取引35件目 関東マッチョ同好会

「勝てると思ってんのか? この強靭な肉体を持つ男に守られたこの俺たちに」


 そう。俺は喧嘩では多分勝てない。どうしようか迷っていたが、ワチャワチャしてる間にトラブルを察知したマッチョメンが自然と護衛してくれていた。


「他人に守られてそこまでふんぞり返れるのお兄ちゃんくらいだぞ?」

「虎の威を借る狐上等。だって痛いの嫌だし負けたくないもん」

「面白いお兄さんだ。勇気ある君たち兄妹は、警備が来るまで関東マッチョ同好会が責任を持って守らせてもらうよ」


 ありがとうマッチョメン、ありがとう関東マッチョ同好会。


「てめぇら……!」

「ちょっとりゅーくんまじ最悪! お前のせいで悪者扱いじゃん! 捕まりたくないんだけど!?」

「うるせぇなクソ女! 黙ってろや!」


 興奮状態のキチガイは、自分の彼女にすら暴言を吐くのか。救いようがないな。現実逃避の出来るテーマパークで、人間の汚い部分を見たくなかったぞ……。


「遅くなってすみません! 状況は!?」

「その男が騒ぎ出して僕たちに暴行を、仲間たちが証人ですので、事情聴取は僕らだけでいいですよね?」

「え、ええ。キャストさんもいますし状況が把握できれば構いません」


 警備が駆けつけ状況を聞いたところ、マッチョメンが淡々と嘘の申告をして俺たちにパチンとウィンクをしてみせる。


「お二人は目一杯遊んでください。あとは僕たち関東マッチョ同好会がしておくので」

「いいんですかマッチョメンさん」

「ええ、たまたま僕たちは筋トレメニューに困って現実逃避で来てるだけなので気にしないでください」


筋トレメニューに困ってテーマパークに集団で現実逃避しにくるマッチョ集団シュールすぎるだろ。


「兄妹は仲良く遊ぶにかぎりますからね」


 喋るたびに大胸筋がムキっとピチシャツ越しに主張するマッチョメンたちは、とてもいい人の集団らしい。


 事情聴取で時間を取られてはパークを楽しみきれない。そう判断した関東マッチョ同好会は、自分たちを犠牲に俺たちの時間を確保してくれた。


「このお礼はいつか」

「礼には及ばないよ。楽しんでおいで」


 かっけぇ。


 警備員に羽交締めにされ無様に吠えるキチガイとは雲泥の差のカッコ良さだ。


「あの、これ。お礼という訳ではありませんが。助けていただいたのでどうぞ」


 フードカートで働くキャストさんの手には、俺たちが行列に並んでまで手に入れようとしたポップコーンバケットだった。


「俺が助けたのは妹だけなんで、受け取れないです。ちゃんと買いますよ」


 そうニヒルに笑って三千スイーツを支払った。


「君らしいな、変にカッコつけるところ」

「別にかっこつけてないし?」


 ポップコーンバケットを首からぶら下げ、俺たちは映像を使ったジェットコースターのもとへと向かう。


「ファストパスの出番だ」


 列はどうやら随分と長く続いている。人気のアトラクションは、ファストパスの使い甲斐があっていいな。


「こちらからどうぞ〜! 行ってらっしゃーい!!」

「「いってきまーす」」


 ウキウキワクワクで突き進み、ファストパス使用者用のショートカット順路を進むこと約二分。


 正規の列へと合流するタイミングが来た。


「こちらどうぞー」


 キャストさんの誘導で、次に出発するマシンへと搭乗。

 何時間も待った人の羨望の眼差しを浴びながら安全バーを下ろして楽しむ準備は万全だ。


「屋内ってだけでなんかソフトちゃんのよりは怖くないっすね」

「そうだな、屋根と壁がある安心感だな」


 屋外のジェットコースターは風や天気に運行を左右されるが、室内ではその心配はない。つまり、途中停止なんかの心配も屋外に比べると少ないのだ。


「さぁみなさん! 楽しいパーティーにしてくださいね! いってらっしゃぁい!!」


