筋に寒気が走る。
そのとき、クリスティーナの足元から禍々しい赤色の影が広がった。彼女の青い瞳も、真っ赤に染まっていく。
この反応に覚えがあったオフェリアはクリスティーナの手を振りほどき、迷わず二階の窓を開け放つなり庭へと飛び降りた。
そして着地して即座に、窓に向かって戦闘用の杖を構えた。
バルコニーには大小ふたつの影があった。小さい方はクリスティーナで、大きい方は――
「あら、反応がいいこと。でも逃がさないわ……その体は、わたくしのものになるのよ! この方が魂を取り替えることでね!」
そうバルコニーから叫んだクリスティーナの背後には、赤銅色の肌を持つ悪魔が立っていた。
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