取引39件目 休日最終日

「――起きたか、おはよう」

「おはざす、なんで俺百鬼さんの下敷きになってんすかね」


 朝起きて、上司の言葉が耳に飛び込み、妹の体重が俺に襲い掛かる。こんな経験をする人間はこの世界に何人くらいいるんだろう。


「寝起きは体がだるいだろう?」

「まぁそすね」

「横にちょうどよさそうな肉感のクッションがあるじゃないか」

「そすね……?」


 何を言ってるんだこの人は。


「いい息抜きになった。さぁ、モーニングを食べてパークで遊ぼう」


 俺から離れ、体をグイっと伸ばす百鬼さんは、パパっと身支度を終えていた。


 リッチな休暇も今日で最後、思う存分に楽しんで明日からも仕事を頑張ろう。


   

 ***


   

 太陽が姿を消し、闇が訪れる空に数多の星がきらめきを際立たせ始める閉園間近のパーク。


 それとともにナイトパレードのネオンもきらめいている。


「なんてキレイなんだ……」

「そだな、こんな楽しい時間を終わらせるにはピッタリな演出だな」

「お兄ちゃん、また来ような。今度は……」


 光が俺たちの顔を照らす中、それでも百鬼さんの頬が赤く染まっているのが伝わる。


「今度は、その……」

「今度は妹ではなく、上司でもない。別の関係性で頼んだ」


 恋人……とまではいかなくても、心の許せる友人くらいの関係性で再びこのキレイな景色を目に焼き付けたいと思った。


「そうだな、もう少し。もう少し……親しい関係になっていることを願おう。このロマンチックな星空に舞うネオンに」

「随分とまぁ歯の浮くようなセリフを吐くもんだ俺の妹は」

「お兄ちゃんは言いそうにないから仕方なくな」


 テーマパークの幸せ空間では、堅実な人間の脳みそですら緩くなることが今回判明した。


 デートはクサイセリフで締めるなんて、ラブコメの見過ぎだな。


「さ、パレードも見たことだし土産を買って家に帰ろう。お母さんたちにいっぱい買って帰らないとな」

「売れ筋と新商品を抑えておけば死角はないと思う」


 職場への土産もいることだし、あらかじめ目星をつけている。基本はクッキーかクランチチョコ。


 最近ではカップスープやおつまみ系も人気が上昇していると聞いた。

 職場への土産は無難にクッキーにするとして、家へはカップスープとかもありだと思う。


「これとこれ、それとこれ。こんなもんか? 職場へは兄妹からってことで二、三種類もってくか」

「そうだな。変に勘繰られるよりは兄妹で行ったと最初から言ったほうが変なトラブルにならなくていいかもな」


 人は他人の隠している部分を平気でエンタメとして利用してくる性質がある。

 兄妹だと分かっていても、波風立てようとするやつも出てくるかもしれない。少々過剰と思える程度のリスクヘッジは社会人の嗜みだ。


「それじゃ、レジ行ってスイーツ払ってきます」

「ああ。ありがとう、お兄ちゃん」


 可愛い雑貨や、自分たちの食べたいものなんかもカゴに入れていたら、余裕で二万は超えるが、隣の観光客はそれ以上買っていた。


 テーマパークってのは感覚がバグってなんぼだな。


「おまたせ。これで電車は迷惑だからタクシー呼ぼっか」

「そうだな、みな一斉に電車に乗って当然混むだろうしな」


 アプリで入り口にタクシーを呼びつけると、わずか五分足らずで颯爽と黒塗りのタクシーが現れる。


「行き先はこちらでお間違い無かったですか?」

「はい。お願いします」


 アプリで事前に登録していた幻中家の住所がナビにすでに登録されている。便利な時代になったものだ。


「お客さん、ジャパンランド帰りで?」

「うす、楽しんできたっす」


 どうやらこのタクシー運転手はひたすら話しかけてくるタイプの人らしい。

   

