休暇用レコード2023

休暇用レコード32:九重音羽編「Happy Birthday Dear My sister」

九歳の誕生日はもう少しだね、音羽

私と同じぐらい、あの日の誕生日を誰よりも待ち望んでいたお母さん


家族の誕生日のプレゼントはそうくんが予約しにいってくれたのよ

ケーキはかみくんが予約してくれたの。当日に取りに行くからね

三波からはもうメッセージカードとプレゼントが届いているの。中身は誕生日にね

お家の飾り付けは、かずくんが主導で、桜と清志と志夏と奏がやってくれるって。クリスマスより派手にするって盛り上がっているわ


予定を話す姿はよく覚えている

忘れたくても、覚えている

兄妹皆で分け合って食べた九歳の誕生日ケーキの味も、今でも覚えている


そこにお父さんとお母さんはいなかった

その代わりに、黒いリボンで飾られた二人の写真と、真っ白な布で覆われた骨壷だけが、両親の椅子に置かれていたことを、私は生涯忘れることはないだろう


・・


そんな私ももう高校二年生

誕生日とかいちいち気にしている年齢でも無くなった


今は、お祝いしてほしいじゃなくて・・・

お祝いされるのは嬉しいけど、別に無理してまでお祝いされなくてもいいかなって感じ


今年最後の補習が終わった後

私はいつもどおり二島湊にしまみなとと共に帰路へつく

彼と会えるのは今年で最後だ

あえて誰もいない遠回りな道を選んで、手を繋いで帰る


音羽おとは

「なあに、湊君」

「いや、今日は二十六日だろ。だから明後日は、音羽の誕生日・・・」

「覚えていてくれたの?」

「そりゃあ覚えてるよ・・・彼女の誕生日ぐらい。それで、今年も家族と過ごすんだろ?」

「うん。その予定」

「当日は会えないし、誕生日プレゼントだけでもと思ってな。年が明けたら持ってこようと思うんだ。何か欲しい物あるか?」

「うーん。来月のライムページかな。見てみたい特集があるんだけど、付録の都合上どこも売り切れでさ。予約枠もすぐに埋まっちゃって」

「料理雑誌かよ。らしいっちゃらしいけど、他には無いのか。例えば、マフラーとか」

「へ?」

「もうボロボロだからさ。新しいのとかどうだ?小学生の時から使ってるだろ?」


確かに、私が巻いているマフラーはボロボロ

小学生の頃から使っているものだ。こうなるのも仕方ないと言えるほど、このマフラーを身に着けている

今日みたいに買い替えたら?と言われる日は少なくない

けど、私はこのマフラーが大好きなのだ

今はまだ外せないほど、大好きなんだ


「確かに買い替えた方がいいかもしれない。けどね、このマフラーは特別なの」

「特別?」

「うん。聞いてくれる?」


あれは私が十歳の時

両親が事故で死んでから、一年が経過した十二月の話だ


・・


両親が事故死した後、九重家は色々と慌ただしい日々を送っていた

忙しくて・・・皆、誕生日とかイベントごとに目を向ける暇がなくて、会話だってかなり減っていたと思う


「・・・」

「どうしたの、音羽」


小学校から帰ってきた私は、学校から帰ってきた一馬かずま兄さんの部屋に入り、一馬兄さんの側で眠る末っ子のつかさと三人でのんびり時間を過ごしていた


「・・・一馬兄さん、何も見えない」

「へ?」


一馬兄さんは、お裁縫や編み物が得意だ

こうしてハンドメイドをこなし、フリマサイトで販売して生活費の足しを作ってくれている


今は販売用の商品を作っているところ

私も手伝いができたらな、と思って見様見真似で頑張ってみようと思うのだが・・・

数をこなしている一馬兄さんの手付きは完全にプロのそれ

高速で動く手元を確認しながら真似なんて全然できなくて、ちょっと文句を言ってしまう

けど一馬兄さんは嫌な顔一つせずに、私に合わせてスピードをかなり落としてくれた


「これぐらいでいいかな」

「・・・え」

「音羽?」

「あ、ううん。ありがとう。一馬兄さん」

「気にしないで」


「でも、お仕事の邪魔だよね」

「そんな事無いよ。僕の本職は学生。これは片手間、いわば趣味の時間だからね。気にすることなんて何もないんだよ。むしろ僕は嬉しいなぁ」

「どうして?」

