休暇用レコード38:カルル編「護衛魔法使いと悠久に語られた魔法儀式」

伝聞師でんぶんし。それは多種族が住まい、様々な言語が飛び交うこの世界・・・テレジア・ノーツで、人々が伝えたいことを、様々な媒体で伝える仕事をしている存在

今日もまた、伝聞師は国から国を駆けて伝えたい事象を運ぶ

これは、そんな仕事が終わった帰り道のひとときだ


「カルル。そろそろ出発したいんだけど」


俺の護衛対象である羊族アリエスの伝聞師「エリシア・ノエリヴェール」は、俺とミシェリアに申し訳無さそうに声をかけてくる

かれこれもう三時間ここにいるもんねぇ・・・待たせてしまっている自覚はあるけれど、まだまだ選び足りないのが現実だ


「もうそんな時間?ごめん、まだ魔石を物色したくって。ミシェリア、これとこれ、どっちが純度高い?」

「右ね。左もいいものだけど・・・大きさ的に、貴方の魔力には耐えられそうにないわ」

「おっけ。じゃあ次は・・・」

「まだ選ぶのかい!?」

「まだ選ぶよ。折角魔法都市「ピステア」に来たんだからね!」

「エリシア。我慢して頂戴。なんだかんだで私も出てこられる貴重な機会だから」

「わかっているよ・・・カルルの魔力に耐えきれる魔石はかなり希少で、揃えられる時に揃えた方がいいことぐらいさぁ・・・」


おっと。自己紹介が遅れたね

俺の名前はカルル。「カルル・アステラ・ヴァーミリオン」。エリちゃんが憧れる伝聞師を母に、そしてその母の護衛として活躍した魔族の父を持つ、魔族デーモン人族インダスの混血魔法使いだ


