取引31件目 ジェットコースター
『みんなぁ! ボクようかんくん! 今日みんなに会いたくて工場から抜け出してきたよー!』
「「「わぁぁあ! ようかんくーん!!」」」
……。
「唄子、これ……」
一言で言えばひどい。
長方形の着ぐるみから手足が生えて、よたよたと歩いている周りに、小豆色の服を着たキャストさんたちが派手なパフォーマンスで辺りを散策している。
「見ろお兄ちゃん! ようかんくんが手を振ってるぞ!」
「まじすか……」
不気味な着ぐるみに歓声を送る子供たちと同じようなテンションで、百鬼さんはようかんくんにキラキラとした視線を送っていた。
「あれ抱きついたら硬いのだろうか」
「中身おっさんなんだから抱きつくなんてお兄ちゃん認めません」
テーマパークのキラキラしたキャラの中には、社会に揉まれ疲弊した中年男性が入れられている確率の方が高い。
稀に女子大生なんかも入っていると聞くが、そんなものガリガリくんであたりを当てるような確率だ。
「ようかんくんはようかんくんだよ? 中身は国産小豆なんだよ?」
「へ?」
足元で、か細く震える声が聞こえた。
見下ろせば、コテンと首を傾げた幼い少年がいた。
その少し奥には、俺を睨みつけるおそらく母親が佇んでいる。
「お兄ちゃん、子供の前でその発言は禁句だ」
「あーなるほど」
耳元でボソッと教えてくれる百鬼さんのおかげで、俺は全てを把握した。俺は幼稚園の頃から中身がいることは知った上で楽しんでいたが、世間一般ではまだあの年齢の子からしたらあれはようかんくんなんだな。
「ごめんねボク。お兄ちゃん無知だから知らなかったよ。教えてくれてありがとう」
「いいよ。間違ったちしきをどうどうとはなすバカはすくいようがないないってパパがいってたけど、お兄ちゃんはすくいようのあるバカなんだね」
なんだこのクソガキ。今すぐ事実をぶちまけてやろうか。
というか最近の子供ってみんなこんなにも大人びていて生意気なのか?
「そ、そうだね……でもね? 今君の持ってる知識が正解だって確約されてるほど社会は優しく――いったい!」
「子供になに吹き込んでいるんだ馬鹿者」
しゃがみ込んで少年と視線を合わせて優しく現実を突きつけようとしたところ、妹の手によって俺の頭に鉄拳制裁が下る。
「すまないな少年、無知な愚兄は後で私の方で叱っておく。今はパークを楽しんでおいで」
「うん! お姉ちゃんバイバーイ!」
ハイテンションにブンブンと手を振りながら親の元へ走っていく少年は、頬を赤く染まらせていつまでも手をこちらに向けて振っている。
「なんでお兄ちゃんにはバイバイしてくれないんだろ」
「嫌われてるんじゃないか?」
俺を横目に百鬼さんは少年に優しく手を振り返している。
「……唄子の体で少年の初恋泥棒するのやめて」
「なんのことだ?」
俺が小さい頃なら美人な人と目が合った時点で惚れてるね。齢六歳の時の初恋の記憶を、俺は決して忘れない。
「あの歳の初恋ってなかなか忘れらんないんだよ」
「それはお兄ちゃんもそうなのか?」
「まぁね」
賑やかに散策していたようかんくんが隅へとはけていくのを見送って、俺たちはフラフラとアトラクションを物色している。
「そ、それはどんな人なんだ?」
「多分俺よりちょい上の人。一回しか会ってないしちっこい時の記憶だしでほぼ曖昧だけど、いい人だった」
六歳の俺からみて、少し大人びて見えたあの人は元気にしてるだろうか。
「いい記憶だな」
「な、ほんとそう思う。なに乗りたい?」
アトラクションの待ち時間が書かれた電子板の前に立ち、人の肩越しに覗き込むように背伸びする。
「待ち時間が長いものから行かないか?」
「そだな、ファストパスあるから関係ないもんな」
