取引32件目 ソフトちゃん

 急転直下。

 言葉を発する余裕もなく、ただただ腹の底から悲鳴だけがかってにこぼれ落ちてくる。


 ただただ降下し、ひたすらぐるぐるしたレーンをコースターが超スピードでぐるぐる回転していく。


 心なしか、スピードに翻弄され後方が浮いている気がする。これ命に支障ないよな?


「「ぎゃああああああああああ!!!!」」


 コースターが上下逆さまに走っている。なぜここでレーンを下向きにしてコースターを下向きに走らせようと思ったのか。


 設計者にこんこんと説教がしたい。そんな余裕今はないが。


 レーンが下向きのまま進行を続けるコースターに、俺は敵意すら覚えてしまう。


「…………生きてる?」

「なんとかな……」


 体感時間約二時間。地獄のような空の旅は終了した。心臓がなんども飛び出したような気がしたが、気のせいだったようだ。


「だが楽しかったなジェットコースター!」

「まぁ非日常感はひしひしと実感できて良かった、楽しいかどうかと聞かれたら回答に困るけど」


 アトラクションを降りて出口へと向かう時、ふとモニターが目に入る。そこには人だかりができていて、どうやらアトラクションの最中に隠しカメラが作動していたようだ。


「唄子、写真撮られたタイミング分かった?」

「おそらく落ちる寸前じゃないか? レーンの骨組みの上部にソフトちゃんのオブジェがあったしあれがカメラだろうな」


 確かにソフトちゃんのオブジェがあったような? 俺には目視する余裕なかったぞ。


「あ、見て見て。あんな速度出るアトラクションでこんな綺麗に撮れるなんてすごいよな」

「お兄ちゃん無表情じゃないか」


 人間って許容範囲を超えると表情は機能しなくなるんだ。今知った。


「そういう唄子はうっきうきの顔してるな」

「あの浮遊感にワクワクした」


 無表情の兄と百点の笑顔の妹がガッチリと手を絡める姿が映る写真は、なんと二千五百円で販売されていた。とりあえず買った。


 記念にしては高すぎないか? なんて言われたが、記念なんてそんなものだ。


 写真を購入して、次の目的地へと向かう。ソフトを買いに行く。

   

 ソフトちゃんのソフトを買う為に並ぶレジ列で、何人もぐったりとした人が並んでいる姿を目撃する。


 俺と百鬼さんもその一人だ。いや、百鬼さんもう回復してね?


「お兄ちゃん見てくれ、バニラ味とココア味があるぞ」

「どれがいいの?」

「迷うな……」


 ソフトちゃんをイメージしたバニラ味。

 ソフトちゃんのライバルキャラ、そふとサマをイメージしたココア味。


 どちらも各キャラの顔イラストがチョコペンで描かれていて、写真映えする。


 だが、キャライメージのソフトのため、ミックスでの販売は行なっていない徹底ぶり。


「迷うが……ここはソフトちゃんだな」


 百鬼さんが答えを出した時、ちょうど店員さんが俺たちを「こちらへどうぞー!」と明るく呼んでくれた。


「ソフトちゃんとそふとサマ一つずつください」

「はーい! 千六百スイーツです!」


 ここジャパンランドにおいて、日本国の通貨はスイーツへと変換される。

 一スイーツ一円だ。


「左にずれてお待ちくださーい!」

「はーい」


 指示通りに左の待ちスペースのようなところにずれて、大人しくソフトちゃんたちが来るのを心待ちにしている。


「唄子そのサングラスとカチューシャ似合ってるな、通勤時にもしたら?」

「冷ややかな視線で社会復帰できなくなるだろ」


 身につけるもなピョンのサングラスとカチューシャが異様に似合う百鬼さん。百鬼さんというか唄子の容姿。


 圧倒的パリピ感が出ていて、それで出社した日には社内が明るく活気に溢れると思ったんだが、却下されたか。


「お待たせしましたー! ソフトちゃんとそふとサマでーす! 楽しんでねー!」


 ソフトちゃんたちを受け取ると、店員さんはブンブンと手を振って見送ってくれた。ハイテンションな店員さんを見ているとなんだか心が躍ってこっちまでテンションが高くなる気がする。


「んまぁああ」


 隅にあるベンチに腰掛けて、ハムッと小さくソフトを頬張る百鬼さんは、とても美味そうに食べていた。


「可愛いし美味しい。すごいなソフトちゃん」

「ほい、こっちも食べるか?」

「いいのか!?」


 そのために俺はそふとサマを選んだからな。


「こっちも抜群に美味しい!」


 どっちも美味しいと悶える百鬼さんは、「バニラも美味いぞ?」と俺の目の前に差し出す。


 お言葉に甘えてソフトちゃんを一口いただいた。


「うま。コンビニに売ってるソフトがテッペンだと思ってたけどレベルが違ったわ」

「コンビニこソフトもなかなかだが、流石に店で絞ってもらうものには劣るだろ」


 最近ソフトクリーム専門店なんかが増えているが、俺はそれらの有象無象よりコンビニに売ってる二百円くらいの少し固いソフトの方がうまいと思うんだよなぁ。


 あんなの所詮見た目だけ取り繕ってるだけだし。ソフトちゃんたちは違うが。


「――うわぁぁぁん!! あいずおちだぁぁぁ!!」


 ドスっと鈍い音が、俺たちが座るベンチの後ろから聞こえた。それと同時に、泣きじゃくる子供の声が聞こえる。


「近くで子供が泣いてないだろうか?」

「たぶん真後ろだな」


 おそらく一人で阿鼻叫喚な空気を作り上げる子供は、泣き止む気配がない。それに近くに保護者の気配もない。


「おーい大丈夫かボク?」

「あいずがぁぁぁ」

「なんの合図待ちしてるのかな?」

「ぶわぁぁぁぁぁん!」


 だめだわっかんね。


「多分、アイスが落ちただろ。早く泣き止ませないとお兄ちゃんが泣かせたみたいになるぞ? そんな派手な見た目してるんだから」


 派手な見た目は一緒じゃないか。


「親はいないのか?」

「あいずぅぅうう」

「怪我してないのか? 痛いところないか?」

「おちだぁあああ!!」


 ……。だめだこりゃ。


「わかったわかった、とりあえず落ち着こう? な?」


 見たところズボンが破けるほど膝を怪我している。だが、怪我の痛みで泣いているわけではなくアイスが落ちたことに絶望して泣き喚いている。


「唄子、ちょっと見ててくれるか? 買ってくる」

「ああ、それしか泣き止ませる方法がなさそうだな。頼んだ」


 どこで親とはぐれてしまったんだろうかあの少年は。


「あ、お兄さんまた買いに来てくれたんですか!?」

「やんごとなき事情で……」


 なぜか店員さんに顔を覚えられていた恥ずかしさから、言葉の歯切れが悪くなる。一回買いに来ただけなのになぜ覚えられているのだろう。


「美人な彼女さんとシェアする用ですか?」


 ああなるほど、唄子のビジュが強すぎて隣にいた俺も覚えられていたのか。


「いえ、泣き喚く子供用です」

「お子さん連れだとパパさんママさんは大変ですもんね。頑張ってください!」


 あれ、なんか勘違いされてないか?


「あはは……頑張ります……」


 少年が落としていたアイスは、白いソフトちゃんだった。だから新しくソフトちゃんを入手して少年に渡せば、万事解決。


 親が見つかればの話だけど。

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