休暇用レコード31:巳芳覚編「おおおばさまといっしょ!」

俺の大叔母様は江戸時代生まれの二百二十四歳


浮浪児から使用人に、そして神様になって

長い時間を駆け抜けた先の今。彼女は俺の友達の妻になった

この青緑色の髪を持った不思議な女は、そんな変わった経歴を持っている


自称二十四歳とは思えない童顔の中でひときわ目立つ翡翠色の目をまんまると開いた彼女は・・・

現在進行系で、俺に説教をかましていた


「さぁあああああとぉおおおおおるぅううううう!」

「へいへい、なんですか大叔母様。鬼のような形相で何かあったんですかい?」

「すっとぼけるんじゃありません!私の、我が家の調理器具、どこにやったんですか!」


それは今、全て近所の貸倉庫の中だよ

と、答えを言ってしまえば楽だろう。大叔母様は俺を脅迫もしくは尋問、最悪の場合拷問してでもその貸倉庫の場所を聞き出し、自分の大事な調理器具を取り返しに行くだろう


しかし今日ばかりはその全てに屈するわけには行かない

俺の壮大なお遊び計画は、彼女が必要不可欠であり

同時に彼女が普段愛用している調理器具全てが邪魔なのだ


「それに夏彦はどこにやったんですか!全然帰ってこないんですけど!?」

「それは本当に知らん」

「嘘つき!どうせ私の調理器具と一緒に隠しているんです!私はわかるのです!」

「話聞け!」


全然わかってない

大叔母様の旦那で、俺の高校時代からの友人こと「巽夏彦たつみなつひこ」の行方は本当に知らないのだ

どうせ残業だろう。年末のこの時期は忙しいのだ

むしろタイトルにも設定にも社畜要素あるのにあいつ前半以外はほぼ定時帰りだし

たまには社畜要素見せとくのも良さげだと思うよ。俺はそう思う


同じ会社に務めている皆も、同じ営業部にいるめぐみちゃんも舞花まいかちゃんも残業をしていた

俺?俺はね・・・残業から逃げてきたに決まっているじゃない

残業はしない主義だ。たとえ土下座されてもしない

恵ちゃんに蔑んだ目で罵られたら・・・うん。ちょっと考えるかな


「それなら覚。なぜ私をここに呼び出したのですか!」

「ふっふっふ・・・なんでだと思う?」

「こんな料理番組みたいなセットを金にものを言わせて用意した貴方が、私にやらせようとしていることなんて手にとるようにわかります!」

「じゃあ言ってみ?」

「料理をさせる!」

「はんっ!」

「なんですか!その人を小馬鹿にしたような笑いは!」


おっと、顔に出ちゃった

それほどまでに大叔母様のドヤ顔と半分正解で半分間違いの解答が面白くて面白くて・・・ぷくすすす


「何が手に取るようにわかるだ。それなら完璧に正解してみろよ。ヒントはここのスタジオ全体に散りばめられている!」

「はぁ?」

「お前、本当に色々なもの見てないよな」

「だって見なくてもどうにかなりますし。過程が色々大変な時はありましたが」

「過程が大変だった時しかなかったよな、おい」


夏彦が襲撃されて生死を彷徨った時も

聡子さとこ涼香りょうかの「内側」が大変になった時も

舞花ちゃんが牽制してきた時も!夕霧三人娘が来た時も!亜麻高島の時も!

全部その場その場で運良くどうにかなってきただろうが!