 横四人、縦三列の計十二人乗りのアトラクションは、ファストパスを使う俺と百鬼さんを除く十人は数時間待ち続けた猛者たちだ。面構えが違う。


 そんな猛者たちと共に始まるアトラクションは、ゆっくりと進み始める。

 目の前にはキラキラとした空間が広がり、キャラたちがサプライズパーティーについて計画しているところから始まった。


『君たちも手伝ってくれるかい?』


 どうやら俺たちはもなクマの仲間として扱われるらしく、平等に任務が与えられた。


『ありがとう! 助かるよ! その素敵な乗り物でもなピョンを迎えに行ってくれるかな? きっといつものカフェにいるよ!』


 いつものカフェに行くには、過酷な道のりを行く必要がある旨を説明されて、アトラクションはどんどんスリルを増していく。


 ぷよぷよストリートという場所ではまっすぐ走ることが出来ず、常にバウンディングして進んでいる。


 縦揺れの乗り物に、多少の気持ち悪さを抱えながら底を抜けた先には落とし穴が待ち構えていた。


「「「きゃゃゃああああ!!」」」


 同乗者はみな楽しそうに声を上げて落ちていく感覚を楽しんでいたを例にも漏れず百鬼さんを全力で楽しんでいて、横目にそれを見て俺は満足していた。


『あら? あなたたちどうしたのかしら? え? もなクマに頼まれて迎えに来てくれたの? ありがとう!』


 どうやら落ちた場所は、もなピョン行きつけのカフェらしい。何で都合のいい展開なんだなんて思いつつも、一番のツッコミどころはもなかの妖精がコーヒーを飲んで湿らないのか? ってとこだな。


『安全な帰り道を教えてあげるわ。まっすぐ進んで』


 どうやらもなピョンは俺たちが乗る乗り物に乗り込んだようだ。芸が細かく、何者かが実際に乗り込んだかのようにグラッと揺れ動く。


 もなピョンの言う通りまっすぐ進むと、トンネルが俺たちを待ち構えていた。


『グルグル注意よ』


 そんなもなピョンの声が聞こえた後、俺たちは吸い込まれるようにトンネルへ誘導され、車体がグルグルと何周も縦横自由に回り始めた。


「はは、愉快だな」


 隣にはそう言って楽しそうに笑う百鬼さんがいた。


「なかなかにスリリングっすね」


 グルグルするなかでの会話は一瞬のもので、回転数はどんどん上がっていくなかで段々余裕がなくなってくる。


 縦横無尽に回転しながらも、トンネルを進んでいると、目の前には壁が待ち受けている。


 まさか、この壁ぶち抜いたりしないよな?


『さぁもうすぐ跳ねるわよ! 舌噛まないようにね』


 跳ねる……?


「まじか……」

「「「きゃあああああああああ!!!!」」」


 回転し続けるアトラクションは、そのまま大胆にも壁直前で真上に跳ね上がった。そしてまさかの、天井をぶち抜いた。


 派手なサウンドに合わせるように、瓦礫が目の前にぶつかるような映像が飛び交っていた。


 ぶつからないことは分かっていても、思わず目を瞑ってしまうほどのリアル感があった。


『あ! みんな! もなピョンが来たよ!』


 そんなもなクマの声がどこかから聞こえたと思ったら、大勢の仲間たちがどんどんとやってくる。


 そして晴天の映像の中不思議にも花火が燦々と輝いた。


『ハッピーバースデーもなピョン!』

『まぁ! サプライズパーティーね!! ありがとう、とても嬉しいわ! みんなもありがとう』


 乗り物から誰かが出たような揺れを感じると同時に、もなピョンが目の前にいた。


 アトラクションはもうクライマックス。賑やかなパーティーが開催されて、そのまま騒々しく終了した。


「楽しかったなお兄ちゃん」

「そだな、人気なのも頷ける」


 アトラクションを終了し、建物から出ていく人々の顔は、満足げな笑みで彩られていた。


 かくいう俺たちもすごく楽しめた。

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