取引36件目 謎解きスタンプラリー

「あ、そうだ。これやってみないかお兄ちゃん?」

「ショップでもらった謎解きスタンプラリーか」

「そろそろ昼時だし、パーク限定フードでも食べ歩きながらまったり行こう」


 そう言いながらまずは首にかかったポップコーンを二人でつまむ。


 スタンプラリーの問題数は五問。

 各設問に対して謎を解明して導き出した場所へと行けばスタンプと次の問題が隠されている。それを全て集めればもなクマたちのスペシャルグッズが貰えるらしい。


「まずは一だな。ふむ」


 スタンプカードに記載された問題を一目見て、百鬼さんはマップの見取り図を確認する。


「一つ目はここだな。西の方だ」

「もう分かったんすか?」


 問題は、パークの入り口にいるもなクマが指し示す方向にあり。と書かれているだけ。


「入り口にもなクマのイラストが書かれていただろ?」

「いや記憶にない」


 銅像なりなんなりの形があるものだと記憶に残るが、イラストとかは作画に記憶していない。


「……あったんだ。それが指し示すのは西の方面、そしてマップを見るとそこにはもなクマともなピョンのフォトスポットがあるそうだ。きっとそこにあるぞ」

「なぁるほど? とりあえず行こう」


 百鬼さんの記憶力に恐怖を覚えながらも、俺たちは西へ西へと進んでいく。フォトスポットにスタンプが置かれていたらみんな気付くと思うんだけどな。

   

「にしてもよく覚えてましたね、イラスト」

「全てを目に焼き付けておこうとおもっていたからな。ジェットコースターで怯えていたお兄ちゃんの姿も鮮明に覚えてるぞ?」

「忘れてもいい記憶ってあるぞ」


 本当にスタンプがあるのか? なんて不安げになりながらも目的の場所へと辿り着いていた。


「はぁーい! 現在お写真待ち時間ございませーん! あ、そこのイカしたカップルさん! 一枚どーです!?」


 腹の底から声を出すキャストさんは、俺と百鬼さんを視界に入れるなり、ロックオンしてひたすら絡んでくる。


「なんとお二人限定で! お写真撮っていただけるとこちら! スタンプ押しちゃいまーす!! ささ、おスマホを」


 こいつ……。俺たちがスタンプを集めてることを知って絡んできやがったな?


「……お願いします」

「あーい! 喜んでぇ!!」


 居酒屋か。


「お二人もっと寄っちゃってくださーい! あーい! いい感じぃ!!」

「ノリがしんどいなあの人」

「まぁまぁ、頑張ってくれてるんだからそう言うなって唄子」


 ぎゅっと密集するように肩を寄せ合う俺と百鬼さんをさらに挟み込むように、もなクマともなピョンが横から圧をかけている。


 絵面的にとても暑苦しい。


「あーい! 素敵なお写真撮れましたぁ! ご確認お願いしまーす!」


 使用したのは俺が使うごく普通のスマートフォン。

 だが、光の具合や画角、全てにおいてが素晴らしく、被写体も自然な表情をしていた。


 この人がここにいるのは、カメラの腕を買われたからか?


