取引34件目 イカれた転売ヤー
「お兄ちゃん! パレードが始まったみたいだ!」
「そだな」
周りが騒いでいる。よほど人気のあるパレードらしい。
「誰が来たんだろ……な……」
人々が視線を向ける方向に俺も顔を向けると、どこかで見たキャラがいた。国産小豆のあいつだ。
「唄子、他のアトラクションいくか」
「ああ、一度見たしな」
また実現して少年に絡まれかねないし、俺は少し急ぎ足で移動した。
「映像を使ったジェットコースターもあるらしいぞ」
ススイとスマホでアトラクションランキングを調べる百鬼さんは、注目度上位のアトラクションに目をつけたようだ。
暗闇に敷かれたレールを映像で誤魔化し、派手な音で演出する室内のジェットコースター。もなクマがもなピョンのサプライズパーティーを開く手伝いをする設定でアトラクションが進んでいくらしい。
「楽しそうだろ?」
「よし行くか、その前にポップコーン買わして」
パークを巡るのに欠かせないのはカチューシャでもサングラスでもない。首からポップコーンをぶら下げるバケットだ。
「それならこのバケットなんてどうだ?」
「お、いいね。んじゃそれにするか」
百鬼さんはネットを駆使して新作のバケットを見つけたらしい。
そのバケットは、もなクマともなピョンが肩を寄せ合う様子をステンドグラス風に表現したオシャレな一品。
本物のステンドグラスではなくプラスチックのため容易に割れる心配もないのがいい点だ。
「販売エリアは入り口付近のフードカートだ、戻ろう」
「あい」
パークの奥地へと進んでいる俺たちだったが、ポップコーンバケットのために入り口へと戻ることにした。
「そういえばそこ味は?」
「あんこ味だそうだ」
「それは嫌」
最中のキャラだからあんこ味なんだろうか?
「バケットを買ったところとは別のところのフードカートで中身を入れてもらえるらしいぞ。何味が食べたいんだ?」
「唄子は? 俺は塩バター」
「奇遇だな、私も同じ気分だ」
食べたい味が被らなければバケットを二個買えばいいと思っていたが、偶然食べたい味が一致したから一個でいいな。
「バケット売ってるフードカートの少し隣に塩バターのポップコーンが売っているらしいぞ」
「よしそこ行こう」
まずはステンドグラスのポップコーンバケットを手に入れるために行列に並ぶしかない。フードカートではファストパスは使えないからな。
「あの、すみません……一会計おひとつの制限をさせていただいておりますので……」
「あぁ!? なんでだよ! 知り合いにも頼まれてんだよ! 金払うっつってんだから早く十個出せや!」
次は俺たちが注文できる番、っていうのに目の前の客がめんどうなやつだった。
「いえ困ります……ルールはお守りください」
「ねぇりゅーくーん! 早くしてよ! アトラクション混むって」
「わーってるよ! おい俺の女が待ってんだろはよしろや! 中身はいらねぇからな!」
こいつら絶対知り合いに頼まれてねぇだろ。頼まれても十個はやりすぎだわ。
バケットは一つ三千スイーツ。それを十個も買うのはいくらなんでも正気じゃないだろ。
だがこのバケット、ネットで見る限り供給が需要に追いついていない。つまり転売がしやすい商品ってわけだ。
そんなものを十個まとめて買うやつなんて、怪しさしかない。中身はいらないって言ってるしな。
「パパぁこわいよぉ。ポップコーンかえないのぉ?」
「だ、大丈夫だ。もうすぐ順番がくるからな」
俺たちの二つ後ろに並ぶ少女が、涙を流し始める。楽しい気分が、自分の利益しか考えれないゴミクズによって台無しにされた。
今日の思い出が長く辛い思い出になるかもしれない。そう感じとった店員さんはどうやら渋い表情で購入の手続きをしはじめる。
「……十個、バケットのみ……ですね」
「ああそうだっつってんだろ! 早く用意しろや!」
全く、行儀の悪いやつだな。
テーマパークで子供泣かせるなんて悪人レベル百だろ。つまみ出せよ。
なんて思いながら絡みたくないから助けに入ることなく傍観していたら。
「一度定めたルールだろう? 一度の例外を許すと他の人もいいだすぞ」
聞き慣れた声が、怖気付くキャストとオラつく客のやりとりを切り裂くように響き渡る。
「それに、他にも複数買いたい人はいるだろう。みんな我慢してるんだ、我慢したらどうだ? 大人だろ」
「も、申し訳ございません……ですがこの場を収めるには……」
言葉を続ける百鬼さんに謝罪せるキャストさんだが、百鬼さんは不思議そうにしながらレジ横の装置を指差す。
「その防犯装置は飾りってわけではないだろう? ルールを無視し一方的に罵詈雑言を浴びせるのは立派な犯罪だ。装置を稼働させる理由になるだろ」
「唄子……あんまりなんでもかんでも首突っ込んでいいもんじゃないぞ? トラブルの元だ」
厄介な客だが、穏便に済ませるにはもう十個売ればいいと思う。だが、それだと百鬼さんが言うように我慢している人にとっては悪手だ。
「おいおいなんなんだよてめぇはよ! 調子乗ってんじゃねぇぞ!?」
「ちょっとりゅーくん、この女まじキモいんだけど。正義ぶってるのマジ寒い」
あ? なんだこいつらシベリア送りにでもされて凍えて死ね。
「ルールも守れない人間がなにを言おうが構わないが、他の客への迷惑だ。一個だけ買って去れ」
並んだことに対する最低限の譲歩だろうか、こんなやつら買う資格ないだろ。
「まじ調子乗ってんじゃねぇぞクソアマが! 痛い目あわねぇとわかんねぇみたいだなぁおらぁ!」
荒ぶるキチガイは、大衆の面前ということを忘れて大胆にも俺の妹の御尊顔を殴ろうと拳を勢いよく繰り出す。
「はいそこまでね。正論パンチで取り乱すなよ、情けないよ?」
間一髪、俺は手のひらで拳を受け止める。すごい痺れる重いパンチ。こんなので女の顔殴ろうとするなんてやっぱりキチガイはレベルがちげぇや。
「おいマジなんなんだよてめぇら! ぶっ殺すぞ!」
発狂するキチガイを払いのけて、俺はレジ横の機械へ目を向ける。
「ちょっとごめんよ」
そして、パチッとスイッチを下から上へと切り替える。
「な、なにしてくれてんだてめぇ!?」
「俺に危害加えた時点で傷害罪は成立してんだよ、大人しくしょっ引かれてろよこのドグソが」
法律なんて微塵も知らないが、多分人を殴ったら傷害罪だった気がする。
「つかてめぇら人の大事な妹によくも失礼な態度とりやがったな? 死刑以下の刑罰受けろカス」
「てめ、誰に口聞いてんだゴラ!? 警備が来る前にてめぇとその女ボコボコにして後悔させてやるよ」
あまりにもバカな発言に、俺は笑いを禁じ得ない。誰が誰をボコボコにするって?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます