休暇用レコード33:渡辺深幸編「強運後輩と凶運先輩のおみくじ勝負」

「あけましておめでとうございます!今年も香夜先輩をよろし」

「お帰りください」

「なぁ!」


新年早々見たくない顔を見てしまった

情けなく扉をバンバンと叩く彼女は雪時香夜ゆきときかや

今年の春、階段から落ちそうになったところを俺が助けたらしく・・・

それがきっかけで両腕を骨折した俺に「恩返しがしたい」と言いよってきた我が校の生徒会長様だ

二年生にして生徒会長。三年生も引き続き務める事になっている彼女は周囲からの人望はあるのだろうけど・・・


「わーたーなーべーくーん!あーけーてー!」

「・・・ご近所迷惑なんで、家に入れてやりますから黙ってください」

「ありがとうございます!」


・・・正直、鬱陶しい

怪我が治った今も、なぜか彼女との縁は切れず、ずっと付きまとわれている

切りたいのに、切れない


今日だって新年早々不法侵入だ。オートロックの自動ドアが開いた瞬間に住民を装って入ってくるな


「全く、記憶喪失から戻ったと思えば・・・素直さが消えちゃって。泣きついてきた渡辺君はどこに行っちゃったのでしょう」

「そんな俺は存在していません」

「まったまたー・・・その時の記憶はあるんでしょう?」

「抹消しました」


「そんなぁ!そういえば、斎藤さんは?ご不在ですか」

「ええ。友達と温泉旅行です。年末年始ぐらいはゆっくりしてもらうと」

「あら」


斎藤さんは俺が雇っているお手伝いさんだ

俺は家族に見捨てられ、斎藤さんは火事で家族を失って・・・互いに一人ぼっちだった

今は、雇用関係ではあるが親子みたいに過ごしている

そんな彼女にも今年はかなり心労をかけてしまった。だからお詫びというか、お礼というか・・・そんな感じで、友達と有名な温泉地に旅行へ行けるよう手配をしたのは記憶に新しい