 百鬼さんと運転手との三人での会話は思いの外弾み、気付けばもうすでに目的地へと辿り着いていた。


「夢都さんご利用ありがとね。道迷っちゃってごめんね、メーター切ってたから安心してね」

「あんがとサクさん」


 結論から言えば運転手とすごく仲良くなって得した。メーターは途中で止めてくれるしら値引きしてくれるし、話しやすいし。


 これがプロか。


 家の前でサクさんが発進するのを見送り、俺たち兄妹は家へと入った。


「「ただいま」」

「おかえりー! どうだった!? 楽しめた!?」


 二人揃って玄関から声を発すると、母さんがロケットのように飛んできた。


「楽しかったよ、ありがとな」

「ありがとうお母さん、いい気分転換になった」

「うんうん、楽しめたみたいで良かったわ」


 まるで自分も同じ感情だと言わんばかりに笑顔を俺たちに向ける母さん。こういう素直な表現できる性格、なんで俺に遺伝しなかったんだろな。長男なのに。


「父さんもいるよー! アトラクション堪能できた!?」

「ファストパスで効率的に全制覇。実にイージー」

「おぉ! 羨ましいと同時に父さんは、息子が金に物を言わせる子に育ってちょっと悲しい……」


 すごくテンションが上がったと思えば、急に肩を落として「育て方どこで間違えたんだろ……」なんて嘆いている。面倒な父親だな。


「これ土産、気になったやつ片っ端から選んできた」

「夢都、節約も時には必要だよ?」

「分かってるって父さん、十分使える額貯まってるから使ってるだけ」


 貯金なんてものは給料が入っても放置してれば勝手に貯まっていく。

 学生時代からのバイト代もそれなりにあったし、この年にしてはある部類だと自負している。


「あ、これ新発売のやつじゃない!? 買えたんだこれ」

「ああ、お兄ちゃんが棚の奥に残っているのを見つけてな」

「さすが夢都、めざとい」


 褒めてんのかそれ?


「二人ともご飯食べてきたんでしょ? 順番にお風呂入って寝ちゃいなさい。楽しんだあとはしっかり休んで、次の仕事に活かす! これ人生の鉄則よ?」

「へいへい。唄子、俺は荷物片付けとくから先入ってきて」

「分かった、よろしく頼む」


 買い漁った土産を、自宅用と職場用。食品、雑貨で分別していく。


「ほぼ食品だね」

「雑貨ってあんま欲しいと思わなかったんだよね。あ、もなクマともなピョンのぬいぐるみは買ってきた」

「あらかわいい」

「部屋にでも飾れば?」


 ペットボトル二個分くらいの大きさのぬいぐるみ二つを母さんに投げるように渡すと、嬉しそうに母さんが微笑んだ。


「やったね、ありがと」

「うい」

「父さんにはなにかないの?」


 期待するように俺を見る父さんだが、特に渡せるものがない。


「あ、チュロスの包み紙ならある。あげる」

「ゴミはちゃんと捨ててきなさい!?」


 せっかく父さんにあげたのに捨てられた。


「冗談だって、ほらボールペン買ってきてるって」

「わーい! ありがとー!」


 そこらへんに山積みされていたボールペンをなんとなく購入していて正解だったな。

   

 いろいろと母さんや父さんに邪魔されながらも片付けをしていると、百鬼さんが風呂から上がってきた。


「待たせたな」

「別に待ってないぞ。今ちょうど片付け終わったとこだ」

「そうか、ありがとう」


 しっかりと乾かされ、保湿もされている髪をゆるりと束ねる百鬼さんは、俺とバトンタッチして母さんと父さんと三人で談笑している。


「んじゃ風呂ってくる」


 少しゆったり目に湯船につかる決意をして、スマホを風呂場に持って入る。

 水場に電子機器は危険だなんて言うが、今のところ大丈夫だし問題ない。

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