休暇用レコード30:木下琉生編「小人が忘れた童心は」

産まれた時から、私は十五歳の女の子としての役割を与えられていた

幼少期は貴方の記憶と経験を刷り込んで、外見は貴方と瓜二つ


私は「私の子供の頃」というものを持っていない

それが発明家のギフテッドを持つ「木下琉加きのしたるか」のすべてをコピーして産まれた私・・・木下琉生きのしたるいだったりする


今日はなんでもない日

私は、最近立ち入ることを許された図書館にやってきていた

課題がない日以外本を読んで過ごす。ここ最近の日課だ

私も一応複製とはいえ科学者のギフテッドを持つ存在

暇な日は発明や研究に勤しんでいるのでは?と思うだろうけど・・・

複製品とはいえ、その思考は全く同じではないし

人格だって同じではない

私には私にやりたいことがある

それを、あの人は理解していないようだけど


琉生るいちゃん」

「ゆづ」


ページを捲っていると、ある人物が私に声をかける

車椅子に座って移動する彼女は植村結月うえむらゆづき

この図書館を根城にしている、司書のギフテッドを持つ女の人だ


「今日は一人?あのうるさいのは?」

「樹は今日、課題に行っているの」

「珍しいね」

「この前、三年在籍可能ポイントの下限が更新されたでしょう?二年生に下げられないように出稼ぎにね」


才能あふれる子供たちが、互いに才能を高めるために他の才能を蹴落とし合う

それがここ、日柳学院

卒業するために三段階のカリキュラムの中で出される「課題」をこなしていくのが、ここで生き残る手段になる

今回、彼女の主治医が隣にいないのは・・・三次カリキュラムに挑むために必要な最低ポイントが上昇したから

一週間以内に必要ポイントを稼がないと、二次カリキュラムに戻される

それは、あの主治医としても不本意なはずだ

もちろん、目の前にいる彼女にとっても


「もう、樹はいつもぎりぎりなんだから。少しは余裕を持っていたほうがいいと何度もいっているのに」

「逆にゆづは余裕たっぷり。ポイント首位は言うことが違うね」

「身体の関係もあるから。体調がよくて動ける時にしっかり稼いでおかないと!」


結月は身体が凄く悪い

主治医の話だと、治療不可能な病に罹患しているらしく・・・先は長くないらしい

基本的に寝たきりの生活を送っているけれど、ここ最近は体調がいいらしく、こうして部屋から出てきて本を漁っているのは珍しくない話だったりする


「ずばり聞きたい。ポイントをたくさん稼ぐ秘訣・・・」

「いいけど・・・私、基本的に読んだ本のことは全部覚えちゃうだけだから。知識系は覚えれば覚えるほど対応できるの」

「ギフテッド依存型・・・?」

「そういうこと。履歴を見てもらえたらわかるけれど、私がこなした課題って基本的に座って完結するようなものばかりなの。だから、参考になるような話とかアドバイスとか全然出来ないんだ。ごめんね」

「ううん。この学校そういう人多いから。私の周りが変だっただけ」


ダイバーの逢坂卓郎あいさかたくろうは場所が限られているから仕方ないにせよ、狙撃手の井上圭いがみけいも常時使えるのは観察眼ぐらい

愛用の銃なんていつも重りになっている始末だ。役に立つ機会はかなり少ない

三次カリキュラムに進むまで、その銃がきちんとした用途で使われたのは・・・片手で足りる程度だったはずだし


「確かに、逢坂君も井上君もここぞって時以外は全然だもんね」

「うん。それから「なぎ」も「ぶっきー」もお姉ちゃんもそのタイプでしょう?よくここまで生き残れたなって」

「逆に言い換えれば、皆・・・「自分自身が持つ才能だけじゃない」ってことじゃない?私はそっちのほうが凄いと思うけどなぁ」

「ゆづだって、昔は凄かったってりょーへーが言ってたよ」

「昔は昔。色々な目にあってきたから」


これまた謙遜を

何千人、命を落とす生徒が圧倒的に多い日柳学院が用意するカリキュラムをこなし、在校生の頂点にいる癖に・・・


「ねえ、ゆづ・・・これなあに?」

「ああ。それ?人にやってみたいいたずら百選!子供の頃に流行るようなしょうもないいたずらが載った本だよ。私も、小学生の頃に樹と良平にやったことはあるけど・・・」

「あるの!?」


彼女らしからぬやんちゃな一面を垣間見た

少しだけ興奮気味に続きを聞く私に結月もびっくりしたのか、一瞬目を白黒させていた

けれど、彼女はすぐに普段どおりに戻って私に続きを話してくれる


「二人共私が頭を打ち付けたんじゃないかって、変な心配をさせてね。だからその本はちょっとした黒歴史。琉生ちゃんもやるなら相手は選んだほうがいいよ」

「はーい」

「それじゃあ、私はそろそろ戻るね。そろそろ樹が戻ってくるから・・・無断外出がバレたら後で怒られちゃう」


いそいそと車椅子を動かして自室に戻る彼女の背を見送る

・・・外出許可出てなかったんだ


「しかし・・・これ」


本を手に取り、数ページめくって中身を見てみる

確かに、結月の言う通りしょうもないものばかりだけど

・・・面白そうと思ってしまうのは、なんでなんだろうな


「よし」


後でしょうもないとか、馬鹿だと言われてもいい

この本に書かれているいたずらを実行してみよう!