この前、夕霧に行った時だって・・・お前、まんまと術中にハマって大迷惑を生み出したらしいな

そもそも前述のことだって、こいつが関わった部分は大体被害を生み出している


関わっていない時は完全にお荷物やってるよな

のばらの奴から聞いた・・・アイスの食い過ぎで肝心な時に腹を下し、便所に引きこもっていた話は一生ネタにしてやるからな、二百二十四歳児


そんな成果しか出せていないのに、よくもまあこんなことが言えるわけだ


「終わりよければ全て良しです」

「今までどうにかなっていた状況がおかしいんだよ。もうちょっと観察眼を養わないと・・・」

「養わないと、なんと言うんです?」

「・・・夏彦が浮気した時、大叔母様気が付けないよ」

「・・・浮気、しているんですか?」

「もしもの話だよ!まったく・・・」


夏彦がそんな事するわけ無いだろう

あいつの社内デスクはな、お前の写真立てにお前なデスクトップの背景、サイドボードには毎日お弁当に入れられているメッセージが飾られているんだぞ、大叔母様

・・・なんて言ってやりたいけど、教えたら調子に乗るからあえて黙っておく


とにかく、夏彦は口を開けばすぐに「すず」と言い出すぐらい、大叔母様のことが大好きなんだぞ

浮気なんてしない。記憶をふっとばされない限り


「全く。貴方という人は・・・冗談でも円満な夫婦仲を壊すようなことを言うなんて。性格歪み過ぎでは?」

「あはは。円満過ぎて他人が入れる隙間ないでしょ」

「・・・入りたいんですか!?」

「入りたくないよ!」

「入りたくないのなら憧れていたり?」

「まあ、多少は・・・」

「あげませんよ」

「お願いしたら貰えるものなの?それ」

「無理ですね・・・どうしたらあげられるのでしょうか」


大叔母様はしばらく考え込んだ後、何か閃いたように頭の上に電球を浮かべる

ピカーン!と光った電球。どこから持ち出してきたんだ?

それに電線がついてないけど、あれはどういう原理で浮いていて、明かりがついたわけ?

突っ込みどころが多すぎて追いつけないよ


「惚気という形がいいですかね?」

「勘弁してもらえるかなぁ?」


残念。迷案だったらしい


「てか、話が脱線してる」

「脱線させたのは貴方でしょうに」

「うるさい。で、だ。俺が大叔母様にさせたいこと。わかった?」

「貴方と話していたら、観察なんて忘れますよね」

「ああ言えばこういう!」


再び話が脱線して、また揉めて・・・

本題に入るまで、かなりの時間を要した


「はぁ・・・はぁ・・・」

「つ、つまり貴方はこのミニチュア対応のキッチンで、貴方の実家が最近発売した「本当に使えるままごとセット」での調理を私に実践してほしいのですね」

「そういうことだね」

「やることなす事面倒くさいんですよ。ほら、早くやりますよ」

「へ?」

「まさか見ているだけとはいいませんよね?覚、貴方の家庭力が最低どころかドブ以下なのは知っていますけど・・・働かざる者食うべからずといいますから。何もしないで対価が得られるなんて思わないでくださいね」