「優しいですねぇ」

「・・・まあ、お母さんみたいな存在なので」

「そうですか」


さり気なく彼女はリビングに立ちいり、いつものように椅子へ腰掛けた

・・・こいつ、俺の新年を邪魔する気か

毎年のように、静かで穏やかな新年が過ごせると思ったのに

まあ家に入れた時点で崩壊は仕方ないか


「渡辺君、お節食べていないんですか?」

「用意はしてもらっていますが・・・今はいいかなって」

「お雑煮は?」

「作ってないです」

「・・・新年を何だと思っているんですか」

「ゆっくり過ごす日じゃないですか」

「寝正月なんてもったいないです!初詣とか!」

「寒いのと人混みが嫌なので行きません」


「じゃあお家で百人一首をしましょう」

「覚えていないので嫌です」


「福笑いとか」

「どこに面白みがあるんですか、それ」

「と、特別に私の顔写真で福笑いをしていいので・・・!」


鞄の中から小さな箱を取り出した彼女

中身は、先輩のっぺらぼうが書かれた紙と、散らばる顔パーツ


「なんでそんなものを用意しているんですか」

「渡辺君が喜んでくれるかと」


・・・俺が先輩の顔を崩して笑うような畜生だといいたいのか

まあ、流石にそんなことはないだろう

この人は基本的に何も考えていない。ただ、こういうネタに走れば面白そうだから実践した程度だ

だから俺も深くは考えない


「・・・いりませんよこんなの。で、先輩は今日何をしに来たんですか?」

「渡辺君、どうせ寝正月をしていると思って。それなら一緒に遊ぼうかなと」

「先輩友達いるでしょ」

「友達は家族との予定が入っていたり、遠方に行ったり・・・恋人と過ごしたりで、予定が噛み合わず」


先輩と新年から初詣に行ってくれる存在は結構少なかったりする

人望はあるが、交友関係は広く浅くなのだ

深い関係なのは、夏木先輩ぐらい

けれど、彼女はもれなくリア充だ・・・先輩より優先させる存在がいる


「・・・ご愁傷様です」

「なんですかその哀れみ!」

「先輩可愛いのに彼氏いないんですね」

「まあ、私。色々ありますから。お断りしているんです」

「それなら俺と遊ぶのも自主的にお断りしてください」

「そ、それは・・・」

「それは・・・?」


わかっている。彼女が気にしていることぐらい

俺だって正反対だけど同じことを気にしているのだから


「・・・いいですよ。初詣程度、行ってあげてもいいです」

「本当ですか!?」

「可哀想な先輩に新年早々付き合ってやると言っているんです。ほら、早速行きますよ」

「はい!」


賑やかな先輩は俺の手をさり気なく引いて、近くにある神社・・・ではなく、少し離れた場所に初詣に向かうことになる

・・・寝正月、したかったなぁ


・・


遠方の、それこそご近所さんと思わしき人しかいないような小さな神社にやってきた

手を清め、形式に習ってお参りをこなしておく

今年は・・・平穏に過ごせますように

片目を軽く開けて、隣で同じようにお参りする先輩を見ておく


「・・・どうしました?」

「あ、いや・・・何をお願いしてるのかなと」

「今年は平穏に、ですね。ほら、私怪我とかしやすいですし、厄介事に巻き込まれる回数も多いので・・・」

「あー・・・」


先輩はびっくりするレベルの不幸体質。周囲の不幸すら吸い取っているんじゃないかと思うぐらいの不幸っぷりなのだ

怪我は多いし、厄介事に巻き込まれる回数も多い・・・らしい

関わるようになってから、目立つ厄介事と言えば俺ぐらいだけど・・・他にも巻き込まれてんのかな


「でも去年は少なかったと思います。渡辺君のお陰かもしれませんね」

「俺は無関係だと思うのですがね」

「そういう事にしておきます」


階段を降りて、今回の本題に行こうとするが・・・


「あ」

「あ」


先輩が足を滑らせて、そのまま階段から落ちていく

もちろん、さり気なく腕を引かれていた俺も・・・


「・・・やっぱりな」

「ごめんなさい・・・」


下敷きにされた俺は先輩がどくまでじっと地面とくっついて過ごす

・・・新年早々不幸だな、先輩。早速階段からの転落とは

幸先が悪すぎる。今年受験生だろこの人


「今、どきますね」

「ええ。あ、ゆっくりでいいですから」

「し、下敷きになって喜んでいるんですか・・・!?」

「違う!あんたがまたドジを踏まないように慎重に動いてほしいだけだ!」

「・・・渡辺君、ありがとうございますね。はい、どきましたよ」

「どうも」


土埃をはらい、少しズレたマフラーを元の位置に戻す

最後に長すぎる前髪を定位置に。他の位置だと目に入って痛いから


「髪、切ればいいのに」

「古傷を晒せって?」

「お化粧したらいいじゃないですか」

「肌、弱いんですよ。痒くなるので」

「敏感肌なんですねぇ・・・しかしこのもちもち。化粧品どころかお手入れも全然なんですよね」