本を持ち出して、カバンの中に入れ込む

最初は・・・彼に実行してみようっと!


・・


昼ご飯の時間

私達は家庭科室に入って、彼が用意してくれる食事をそれぞれ摂っていた


「琉生ちゃん。いらっしゃい」

「りょーへー」

「今日はミニハンバーグとお野菜バーグだよ。僕は結月のところに行くから、皆で仲良くね」

「はーい」


家上良平けじょうりょうへい。結月と主治医と行動を共にする家政夫は軽い足取りで図書館の最深部にある結月の自室に向かっていく

そして、家庭科室に残されたのは・・・


「たくろー」

「お、琉生か。課題は?」

「今日はない。けーは?」

「あいつは課題。江ノ島先輩に巻き込まれてたよ」

「意外な組み合わせ」


狙撃手と医者。二人の仲はあまり良くない

・・・というか、主治医は基本的に結月と良平以外には塩対応

だから一緒に課題に行っているということに、変な不審感を覚える


「まだ戻ってないみたいだし、課題終わってないんじゃないか?」

「特別課題だったりするのかな。死んでもいい人、連れて行ったとか」

「お前の言う通り。今回挑むのは特別課題だってさ」

「・・・大丈夫かな」

「大丈夫だよ。今回はバトルロイヤル式みたいだし、戦闘経験がしっかりしている圭を連れて行くのは妥当な判断だとは思う」


確かに、圭にとって戦場は生きていた場所

私達では考えられない非日常の光景。だけど彼なら、こういう特別課題こそが・・・あたりまえなのかもしれない


「・・・映像、見るか?」

「見ないよ。食事中に見る映像じゃないだろうし」


良平が用意してくれたご飯を机に並べて、私も食事を始める

そういえば、さっき読んだ本の中に食事を嫌いなものに入れ替えるというのがあったはず

卓郎はダイバー・・・潜ることが多いけど、ここに来る前は水泳選手として大会とかにも出ていたらしい

食事にはかなり気を遣っていた彼に、肉を多めにしたらどんな反応をするかな


「それに、江ノ島先輩も圭もポイントギリギリ気味だったろ?互いに組んでメリットがある。だから今回は大丈夫だと思・・・へ?琉生?何やってんの?」

「いたずら!」


私は呆然とする卓郎の前で私のハンバーグと卓郎の野菜バーグを入れ替える

ふっ・・・完璧!


「・・・俺にハンバーグくれるとか逆に・・・あ、そういうこと」

「たくろーの野菜バーグは私のものだよ」

「俺から野菜バーグを奪うのかー琉生―」

「ふっふっ・・・たくろーおデブちゃんになっちゃうね!」


目の前で野菜バーグを二つ頬張り、もう返さないことを卓郎に示す

これでトドメまでバッチリ

私、もしかしていたずら上手?


「そんなー。琉生―酷いぜー。俺のお野菜バーグー」

「ふっふっふ!」


落ち込んだ卓郎を背に、私は完食した

・・・野菜バーグはピーマンメインで正直苦くて辛かった

で、でも!卓郎に栄養バランスを崩させることには成功した!

幸先はよし!次は・・・


「あ、琉生ちゃん。ご飯食べ終わった?」

「りょーへー。うん、今日も美味しかった」

「お粗末様です。あれ、どうしたの琉生ちゃん。顔が真っ青だよ?」

「お野菜バーグ頑張って食べた」

「そうなの?ピーマン苦手なのに頑張ったねぇ・・・」


確かに、お野菜が苦手

だからこうして褒めるのもわかる

けど、今日はなんだか違う気がする

いたずらをした後の罪悪感に呑まれながら、良平のなでなでを私は無言で享受しておくけど・・・いいのかな、これ


「・・・家上先輩、こいつ、俺にいたずらと称して俺の野菜バーグも食ってるんすよ」

「・・・え、なにそれ。いたずらじゃなくない?」

「けど、こいついたずらだって言ってて・・・まあ、多分家上先輩にも仕掛けると思うので、適当に付き合ってやってください」

「了解・・・」

「たくろー?なにコソコソしてるの?」

「相談の予約をしただけだ。気にすんな」

「んー」


それから卓郎は家庭科室を出てどこかに行ってしまう

これで良平と二人きり

いたずらを仕掛けるには丁度いい


「そうだ。琉生ちゃん。結月が聞きたいことがあるらしくてね。図書館にもう一度来てほしいって。ついでにデザートも持たせるから、二人で食べてね」

「うん!」


良平は私に手作りプリンを二つ預けてくれる

そうだ。これを食べたら良平は怒っちゃうだろうな。結月も落ち込んじゃいそう

次はこれを二つとも食べちゃおうっと!

