取引27件目 実食罰ゲーム

 ***


   

 自室に、白子ポン酢味のポテチがある。


 今から俺たちはこれを賭けて本気の勝負をする。

 十二台参加のレースで一位を取った方の勝ち、どちらも一位を取れなければ引き分け。流石にコンピューターに負ける気はしない。


「覚悟はいいっすか」

「もちろんだ」


 俺が風呂を上がる頃には、すでに俺の部屋でゲームを起動させて準備を完了させていた百鬼さんのおかげで、すぐに勝負をすることができる。


 ゲーム画面内では、スタートのタイミングを合図する三連ランプの光が一つずつ消えていっている。


 そして――


『さぁ始まった! 一斉にスタートを切った十二人のレーサーたち! 勝利を手にするのはどいつだぁ!?』


 リアルなエンジン音と、タイヤが摩擦で擦れる音。それとハイテンションな実況。


 レースが開始すると同時に一気に騒がしくなるゲームに百鬼さんは少しあっけに取られていたようだったが、自身のドラテクにさらに呆気に取られる。


「……なんだこれは、なかなか進めない」

「百鬼さん器用なことしてますね」


 見ると、百鬼さんが操るスポーツカーは、バックで走行している上に、ガードレールに激突している。


「何がどうなってるんだ」

「俺が聞きたいっすね、何してんすか」

「操作を間違えたのかもしれない」


 それは断言できる。間違いなく操作ミスだ。


「……フェアじゃないんで一旦練習しましょうか」

「すまない……」


 なぜ百鬼さんは練習なし一本勝負を引き受けたんだ。圧倒的に負け確じゃないか。

 あまりにもアンフェアだったので、流石にここは操作を覚えてもらうことにした。


「なるほど、ここでこのボタンか」

「カウント前に押し続けるとエンストして出遅れますよ」

「ふむ、繊細な操作が必要なんだな」


 五分ほど練習ステージをひたすら走る百鬼さんは、今ではドリフトでカーブを攻めれるほどには上達していた。


「百鬼さん、もう操作は掴めたっぽいんでやりましょ」

「そうだな」


 これ以上練習されるとまずい。負ける。


『――さぁ始まった! 一斉にスタートを切った十二人のレーサーたち! 勝利を手にするのはどいつだぁ!?』

「あ、やべ。出遅れた」

「む。出遅れた」


 始まったレース。


 コンピューターが操る十台のスポーツカーは、俺と百鬼さんが操るスポーツカーを置いてビュンビュン加速していく。


「お先失礼っすよ」

「すぐ追いつく」


 ボタンをカチカチと押下して百鬼さんより先に加速していく。


『お〜っと出遅れた二号車が加速し出したぞぉ!? ここから追い上げれるかぁ!?』


 実況が盛り上げるなか、俺は加速して先頭車に追いつこうとギアを上げていく。

 深刻なエンストを起こした百鬼さんを突き放すように少し焦り気味に他のスポーツカーを抜かす。


 軽度のエンストだった俺と、割とがっつりエンストした百鬼さんに生まれる時間差は約二秒か?


