休暇用レコード34:新橋夏樹編「魔法鍋巫女なつき」

女の子なら魔法少女という存在に一度は憧れることがあると思う

可愛い衣装を身にまとい、愛らしい呪文を唱えて悪い存在を退治する・・・格好良くて可愛い女の子

魔法少女みたいになりたいと、テレビの前で憧れを抱いた子供時代


けど現実は、そんな不思議な力なんてなくて

周囲がそういう「特別な力」を持った存在ばかりになっても


私だけは、なにもない普通の女の子なままなのだ


・・


これはある日の朝

世界が終わるのを回避するために、私達は時間旅行を続けていた


私は朝五時から日課である鍛錬を終え、着替えを済ませてから食堂に向かう

いつもの席について、今日もまた自分の無力さを悲観する


「はぁ・・・」

「どうしたの、夏樹なつき

彼方かなた


冬月彼方ふゆつきかなた」は、私の側に寄り添って、いつもどおり優しく、安心させるように微笑んでくれる


「貴方が落ち込んでいるなんてらしくないわ。何かあったの?」

「少し、気にしちゃってさ」

「気にするって?」

「だって、ほら。私、能力者じゃないでしょう?彼方たちみたいに特殊な力はないし、特別な存在でもないから、足手まといだよねって」

「そんな事ないわ」

「たとえ、皆みたいに特殊能力がなくても?」

「ええ」


そうは言ってくれるけど、実際に私は足手まといなのだ

守られてばかり、後ろで待つばかり


君を守ると雪季ゆき君と約束して乗り込んだ時間旅行

けど実際は彼に守られているだけなのだ

特殊能力を使って、動物に力を借りられる彼に

心臓が弱くて、沢山薬を飲んで体調を管理している彼に


「でも、やっぱり私は皆を守れるほどの強さが、力が欲しい」

「夏樹」

「ごめんね、彼方。私、今日は朝食いらないや」


そう言って私は食堂を後にした


・・


食堂に残された私は、夏樹の背を見ながら小さくため息を吐く

確かに彼女はこの時間旅行に参加している面々で唯一「特別ではない」普通の女の子


最も、長年鍛錬を積んできた槍術はかなりの腕前であり「普通に強い」レベルから遥か遠い高みにいるような気がするのだけれど・・・

彼女にとって、そんな強さは能力者の強さに及ばないと思っているのだろう


「また、力を欲しがっている感じか?」

正太郎しょうたろう。貴方、いつになく不機嫌ね」

「・・・夏樹さんに朝ご飯食べてもらえなかった。今日のは力作だったのに」

「ごめんなさい」

「いいよ。しかしこの悩みは解決が難しいよな」

「そうね。流石に能力を与えるなんてできないから・・・」

「できるぞ」

「「・・・はい?」」


正太郎と私が悩む中、呑気に耳をほじりつつ断言したのは朝比奈巴衛あさひなともえ

将来私が直々に雇うことになっている、とんでもない技術力を持った技師だ


「流石に、俺達みたいに生粋な能力を植え付けるのは副作用問題があるけど、外付けのデバイスに「特殊な力」を入れ込んで、擬似的に特殊能力を使えるようにするのは簡単だ」

「サラリと言うけれど、かなり大変よね、それ」

「理論上はな。けど、それさえ完成させてしまえば量産は簡単だったりするぞ」

「普通はそれを完成させられないのよ。ちなみに、そのとんでもない代物。私が知っているもので例えたら、どういうものになるのかしら」


「んー・・・魔法怪盗☆カレイドコメットの変身アイテム」

「マジカルカレイドを現実に用意できるの!?」

「なんで変身アイテムの名前を・・・子供向けだよな、それ」

「冬月家の玩具部門で子供向けの変身玩具を作っているのよ。ちなみにアニメは拓真が脚本をしているわ」

「そういやあいつ小説家設定あったな。しかし女児向けアニメの脚本。あいつガチガチの歴史小説が主戦場だろ。仕事選べよ。プスス・・・」

「巴衛、本人に聞かれたら半殺しにされるわよ」


それから周囲を巻き込んで、私達はある準備を整えていく

特別に憧れた、普通を気にする特殊な女の子を

特別な女の子にする時間の為に


・・


色々あった昨日はあっという間に過ぎ去り、次の日になった

気分は昨日よりは軽いかな

朝の鍛錬に向かおうとベッドから抜け出そうとして、それに気がついた


「・・・なにこれ」


私の枕元に、なぜかお玉が置かれていた

料理に使うあれ。私が大好きなお鍋に欠かせない大事な存在でもある


「これを使えば貴方もマジカル・・・?お玉を構えて「マジカルパワー!ポットイン!」って唱えきゃあっ!」