この世界「テレジアノーツ」では、混血は禁忌ではないし、よくあること

俺みたいな存在は、珍しいものではない


そんな俺よりも珍しい存在が、俺の側にいる白いうさみみを揺らす彼女だ

彼女の名前は「ミシェリア・レゾナント」

白兎族リエーヴル・ブラン」と呼ばれる、魔石の鑑定技術が卓越しているが、暑さと環境の変化に弱く、今では彼女一人しか生き残りが存在しない種族だ


今は、俺が作り上げた移動式小型居住籠の一つに住んでおり、ピステアのように北国であり、そこそこ寒い日であれば、こうやって籠の中から出てきて助言をしてくれる

魔法使いに必要な魔石・・・特に俺はその魔力の膨大さ故に、魔石を選り好みしてしまうので、俺が扱っても壊れない魔石を見分けてくれる・・・優秀な助手をしてくれている


「・・・まだ時間かかりそうだな。ん?」


そんなエリシアが、ふと視線を向けた先

彼は好奇心旺盛な性質だ。だからこうして興味を引くものに視線を奪われる瞬間は珍しくはない


「ねえ、カルル」

「何―?」

「あれって一体何をしているんだい?」

「あれって・・・ああ、あれか」


魔石の店がある中央街からはしっかり見える、中央広場

そこには真新しいローブをまとった小さな子どもたちが、きゃっきゃとはしゃぎながらその時間を待っていた


「ミシェリア、魔石物色は一回切り上げようか」

「いいの?まだまだ見るつもりじゃ」

「後回し。貴重な機会だし、エリシアの好奇心に付き合おう」

「わかったわ」


ミシェリアにもそれが見えるよう、籠の位置を調整して・・・エリシアの隣に並び立つ


「エリシア、あれはね・・・一年に一回行われる魔法使い誕生の儀式だよ」

「そんなものがあるのかい?」

「うん。俺は魔族デーモン人族インダスの混血なんだけど、魔族の血が濃く出ているから、魔力生成器官を有しているんだ。だからこの儀式とは無関係なんだけど・・・」

「この儀式は、生まれつき魔力生成器官を持たない種族・・・ざっくり分ければ純粋な人族や、獣族ビーストが受ける「魔法使いに至る儀式」なんだ」

「へぇ・・・」


軽い説明をすると、ちょうど儀式開始の合図が鳴る


『この先は静かにしていないといけないから・・・通信魔法で話すね』 

『うん。じゃあ、質問の続きをするね』

『どうぞ』

『この儀式って、魔力生成器官がない種族が魔法使いになるための儀式・・・なんだよね。魔力を持たない種族が、どうやって魔法使いになるの?』

『それはね、あの儀式台に置かれている魔石が鍵なんだよ』


俺が指で示した先には、色とりどりの魔石


『・・・魔石の保有魔力量は低いわね。ま、よくも悪くも初心者向けってところかしら』


ミシェリアの言う通り、用意されている魔石が保有する魔力量は雀の涙程度だ

しかし、初心者にはあれが丁度いい

魔力生成器官というのは、大きく分けて二つになる

一つは「魔力保管部分」もう一つが「魔力生成部分」だ

あの魔石は持たない種族にとって、外付けの魔力保管部分に相当する

多すぎても少なすぎてもいけない

少なすぎるのは意味がなく

多すぎるのは・・・暴走の危険があるから、避けるべきと言われている


『そうだね、ミシェリア。あれは初めての魔石だ』

『しかし、なぜか水晶で球体に加工しているわね。あれ、何か意味があるの?』

『うん。オーブ上にしているのは「見栄えを良くするため」なんだよ。あれ、魔法使いになれたら、あの子達と一生を共にするからね』

『一生を・・・?』

『うん。あれこそがクリスタルオーブ。魔力生成器官を持たない魔法使いたちの初めての相棒で、生命線だ』


魔力の蓄積量が、並の魔族魔法使いの生涯魔力量程度

そんな魔石の保有魔力量をあえて人為的に少なめへと調整したものがあのクリスタルオーブ

色とりどりに輝くそれらは、色で保有する魔力が異なることを示している

赤は火属性、青は水属性・・・そんな具合だね


『けど、あの子達は魔力がないんだよね・・・?魔法使いの補助なしに、どうやって』

『ノンノン、エリシア。魔族以外の種族が魔法使いに成るための条件っていうのがあってね』

『ふむ・・・』

『その血に、微量な魔力を有していることなんだ』


それは普通にしていたら、なんでもない些細なもの

けれど、それがあれば魔法使いに成る素質がある

ちなみにだが、残念なことにエリシアの血には魔力がない。だから彼がどうあがいても魔法使いに成ることは出来ない

しかし、ミシェリアは元々身体に魔力を保有する種族だ。彼女なら、その気になれば魔法使いに成ることが出来たりする


『へえ・・・それはどういう理屈で』

『ランダムとは言われているけれど、大体が血縁者に魔族がいるぐらいかな。後は、土地が魔力に満ちている場所だったとか』

『そういう外的要因も存在するんだね』

『実のところよくわかっていないんだけどね。ただ、前例はそんな感じ』

『不思議だね、魔法って』

『そうだね』


子どもたちが一列に並んで、オーブに手を触れるよう促される

血に魔力を有している存在の魔力は・・・眠っている状態なのだ

だから、魔法使いとして覚醒する為には・・・


「わぁ・・・!」


こうして、外から魔力に反応させ、目覚めさせるしかないのだ

一人の少年が掲げたオーブの色は白


「光属性だね」

「回復特化の魔法、ですか・・・」

「スタンダードな火や水が良かったかい?」

