休暇用レコード36:花宮朝日編「聖白鐘学園生徒会と七不思議調査」

「ねえ知っている?時計塔の噂話」

「なにそれ」

「最近ね、時計台地下に行った人が皆軒並み顔を真っ赤にして帰ってくるんだって」

「気になる。今日行ってみようよ」

「いいけど・・・夜間外出が風紀委員長にバレたら」

「私にバレたら、何かしら」

「ひっ・・・」

「な、なんでもないんですー」


噂話をしていた女子生徒たちはそそくさと立ち去る

いつものことだ。もう気にしていない


愛用のランプを小さく揺らしながら、息を吐く

移動の必需品である携帯ランプの中に灯る明かりが、苛立ちを少し和らげてくれた


「・・・最近、更にこういう噂が蔓延るようになったわね」

「仕方ないよ。皆、こういうのに興味がある年頃なんだから」

「ゆうちゃんは甘すぎるわ。ここ学校よ」

「そうだね。ここは学校だから勉強も大事だと思う。けど、娯楽や恋愛も同じぐらい大事だと思うな」

「そうだけど、せめて慎ましくやってほしいのよ・・・あ、そろそろ時間ね。仕事をしてくるわ」

「わかった。じゃあ、また後でね」

「ええ」


ゆうちゃんと別行動を始め、私はいつものルートで巡回を始める

ふとした瞬間に、窓の外を見てしまう

今は昼間の時間帯だが、外は真夜中のように暗かった

それも当然だ。今は瘴気が空を包んで、太陽の光を遮っているのだから


突如発生した「吸えば死に至る瘴気」

それが原因で、私達はこの学校を包むように張られた結界の中でしか生活ができなくなっている

こんな閉鎖空間で、娯楽や癒やしを求める気持ちは理解できる


「けど、節度がないのよ」


今日も私「花宮朝日はなみやあさひ」は業務に勤しむ

学び舎の規律を守るために、今日も校内の巡回を続けるのだ


・・


さて、これは見回りが終わった後の話

仕事を終える頃には、もう夜の時間

報告業務を終えたら、今日の仕事は終わり。お休みの時間だ


さっさと終わらせて、ゆうちゃんとのんびりクッキーを食べて過ごす時間にしたい

ゆうちゃんの手作りお菓子は世界一

あれを食べるためなら、どんな苦労だって乗り越えられる


「お前さぁ・・・」

「自らやっているんですよ、気にしないでください」

「待たせたわね、ゆうちゃん」


扉をゆっくり開ける

生徒会室にはゆうちゃんと、誰かが賑やかに会話を続けていた


「あめのん先輩もいらっしゃったんですね」

「おかえり、花宮・・・その距離は何だ」

「すみません。これ以上は過呼吸と蕁麻疹が」

「お前の男性恐怖症、どうにかなんねぇの?」

「どうにかなる問題であればもう解決してますよ・・・」


久堂雨乃くどうあまの。通称あめのん先輩。この学校の生徒会書紀を務めている

先代の風紀委員長でもある彼と仕事をした時間は長いので、普通の先輩よりは会話ができていると思う


「野々原会長」

「おう、花宮。お疲れ」


こちらは々原陽人はらはるひと。我が校の適当な生徒会長だ

適当な人だが、この学校を包んでいる強固な結界をたった一人で支えている人物だったりする。人は見かけによらないらしい


しかし、ここにいるのは珍しいな

いつも被服室に引きこもっているのに。どうしたのだろうか


「お疲れさまです。本日の業務、滞りなく完了しました」

「よろしい。しかし花宮」

「なんでしょうか」

「時計台の噂話は聞いたか?今から調査に行くぞ」

「そんな突然」

「これは会長命令だ。厄介事は早めに、きちんと処理をしてくれ。学校の風紀と規律を守るのが、花宮の仕事だろう?」

「・・・了解です」


これを使われたら、命令を聞かなければならない

・・・下っ端の悲しい宿命だ


「まあ今回は面白そうだし、俺も付いていくわ」

「えっ」

「国立と久堂は?どうする?」

「朝日ちゃんが行くのなら」

「面白そうだし、ついていこうかね」

「決まりだ。それじゃあ出発しようか」


私達は移動用ランプに明かりを灯し、会長は生徒会室の電気を消す

先行するのは野々原会長、その次にあめのん先輩

私とゆうちゃんはその後ろをついていく


「・・・ゆうちゃんは無関係でしょう?」

「心配だから。何かあったら怖いし」

「でも・・・」

「まあまあ、国立はお前に守られるような柔い人間じゃねえし、大丈夫だって」

「確かに、それはわかるけれども・・・」


ゆうちゃんは確かに強い。いつもフライパンを常備しているし、護身術も使える

確かに、私が戦うよりは強いけれども、人を傷つけることが嫌いな彼女に戦わせるのなんて、許されることではない


「まあ、国立は置いておいて・・・今回の噂話、俺は触りしか聞いてないんだよな。時計塔の地下に行った者は皆、頬を赤くして帰ってくるぐらいしか知らん。久堂、花宮。お前らはなにか知ってるか?」