突如周囲から巻き起こる風と謎の光

私が来ていた寝間着はいつの間にか消え去って、オレンジ色の光が身体を包んでいた

なにこれなにこれ、と動揺している間に全ては終わってしまう

小さなお鍋をモチーフにした帽子、全体的にフリフリなドレス。腰には大きなリボン

ワンポイントで至るところに鈴がつき、動くたびにシャランと鳴り響く

ミニスカートの巫女服とニーハイ、そして高さのある下駄

髪も彼方みたいに腰まで伸びて、茶髪にはオレンジの差し色が加わる


「ポットでホットなぽかぽかタイム!魔法鍋巫女なつき!この世をアクからすくっちゃいます!」


言わされた。なんかとんでもないこと言わされた

しかも決めポーズ付きで


「光を観測したから入ってきたわ」

「かにゃた!?」

「うわ、これまた凄いな。拓実の後輩が衣装案出してくれたんだっけ?」

「そうそう。その案を元に、俺が新橋サイズで服を作って、それを彼方の友達の魔法使いに魔法粒子に変換してもらったんだ。で、これをデバイス・・・今回であればお玉ステッキに全て封入。呪文もとい「開始コード」を登録者が叫ぶことで、魔法粒子を衣装に戻し、ついでに登録者に着用させるという技術だな。しかし残念なことに登録者は容量の都合で一人しか出来ない。しかも俺がうっかりしてたせいで初期化も破壊も出来なくてな」

「え」

「と、いうわけで、そのお玉は永遠に新橋専用だぞ!死ぬまで魔法少女できちゃうぜ!」

「そんなぁ!やだやだ!こんな技術の固まりいらない!」


それに死ぬまで!?死ぬまで魔法少女!?

お婆ちゃんになっても少女なの!?

将来お婆ちゃんになって孫から「え、お婆ちゃん魔法少女なの?少女な年齢じゃなくない?」とか言われるの!?


「こんなの嫌だぁ・・・」

「あら。せっかく特別デビューをした夏樹に、初戦の相手まで用意したのだけれど」

「え」


彼方の指パッチンと共に現れたのはゾンビみたいに歩いている正二しょうじさん

禍々しいオーラを全身から排出している彼と、悪い顔をしている彼方

どこからどうみても敵組織の女幹部と下っ端モンスターだった


「正二なら新橋でも倒せるらしいから、とりあえず闇堕ちさせてみた」

「とりあえずでやっていいことじゃないと思うんですけど!?」

「まあなんだ。こいつの「アクだまり」を掬い上げて、浄化するまでが鍋巫女の仕事だな」

「なんでそんな設定が細かく・・・」

「監修は拓真さんにお願いしたそうだぞ」

「本業じゃないですか」


巴衛さんと正太郎さんがノリノリで解説役をやりつつ、私はなんだかんだで設定を受け入れつつ、正二さんの前に立つ


「夏樹さん」

「なんですか、正太郎さん」

「夏樹さんは世代だから、説明しなくてもわかると思うと彼方さんが言っていた。ニチアサを真似て戦えば、きっと勝機は見える」


「必殺技のタイミングになったら「いまよ!」って俺が叫ぶから」

「巴衛さんが教えてくれるんですか?親切ですね」

「必殺技の台詞もきちんと登録しているから、その時になればさっきの決め台詞とポーズみたいに自然にできるからな!」

「この親切はいらないっ!」


いつものように駆けようと足に力を込めた瞬間、私は一瞬で反対側に跳んでいた

壁にぶつかりそうだったので、身を翻し、今度は力を調整して正二さんのところへ向かう


「身体能力まで強化をしているのか」

「強化は魔法少女ものの定番らしいからな。一話目はこの強化された力に驚きつつ、順応していく過程も見どころだぞ」

「しかし、心配する間もなく順応しているな。流石夏樹さんと言ったところか」

「あいつは元の運動神経がいいし、槍術だけなら戦闘兵器とも互角に渡れる実力がある。順応力は高いだろうさ」

「しかし、先程からずっと突進しかしていないような」

「あいつ、槍なら強いけど、それ以外はからっきしだろう」

「あぁ・・・」


「新橋!当たらない突進ばかりじゃなく武器を使え!」

「武器・・・これか!」


私は腰のホルダーに入れてあったお玉ステッキを手に取り、正二さんの頭に思いっきり振りかざす

必死に、何度も何度も。この羞恥プレイが早く終わりますようにと


「あぎゃっ!」

「あれは痛そう」

「に、新橋。一応お玉ステッキだからな。マジカルなアイテムだからな。後、強度は普通のお玉と同等だ。手加減してやれよ。死んでも蘇生できるからある程度はいいけどさ・・・」