 百鬼さんはエンストからの復帰に対する時短方法は知らないだろうし、勝機しかない。


『ぐーんぐん加速していく二号車ぁ!! 一号車はまだウォーミングアップ中かぁ! トロイぜ?』

「この実況は公平さに欠けるな。本当に実況者かこいつ。実況席に紛れ込んだ酔っぱらいとかじゃないのか?」

「ゲームなんでね、ちゃんと実況の人っすよ」


 一番後ろを走る百鬼さんを煽るゲーム内の実況者に不満を言う百鬼さんだが、徐々に加速してきている気がする。


「百鬼さん、白子ポン酢味の感想聞かせてくださいね」

「ここから追い抜く」

『あーっと!!?? 一号車が華麗なテクでコーナーを攻めて進んでいるぅ!?』


 百鬼さんはどうやら本調子になってきているようだ。


『二号車! 最終コーナー突入! だが前には敵がたくさんいるぞぉ!? 追い抜け! 追い抜けぇ!』

「っ! これやばくね」

「諦めるか?」

「全然?」


 華麗に、前方を走るスポーツカーに体当たりしながら抜かして駆けていく。

 だがなぜだ、現在一位のコンピューターに追いつける気がしない。


「捉えたぞ、幻中くん」

「いやもう終わりっす」


 百鬼さんは超絶テクで俺の後ろまで追いついてきたようだが、もう決着はついた。


『ゴーッル!! 四号車が二位に距離を空けてゴール!!』


 俺たちは、コンピューターに負けた・


「ふむ……勝てなかったか」

「コンピューターつっよ」


 一番弱い設定にしてたはずなんだけどな……。


「一位取れなかったってことは……」

「引き分けだ、二人で食べるぞ」

「……水持ってきます」


 引き分けた以上、罰ゲームは二人で実行する。

 俺も百鬼さんも苦手な味のポテチを食べるんだから、当然口をリセットする水が必要になる。


「――いいすか?」

「ああ、匂いは普通にポン酢だな」


 机には水、口直しの濃いチョコレートを備え、俺たち二人はポテチを手に取り同時に口に放り込む。


 こういう時は恐る恐るじゃなく、大胆に一口で食べるに限る。百鬼さんもその思考らしい。


「……?」


 白子の味がしない。いやそもそも白子の味ってなんだ?


 俺は白子の食感が嫌いで食べなくなったが、味を正確に思い出せない。濃厚なミルクっぽい味だったか?


 このポテチはただのポン酢味な気がする。


「美味しいなポン酢味のポテトチップス」

「一応白子ポン酢らしいっすけど、ただのポン酢すね」

「罰ゲームにはならなかったな」


 ふふ、と和やかに微笑む百鬼さん。


「結局いつも通りゲームして菓子くって寝るだけっすね」

「せっかくだしもう一戦しよう」


 明日はリモートワークだし、少しの夜更かしなら問題ないしな。


 もう一戦することになり、負けた方は勝った方につねられる罰ゲーム付きで開戦した。

 そして寝る頃には俺の腕はヒリヒリと痛みを宿した。


   

 ***


   

 翌朝、俺は机にパソコンと資料を並べた。


「リモートワーク最高」


 上司が隣の部屋にいるとはいえど、大勢の目に常に晒されるオフィスよりは圧倒的に気が楽である。


 社用のノートパソコンを自前のモニターに繋いで二画面表示を実現、ワイヤレスのキーボードとマウスで快適性を重視。


 リモートでワークする準備は万全だ。


「今大丈夫か?」


 時刻は八時前、始業は九時でまだ余裕がある。

 仕事の時間まで漫画を読もうと思っていたが、上司が自室にやってきた。


「大丈夫すよ」

「コーヒーを淹れたのでな、どうかと思って持ってきた」


 入ってくる百鬼さんの手にはマグカップが二つ。自身のコーヒーのついでに俺の分も用意してくれたらしい。


「あざす」

「私は隣の部屋で資料を作ってるからなにかあったら声かけてくれ」

「うす」


 コーヒーを渡してすぐに部屋から出ようとした百鬼さんだったが、ふと足を止める。


「漫画はほどほどにな?」

「あ、はい」


 どうやら百鬼さんの目に、机に置いていたタブレットに映る漫画が止まったらしい。流石に仕事中に漫画を読むほど腐ってはいない。


 ながら見できるアニメにする。漫画なんて読みながら仕事できるやつはいないからな。


「そういえばヘッドフォンの充電切れかけてたな」


 リモートワークに欠かせない少し性能の優れたワイヤレスヘッドフォン。こいつがなければ俺は圧倒的音質で、圧倒的作画のアニメを視聴することができない。


 一時間もあれば十分だろう、俺はヘッドフォンに充電器を繋いでそのまま机にヘッドフォンを放置した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る