長蛇の列ができる一番大きなジェットコースターへと向かうことを決め、パークの中央エリアへと歩みを続ける。
パーク内に数個ある中でも唯一人が減る時間がやってこない、ソフトちゃんのツイストコースター。
数多のカーブが織りなす絶叫マシーンは、社会に疲れた大人のストレス解消にピッタリらしい。
「その前にソフトちゃんソフト食べない?」
「なんだそのくどい名は」
「ソフトちゃんエリアの名物らしい」
パークの公式サイトに書かれた人気アイスの文字。
「あ、でも待って。絶叫系のって吐いたら嫌だから後にしよ」
「そうだな、乗ってからにしよう」
甘いもの食べて刺激されたら間違いなく吐く自信がある。
最近胃に自信がないんだ、歳だろうか。
「大人二名様、ファストパスですね。確認しますねー」
電子で発行したファストパスを、スマホの画面でキャストさんに見せると、電子スタンプを押して使用済みのマークを押印してくれた。
一枚消費されたファストパスだが、まだ余裕で待ち時間なしで楽しめるだけの枚数が残っている。
まぁ無くなっても買い足せばいいだけなんだけどな。
「さぁ奥でソフトちゃんが待ってます! 楽しんできてくださいねー」
「はーい」
「お兄ちゃんデレデレしてるな」
「してないわ」
キャストさんのハイテンションに合わせたら、百鬼さんに変な誤解された。
当の百鬼さんは、恥ずかしげにキャストさんへ手を振り返している。日常から離れたテーマパークでくらい、全力ではっちゃければいいのに。
「あ、見て唄子。ソフトちゃんの銅像ある」
アトラクションまでの順路に、堂々と聳え立つソフトちゃんの大きな銅像。百鬼さんの肩をポンポンと叩いて存在を知らせる。
「なんというか……」
言いたいことは分かる。
なぜあの形状を銅像にしようと思ったのか、これはきっと運営の悪ふざけなんだろうな。
綺麗に巻かれたソフトが、茶色に近い色合いだと、大半の人間はあれを思い浮かべてしまうのは自然の摂理だろ。
「まじうん――」
「こら、下手なことを言うなお兄ちゃん」
失言しかけた俺の頬を、グイッとツネってアトラクションへと進んでいく百鬼さん。
「さっき失言して子供の夢を壊しかけたところだろ、反省しろ」
「すません」
近くにいるカップルにクスクスと笑われ、恥ずかしさを感じつつも、俺たちはついに絶叫マシーンへと足を踏み入れた。
「一番後ろって怖いんじゃ……?」
「なんだお兄ちゃん怖いのか? 手を握っててやろうか」
「こ、怖くないが?」
長く連結するコースターが平面のレールを徐々に進んでいく最中、揶揄うような笑顔で百鬼さんが俺に手を差し出してくる。
兄として、男としてここは格の違いを見せる時だろ。別に怖くないし。
「おぉ、随分と鋭角に高く登るのだな」
「ま、まぁ? これくらいは許容範囲っていうか……」
ガタ……ガタとコースターが揺れ動く。まだ上昇を続けているが、先頭はすでに降下を始めているようで、ジワジワと落ちていく感覚にワーキャーと悲鳴が聞こえている。
数秒後には俺を落ちるのか……。
「お兄ちゃん、これ安全なんだよな?」
「多分死にはしないんじゃない?」
頂点からの景色。それは、初めてジェットコースターに乗る百鬼さんには刺激が強すぎたようだ。
さっき俺に見せた余裕はもう見る影もなく。
「すまない、手を握ってていいか」
「しかたないなぁ」
やれやれとため息をつきながらも、内心安堵している。だって俺から言ったら兄としての威厳があれだし?
「感謝する」
言って、ぎゅっと俺の手を握る百鬼さん。
その瞬間――
「「ぎゃぁぁあああ!!!」」
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