「蘇生できるのか?」

「死後十五分経過してなければ」


「本当になんでもありだな、巴衛は・・・」

「まあ、俺だからな。あ、新橋〜いまよ〜。でな、正太郎・・・」

「雑談の最中にそれって滅茶苦茶緩くないですか!?」

「緩くないぞ?俺は至って真剣だぞ?」


いまよ、と言われたことで頭の中で何をすべきか流れを得る


「お玉ステッキ!」

「お、正太郎。必殺技だぞ。楽しみだなぁ」

「ふむ」

「心のアク、救い出します!」


お玉で心の中に渦巻いていたアクを掬い、宙へと投げ出す

そして私は、現れた巻物を開く

長い巻物はアクの方へ向かっていき、結界のようにその周囲を包んでくれた


「・・・」

「・・・おい、巴衛。夏樹さんは何を言っているんだ?早口過ぎて聞き取れないんだが」

「祝詞。あいつ一応神社の娘だし、必殺技は祝詞詠唱にしておいた」

「そういうのはもう少し派手なビームとか」

「安全性を考慮しているんだ。一応新橋は子供だからな。流石に殺傷効果があるビームとかは流石にやばいだろ?」

「彼女のメイン武器は槍だぞ。今更だろ」


「・・・!浄化!」

「はふぅ〜」


祝詞を唱え終え、正二さんの中にあったアクは綺麗サッパリ浄化された


「あ、夏樹さん。どうされたんですか?なんですか、その格好」

「あまり見ないでください」

「あ、はい」


元に戻った正二さんはどうやら事情を知らない感じらしい

とりあえず見ないでと頼んだ後、私は巴衛さんの元に駆ける


「よぉ、新橋。大金星じゃないか。初戦にしてはいい動きを」

「これ、どうやって解除するんです?」

「大丈夫よ、夏樹。時間経過で解除されるわ。まあ、後十五分はその状態だけど」

「彼方ぁ・・・流石に恥ずかしいよ。何もせずに十五分なんて」

「まあまあ。とりあえずこれでも食べましょうよ」


彼方は再び指パッチンで合図を出す


「夏樹さん、お疲れさまです。こたつ置いておきますね」

「夏樹ちゃん、お疲れ。これは差し入れ。大好物のお肉、たくさん入れておいたからね。あ。でも野菜も食べようね」


拓実さんと冬夜君はすっと現れて、持ってきたものを設置したらすぐに帰っていく


「失礼します。冬夜さんがガスボンベ忘れていたようで・・・あ」


そして最後に、一番この姿を見られたくない存在がやってきた

相良雪季さがらゆき君。この旅行に参加している最年少の男の子

私が守ると言っておきながら逆に守ってもらっている存在だ


「・・・夏樹さん。どうされたんですか、その格好」

「こ、これは・・・」

「とっても似合っています。夏樹さんらしい」

「そうかな・・・」


「でも、また強くなられるのは困ります。僕が守れなくなりますし」

「ひゃっ」

「あら」

「ほう」

「・・・マセガキ」


正太郎さんから普段聞かないようなとんでもないワードが聞こえた気がする

雪季君もぼそっと「成人男性のくせに女子高生にひっつきやがって・・・」って言い返してたような気がする

・・・気のせいだよね


「僕はもうすでに昼食を摂ったので、今回は失礼します。また機会があればご一緒させてください」

「ひゃ、ひゃい・・・」

「それでは失礼します」


雪季君が立ち去る姿を私は呆然と、彼方と巴衛さんはニヨニヨと、正太郎さんは睨みつつ眺める


「さて、祝勝会兼開発成功祝いを記念して、鍋食べるぞ!」

「そうね。夏樹、主役はゆっくりしていてね。私がよそうから」

「ありがとう、彼方」


「・・・では俺は飲み物を」

「兄さん、お酒」

「正太郎、酒」

「昼間だぞ、自重しろ」


五人鍋を囲んで、普通の時間を過ごしていく

特殊能力に憧れた。特別に憧れた

でも、今回でわかったよ、皆


「・・・うん、美味しい」


普通でいることも難しくて、普通になることも難しい


・・・私、普通でいいや


今回の出来事で得られた答えはそれだけ

特別な一日を乗り越えて、今日の私は普通に過ごす

これからもこうあってほしいと願いながら、大好物に舌鼓を打った

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