取引33件目 コーヒーカップ
「唄子ありがと。ボク、ほら食えよ。そろそろ泣きやめ」
「あいずだあああ! いいのお兄ちゃん!」
「おう、食え食え」
ソフトを少年に手渡した途端、少年の顔から涙が嘘のように瞬時に消え去る。
「おいしい!!」
「そかそか、それはよかった」
ペロリとソフトを完食するまでの間、俺と百鬼さんは辺りを見渡してみたが、子供を探す親らしき存在は全く見当たらなかった。
「そういえばボク、怪我大丈夫?」
「そういえばいたい気がする……」
クイっと自分の足元を見て、酷く怪我する膝を見つめる少年だが、ケロッとしているように思える。
「怪我では泣かないんだ」
「このていどで泣くほどこどもじゃないよ!」
ソフトちゃん落としてギャン泣きするのによく言えたものだ。
「唄子、とりあえず俺らで見ててもなんの解決にもならないからキャストさんに任せよう」
「そうだな。私たちが必死に保護者を探すより、パーク内で保護してアナウンスしてもらうのが手っ取り早い」
ソフトを食べて満足げな少年と一緒に保護者を探してもいいとは思うが、親も心配しているだろう。
アナウンスして迎えに来てもらう方がこの子にとっても、保護者にとっても助かることだ。
「あ、すみません。迷子なんですけど、迷子センターまで案内してもらっていいですか?」
キャストさんを探そうとしたところ、タイミングよくパーク内を巡回するキャストさんを発見。
すかさず声をかけて、迷子の少年を保護してもらう。
「教えていただきありがとうございます! あとは私どもの方で責任を持って対応させていただきます!」
帽子を取って、深々と頭を下げるナイスガイなキャストさんは、深々と頭を下げる。
それにつられて、キャストさんに手を繋がれている少年もぺこりと頭を下げてくれている。
「お兄ちゃん、アイスありがとー!」
「おう、ちゃんと怪我見てもらいなよー」
キャストさんに怪我のことは伝えてあるし、しっかり処置をしてもらえると思うが、少年自体が怪我に無頓着すぎた気がする。
最近の子は自分の命や体を軽んじすぎてないか?
「なんとかひと段落?」
「そうだな。にしてもテーマパークの子供は警戒心というものがないのか? 二人に会って二人とも人懐っこい子だったな」
着ぐるみを信じない少年に、ソフトを落とした少年。
俺一人なら多分適当にあしらっていただろうが、百鬼さんの性格的に放って置けないんだろうな。
なんて思って放って置けなくなってきている自分がいる。
きっとあの日の事故があって、百鬼さんの言葉があって、今の自分があると思う。
『白いシャツにジーンズを履いた五歳児のハルヒロくんをヘルプセンターでお預かりしております。保護者の方はヘルプセンターまでお越しください。繰り返します――』
パーク内に、つい先ほど少年を預かってくれたキャストさんの声がこだまする。
「仕事が早いなあのキャストさん」
「あの少年ハルヒロって名前だったのか」
まだ五分くらいしか経っていないのに、もうアナウンスをしてくれている。テーマパークでは優秀な人材しか雇わないというのは本当の話なんだな。俺がバイトに落ちたのも納得だ。
「とりあえず俺らもここから移動するか」
「そうだな。お兄ちゃん、私はあれに乗りたい」
百鬼さんが指差すその先には、コーヒーカップ。カップルがキャッキャと騒ぎながらカップを回して楽しんでいる姿が目に映る。
「よしいいぞ唄子、あいつらより爆速で回転させるぞ」
「あのアトラクションは早く回せば回すほどいいのか。分かった、ひたすら回そう」
アトラクションの趣旨を間違えてる気がするが、実際回転速度にこだわる人も一定層はいるだろ。
回る速度には上限が設定されていると聞くが、その上限がどれほどのものか試したくてウズウズする。
「唄子は三半規管つよいか?」
「ああ問題ない、お兄ちゃんこそ大丈夫なのか?」
「三半規管に関しては死角がないよ? 多分千回回ってもまっすぐ歩ける」
小学生の頃にはやった、バットにデコをつけてぐるぐる回って直進する遊び。俺はあれの全勝者だ。つまり三半規管の王者ってわけだ。