「だって、音羽が僕の趣味を一緒にやりたいって言ってくれたんだよ。嬉しくないわけがないじゃないか」


その言葉は心からの言葉

いつだって私達の前では真っ直ぐで、お母さんみたいに温かく笑って、優しく導いてくれる

お母さんがいなくなってから、一馬兄さんが皆のお母さんをしてくれている

私は、そんな温かい一馬兄さんが兄妹の中では一番大好きだ


「そうだね。双馬そうま兄さんと深参ふかみ兄さんは絶対にしないし、さくら姉さんと三波みなみ兄さんも、こういうのはさっぱりだもんね」

清志きよし志夏しなつも全然だからね。かなでは・・・音楽一筋になりそうだから、こういうのは興味なさそうだなぁって。司なんてどうなるか全然だよ」


名前を呼ばれた事がわかったのか、司がもぞもぞと一馬兄さんの膝の上に乗ってくる


「音羽もおいで」

「えぇ・・・でも、流石に」

「いいからたまにはさ」

「・・・わかった」


十歳という時期は、少し難しい

昔みたいにお兄ちゃんに甘えられなくて、近づくのも照れくさくて

膝に座るのなんて、司がいるとしても・・・やっぱりなんか恥ずかしい


「音羽。僕は君にとても申し訳ないことをしているんだ」

「何を?」

「九歳の誕生日も、十歳の誕生日もきちんとお祝いしてあげられなかった」

「それは・・・一馬兄さん、去年は体調を崩して入院して、今年だって仕事が忙しかった双馬兄さんと深参兄さんの代わりに忌明とかで手続きに走っていたから・・・わかってるよ」


一馬兄さんは身体が弱い。身体を壊して入院なんていつもの事だ

それに彼は長男だ。やるべきことの責任は大体彼についてくる

忙しいのはもうわかっている。こうしてゆっくりできる時間が珍しいぐらいに


「それは言い訳にしか過ぎない。それに僕は「家の事情」だから仕方ないって、そんな理由で、音羽たちに何も諦めてほしくないんだ」

「一馬兄さん・・・」

「いいかい、音羽。誕生日というものは誰もが等しく持っている、その人にとっての「一番めでたい日」なんだ。誕生というのは最大の奇跡であり、最高の幸福なんだよ」


優しい声で語りかける一馬兄さんの声に合わせて、私の首元にそれはふんわりと降りてきてくれる

私はそれに手を伸ばしてみる

天使の羽根みたいに真っ白で、ふわふわしているマフラーが、その手に握られていた


「これは僕らからの贈り物。本当は当日に渡したかったけど・・・」

「これ、一馬兄さんが?」

「僕だけじゃないよ。一段ずつ兄妹皆で編んだんだ。司の分は僕が、奏の分は双馬が一緒に編んだんだよ」


よく見ればところどころ、いびつな網目になっている

綺麗な網目なのは、やっぱり一馬兄さんかな

力が入っているせいか、網目が固いのは双馬兄さんだと思う

完全によれているのは・・・順番的に深参兄さんかな


慣れない感じが出ているのは桜姉さん

最初は少し変だけど、最後の方は綺麗に編めている分は三波兄さん

なんだか手慣れている感じがするのは・・・順番的に清志兄さんかな

その上の一馬兄さん並みに綺麗なのは志夏姉さんだろう。志夏姉さんならこなす


そしてその上にまた硬い網目が来て、一馬兄さんの柔らかくて均一な網目がやってくる

一緒に編んだ、奏と司の分だろう

産まれた順番で編み込んでいったマフラーは皆の手で作られて、私のところへ贈られた


誕生日は、正直嫌いになりかけていた

両親が死んで、忘れられて・・・誕生日が近づくたびに両親の死を意識する

そんな日々が嫌で、誕生日なんてなくなってしまえばいいのになんて思い始めたぐらい

けど、そんな嫌な考えが全部吹っ飛ぶぐらい、二年分の祝福は家族の手で運ばれた


「十歳の誕生日、お祝いするのが遅れちゃったけど、ハッピーバースデー、音羽。産まれてきてくれてありがとう。僕らの妹になってくれてありがとう」

「ありがとう、一馬兄さん!」

「いいんだよ。これからは誕生日、しっかりお祝いするからね。今日は双馬が帰りにケーキを買ってきてくれるから、皆で食べようね」

「本当?」


「うん。毎年皆集めよう。嫌な思い出を消し去るぐらいに、皆で楽しく過ごそう。いつか音羽が大人になって、誕生日を一番にお祝いしてくれる人と巡り合って、自分の大事な家族ができるその日までね」

