休暇用レコード35:星宮望未編「空の学者と航海士の、冬空での思いつき」

私のお仕事は基本的に夜。雨の日以外、仕事が無くなることはない

夜と言っても長い時間だ。ほぼ十二時間。朝が来るまで私の仕事は続く

大変だけど、好きだから続けていられる


私は星々の動きを、空の様子を眺め、記録し・・・星々の物語を伝える者

そして忘れられた歴史を読み解く天文学者

それが私、星宮望未ほしみやのぞみの仕事だ


三年前まで私は船団都市「海鷹うみたか」で天文学者兼空の観測手を勤めていた

今は一介の留学生として、この航空都市「月見」の技術を学んでいるところ


航海の安全は天候で決まると言っても過言ではない

天気は人の心ように気まぐれだ

だけど機嫌の変化をきちんと読み解かないと死人が出る

とても、重要な仕事だ



「望未さん」

「天音さん。どうしてここに?」

「君がここにいると聞いたから。一応、留学生の護衛も俺の仕事なんだ。勝手にどこかへ行かないでくれ」

「航海長なのに大変ですね」

「もう人が少ないからな。仕方ないよ」

「・・・ですね」


朔間天音さくまあまねは、疲れ切ったため息を吐きつつ、私の隣に腰掛けた

彼はこの航海都市の航路を決める航海長と、それなりに偉い立場にいる


だが、やっていることはそれだけじゃない

元々お人好しで仕事を押し付けられやすい人だった

けど、今は・・・全部抱えないといけない。いなくなった人の為にも


「一人で色々抱えすぎです」

「仕方ないさ。戦時中だ」

「だから、ハゲてしまうのですよ」

「かもな」


少し前まではハゲていないと言い返してきたのに

天音さんも、疲れているのかな

そりゃあそうか。毎日昼夜問わず出撃して・・・普段の仕事までこなしている

それに加えて私の護衛だ。疲れないわけがない


「天音さん。今日は帰りましょうか。せっかく休める時間ですし」

「いや、いいよ。君は君の仕事をしてくれ」

「でも・・・」

「いいんだ。君が観測を続けている姿を見るだけで、日常に戻ってこれたと思えるから」

「・・・そうですか」

「今日も聞かせてくれ。星の話。君が好きな話を。俺が好きになった話を」

「はい」


好きな人に、私が好きな世界を知ってほしいと思って、観測に付き合って貰うようになったのは三年前ぐらいだったか


私が好きな世界を、貴方にも。ほんの少しでいいからと願って、語り続けた時間はきちんと

実を結んでくれた


「あの赤い星が見えますか?」

「ああ。珍しく赤く光っている星だな。あれは?」

「ベテルギウス。昔はもっと輝きが強かった星です」

「あれよりも、光って見えたのか?」

「ええ。年々その光量は落ちて、今じゃほんの小さな赤い光が見える程度ですが。これを、こんな感じに点と点を繋いで・・・」


メモにわかりやすく絵を描いて、天音さんに見せる


「ええっと。ベテルギウスがここで、ああ、絵の通りのものを見つけた。まるで砂時計みたいだが・・・これは何という星座なんだ?」

「これでオリオン座です。かつて、オリオンは力のある狩人でした。確かに彼は強かったのですが、地上の全ての動物は私の獲物だ・・・なんて言って、この世の生物を作った神の耳に入って、毒殺されてしまったのです」