この歳になってその遊びをしたことはないから一抹の不安はあるものの、三半規管は大人になるにつれ強くなるだろ多分。
「これはそれほど並んでないんだな」
「回転率いいんじゃない? 回転するアトラクションだけに」
場が凍るとは多分このことだろうな。百鬼さんは一秒ほど言葉を失ったのち、スタスタとそのまま人が並ぶ列に混ざった。
「次のグループの方ご案内しまーす」
「並んですぐ乗れるんだな」
「比較的地味なアトラクションだからじゃないか?」
定番だが、定番ゆえに人気は新鮮味のあるアトラクションや刺激のあるアトラクションに横取りされている気がする。
「ほう、これを回せばいいんだな?」
「時計回りに回すって書いてる」
カップの裏に、回す方向が記載されている。これ反時計回りでも回るっぽいけど、左に回したらどう動くんだろう。
わざわざ時計回りに回すように言われているのがどうにも気になる。妙なところで好奇心が芽生えてしまう。俺の悪い癖だと思う。
「お兄ちゃん、ダメだぞ?」
「え、なんのことだ」
百鬼さんに先手を打たれた。
『カップにインした皆さーん! これから皆さんが乗ったカップはソーサーの上を優雅に漂います』
アトラクションに隣接するおそらく制御室と思わしき部屋で、お姉さんがマイク越しでこのアトラクションの遊び方をストーリー仕立てで説明してくれている。
『皆さんは、中央のハンドルでカップたちの軽やかな舞をお手伝いしてあげてくださーい。それでは楽しんでー!!』
お姉さんがそういうと、まるで舞踏会で流れていそうな曲が流れ始め、カップが設置された台――もといソーサーがゆっくりと動き始める。
カップが大きな円を描くように動く中、ちらほらとカップ自体が回転していく。
「唄子、俺たちも回そ」
「ああ、めざせ最速だな」
ひとまずハンドルを目一杯まわし、力の限りそれを解放するように手を離す。
余韻で十分周り続けるハンドルに、百鬼さんが手のひらでさらに加速させる。
「椅子のふち持たないと吹っ飛びそう」
「遠心力が……」
体が遠心力で振り飛ばされそうだが、回すのをやめない百鬼さん。明らかに周囲より三倍は早く回転している。
「速度上がってなくないか?」
「これで上限なのかもな」
吹き飛びそうにはなるが、吹き飛ばない程度の速度で制限されているようだな。これ以上速度が上がったら間違いなく吹き飛ぶ。
『おかえりなさーい! 皆さん優雅な舞でしたよ! また来てくださいね〜!』
「終わりか」
「みたいだな」
優雅な舞が終わり、周りのカップルたちはゾロゾロと散っていく。
「結局このアトラクションは何が楽しめるポイントなんだ? ただ回っただけだぞ」
「そだな、なんの目的で作られたんだろなこれ」
周りを見る限り嬉しそうにニヤニヤするリア充どもだがこのアトラクションに、笑顔になれるポイントあったか?
あまり理解できないまま、俺と百鬼さんは次のアトラクションへ向かうことにした。
「あ、次行く前にここ寄っていい?」
「む? ゲリラパレードの開催地?」
そう。そろそろこの周辺でゲリラパレードがあるらしい。
「場所や時間が決まっていたらゲリラではなくないか?」
「この辺で多分この時間って情報しか出てないから、ギリゲリラ判定なんじゃない?」
スマホで調べる限り、ゲリラパレードの頻度は不定期だが、開催一時間前には公式から発表されるし、マニアが徹底考察して予想しているサイトもある。
もはやゲリラとは? となるが、まぁどうしても見たい人もいるだろうし親切設計だな。
「周辺に人が多いな、みんな情報を見ているのだろうか」
「多分そう。なんかゲリラのパレードだと、キャラがランダムで歩いてくるらしいよ」
「そうかわソフトちゃんが見たい」
すっかりソフトちゃんに虜の百鬼さんは、無事ちゃんと見れるだろうか。誰が来るか期待しながら周辺で待っていると、にぎやかなサウンドがあたりに鳴り響いた。
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