「うん!」


一馬兄さんと約束したこれは、今もずっと続いてる

私が高校生になった今も変わらずに続いてくれている


・・


「産まれてきた奇跡を、九重家の三女として産まれて兄さんや姉さんたちに巡り会えた幸福を編み込んだそれは、一生の宝物になった」

「だから買い換えられないのか?」

「うん。大事なものなんだ。家族の絆みたいな感じ。もうクタクタでボロボロだけど、新しいのに変えられなくて。私にとって、大事な家族は皆なの。まだそれ以上に大事にしたいものは、ないからさ」

「・・・そうか」


高校二年生の時は、それで終わったお話

その年の誕生日プレゼントは確か、家族からは新しいフライパンセットで、湊君からは参考書だった

あの時は、本当にこれだけで終わる話と思っていた


・・


それから数年後

私は高校生になった司に出迎えられて、久々に里帰りを果たした


「おかえり、音羽姉さん」

「ただいま、司。一馬兄さんは?」


私は高校卒業後、専門学校を卒業して看護師になった

今は結婚して、一児の母親をやっている


「今日は野暮用で出かけてる。もうすぐ帰ってくると思うよ」

「そうなんだ」


実家に帰ってきたのに、なんだか他人の家にお邪魔するような感じで少しだけ変な感じを覚えてしまう

それほどまでに今の生活に慣れたということだろうか

それとも・・・「家族」の定義が変わったからだろうか


「また少し大きくなったかな、未羽みうちゃん」

「子供の成長は早いんだよ。司だって同じだったもの」

「そうかな・・・あれ。音羽姉さん。マフラー買い替えた?」

「うん。三年前にね、湊が買ってくれたの」

「あの白いマフラー、凄く大事そうにしていたのに・・・」

「今もタンスに仕舞っているよ」


マフラーは私にとって大事な物

それは奇跡と幸福を織り込んだ祝福

けれど大人になって、あの白いマフラーは役目を終えた

私には今、兄妹たちと同じぐらい「大事な家族」がいる

このマフラーは、湊が「家族になってほしい」とプロポーズしてくれた時に贈ってくれた大事な物だ


「司、マフラーはね、家族の絆なんだよ」

「なにそれ。聞いたこと無い」

「一馬兄さんに聞けば教えてくれるよ。あ、でも・・・新しいのに変えたこと」

「ショックを受けるわけが無いでしょう?」

「「一馬兄さん」」


会いたかった人が用事を終えて帰ってきてくれる

年を経ても変わらない、相変わらず朗らかな空気を纏って一馬兄さんは私に小さく微笑んでくれた


「マフラーを変えたこと。それは音羽にとって「一番大事な家族」が湊君と未羽ちゃんになったってことなんだから。気負うことは何もないんだよ。むしろそれが当たり前なんだ」

「そっか。ねえ、一馬兄さん」

「なあに」

「私ね。マフラーは変えても、これからも兄妹皆のことが大好きだよ。これだけは言っておきたいな」

「わかっているよ。僕も皆も、一緒だからね」

「うん。僕も同じだよ、音羽姉さん、一馬兄さん」


それぞれ大人になって、別々の道を歩き始めても私達はずっと兄妹で、ずっと家族

一馬兄さんたちが編んでくれた白いマフラーはもうタンスの中

もう外に持ち出さないそれはぼろぼろになることも、これ以上クタクタになることはない

あのマフラーは、これからも変わることのない不変の絆を表してくれるだろう


「・・・で、一馬兄さんも音羽姉さんも、なんでマフラーが絆とか変な話してるわけ?」

「司は覚えてないか。あの時、司もいたんだけどなぁ」

「え、僕が何歳の時の話?」

「「三歳」」

「そんな小さい頃の記憶覚えているわけがないだろ!聞かせてよ、その時なにがあったのか!」

「はいはい。あの時はね・・・」


かつての帰り道。湊に語ったあの日のように司へマフラーの思い出話を語る

今度は未羽に聞かせる機会があるのかな

その時は私と湊が手作りのマフラーを用意してから、思い出を話すことにしよう


この話は、私の誕生日に関わる大事なお話

そこで築かれた絆も、家族がそれぞれ編み込んでくれた祝福も、得られた大事な思い出も

すべて、これからも繋いでいきたい大事なお話だ

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