取引25件目 唐揚げパーティー

「――油ハネクソ怖くないすか」


 俺は今過去一逃げ腰でコンロに向き合っていた。

 帰宅してからご飯を炊いて、盛り合わせるサラダを用意して、鶏肉の下準備をして、今揚げる寸前の段階。


 百鬼さんと一緒にここまで調理をしてきたが百鬼さんは今、出汁から味噌汁を作ってくれている。


 となれば俺は衣をまとった肉塊を高温の油にぶち込む作業をするほかない。


「これを使えば怖くないぞ」


 そう言った渡されたのは、取手のついた網。


「なるほど、これに肉を乗せてそのまま沈めれば跳ねないってわけっすね?」

「いや、どう考えても鍋に入れれる大きさじゃないだろ」


 ……。


 そっと鍋の上に網を被せるようにしてみる。確かに、鍋より網の方が径が大きい。


「これは食材を油に浮かべた直後に蓋するように持って油を防ぐものだ」

「なるほど」


 家にこんな器具あったんだ。揚げ物ほぼしないのに。


「これを使えば油ハネに怯えず完璧な唐揚げが完成するって訳っすね」


 そうと分かれば早速試すのが出来る社会人。

 サッと、ボウルに群れる肉塊の中から一つを菜箸で摘み上げ、油に触れるか触れないかの近距離からソッと落とし入れる。


「おぉ……パチパチなってる」


 油の熱し方がまだ甘かったのだろうか、ジュワジュワとなるはずが少し穏やかに感じる。


「気をつけろよ、近付き過ぎると火傷するぞ?」

「まぁこのくらいなら余裕っす――あつつつつ!!」


 激動は急にやってくる。

 バチバチと激しく油が揺れ、大幅に弾け飛んだ。


 網を越えてきた高温の油。袖を捲っていた俺の腕にピチョンと触れた。


「気をつけろと言った側から……」

「すません」


 濡らしタオルで拭いてから、冷水で落ち着かせてから揚げ物を再開する。


「いい色に揚がってきたな」

「これって狐色になればいいんすよね?」

「ああ、大体はそれが目安だな」


 銀色のバットにキッチンペーパーを敷いて、菜箸で慎重に引き上げていく。まだ狐色になっていない個体はしばらく油に浮かべておく。


「そろそろいい感じっす」

「こっちもそろそろいい頃合いだ、夕食にしよう」


 言う百鬼さんの方に顔を向けると、ふんわりと出汁の香りが漂ってくる。唐揚げに味噌汁って謎の安心感があって俺は好きだ。


「皿出して来るっす」

「ああ、よろしく頼む」


 食器棚から食器を五種類取り出して一旦リビングの机に置く。


 唐揚げを入れる平皿に、白米を入れる茶碗、味噌汁を入れるお椀、漬物を入れる小鉢、そして箸。


 全て、シンプルなデザインで有名なインテリアショップで揃えたこだわりのセットだ。まぁこだわったのは父さんだけど。


「唐揚げ盛り付けるっすね」

「私は味噌汁を入れよう、ご飯はもう入れてあるぞ」

「あざす、漬物もすぐ入れて持ってきます」


 瞬時に自分がやるべきことを判断し、役割を全うする。


 皿に盛り付けると気づく。これ二人前じゃないな。


「百鬼さん、これ見てくださいよ。漫画盛り」

「量を測り違えたな。だがたまにはドカ食いもいいかもしれないな」


 盛りに盛った唐揚げと、適量入れた小鉢を持って机に置くと、楽しそうに百鬼さんが笑った。


「百鬼さんって結構食べれるんすか?」

「ああ、恐らく食べれる方だと思うぞ。普段は食制限してるがな」

「だからあんなにスタイルいいんすね」


 少し恥ずかしそうにする百鬼さん。毎度のことだが、これが百鬼さん本人の姿ならどれほど良かったことか。


「恥ずかしいが、そう言ってもらえるのは悪い気がしないな。恥ずかしいが」

「百鬼さんってマジで感情豊かっすよね、職場以外だと」

「それはそうだろう、職場で素の感情を出せば舐められるだろ」


 百鬼さんの話を聞きながら口に放り込む唐揚げは、サクッと軽快な音を鳴らす。そして、ジュワッと肉汁が口内で弾けてハフハフとして話がほぼ耳に入ってこない。


「出来立ての唐揚げを一口……わんぱくな小学生でもしないぞ」

「つまり俺は幼稚園児?」

「確かに、ガサツさは幼稚園児くらいだな。口元に肉汁垂れてるぞ」


 テーブル越しにぐいっと身を俺に寄せてくる百鬼さんは、紙ナプキンで俺の口元をギュッと拭ってくれる。


「マジで子供扱いされてね……?」

「私からすれば十分子供だぞ」

「そんな馬鹿な、大して変わらないっすよ。だって二歳しか変わらないじゃないっすか」


 あれ……? 俺と百鬼さんの歳の差って二歳だけ……? え、たった二年の差しかないのになんだこのキャリアと自信に満ちた態度の違いは。


 俺もあと二年すればこうなれるのか? いや無理だな。

 でもキャリアは無理でも自信に満ち溢れた態度くらいは手に入れたいな。


「いいか、幻中くん。二十三歳はまだ余裕があるように思うだろ?」

「まぁまだ若いっすからね」


 はぁ……とため息を深くつく百鬼さんは、一度味噌汁を胃に注いで一息ついてから俺の目を見据える。


「私もそう思っていた。だが二十五になった途端絶望が押し寄せるんだぞ!?」

「そ、そすか……?」

「脂肪は落ちづらくなるし、胃もたれも少しするようになる。それに体力も落ちるし、そして何より周りの友人が徐々に結婚していくんだ……」


 語気がどんどんジメジメと暗くなっていく気がする。


「結婚までは行かずとも皆婚約者はいるんだ。そしてインスタでいちゃつくんだ……」

「見なきゃいいじゃないすか」

「ああ、とっくに消したさ。でもな!? ラインのトプ画や背景ですらあいつらのろけるんだ! 独身の哀れな女を許さないのかこの世の中は!」


 相当病んでんなぁ……まだ思い悩む年齢じゃないだろうに。


「じゃぁいっそライン消しちゃいます? なんちゃって――」


 俺がヘラヘラと笑いながら言うと、百鬼さんは食い気味で言葉を重ねてきた。


「すでに消した」

「この人やっべ……」


 証拠品を見せる刑事のように鋭い眼光でスマホの画面を提示する百鬼さんは、ピッとラインの友達一覧を指さしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る