取引9件目 百鬼天音の秘密
***
これは私――百鬼天音という仕事が生き甲斐の虚しい女の奇妙な出来事の顛末だ。
事の始まりは、二週間くらいまえの事故だ。
今でも多分鮮明に覚えている。人は大きな出来事の記憶を改変するとは言うが、きっと私の身に起きた事は改変されずに保管されている。
あの時車の運転手の様子がおかしいことに気付いたと同時に、子供の危機にも気付いた。
結果、幻中くんの心を傷つけることになってしまったが自分の選択は間違っていなかったと胸を張って言える。
「幻中くんには大丈夫だとは言ったものの……これは明らかにまずい気がするな」
意識ははっきりしているし、体の感覚もある。だが確実に言えることがある、私は今生と死の間にいる。
確証は、私の足が透けているからだ。
「しかし、これはなんだ。あたりが真っ暗だ」
幽霊にでもなってしまったとでも言うのか? だとしたらここは冥界という認識でいいのだろうか。
「む……?」
この空間について何かわかることはないか、透けてはいるが感覚のある足でなにもない空間を歩いていく。
そこに私は、微かに光る何かを見つける。どれほどの距離を進んだかは見当がつかないが、確実に光へと近付いてはいる。
「なにかが聞こえるな」
啜り泣く女の声が聞こえる、気がする。こんななにもない空間でホラー展開は勘弁して欲しいものだ。
「行くべきか……? いや、だがしかし……」
なにをどうするのが正解なのだろうか。死に直面した人間は全員こんな訳のわからない状況に遭遇するのだろうか。
だから人は本能的に死にたくないと思えるのかも知れないな。
光を放つ方へ進む私は、ついにその光源へと辿り着いた。ただ光るそこにはその先の景色がある。そう確信した時、私の体を吸い込んだ。
「――なにごとだ?」
気付けば私は、いかにもな女子部屋にいた。
さっきとは打って変わってキラキラふわふわの空間だが、部屋の電気は暗いまま。私の足元では布団にくるまる女がいる。
「……ぐすっ」
恐らく部屋の主であろうこの女は、布団にくるまって泣いている。どうやら私はなぜかこの女の枕元に化けて出てしまったようだ。
「大丈夫か?」
「……だ、だれ?」
泣きすぎたのだろう、微かに可愛さを残した女らしい声をカスカスにしながら言葉を発する。私もこんな可愛い声に憧れている、ハスキーな声がいいと言ってくれる変わった人物もいるがな。
「怪しいものではないとは言い切れないが私は百鬼天音だ、恐らく魂だ。きっと意味があってこの場にいる」
「魂……?」
「ああ、布団から顔を出して見てみろ。私の足はスケルトンだ」
「……!?」
のそのそと動いてチラッと目元だけを見せるこの女は、私の下半身を凝視してなにかを察したのか驚愕して言葉を失っている。
「それよりなぜ泣いていた? 私はそれが気になるぞ」
「得体の知れない人に話したくない……」
ふむ。そうきたか。
「得体の知れた人物にも話せず抱え込んで泣いているように思えるが? 得体の知れない人物にくらいぶちまけてみればどうだ?」
「……あなたになにが分かるの」
「分からないから聞いているのだろう、少なくとも女が泣いていることは分かるがな」
どうしたものか、これ以上彼女を説得する術を私は持ち合わせていない。
「聞いてくれる……?」
「もちろんだ」
良かった、どうやら話をしてくれるようだ。
「あたしね、お兄ちゃんがいるの」
「そうなのか」
「そのお兄ちゃんは引きこもりのあたしにも毎日部屋の外から話しかけてくれる優しい人なんだ……」
小さな声で語られる彼女の兄は、どうやら彼女に随分慕われるほど人望の厚い兄らしい。
「いつもいつも楽しそうに話してくれて、最近は好きな人の話もしてくれてね。あたしも楽しかったの」
引きこもりの妹に恋バナを出来るほど兄も妹を大切に思っているんだな。いい兄妹だ。
「でも今日ね、お兄ちゃん泣いてたんだ……でもあたしに話してくれたの。とっても辛いのに」
「兄も泣いていたのか」
「あたし、お兄ちゃんに心配ばっかりかけても、まだ外に出れないの……情けなくって涙が出てきたの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます