安堵

マドカ

安堵

懐かしい



この場所でよく昼を食べていたし、

友達とくだらない話もよくしたものだ。

なんとなく授業をサボってここから見える景色、霞がかかった山をよく覚えている。



ただあの時と違うのは



今が夜だということと、

10年ぶりに会うクラスで1番の美少女が居ること。







学生時代はよかっただの、青春だのとよく人は言う。

しかしながら、自分にとっての学生時代というものは

常に人と合わせることを意識してきた時代だった。



目立ちすぎず、大人しくしすぎず、

ただ1日9時間を乗り切る、

それが僕にとっての学校。



わからないのだ、他人の感情が。

目の前で笑っている友達でさえ

心の内、何を考えているのかわからない。

どんな黒い感情を自分に向けているのかわからない。



自分は他人という、

自分自分自身では到底わからない場所にある存在が



ただただ



怖い。



けして自分の内側を見られたくない。



だってそうだろう。

こんな自分でさえ、誰かを憎んだり殺意を抱いたり、女子を性的な目で見たりするのだ。



こう考えているのが自分だけではない。

クラスメイト、他人もきっとそうだ。



ならば



やはり怖いではないか。



自分はクラスメイトにとって知り合い以上友達未満の関係で居たい。



干渉したくもない。

干渉されたくもない。




どうか勝手にやっててくれ。

その代わりこっちも何もしない。



いじめられている人を見ても

憐憫の情は湧かない。



「もっと上手く回避すればよかったのに」



そう思うだけであり、

むしろ

その対象が自分でないことに安堵したりもする。



小さな社会、

学校なんてものは

鳥かごと同じだ。



狭い世界で仲良しごっこをするだけの場所。



だからこそ自分は屋上が好きだった。



開放感、1人でいる時は格別に居心地がよかった。

他人といても、屋根がないだけで

自由感があった。



社会人になり、社会に出ても



自分にとっての屋上を探す。

屋上以外では自分を殺している。



そんな鬱屈とした生活を送っていると



LINEで友達追加をされた。



誰かと思い目をやると



アイコンの顔面に見覚えがあった。



あぁ確か、クラスでも常にトップのポジションに居た女子。

快活であり、朗らか、爽やか。

彼女が告白されていることは何度も見たことがある。



一体何の用だろう。



「久しぶり、今週末少し会えないかな?」



なぜ自分なのだろうか。



マルチか宗教、美人局、、、



危うきに近寄りたくはない。

未読無視をした。



それから数日間、返してもいないLINEが鳴り響く。



いったいなんだ?



煩わしい。

一度会えばそれで済むのか?



マルチや宗教は断ればいい、

美人局は録音環境を整えればいい。



自分の世界にこれ以上入ってきてほしくない。



そうして彼女と会うことにした。



待ち合わせは学校の屋上。

時間は夜の23時半。



あぁ、めんどくさい、、、





「やぁ! 10年ぶりかな。 相変わらずだねー、ATフィールド全開って感じだよー!」



いや10年ぶりなのに普通に失礼なやつだな。

当時から見抜かれていたか?




「実はさー、あたし日付変わったら誕生日なんだよ」



へぇ、と言う。

そういう日になぜ自分を呼ぶのか。




「高校の時ってさー、なんにでもなれるような気がしてたよね。 あたしはずっと楽しかった。 君は少し違うかな。 我慢してた感じがする。だから今日会いたかったんだ」



「誰とでも仲良くしてる風だったけど、君が屋上で1人の時さ、偶然見ちゃったんだよ。 君がため息つきながら誰にも見せたことない、安心たっぷりの顔。」



「あたしはピンと来ちゃった。」



「あ、この人って学校が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いでたまらないんだろうなって」



、、、

だからなんだと思う。

合わせなければいけない学生時代はとっくに過ぎた。

早く帰らせてくれよ。



「いやー、実はね、あたし卒業してから上手くいかないことだらけだったんだよ。 むしろ辛かったな。 学生の頃に戻りたいってずっと考えてた。」



「あの頃の、無敵で、楽しくて、万能感に満ち溢れてた日々。 君は今でもつまらなそうじゃない? だから君を選んだんだよ。」



「たぶん君なら」



「この気持ちはわからないから」




「だから強く覚えててくれるかなと思ってね」



23時56分。



「人生にさ、コンティニューボタンがあるとしたら君はどこで押す? あたしは高校の時だよ。しかも永遠にコンティニューし続けるね! それぐらい今が楽しくなくてさ。」



屋上の柵を彼女が乗り越える。



まさか、と思う。

気づけば駆け寄っていた。



「おおっ!! 君もそんな表情出来るんじゃん! 巻き込んで悪かったと思うけどあたしがコンティニューボタン押すのは今なんだ。 惰性で歳を重ねる前にね! もう59分かな? おっけー、じゃっ、覚えててね!!!



刹那の瞬間、

彼女は屋上から



飛び降りた。




そこからはもうほとんどどうやって帰ったのか覚えていない。



しかし彼女の

最期の希望に満ちた

絶望の顔が今でも忘れられない。



会社に行けなくなった。

外に出るのも嫌になった。



今でもなぜ彼女がこんなことをしたのか、

なぜこんな傷を自分に負わせたのかわからない。



コンティニューボタン、、

戻りたい場所。戻りたい記憶。



自分にはない。



あるとしたら



リセットボタン。




意識が朦朧とする。

窓ガラスや扉は密閉した。

あとは意識を失うだけだ。


ガスの音が心地いい

まるであの屋上でよくした深呼吸のようだ。



あぁ、、我慢だらけの人生に救いはあった。

それをきっと彼女は教えてくれたんだ。



もう、我慢しなくていい。



今から



リセットだ。






目の前で泣いている人が居る。


あぁ僕にとって一番身近な他人だ。




ここは、、



白い天井、腕に繋がれた点滴。



記憶を辿る。



リセットし損ねた、、、



取り繕うように何か、何かを



話さなければ、、



あれ、、

口が上手く「動かせない」



腕もまるで感触がない



まるで自分が自分じゃない感覚だ



おそらく僕はリセット出来た。



リセット出来たから実感がないのだろう。



生も死も感じない。



僕が追い求めた安堵だ。



ピッピッと鳴る電子音。



永遠の夢が続けばと願う。



今、



僕を脅かすものは何も無くなったのだから。

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安堵 マドカ @madoka_vo

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