第114話 第53階層 それは雷神の回廊

思い残す事が・・・いや、そう言う言い回しは不吉だな。『気掛かり』な喉の奥の小骨を抜いた感じにスッキリとした俺は翌日も気分良くダンジョンへと通う。


さあ今日から第53階層だ。


階段を降りると、地面と言うより靄?いや、雲?しかも、かなり濃い。さながら雷雲の上に居る様な気分になってしまう。俺がこの第53階層に降り立った事を察知したからか、地面を構成している灰色が買った雲だか靄だかが生物の様に風に動かされて蠢く。


実に気味が悪い。

ガスった山間の道を車やバイクで走った事がある者なら判ると思うが、ガスって10mぐらい先がぼやけていても、実際白く霞んでいるだけで全く見えない訳じゃない。しかも濃度の斑は在っても塊と認識出来る様な物体感は無いのだが・・・。


そう、この階層の雲とも霞とも靄とも思える不明な物はまるで塊と言うか、集合体とでも言う様に群て居るのだ。


ヤバそうなので魔装マシマシにして念の為に間違ってもその『雲』(言い難いので以下雲に統一)を吸い込む事が無い様に風の遮断シールドで自分の呼吸環境の安全性を確保した。


今までの階層の事を考えると今更って気もしないでは無いが、ウィルスや細菌、寄生虫等不気味な雰囲気だけに注意するに越した事はないだろう?


ほら!? 自慢する訳じゃないけど俺にも俺を待ってくれている可愛い・・・か、か、か・・彼女?が出来た事だし。

頭の中で考えるだけでもこう言う事態に慣れてないので照れて思わずドモってしまうが、でもそうだ。待ってくれてる人が居るからこそ、待ってる人の所に余計な物体Xを持って帰ったりしない様にしないとな!


雲を見ても名前等が『女神の英知』でヒットする訳でも無いので特に魔物って事もなさそうである。



さて、この床らしい床すら見えない状況なのだが、どうした物か?取りあえず、薄らと足下にフォース・フィールドの足場を張りつつ慎重に歩を進めてみる事に。


すると、雲の動きが更に活動的になったと思うと、イキナリ放電し始めた。


これを正確に表現するなら、火山の噴火時に火山灰摩擦によって放電が起きる現象に見た目上だけは近い。 多分原理は全く違うだろう。


そして、ついに!放電の雷と言うか、スパークで出来た道と言うか回廊がバリバリとスパーク音を立てながら出来上がった。


これは明らかにこの『回廊』を行け!って事なんだと思うが、絶縁が上手く行って無い高電圧の変電所の中で肝試しして居る様な感じだ。


普通に一発あのスパークに当たるとあの世行き?それとも逝き?だろう。


一応、避雷針じゃないけど、落雷を呼び寄せそうな金属類の装備はナイフも剣も全て仕舞って、魔装を更に強化して『回廊』に足を踏み入れた。


だが、凄く気掛かりなのは、そもそも魔装で電気的な絶縁が出来るのか?って事である。幾ら増そうでも、電気や電波までは裁ち切り事は不可能に感じるが、恐ろしすぎて捨て身の実験をする気にもならない。


昔と言う程昔ではないが大学の実験中に高電圧を使った実験の際に本来ならすべり抵抗器の抵抗値最大で電源をONにすべき所だったのを最小のショート状態でONにしてしまった為、目の前のすべり抵抗器から、現在この回廊を築いているスパークと同じ青白いサークが2m程上がって、高電圧のブレーカーが落ちるまで続き、あとほんの数十cmで感電死するところだったと言う苦い経験がある。


なので、こう言うスパークには過敏なのである。ビビりながら、スパークに近寄りすぎない様にしつつ、冷や汗を掻きながら、進んで行く。最初の100mが過ぎたが、未だに変化は無く、魔物も全く出て来ない。