「俺、余計なことしかしないよ」

「そうしないように監督するのも私の仕事です。せめて炒飯ぐらいは作れるようになっては?」

「・・・やだ。自分で作るのとか嫌だし。絶対美味しくない」


俺は食べ専なの

自分で手作りとか無理だし、家事も全然だし・・・

人には適材適所ってものがあるでしょう?だから、別に俺が料理できなくたって・・・


「たまには手作りでもして、彼女を喜ばせてみては?料理ができた。壊滅的な貴方の成長を見るだけでも、彼女はとっても喜びそうですがね」

「・・・そう。じゃあ少しだけだよ」

「はいはい。素直じゃないんですから。貴方にもできるよう、簡単なものを紹介しますからね」


そういいながら大叔母様は大親友の立夏りっかちゃんから貰ったらしいエプロンを身に着け、夏彦から贈られたバレッタで髪を纏める

これで大叔母様の準備は完了

俺はそのままでスタジオに立ち入り、料理アシスタント的なポジションで大叔母様の隣に立った


「んー」

「どうしたの、大叔母様」

「せっかくテレビのスタジオみたいな感じなので、番組名をつけたいと」

「休暇用の料理でよくない?今日の的なノリで。俺たちは休暇用レコードでこれやってるわけだし、ぴったりだよ」

「それ国営放送に怒られません?」


「じゃあ大叔母様に案でもあるの?」

「ありますよ。聞いて驚かないでくださいね。超完璧な私が、今の状況に滅茶苦茶ピッタリなワードを駆使して、タイトルをつけてやります」


やばい。なんでだろう。凄く嫌な予感がする

背筋が凍る感覚を覚えると同時に、大叔母様の声が耳に刺さってくる


「おおおばさまといっしょ!」

「国営放送にもっと怒られるわボケナ鈴!」


そうして始まる「おおおばさまといっしょ!」

俺、巳芳覚みよしさとると大叔母様・・・二階堂鈴にかいどうすず

楽しくて愉快で、ちょっと過激な・・・料理番組は幕を開けてしまった


・・


「さて、覚。今日は簡単な和食を作りたいのですが」

「はいはい」

「尺の都合で、既に番組を収録したということでいいですか?」

「いや全然よくねえよ」

「終わりよければ全て良し!です」

「それ伏線だったの!?」

「というのは冗談で、覚。今日は簡単な和食を作りますよ」

「本当に料理するんだよね・・・」

「本当です本当です」

・・コッ、コッ、チーーーーーン!・・

「はい。料理できました!」

「結局省略してんじゃねえか!何がしたいんだ!」


あら不思議。目の前にはホカホカの和定食が二人分用意されている

描写された様子はないのに、俺の中には料理をした記憶がある

下処理で怒られたことも、鍋が小さすぎてお湯をこぼしてやけどしたことも・・・

覚えがないのに、記憶にあるのだ

やばい。やばいよ大叔母様マジック・・・何したの?


「私は元神様、けどその能力は今も使えるのです」

「ま、まさか・・・」

「辰の憑者神。伊達に二百年以上やっていません!どや!」

「そんな能力ないでしょ。嘘乙」

「なぜバレた」


スタジオに併設されているテーブルに食事を運んで、さり気なく俺たちは作りたての料理を堪能していく

・・・大叔母様の協力があるからかな

自分の手作りでも、なんか美味しいかも


「にたーにたにた」

「なっ、なんだよ!」

「美味しいでしょ?楽しかったでしょ?」

「ま、まあ多少はね!」

「素直じゃないですね、覚」

「言わなくてもわかってるよ」

「素直は美徳ですよ」

「子供の時みたいに、ずっと素直でいられるほど全てに優しい世界なら・・・俺たちみたいな人間はどこにもいないよ」

「・・・それもそうですね。ごめんなさい」


俺たちは何もか特殊で、特別で、普通とは遠くかけ離れていた

産まれた時からそうだった俺と、途中から特別になった大叔母様とは少し差があるけれど

それでも俺たちは、能力を、その身に神様を宿していることで・・・周囲の陰謀に巻き込まれたりした


「覚」

「何、大叔母様」

「食事というのは、人の営みで一番大事なものです」

「・・・そうかもね。全ての資本っていうのかな」

「ええ。そして同時にそれは笑顔を作るものです。私は貴方のご先祖様にその始まりを教えてもらい、ここまで繋いできました」


そしてそれで、大事な人を救えたわけだ

食事に無頓着だった夏彦に、食事をさせて・・・今では毎日手作りご飯で懐柔した

少し肥えたなんて悩みを、あいつの口から聞くことになるなんて・・・かつての俺は思ってもいなかった


「貴方も作ってみては?笑顔の食卓というものを。結構楽しいですよ」

「・・・考えておくよ」


俺と大叔母様の暮れ

二人きりの食卓は、静かで少し息が苦しかったけど・・・悪い気は、しなかった


しかしさり気なくスルーしたけど、ままごとセットを使いこなしている我が大叔母様はどういう料理スキルをしているのだろうか

それに・・・これは言ったら怒られるだろうけど

ままごとセット、凄く似合っていた


・・


あの食卓から数日後

俺は自宅のキッチンで、大叔母様と作った料理を準備してみた


「・・・覚さん。これなんですか?」

「お、俺が作った・・・料理だけど。恵ちゃんの口にあうかどうかはわからないから!」

「何を気にしているんですか・・・ほら、とっても美味しそうです。食べていいですか?」

「ど、どうぞ・・・」


彼女は椅子に座って、いただきますをした後、早速食事を口に運ぶ

どんな感想が飛び出てくるか不安だったが・・・彼女の顔はとても明るいものだった


「・・・優しい味、ですね。覚さん、上手です。美味しいです」

「ありがと」

「しかしこれ、どこで覚えてきたんですか?本に書いてあったり?」

「おおおばさまといっしょ!・・・でかな。実践と説教と狂気が入り交じるワクワク教育番組・・・」

「なんですか、それ・・・」


あの日の出来事を、恵ちゃんに話す

本日のメニューは巳芳覚の成長

彼女に手作り料理を食べてもらえた幸福と


・・・同時に、残業をほっぽって逃げ出したことに対して説教を添えられたのが

この話の、オチとは言えないオチだったりする

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