「はひへはふほほほふふふは(さりげなく頬を突くな)」

「一体どんな手入れを?」

「ロマンスの湯オンリーですけど」


敏感肌人間御用達入浴剤「ロマンスの湯」。俺の愛用品だ

一応、風呂の時間は好きだ。誰にも邪魔されないし唯一素顔を晒せる時間

鬱陶しい前髪と喧騒におさらばできるリラックスタイムなのだ

唯一の癒やしの時間。こだわるのは当然


「まさか、一番高い「トゥルトゥルミルク」だったり・・・?」

「ええ。箱買いしました。毎日使ってます」


ちなみに箱買いすると一個おまけでついてくる。お得だ

けど、それを知らない先輩は愕然とした表情で俺を見てきていた


「あれを・・・毎日・・・!?あの高級入浴剤を毎日投入しているんですか」

「お気に入りなんで」

「しかし、渡辺君はお金持ちなのに庶民的だし、趣味っぽい趣味も知らなかったのですが、まさかお風呂が趣味だったとは・・・また一つ、貴方を知れました」

「あっそ・・・」


嬉しそうに笑う雪時先輩から目をそらし、近くにあった社務所に目を向ける

ここまで来たら何か買うのもありだろう

この人、ただでさえ幸先悪いからお守り買っといてやるかな・・・

けど、その前に・・・「あれ」をするべきだ

ここで俺と先輩が遊べる唯一の存在だ


「ほら先輩。おみくじコーナーですよ」

「・・・そうですね」


いつになくテンションが低い

元々運の悪い人だ。おみくじ引くたびに大凶なんだろうな


「せっかくだし、遊びましょうよ」

「おみくじって遊ぶものじゃないですよ。一発勝負です」

「どうせ先輩全部大凶でしょ?」

「うぐっ・・・」


勘で言ったのに、図星だったらしい。なんだか気まずいな


「・・・お金出してあげますから、十連しましょうよ。おまけで一回分足しときます?」

「どこのガチャですか・・・いいですよ。十回勝負。その代わり、渡辺君もやってください」

「いいですよ。俺は全部大吉を引きます」

「いいでしょう。では私が十回連続大凶を引いたら・・・一つ、言うことを聞いてください」

「わかりました。じゃあ俺も同じ条件を」

「了解です。では、やりましょうか。お金ください」

「・・・」


俺と先輩は十回分のおみくじのお金を握りしめ、社務所に向かう

それぞれ十回分のおみくじを引いた結果は・・・


「・・・全部大吉。排出率が高いとは聞きますが・・・十枚揃えるのは難しいですよね」

「それは俺の台詞です。やっぱり全部大凶じゃないですか」

「・・・しゅん」


「排出率低いのに。狙い撃ちですか」

「かもしれません。けど、渡辺君にお願いする権利は手に入れました」

「それは俺もなんですけど」

「ま、まあ・・・そうですね。先に私のお願いを」

「なんでしょう」


もう何が来たって受け入れるしかない。この条件を受け入れてしまったのは俺だ

何だって叶えてやろう。どんとこい、雪時香夜・・・!


「もう一回、おみくじを引いてくれませんか?」

「はて。それぐらいでいいんですか?なんか意外です」

「少し確かめたいことがありまして。一緒に引くだけでいいので」

「了解です」


それぐらいなら、と思い、今度は社務所に二人並んで一緒におみくじを引く

結果は中吉だ。初めて見た


「やっぱりです」

「何がです?」

「運がいい渡辺君、運が悪い私。一緒にいれば幸運と不幸の相殺。けど、どうやら渡辺君の方が強いらしいですね。流石強運。宝くじの一等を二回も当てるだけあります」

「そうですかね」

「現に去年は渡辺君と出会ってから転ぶ回数も、厄介事に関わる回数が減りました」

「だからって一緒にいてやりませんからね」

「しゅん・・・」


元々学年も違うのに、一緒にいられる訳無いだろ。全く・・・

それに、騒がしいのは・・・

まあ、最近は嫌いじゃないけど。四六時中うるさいのはやっぱり困る


「こいつでも持って今年は不幸にならないよう努力してください。それ、受け取ることが俺のお願いでいいんで」


十連おみくじに挑んだ時、一緒に買っておいたお守りを先輩に押し付けて、おみくじを結ぶ場所に一足早く向かっていく


「これ、お守り・・・?あら、厄除けと合格祈願。全く、素直に渡せないのでしょうか・・・」

「ほら、先輩。その不幸にまみれたおみくじ、神様に見せつけてやりましょうよ。一番上に結んでやりますから、早く来てください」

「はいはい。今行きますよ」


呆れた声を出しながら、先輩は転ばないようにゆっくり俺の元へやってきてくれる


一番上の列に大凶のおみくじを結びつけながら、ちょっとだけ

ほんっのちょっとだけ、お願いを混ぜてやるのだ

今年一年、不幸体質の権化をやっている香夜先輩が何事もなく、志望校に普通に合格して、健康に、平穏に過ごせますように・・・と

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