「そんな存在を毒殺?神様は彼に毒でも盛ったのか?」

「オリオンはサソリに刺されて死んでしまったんですよ」

「屈強な成人男性を殺せるような毒なのか・・・恐ろしいな」

「自分を殺した毒を持つ存在であるサソリが、オリオンは苦手になりました。蠍座は夏頃に見られるのですが、オリオン座は冬にしか見られません」

「恐れているから、避けているのか」

「ええ。それと、サソリは今も乾燥地帯には生息が確認されています。滅多に見られないそうですが」


兄弟子の話だと、手のひらサイズらしい

可愛くはない見た目だが、大きさだけは可愛らしい

けれど、持っているものは全然可愛くない

けれどそれは生物の生存に必要な存在なのだろう

私の専門は確かに「空」なのだが、生物にも、歴史にも興味がある


「しかし、流石に彼も一人で狩りに行ったりはしていないだろう?」

「どうしてそう思ったのですか?」

「昔話で、狩りをする猟犬という存在がいたと聞いたことがある。オリオンは狩りを一人でしていそうだが、獲物を探す技術までは卓越していたわけではないだろう?」

「そうかもしれません。オリオンの近くには二匹の犬がいますから・・・探すのは犬にまかせていたかもしれませんね」

「二匹?」


「ええ。ベテルギウスからほぼ真下。そこにひときわ明るい星があるのがわかりますか?」

「ああ。あれか」


同じように手帳に星座を描く。もう一つの方も一緒に記入しておこう

それは後の解説に使うから


「あれがシリウスです。少し複雑なのですが、この状態に星と星を繋いで・・・おおいぬ座になります。それから左へ。ベテルギウスとシリウスの交点にもう一つ明るい星がありますよね」

「多分、あれかな」

「ええ。そのとおりです。それはプロキオン。それをこの形に繋いだものがこいぬ座です」

「おおいぬと、こいぬ」

「はい。オリオンとの関係性は明白にはされていませんが、おおいぬ座の方はオリオンの猟犬だった説が残されています」


「猟犬じゃない説と、猟犬だった説があるのか?」

「ええ。神話は長い歴史を持つ物語です。同時に歴史で伝聞の形を変え、本当はどうだったのか、真実はどうか定かではありません。そもそもこれは本当にあった話なのか、ただのお伽噺なのかも、私達にはわかりません」

「・・・」

「けれど、私達は楽しみます。たとえ真実がどうであろうとも。こうだったのではないかと考察を重ねて、新たな「可能性の先にある物語」を紡ぐのです」

「凄いな、人の想像力」


「私もそう思います。ちなみに、ベテルギウスとシリウス、プロキオンを繋いで、冬の大三角と言われていたそうですよ」

「ああ。あれと同じ感じか?春と夏の大三角・・・秋は大四辺形みたいだけど、何か特別な意味があったりするのか?」

「さあ。調べてみても何も意味がなさそうなので、人々が覚えやすいようにつけた符号ではないかと私は推測します」


「覚えやすいようにって、学者に?」

「いえ。子供に。昔は、今よりも教育が充実していたと聞きます。誰もが初等教育の過程で一度は天文を学んでいたそうです。そこから専門的な部分に進むのはたったの一握りのようでしたが・・・」


