取引26件目 友達<家族

「見ろ、両親しかいないんだ」

「ご両親のイチャイチャはなんとも思わないんすね」


 百鬼さんの両親のトプ画はともに、ツーショットを設定している。実際百鬼さんの入院が決まった日にあったことがあるが、お互いが純粋な愛を持って過ごしてる故の連帯感があった。


 阿吽の呼吸で手続きを済ませる百鬼さんのご両親を見ていると、ただ尊敬の念しかなかった。


 遠方に住んでいるにも関わらず颯爽と現れ、ただの娘の部下ごときにも真摯に、付き添ったお礼を告げる姿は、さすが百鬼天音の生みの親と言わざるを得ない。


「両親のは別に気にならないだろ」

「まぁそんなまで気にし出したらやばいっすからね」


 惚気てるトプ画見たくなくて友達消すのも相当やばいけど、なんて一言で百鬼さんのライフは尽きた。


「だってしょうがないじゃないか……みんな動物の写真にすればいいのに……」


 それは俺も思う。レスバしててもつぶらな瞳の小型犬のトプ画なら殺意はすーっと消え去る。


「だがもうラインを開く機会はないんだろうな」

「職場の人間にはショートメッセージで事足りますもんね」


 営業部内の遅刻や欠席の連絡は、使用スマホのショートメッセージで行うため、プライベートで連絡を取ろうと思えばいつでも連絡が取れる。


 だからこれといってラインを開かなくても支障はない。


「けど、新作のスタンプとか試し打ちできる友達欲しくないすか?」


 俺は項垂れる百鬼さんの前に、自身のアカウントの二次元コードをスマホに灯らせて提示する。


「友達に……なってくれるのか」

「てか、家族じゃないすか」

「家族……そうだな、家族だ」


 唄子のスマホがあるから精神を宿している間はそれを使えばいいと思うんだが、年頃の女性のスマホを使うことは憚れるらしい。


「あ、惚気たりしてないか……?」

「相手いねぇよ」


 惚気る相手がいたら絶対匂わせたり、後ろ姿とか、料理のそばで彼女の手だけが写ってる写真をトプ画にしそうが、なにぶん相手がいない。


 百鬼さんの心配は杞憂なのだ。


「……?」


 俺のラインを追加した百鬼さんは、なぜか首を傾げている。


「電波が悪くて画像が表示されていなくてな、何を設定しているんだ?」

「え、何も設定してないですよ?」

「……なぜだ。面白みがないだろ。惚気だと辛いが何もないと寂しくなるだろ」

「めんどくせぇなこの人」


 めんどくさいことを言うこの人のトプ画と背景は、何かの建造物とどこかの夜景だった。


「設定しないのか?」

「なくても別に困らないんすけどね」


 設定するまで言われそうな雰囲気を察した俺は、徐に机に並ぶ唐揚げにカメラの標準を合わせる。


「トプ画はこれでいいっしょ」


 食べかけの唐揚げだが、これは一周回ってオシャレでは? いい感じにカットしたレモンがいい味を出していて、まるで居酒屋のような雰囲気すらある。


「食べかけだぞそれ」

「男のSNSなんてこんなもんんでいいんすよ。俺が加工ガチガチの自撮りとかしてたらやばいっしょ?」

「べ、別にそんなことは思わない、ぞ……?」


 笑い堪えるあまりに肩震えてんぞ。


「てか百鬼さんは自撮りしないんすね」

「二十五だぞ?」

「二十五すね」


 自撮りをしないのかと尋ねたら年齢を告げてくるのはこの人くらいだろうな。


「もうアラサーまでのカウントダウンは始まってるんだ。自撮りなんてできるか」

「いいじゃないすか、美人なんすから」

「な!?」


 百鬼さんは案外面と向かって褒められることに慣れていないように思える。誤魔化し方が下手だ。


「目が覚めたらまずは快気祝いの自撮りっすね」

「そんなものしないぞ、断じて」

「百鬼さんの自撮りみたいなぁ」


 こう言っておけば多分気が向けばしてくれる。百鬼さんは部下思いのいい上司だから。


 百鬼さんの自撮りを期待しながら、写真フォルダーにあった瓶ビールの写真を背景に設定した。


 こんな写真何考えて撮ってたんだろ。大して珍しい種類でもないし、スーパーでたまに特売してるやつだろこれ。


「じ、自撮りはしない。早くご飯を食べてゲームするぞ、時間は有限なんだ」

「へーい」


 百鬼さんは多分ゲーマーの才能があある。

 まず何時間でもモニターに立ち向かえる時点でそうだと思う。

   

 もくもくと残りの唐揚げを消化して、俺は洗い場に食器を運んだ。


「私の分まですまないな」

「全然いいっすよ。このまま洗っちゃうんで先お風呂行っちゃってください」


 時間は有限、片方が用事を済ませている間に、片方が風呂に入る。

 これが共同生活の基礎中の基礎なテクニックだ。


「ありがとう、お先失礼する」


 百鬼さんは律儀にも頭を下げてから風呂場へと歩いていった。


「真面目な人だな、ほんと」


 そんなことをひとりごちりながら、皿をジャバジャバと洗い流していく。

 今回の強敵は、唐揚げを一時避難させていたバットだな。


 キッチンペーパーを敷いていたとはいえど、油でテカテカになっている。だが、あらかじめ水に浸けていて救われた。


 比較的楽にスルッと洗えている気がする。


「百鬼さんが相変わらず合間に洗ってくれてるし、洗い物が楽だな」


 楽なんだが、百鬼さんの負担が大きい気がするな。今度からは積極的に俺も料理に絡んでいこう。


 そう決めて、洗い物を終えた俺は、家電量販店のまとめサイトに目を通す。


「なるほどなるほど」


 チェックしているのは、一般家庭用の食洗機。

 程よいサイズ感から、少し大きめのものまで。家電量販店に行けば、それなりの金額で購入できるようだ。


 幻中宅には、幸いなことにキッチンのスペースはまだ十分空いている。ここに収まるサイズの食洗機なら、今すぐにでも設置できる。


「後で百鬼さんに聞いてみるか」


 キッチンのことは母さんより、百鬼さんに聞くのがいいだろう。最近は母さんより百鬼さんが料理を作ることが多い時もあるしな。


「またせた。ありがとう」

「全然っすよ。今度家電量販店行かないっすか? うちもそろそろ食洗機を導入しようかと」


 風呂上がりで蒸気を纏う百鬼さんに、俺は食洗機の導入を持ちかける。


「構わないが、両親の同意は得ているのか?」

「母さんも父さんも、前に導入は検討してたから勝手に買っても文句は言われないっすよ」

「ならいい。家主の許可なしで家電を買うのは恐れ多いからな」


 別にそんなこと気にしないでいいと思うんだけどな。幻中家は厳格な家柄じゃないし、とことん緩いからな。


 だって父親が路上ライブしようとするくらいだからな。


「じゃあ都合合う日に行きましょ、風呂入ってきま」

「ああ。次の休日くらいが無難だろうな」


 ならその日に食洗機をゲットするとしよう。

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