「いえ。この魔石は僕を選んでくれたということですから。これからよろしくね」


少年は大事そうにオーブを抱きしめる

この儀式で魔法使いになった存在は、生涯一つの属性の魔法しか使用することが出来ない

けれど、その属性ならどこまででも極められる可能性があるのだ


『ねえ、カルル。次の女の子は色々なオーブに触れても、何も反応がないよ』

『魔石も共鳴する魔力を選ぶんだ。運が悪ければ、儀式中に相棒の魔石と巡り合うことが出来ずに終わることもある』

『その時は、魔法使いになれないの?』

『そんなことはないよ。来年、再来年と儀式を受ければいい。ただ、そこで共鳴できる魔石に巡り会えるかどうかは・・・わからないけれどね』


不安そうな顔で、色々なオーブに触れる少女

大丈夫。次のオーブだよ

その魔石から発せられる魔力は・・・


「わ!やった・・・!」

「水属性だね。良かったね」

「はい!選んでくれてありがとう・・・!」


水色に輝くそのオーブを抱きしめて、少女は涙を流しながらお礼を述べる

今回の儀式の参加者は十人程度だったけど、魔法使いになれたのはたったの二人

光属性の男の子と、水属性の女の子だ

二人は魔法使いの証としてとんがりボウシを授けられ、魔法使いとして生きるために必要なもう一つの存在を渡される


『あれは・・・カルルのとんがりボウシにもついているよね?精霊楼』

『うん。あれが、魔力生成器官を有さない種族にとっての・・・魔力生成部分だよ』


幼い精霊は戦う力が無い代わりに、大気に浮かぶ魔力を集め、魔石に封じることができる

精霊楼は、魔法使いが精霊を外敵から守ることを条件に、精霊に大気に浮かぶ魔力を集めてもらう契約を行うために必要な道具なのだ


「ここまで終われば喋っていいのよ」

「そうなの、ミシェリア」

「ええ。とんがりボウシと精霊楼を渡せば儀式は終わり。ほら、もう皆いないでしょう?」

「確かに」


「創世記からずっと続いているこの儀式は、実は世界最古の魔法儀式なんだよ」

「だからこそ、「悠久に語られる魔法儀式」なんて呼ばれているのよね、カルル」

「そうだね。この儀式はある意味永遠で、これからもきっと続いていく儀式だ」


それ以上の最善も見つからなければ、悪改変されることもない完成された儀式

誰が発案したかわからないこの儀式は、これからも数多の魔法使いの誕生へ携わるだろう


「さ、儀式の終わりも見届けたし・・・俺たちも自分たちが使う魔石の物色を再開しようか」

「そうね」

「まだ続けるのかい!?」


俺とミシェリアは「また待たされる〜・・・」と半泣き状態のエリシアを引きずりつつ、魔石店へと戻っていく

気がつけば、夜になって・・・

余計な宿代を使わせて、絶賛金欠なエリシアを更に泣かせるのは・・・別の話だ


・・


あれから十年後

二十五歳になったエリシアと、今年も元気に四桁歳をしている俺は、いつもどおり伝聞師の仕事へ取り組んでいた


「エリシア・ノエリヴェール。ただいま帰局しました。本日の伝聞。その報告書になります」

「はい。受理しました・・・あら、今日も多いですね。エリシアさん。流石、ベテラン伝聞師ですね」

「ありがとうございます」


報告が終われば、今日の仕事は終わり

書類仕事もまめにこなしているエリシアに残るものは何もないはずだ


「カルル。今日はそのまま家に帰ろうか」

「そうだね。んー・・・久しぶりにゆっくりできそう!」


そして俺たちは伝聞局を後にしようとすると、ちょうど新人伝聞師コンビとすれ違う

魔族の伝聞師と、人族の魔法使いのコンビらしい。二人共女の子

仲睦まじく歩く少女たち

その護衛を務める魔法使いの少女の腰には、記憶に懐かしいクリスタルオーブが揺れていた

水色のクリスタルオーブ。ほのかに輝くそれは、まだ俺の記憶の中に存在している


「・・・立派な魔法使いになれたらしい」

「どうしたの、カルル?」

「いや、なんでもない」


伝聞師の護衛というのは、生半可な気持ちでなれるものではない

あの子はきっと強くなったのだろう

あの日見たクリスタルオーブは、つやつやな球体だった

けれど、今彼女の腰で揺れていたそれは、かなり傷つき、かすれていた

これまで彼女が歩いてきた経験を物語っているように感じる傷

どれほどまで成長した彼女はきっとこれから先、苦難の道を歩くことになるだろう

それでもきっと・・・相棒がいれば、乗り越えられる


「あれ・・・あの魔法使いさん」

「カルルさん?」

「うん。どこかで見たような気がして」

「式典に結構出ているから見覚えがあるんじゃない?あの方と一緒に組んでいるエリシアさん、難関指定の伝聞を専門にやっている方だから。よく表彰されてるし」

「・・・子供の頃に見た気がするんだよな。どこか、わかんないけど。どう思う?」


少女はクリスタルオーブに触れながら問いかける

当然だが、それが答えを述べることはない


けれど、魔石は知っている

自分の主が自分に触れる前、彼が彼女に「大丈夫」と語りかけていたことを


「エレン、何をしているの?」

「ごめん。アーシャ。すぐ行くね!」


少女・・・エレンはアーシャの元へ行く前に、もう一度後ろを振り向く

エリシアとカルルの背中を見つめながら「ま、気のせいだよね」と呟いて、彼女はアーシャと共に伝聞局へと入っていった

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