世界が終わる直前の今と世界が豊かだった昔

暮らしている土地にもよるが、今の子供たちは読み書きや計算等の初等教育を終えたら働くか、専門課程を経て特別な仕事に着くかの二択


月見のように余裕がある都市ならば、誰もが高等教育まで受けられるが、私の住んでいる海鷹みたいに貧しい土地だと、初等教育までが多い


私みたいに、父が学者だった子供は自然と同じ道を歩むことが多いが、それ以外の道で学者になる人間は記憶にある限り、兄弟子の湖澄彗こすみすいぐらいだ


「・・・学びの道が広ければ、知識を身に着けたものが増え、専門的な分野を詰めていき、今の世界を奪い合い以外の方法で生き延びる方法を考えられると思いのですが」


手帳を閉じて、天音さんの方に視線を向ける


「閉じたということは・・・今日はここまで?」

「ええ。そうしようかと」

「じゃあ、今日のお礼をしようか」

「お礼だなんて」

「気にしないでくれ。いつも食事も用意してくれて、家のことだって勉強の片手間にしてくれているだろう?しばらく暇もなかったし、ここでしっかりお礼をさせてほしい」


天音さんは腕につけていた制御リングを外して、ポケットの中に入れ込む

その瞬間、天音さんを中心に空気の流れが生まれて、彼が宙に浮かび上がった


「望未さん、おいで」

「はい」


月見に住むのは「特別な力を持った能力者」

天音さんも例に漏れず特殊能力者だ。彼の能力は空気の操作と幅が広い能力らしい


その能力の都合上、空気のことなら手にとるようにわかるそうだ

二十代で航海長になれたのも、その能力を重宝された結果らしい


彼に抱きついた後、ゆっくりと宙に浮かび、天音さんは星空を駆けた

飛行を続ける都市は遠く離れ、周囲には星空しかなくなる


「私、この時間が好きです」

「好きなら、遠慮しなくていいんだぞ」

「能力使うのだって疲れるでしょう?お忙しい天音さんに無理をさせるような我儘は言えません」

「んー・・・俺は彼女に「星の海に飛び込みたい」ってお願いされたら、夜勤明けだろうが、哨戒、出撃帰りだろうが飛べる自信があるけどなぁ」

「そこまでしなくていいです。ちゃんと休んでください」

「わかってるよ。君ならそう言うことぐらい。ありがとうな」

「別に、お礼を言われることはしていませんので」


のんびり飛ぶ、星の海

そこで私達は家にいる時と変わらないぐらい会話を続ける


「今日の晩御飯は?」

「魚の煮付け」

「マジで!?魚なんて今のご時世じゃ出ないのに・・・」

「冗談です。固形栄養食。味なしバーです」

「落差が酷いなぁ」

「まあまあ。以前の配給で出た砂糖と牛乳の保管パウチがまだ残っていたはずなので、それを使って味をつけましょう?」

「そうだな。ありがとうな、色々節約して、保管してくれて。こういう時に助かるよ」

「いえいえ。食事ぐらいは楽しみたいですから」


なんでもない時でも、戦争の最中でも、その他愛のない内容は変わらない


「・・・」

「どうした、望未さん」

「この夜間飛行を行った回数はもう両手以上ですが、やっぱり落ちたら死んでしまうので・・・ふとした瞬間に心配を」

「ししししししし、しっかり支えているから安心してくれ・・・!」


安心させるように語りかけているけれど、実際は声が震えているし、目だって泳いでいる

変に意識して、全身が力んでいるようだ

腕の力が不安定になったので、代わりに私が天音さんの身体に回していた自分の腕に力を入れる


皆が知る天音さんらしくなくて、でも、本来の天音さんらしい姿


しっかりした人なんだけど、緊張しやすい人

けれど、いざという時はその緊張を乗り越えられる人だ


「震え声で言われたって、全く信用できませんよ」

「それはそうだが、やっぱり俺がしっかりしないとだから・・・」

「そうですけど、しっかりしないといけないのは天音さんだけじゃないですよ」

「はい?」

「私だって落ちないよう、しっかり抱きついておきますからね」

「・・・うん。ありがとう」


一人で頑張る必要はない。二人で頑張っていこう

三年前、初めて飛んだ日に決めたのだから

私はそれをきちんと守るだけ。これからもずっと。天音さんの側にいる限り


「・・・警報がなりだした。夜襲だな」

「そう、ですね」


月見を狙う敵が探知機に察知されたのだろう

このまま空中にいるのは危険だ。名残惜しいが・・・ここまでらしい

それに戻ったら天音さんはまた


「・・・しかし、この生活も疲れたな。毎日警報が鳴り響いて。この後も迎撃に参加させられるんだ。このまま戦いから逃げてしまおうか、なんて」

「いいですね。駆け落ち」

「へ?」

「私は望遠鏡と今持ち歩いている荷物、それから天音さんがいればどこでもやっていける自信があるので。後は天音さんが決断するだけです」

「・・・わかった」


天音さんは一瞬で能力を解除した

空は遠ざかる。遥か水平まで広がる星々が映る海へ落ちていく


「この先、能力を使い続けていると探知される。ギリギリまで普通に落ちるぞ!」

「本当に、逃げちゃうんですか!?」

「やると決めたらやり遂げる!一緒に来てくれるんだろう?」

「もちろんです!」


辿り着く先には自由もなにもない、ただ緩やかな破滅を迎える瞬間まで空を翔ける偽りの方舟を降り、私達は波乱の地上へと落ちていく

全部思いつき、ノリで決めた。けれど、悪くない選択だと思う


私は天文学者。星を愛し、空を見続ける者

彼は能力者。空気を操り、空を舞い踊る者

互いが空で生かされている私達は

その生き様も、空のように自由でありたい


「これからは波乱だぞ」

「わかっていますよ。でも、一人で頑張るのではなくて、二人で頑張るのです。どうにかなりますよ」

「ああ。必ず生き延びよう」

「もちろんです」


空での約束を抱いて、私達は地上へ落ちる

戦火から最も遠い過酷な土地で生き延びるのは大変だろう


それでも、私達は・・・二人で手を取り合いながら生きていく

この破滅に向かう世界の、一番損壊が激しい場所で

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