「興味ないから聞いてねぇな。どうせいつものあれじゃね。なあ、花宮。「隠れ休憩室」の可能性が高いよな。むしろそうじゃねえとおかしいぐらいだよな」

「都合がいい場所を見つけたら外灯に集まる虫のように集っていますからね。今回もそうですよ」

「風紀コンビは相変わらず辛辣だな・・・」


仕方ないだろう。いつもこのオチなのだ。今回もそうに違いない


「国立は、何か知っているか?」

「会長と同じぐらいです」

「なるほどな。国立でも情報を掴めていないとなると、情報が出回りだしたのは最近か」


ゆうちゃんは副会長を務めている

適当なこの男に代わり、業務を遂行しているお陰で生徒からの相談や噂話も耳に入りやすくなっている


そんなゆうちゃんが情報を掴めていないということは、会長のいうとおり「出回り始め」

今回、情報を早めに手に入れることが出来たのは運が良かったかもしれない

早めに対策が取れるかも


校舎を出て、外に出る

校門までなら結界の範囲内。校庭なら自由に歩くことができる

学校敷地の最北に位置する鐘楼付きの時計台。そこが私達の目的地だ


「いつもは施錠されているけれど、鍵が開いているね」

「おうおう、これは本格的に面白くなってきたじゃねえか」


暗い時計塔内を小さな明かりで照らしつつ進んでいく

断言は出来ないけれど、異常はないと思う


「そういや、花宮」

「なんですか、あめのん先輩」

「時計台と言えば七不思議、知ってるか?」

「いえ、興味がないので」


そう事実を告げると、隣であめのん先輩が呆れたようにため息を吐く

なぜそんな哀れみの目を向けてくるんだ、この人は


「「温室の水路に潜む霊」に「科学室のドッペルゲンガー」。「音楽室のピエロ」、「被服室の幽霊」「彷徨う死神」「家庭科室の開かない金庫」そして「時計台地下の異世界」」

「この一件は七不思議に関係があると、あめのん先輩は思っているのですか?」

「ああ」


・・・温室の水路に挟まって眠る庶務の夕立直ゆうだちなお

科学室は科学教師の君島流きみじまながるさんと温室管理者の君島流零きみじまながれさんが話している光景

ドッペルゲンガーは彼らが双子だから成り立つ


音楽室に居着いている道化は会計の宮城風斗みやぎふうと

後の三つは見当がつかないが、被服室の幽霊は徹夜明けの会長だろう

・・・どう見間違えたら、七不思議に変貌するんだか


「予想、あたっているといいですね」

「何だよその「絶対違うわこれ」っていいたそうな顔はよ」

「お前ら、目的の地下についたぞ」


会長の一声を合図に、私達は全員目の前に明かりを近づける


「あれ、兄さん?」

「雪音?どうしてここに・・・」


明かりの先で真っ赤な顔をこちらに向けてきたのは久堂雪音くどうゆきね

あめのん先輩の弟で、この時計台の整備士をしている

彼はなぜかタオル一丁で木製の椅子に腰掛けくつろいでいた

こんな格好で一体何をしているのかしら


「雪音、お前も変な噂に巻き込まれたのか!?」

「兄さんたち、噂を聞いてここに来たの?」

「あ、ああ」

「そう。兄さんたちもサウナに入りに来たんだね」

「「「「サウナ?」」」」


こんな地下にサウナ?