「まじで素敵な写真ですね」

「でしょ? カメラマンの腕がいいからね!」


 ニャハハと照れ気味に笑うキャストさん。この人まじで根本からテーマパーク向いてる人なんだろな。


「はい! 約束のスタンプね。これは次の問題! むっずかしそうに見えてまぁじで簡単だからすぐ解けるよ」


 ポンとスタンプを押してくれるキャストさんは、ヒントとして難しく考えすぎないようにと助言してくれた。


 問題には『真実は虚言の裏にある』とだけ記載している。これもはや問題じゃないだろ。ただの一言じゃないか。


「真実は虚言の裏……? さっぱりだな」

「とりあえず名物の肉まん食わない? 問題なら解けてるから」

「解けたのか!?」


 これは実に単純だった。バカで単純な俺でもすぐに解けるほどには。百鬼さんは頭いいから逆に考え込みすぎたんだろうな。


「ここでいう真実ってのは、問題が書かれた紙のこと。で、真実の裏ってことは?」

「紙の裏……そうか。そういうことか」


 俺が百鬼さんに髪を渡すと、瞬時に裏を向けて、書かれた答えを読む。


「ふむ。ここって、今向かっている場所か?」

「んー? どれ?」


 裏面に記載されたマップを見ると、肉まんを買いに行こうと向かっているフードカートの側面にスタンプがあると記載されていた。


「まじじゃん。ラッキー」


 食後にスタンプを集められる絶好の場所だな。それが狙いか?


「肉まん二つください」

「まいど!」


 そう言ってチャイナドレスを着たキャストさんは笑顔でオーダーを聞き入れてくれた。


「なんだお兄ちゃん、チャイナドレス好きなのか?」

「なんで分かっ……いや、別に?」

「もうほぼ言ってるじゃないか」


 チャイナドレスを着たお姉さんを見ると、ついつい本能的に目で追ってしまう。


「んなこと言ったって唄子もチャイナドレス好きだろ、多分全人類好きだぞ?」

「確かに……可愛い服だとは思う」

「だろ?」


 やはり世界は少しのエロを感じる衣装を求めているんだ。だから目で追ってしまっても致し方ないことなんだ。


「唄子も今度来てみたら?」

「それもいいかもしれないな」


 その時はぜひ唄子ではなく百鬼さんの体でお願いしたいものだな。


「肉まんお二つお待たせしました……アル」

「急なキャラ付け!?」

「マニュアルに語尾をアルにするって書いてあるアル。忘れてただけアル」

「へー、頑張ってください」


 チャイナドレスにはアル。そんな自然の摂理を守るようにこのキャストさんも語尾を変えてきた。


 どうやらこのフードカートのマニュアルには、語尾はアルにして雰囲気を演出するように言われているようだ。


 なんて最高な世界観なんだ。


「なぁお兄ちゃん、実際アルって言うのか?」

「言わないんじゃないか?」


 フードカート前のベンチに座って肉まんを頬張っている。


 ふわふわの生地に、ランダムで焼き記されたキャラのイラスト。ただそれだけの肉まんだが、シンプルな美味しさゆえに絶品。


 チマチマと細工された芸術のようなものも当然美味しいが、ダイレクトに味だけで勝負するシンプルなものも単純に美味い。


「日本人特有の解釈というものだろうか」

「そうなんじゃない? そっちの方が萌えるとか」


 アルが萌えるかは俺には分からない範囲だが、多分萌える人は萌えるんだろうな。


「いっかいアルって語尾につけてみて」

「いやアル」


 ぷいっと顔を逸らしてぼそっと言う百鬼さんは、きちんと語尾にアルを付けてくれていた。


 こりゃ萌えるのも理解できるわ。


「……にしても本当に美味しいなこれ」


 恥ずかしいのか少し耳を染める百鬼さんは、話を逸らすように肉まんを褒め称えている。


「コンビニのやつより断然美味しいしボリュームもあるな」

「なぜ君は比較基準がコンビニなんだ」

「コンビニ便利だろ」


 コンビニに行けば大抵のものはそこそこのクオリティで手に入る。つまりコンビニさえあれば人間は生きていける。


 だからこそ、いろいろな比較をする時コンビニの商品基準に考えてしまうのは仕方ないことだ。悪いのは便利になりすぎた世の中だな。


「確かに便利だな、私もつい頼りがちになってしまう。金銭面も栄養面でも頼り過ぎは良くないと分かっているのだがな……」

「そんなこと気にし出したら生きていけないだろ」


 割と大きめの肉まんだったが、ハグムシャッと完食した。


「さ、行くか」

「そうだな、随分近くの目的地だものな」


 百鬼さんも完食したようなので、スタンプを集めるためにマップに書かれていた場所へと移動する。


 そしてそこには、ちょうど死角になる不自然な形の壁があった。

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