実に不思議な階層である。 もしかしたらこの階層はこの回廊のスパーク・トラップだけで、魔物は出ないのかも知れない・・・。


とは言え、この回廊に終わりは見えず、ザッとみる限りはまだまだ永遠と続いている様に見える。 そもそも雲が邪魔なので見通しが悪く、余計に心が秘計してしまうのだ。


極度の緊張状態が続くと磨り減ってしまう。


今正に俺がそんな状態なのである。


既にこの階層に入って3時間が経過し、途中ビビりながら水分と塩分補給を兼ねた塩むすびを口にした程度で一歩一歩慎重に進んで居る。


完全に徒歩だから、どれ位の距離を歩いたのだろう?2kmで20分ぐらいだっけ? だとするとたった18kmぐらいか? なーんだ全然進んで無いのに何だろうこのヤバイ程の疲労感。


まだ、終わり無い数の魔物と戦っている方が疲労が少ない気がするぞ?


「おっと!!!」と思わず大きな叫び声を上げてしまってハッとした。


何に声を上げたかって? いや、一応念の為に足下にフォース・フィールドの足場をヤンワリと張ってあった訳だけど、今さっきの場所は、明らかにフォース・フィールドの足場が無かったら空いた穴?に転落して居た所だったよ。


やはり、用心の為に足場を毎歩作っていたのは大正解だった。この刺し下が雲で見えない中での落とし穴? 非常に悪質だ。

大抵の奴は目に見え、バリバリと音を立ててるスパークの方に意識を持って行かれるだろう? そこで慣れてちょっと油断しただろう頃に見えない落とし穴だよ? 危ねーよ!!


このダンジョンのダンジョンマスターだか創造者だか知らんけど、絶対に性格が悪い。


昼飯時なんだけど、どうした物かな?地面と言うか、足場の上に座って食べて良い物だろうか? まあ外気とも遮断してあるから大丈夫だろうけど・・・。


歩きッパだからと言うよりも緊張し続けた故の疲れを緩和する意味も込めて、雲の上に張った足場の上に直座りして、アリーシア特製のお弁当箱を広げる。


この弁当箱は俺が職人に頼んで作って貰ったワッパの弁当箱である。手を合わせて頂きますをして、『正式』な『彼女』の作ってくれた弁当を美味しく頂く。


緊張で疲れた心に出汁巻き卵の優しい甘味が染み渡る。


少し何時もより長めの30分の昼休憩を取ったが、その甲斐あって少し心が生き返ったよ!



さあ、午後も慎重に行こう。と気合いを入れて立ち上がって進み始める。相変わらず視界を塞ぐ邪魔な雲の所為で穴は見えないが大丈夫。もう変な声を上げたりする事は無い。


問題は、夕方の4時半ぐらいまでにこの回廊を抜けられるのか?と言う回廊の終わりと時間の制限である。



まあ4時間ぐらいあれば、何とかなるか? 仮に回廊が終わらなかった場合だが、約束のリミットをオーバーして心配を掛ける訳にはいかないので、ゲートで戻る事になるのだが、問題は翌日にその行き着いた場所に戻れるのか?と言う不安である。


何となくの予感だがこの階層だと固定的な物が存在しないので戻って来られない様な気がするのだ。


ほら、先日も一応目印に剣を刺して置いた事あったじゃん? あれと同じ様な理由である。

ここは床らしい床も無く、あるのは何か判らない不気味な雲だけ。


ね?何も目印にもならないでしょ? そう言う意味で若干不安。


これで双六の様に、『振り出しに戻る』はマジで勘弁して欲しい。


そうだな・・・その場合、約束の時間をオーバーしてでも戻って明日再度この階層をやり直す? いやぁ~どっちも避けたいなぁ~。と心の中で葛藤しつつ、速度を気持ち速くするのであった。


現実は非常に厳しい・・・。


現在4時半。頑張ったとしても精々後30分か。


いや、止めよう! 正式な仲になった途端に約束を破る様な行為は、良くない。


明日は1~2時間程遅くなるって予め言って置けば良いさ。

と少し後ろ髪を引かれつつもゲートで戻るのであった・・・。


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