第224話 マッシモ侯爵の受難
辺境伯から侯爵となったものの地方でノンビリ気ままに美味しい地元で開発された絶品の食事に舌鼓を打ってホクホクとしていたマッシモ侯爵だったが、
勝手にホイホイと自領地を開発してくれるありがたくも頼もしい領民の域を既に超えて居る領民の何時も突拍子もない事をヤラかすあのトージがやってくれた・・・。
駆け込んで来る衛兵の話では銀色の巨大な飛行物体がトージ邸の敷地内に着地したと言うのだ!!
最初連絡を受けた際にはてっきり新手のジョークだと思ったのだが、マジだった。
もう既に『飛行物体』と言う時点で正気を疑うレベルなのだが、場所がトージ邸と聞くと信憑性が高いと思ってしまう辺り、もう既に儂の常識も毒されてしまって居るのかも知れん。
慌てて、衛兵と騎士団数名を従えてトージ邸に駆けつけると・・・野良猫を拾ってくるかの如くに王都からあろう事か国王陛下を拾って来てしまっていたのだ。
しかも、次期国王となられる第一王子殿下に国の舵取りの担い手である宰相閣下もご一緒だ。
トージの方をチラリと見ると、非常に苦い顔をしてやや困って居る様子、断り切れなかったのだろう・・・。
だからと言って、我が領都に連れ帰るなよ!と声を大にして言いたい。
が、国王陛下を見る限りは、これまで見た事が無い程に大層ご機嫌で終始ニコニコと微笑んでおり、トージの娘のサチちゃんと言ったか?と一緒に食卓を囲んでおり、「美味い美味しい!」と料理を絶賛し、何度もお替わりを所望されていた。
ちょっと特殊な事情のあるトージの立場だが、一般平民の家で他の子共達も含め全員でお召しになる等、硬い事で有名なあの侍従長が聞いたら目を回す事だろうて。
余りの状況に頭が着いてこず、ボーッと見て居ると、
「マッシモよ、見られて居ると皆食い難い故、一度屋敷に戻ったらどうじゃ?」と陛下に言われお暇をしたのだった。
ドッと疲れ果てて自宅に戻って風呂に浸かってふぅ~を身体中の空気を抜く様に溜息を付いていると、爺やが慌てて電話を風呂場に持って来た。
トージである。
曰く、今日は既に夜となり、夜間飛行は危険故に国王陛下御一行を30分後に連れて行くので泊めろと言う事らしい。
「ちょっ!待て!!」と言っている最中に電話は切れてしまった・・・。
折角ノンビリ先程受けたショックを和らげようと風呂に入って居ると言うのに・・・トージめ・・・。
まあトージ邸に陛下御一行をご宿泊と言うのも酷な話か?致し方無しと諦めよう。
爺やを呼んで、陛下御一行がご宿泊される事を伝え、急ぎ最上級のゲストルームのベッドメイク等を急がせる。
儂は儂で折角抜いた身体中の空気を入れ直し、両頬をピシャリと叩いて気合いを入れ直すのであった。
トージも余程持て余していたのだろう・・・予告した通り30分ジャストに国王陛下御一行を引き連れて直に我が屋敷の玄関前にやって来た。
もう、最近、トージの奴は何でも在りの状態だし、魔法学校設立の頃ぐらいから隠す事すら忘れたかの様に平然とお伽噺に出て来るレベルの神業クラスをやってのける。
我が領の最大の幸運はトージが居着いてくれた幸運と、最大のネックは自重を忘れた世間で『魔王』と呼ばれる者が引き起こす事の後始末をせねば鳴らぬ事であろうか・・・。
孵化寸前のドラゴンの卵を抱えて居る様な落ち着かない一晩を過ごし、漸く朝を迎え、朝食の準備を済ませて爺やが陛下御一行に朝食のお知らせをする。
爺やもこの一夜の緊張でドッと老け込んだ様に見える。
貴族とは言え、鳴かず飛ばずの貧乏地方貴族だったマッシモ家故に温く緩い空気で過ごしていた所にいきなり国の最高権力者の登場である、無理も無いな・・・。
爺や、あと数時間の辛抱であるぞ! 今日は陛下御一行が王都にお帰りになる。大丈夫だ! あと数時間、頑張っておくれ。と心の中で萎れかけた爺やの背中に声を掛けたのだった。
トージ飯と呼ばれるトージの考案したレシピの朝食を陛下も第一王子殿下も大層喜んでお食べになって食後のお茶をお出しすると、今回の宿泊のお礼を言われて恐縮しつつ、つい早く帰って頂きたくて