確かに、サウナ帰りなら頬どころか顔が赤くなっているのも頷けるけれども・・・なぜこんなところにサウナなんて


「直と風斗、君島先生たちと協力してね。完成後、せっかくと思って一般生徒にも解放を始めたのはつい最近。なかなかに繁盛をしてくれているよ」


久堂君が指差した先にあったのは、何かの扉

七不思議風に例えるのなら「異世界に繋がる扉」か


それには窓があるので、中を四人で覗いてみる

そこには本格的なサウナが広がっていた


「おっ!会長たちも来たのかー!」

「やっぱり来ると思ったよ。いらっしゃい」


中では宮城君と君島先生がサウナを堪能していた

まあ、彼ら的にはサウナに入っている訳だし、その格好も当然といえば当然なのだけど

目のやり場に困る・・・


「今日は俺たちの貸切にしていてね。こういうの職権濫用だとか言われるのかな・・・」

「手間を掛けて作ったのに全然なんだ!いいだろ。運営特権!」

「もちろん水風呂も完備。ととのえる、できちゃう」


「直もここにいたのか。君島兄は?」

「ん。流零は仕事があるからもう帰っちゃったけど、さっきまでいたよ」


「・・・」

「ゆうちゃん、どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

「都合がよければ入っていきなよ。流石に花宮は・・・勘弁してもらえると助かる」

「入るわけないじゃない!バカバカしい!」


踵を返して、私は地上への階段を登っていく

とんだ時間の無駄だった。早く帰って「仕事」の準備をしないと

彼を、待たせてしまう


・・


一方地下室

朝日ちゃんの後を追おうとしたら、雪音君から呼び止められた


夕夜ゆうや

「どうしたの、雪音君」

「君は、入っていかないのか?」

「遠慮しておくよ。いつもの準備があるから」

「そうか」

「また今度、誘ってくれると嬉しいよ。またね」


断りを入れた後、僕は家庭科室に直行して、いつものようにクッキーを焼く

それは普通のものでは無い

家庭科室の金庫に保管された「食べる前後の記憶を曖昧にする薬」を使って焼いた特別なクッキー


「・・・小さい頃は、普通のクッキーだったのにな」


あの頃はまだ、朝日ちゃんも僕も普通でいられていた


『美味しい!夕夜君の作るクッキーは世界一だね!』


心からの笑顔と、今では聞くことがない明るい声でクッキーを頬いっぱいに詰め込んで

彼女は僕のクッキーを褒めてくれていた

でも、今は


「夕夜君」

「おかえり、朝日ちゃん」


真っ黒なローブを身に纏った朝日ちゃんが、家庭科室にやってきてくれる

薬の効果が切れて、記憶の整合性が取れているこの瞬間だけ・・・彼女は僕を男として見てくれる


閉鎖空間であるこの学校の規律を守るために存在する処刑人・・・通称「死神」

彼女は十二歳の時に起こした事件の罪を償うために、この任務を遂行している


詳細は僕もあまり知らない

けれど「朝日ちゃんが人殺しをしていること」「その任務を君島流零と共に行っていること」は知っている

薬入りクッキーを自らの意思で食し、日常では割り切るため、作った「風紀委員長」の人格で過ごす

それが今の朝日ちゃんだ


「頬、真っ赤だよ」

「うん」

「切り傷じゃないみたいだね」


血で真っ赤に染まった頬をハンカチで拭う

綺麗な頬だ。よかった。今日も怪我をしないで戻ってきてくれた


「これでよし。ほら、お腹すいたでしょう?クッキー、焼いてあるから」

「・・・ん」


小さく口を開けて、クッキーの欠片を味わうように口に含む

子供の頃に比べたら上品だ

でも、そんな今にでも泣きそうなほど悲しそうな表情で食べないで欲しい


「ん」

「もう薬の効果が出始めたんだね。今日はお疲れかな」

「・・・ゆうやくん」

「なぁに、朝日ちゃん」


食べかけのクッキーは床に落ち、朝日ちゃんの身体は大きく揺れる

それを支えながら、脈を確認しておく。いつもどおり。薬の影響だ


眠る前の朝日ちゃんは僕に震えた手を伸ばしてくる

それをしっかり握りしめて、彼女を安心させるように視線を向けた


「だ」

「だ?」

「・・・私は、大丈夫。いつもごめんね」


そんなことはない。むしろ謝るのは僕の方だ

君がこの立場で苦しんでいるというのに、何も出来ない自分が申し訳なく思う


「・・・」

「おやすみ、朝日ちゃん」


彼女を抱き上げて、僕が寝床にしている家庭科準備室に入っていく

用意していた布団に彼女を寝かせた後、僕は鏡の前に立つ

男子制服から女子制服へ着替え、かつらを被り、僕は「国立夕夜くにたちゆうや」から「国立ゆう」に戻る

彼女が一番安心できる人物に、戻るのだ


「ゆうちゃん?どうしたの?」

「ごめんね。朝日ちゃん。起こしちゃった?」

「ううん。大丈夫」


一緒の布団に入って、今日もまた一日を終える

星の明かりすらない、ふとした瞬間に互いを見失うほど暗い場所

その末路が悲惨だとわかっていても、僕らにはこの道しか残されていない


僕らは互いに縋りながら生きていく

全てが終わる、その日まで

未来も希望も何もない今日を生きていくのだ

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