取引24件目 開戦の兆し
ポテチを置いて去っていく不破さんの背中は、二度と見たくないと思うほど悪魔的だった。なんでよりにもよって嫌いな白子……。
相手の善意に文句を言いたくはないが、人にあげるもので、好みが真っ二つに分かれそうなものをセレクトするのはいかがなものだろうか。
「あれはなかなかに悪女って感じやな」
俺の背後で、しみじみとそんな声が聞こえた。
「カズさん、職場で仕事仲間のことをそんなふうに言うのは感心できないっすよ」
「でも思わん? みんなに人気の女の子ほど、腹の中でなに考えてるかわからんし、最近の幻中くんへの態度は目に余るで」
カズさんは真剣な表情で推理を始めたようだ。
確かにここ数日、無駄に絡まれている。これは何か裏があったりするのか?
「カズさん! 不破さんはそんな人じゃないですよ! 見た目は少し派手さを感じさせる時もありますが、完全な清楚系お姉さんです!」
カズさんの推理を覆そうと、田端が鋭利な横槍を投げ、場はピリピリと緊張感を醸し出している。
「アホか、清楚系ってのは肌みせへん鎧みたいなん着た人の総称やんな? 幻中くん」
「ソースどこすか、そんな戦闘狂みたいな清楚系なんていませんて」
恐らくまともじゃない筋から仕入れた情報で張り合うカズさんだが、確実に不破さんは清楚系じゃない。
バカが幻想を抱いて騙される様は見てて滑稽だが、現実を見て欲しいものだな。
そもそも清楚系ってのはビッチのレパートリーを増やすための拡張パーツにすぎないだろ。
「そこ三人、口ではなく手を動かせ」
「すません」
俺が軽く頭を下げている隙に、二人は萎縮したように黙々とモニターと向き合っていた。
「幻中、電話。ライクフードの酒井さん」
「了解、ありがと」
どうやら田端が出た電話は、俺宛のものらしい。
「はい、お電話変わりました。株式会社クイックビジネス営業部、幻中です」
『お忙しいところすみません、ライクフードの酒井です』
電話口からは、百鬼さんの声を濾過したようなクリアだが耳馴染みのいい低音が響く。
『先日は資料送付ありがとうございました』
「いえ、こちらこそ検討していただきましてありがとうございます」
『それで、一度直接お話を伺いたいのですが構いませんでしょうか?』
相手から飛ぶ言葉は、本来こちらから言うべき直接提案のアポだ。なかなかの好感触、願ってもない後期だ。
「ぜひ直接ご提案させていただきたいです」
『ありがとうございます。こちらから言って申し訳ないんですけど、少し後の予定で二週間後ってご都合いかがですか?』
デスクに置かれたカレンダーに目をやり、今日の日付を確認する。そして、そこから二段降りた場所を確認する。
なにも予定はない。
「はい、問題ございません。その日に御社へお伺いさせていただいてよろしいでしょうか?」
『ありがとうございます、お願い致します』
カレンダーにパパッと殴り書きで訪問の予定を付け足して、この通話は終了した。
「幻中、俺外回り行くから電話きたら折り返しするように伝えといて」
「わかった」
言って、田端はカズさんと共にバックを担いで社外へと旅立った。就業一時間前だってのに出掛けたということは、帰るのメインだろうな。
「よし、俺も帰ろう」
「いい訳ないだろ働け」
「……はい、すません」
パソコンをシャットダウンしようと思ったが、どうやら百鬼さんは俺の目論見を阻止するようだ。
朦朧たする意識の中、パチパチとキーボードを叩いて二週間後に控える訪問で使用する資料を作成する。
そうしていると、すぐに定時を迎えた。
「帰ります、おつした」
「一分待て、私も帰る。少し話がある」
オフィスではできない話があるらしい。百鬼さんは、帰宅途中で話すつもりなんだろうか。家で話せばいいのに。
「百鬼さん、定時で上がるの珍しいっすね?」
「お母さんとお父さんが今日は遅くまで外出らしくてな、家の用事があるから定時だ」
「俺聞いてないっすねそれ」
どうやら両親は俺よりも百鬼さんの方を信頼しているようだ。こういうのって長男が聞かされてしっかりこなすやつじゃないのか? 役職か? 役職を見て判断してるのか?
「まだ起きてなかったからだろう。朝早くから友人の結婚式に向かったぞ」
「そういえば朝って両親いませんでしたね」
どうやら俺の両親は朝早くから出掛けていたようだ。
良かった。ただ外出前に俺が起きてなかっただけで、役職がヒラだから伝えられてなかった訳ではないようだ。
「夕食の買い出しをしてから帰る訳だが、なにか食べたいものはあるか?」
「食べたいもの……百鬼さんの手料理全部好きだからな……迷うな」
なにか食べたいものを聞かれるのは苦手だ。
かなりのバカ舌らしく、基本なに食べてもおいしい。それに、百鬼さんの手料理ともなれば当然なんでも美味しいし嬉しい。
強いてリクエストするとなれば、その時の気分か。
「今日は肉の気分」
「分かった、唐揚げでもするか」
「いいすね」
普段母さんはしない揚げ物。
家では比較的少ない頻度でしか出ない献立に、俺は密かに喜んだ。
「そういえば百鬼さん」
「どうした?」
スーパーへと向かう最中、俺の脳みそはあれの存在を思い出した。
「白子ポン酢好きすか?」
「……あまり得意としないな」
カバンに詰め込んだ、白子ポン酢味のポテトチップス。
百鬼さんが白子ポン酢を食べれるなら消費に悩まず済んだが、人生はそう甘くないらしい。
「今日もらったポテチが白子ポン酢味なんすよ」
「ああ、見ていた。不破さんだろう? 最近仲がいいようだな」
「は? あれ仲良く見えんすか、眼科行きますか?」
この人はダル絡みされているのを仲良くしてもらっていると勘違いするいじめられっ子だったのかもしれない。
「だ、だって、親しくないとなにかをあげようとは思わないだろ」
「んなもん知らないすよ、不破さん本人に聞いてください。俺はダル絡みされて呆れてんすよ」
「あんな美人に親しくされて嫌悪を表すのは君くらいじゃないか?」
それ以上に顔が整っている人間がなにかほざいているが一旦スルーしよう。
「まじどうしましょうかこのポテチ。捨てるのはなんか勿体無いし……」
嫌いなら捨てればいいと思う人物も一定層いるとは思うが、食品ロスが懸念される昨今、それはちょっと抵抗がある。
なにかいい方法、嫌いなものをエンタメとして消化できる方法……。
「あ、罰ゲームにしましょう」
「……なんのだ?」
罰ゲームを実行するには、なにか対戦するのが定石だ。
「対戦ゲームしましょう」
「格ゲーか?」
「俺負け確なんで、今回はカーレースにしましょ」
俺は悟っていた、この人に格ゲーでは勝てないと。ならば、俺が小学校の時に無双していたカーレースのゲームで挑もうと。
「カーレースか、やったことはないが承知した。幻中くんに負ける気はしないしな」
「なかなか言ってくれるじゃないすか」
ついに百鬼さんを超える時を楽しみにしながら、夕飯の買い出しが完了した。
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