「陛下この後のご予定は?せっかくだから、魔法学校を視察して激励されたみては如何でしょうか?」と言ってしまった・・・。
よくよく考えると、その場合、我が領都内の学校であるが故に儂が率先してご案内せねばならぬと言うのに。ヤラかしてしもうたのじゃ。
「うむ、それは良いのぉ~。金だけだして、当初はジェシカに任せ、今はラフティに一任して放置じゃし激励に行くとするかのぉ。マッシモよ、トージに連絡し、飛行船を此方に回してくれとお願いしてくれるかのう?」と暢気に命じる国王陛下。
どうやらその飛行船とやらが昨日の騒ぎの元となった『飛行物体』の名称らしい。
トージに連絡を入れると明らかに迷惑です!って感じの声色で、「しょうがないですね・・・了解致しました。」と引き受けてくれたのであった。
電話から15分もせずに屋敷の外に大きな影が射し、庭にイッパイイッパイにその飛行船とやらが着地した。
我が家のスタッフも全員が窓に掛けよって騒いでおる。よもやこんな大きな物体が空を飛ぶ等信じ難いが現実である。
恐らくこれをトージが乗って来たと言う事はトージが作成した魔動具の1つと言う事なのだろう。
生まれてこの方、空を飛ぶ乗り物等、お伽噺ですら聞いた事も無い。
トージ・・・本当に凄い奴じゃ。
「お、来た様じゃな。マッシモ侯爵よ、世話になったのう、良ければお主も一緒に乗って魔法学校に慰問に行かぬか? 飛行船にも一度は乗りたいじゃろうし。」と蟻が飼いお言葉を頂いたのであった。
正直、これを逃すとこんな機会、もう2度と巡って来ないであろう。
「宜しいので? 是非とも宜しくお願い致します。」と即答し、さっきまでの鬱陶しさもどこへやらでホクホクとした気分で陛下御一行に加わるのであった。
トージは飛行船の前で待って居り、一緒にやって来た儂を見て「昨夜は大丈夫だったか?」と目で尋ねて来たので、軽く頷いておいた。
「じゃあ、陛下、第一王子殿下、宰相閣下も、私はここまでで、あと代金のお支払い宜しくお願い致しますね! ミスリルでお支払い頂いても良いですけど、ご支給頂いた物は純度が低く余り良い物じゃなかったんですよね・・・。」と言って立ち去ろうとするトージを陛下が呼び止め、
「折角じゃし、一晩経っておる故に、最後に操縦の確認を魔法学校まで頼めるかの?」と言って居られた。
あんなにあから様に陛下に『嫌です!迷惑です!』と居う顔をする平民を見たのは初めてでビックリしたが、その返答が「乗りかかった船だししょうがないですね・・・飛行船だけに」と意味不明な事を呟いてクククと笑うトージも同行することになったのであった。
てっきりトージが操縦とやらをすると思ったら、ビックリの国王陛下が操縦席に座り嬉し気にレバー等を弄り始めるでは無いか・・・。
驚きの余りアワアワしていると、宰相閣下が、
「マッシモ侯爵よ、大丈夫じゃ、今回は事故はもう起きんよ。」と意味深なセリフを述べてニヤリと笑っていたのだった。
「ええ、幾ら御父様でも、あれだけトージ殿に叱られたんですし、一晩ぐらいで全部忘れる事は無いかと・・・」と第一王子殿下も苦笑いしながら言って来る。
暫くすると起動したらしく、操縦席の前後左右の大きなガラス板に絵が写し出された。我が屋敷と庭の恐ろしく緻密な絵である。
驚いた事に屋敷の窓から見えるメイド達が手を振って居るのまで見えるでは無いか・・・得が動いているのだ。
「よし、参るぞ!」と言う陛下の掛け声と共に身体の重みがグッと増したとおもったら、浮遊感を味わった。どうやら、ガラスの1枚には真下の様子が映って居るらしく、我が屋敷が映し出されて居た。
「これが飛行船!?素晴らしい!」と思わず畏れ多くも感想を声にしてしまった。
夢の様な一時はアッという間に終わり魔法学校の校舎横の運動場へと無事に着陸したのであった。
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