家庭科室を出て、近くの共有スペースでプリンを食べた後、空き容器を携えて図書館に行く

ふふん。結月も良平も驚いちゃうだろうな!


・・


電話が鳴る

ここの電話が鳴るのは本当に珍しい


「もしもし」

『あ、結月?僕だよ』

「良平だ。どうしたの?」

『さっき、琉生ちゃんに伝言を伝えたから』

「ありがとう」

『それから、琉生ちゃんは嫌いなピーマンを使った野菜バーグを二つも食べられたからご褒美にね、プリンを二つあげたんだ』

「それはいいことだと思うけど・・・なぜ私に?」

『そのプリン、一つは結月の分だって言って渡したんだ。卓郎君が言っていたんだけど、琉生ちゃんなんかいたずらを仕掛けてくるらしくて。せっかくなのでネタを用意してみました』


「相変わらず優しいね、良平」

『そうかな・・・。まあ、そういうことだから、結月も琉生ちゃんに付き合ってあげてね。あの子がこういう子供らしいことするの珍しいしさ』

「確かに、いつもどこか達観しているから・・・外見、年齢相当のことをしてくるのは初めてかも。わかった、私も付き合うね」

『お願いします。それから、後でちゃんと結月のデザートは持っていくからね』

「ありがとう」


そこで通話が途切れ、代わりに誰かの来訪を告げるノック音が部屋に響く


「ゆづ!」

「どうしたの、琉生ちゃん」

「ふっふっふ・・・良平からデザートを預かったけど、今日の私はいたずら琉生ちゃんだからゆづの分も食べちゃった!」


空の容器を前に出してきた琉生ちゃんは良平の予想通りのことをしてきた

琉生ちゃんは、発明家のギフテッドを持つ木下琉加きのしたるかちゃんの遺伝子から作られた女の子だ

妹扱いをしているけれど、赤ちゃんの頃から琉生ちゃんは妹として過ごしたわけではない


目が覚めたその瞬間から、十五歳の木下琉生の人生は始まった

ここで生まれ、ここの世界しか知らない彼女は、琉加ちゃんの偏った知識を押し込んで・・・

子供らしさなんて一度も体験したことない彼女

そんな彼女がいたずらをしてくるなんて、彼女らしくはない

けれど、それは同時に、彼女が少しずつ「木下琉加のクローン」ではなく「木下琉生」としての人生を得ている証拠でもある

だからここはしっかり彼女に付き合おう


「楽しみにしてたのになぁ・・・しょんぼり」

「むふん!いたずら大成功!」

「いたずらされちゃったなぁ。でもね、琉生ちゃん。いたずらは時と場合を考えようね。冗談じゃ許されないこととかしたら絶対にダメなんだから」

「わかってるよー」


さり気なく軌道修正をかけて、これでよし・・・だと思う

琉生ちゃんはいい子だし、加減ぐらい考えてくれるはずだ

冗談で済ませられないようなことは、しないはずだ

それから琉生ちゃんに図書館蔵書の無断持ち出しについてお説教をした後、正式に貸し出し処理をしておく

これで私の用事は終わりだけど・・・

まだ、彼女のいたずらは終わらない


・・


「ふんふん」


卓郎に良平に結月、三人へのいたずらが成功しちゃったな!

この調子でもう一人ぐらいいたずらを仕掛けたいところ


「互いに保有ポイントが平均にできたな」

「ええ。お誘いいただきありがとうございました、江ノ島先輩。俺もしばらく安泰です」

「別に・・・俺は俺のためにお前を利用しただけだ。感謝されることはない」

「そういいつつも、なぜ俺のポイントがギリギリなの把握していたんです?」

「別に。お前らの動向を監視していただけだ。その過程でポイント数を把握しただけだ。いつ落ちるのか検討をつけておくのも大事だろ」

「・・・素直じゃない」

「なにか言ったか?」

「別に。植村先輩、苦労してそうだなと」

「なぜここで結月の名前が出てくる!結月は関係ない!」


わーきゃーと騒いでいる声で気がついた。主治医と圭が特別課題から帰ってきたらしい

仲が悪い二人だけど、課題は上手く行ったようだ

そうだ。主治医は結月に何かあればいつも慌てて彼女の元に行っている

今度は主治医に結月の身に何かあったって嘘つくいたずらをしてみようっと


「主治医、主治医」

「木下か。どうした・・・てかその呼び方やめろって」

「あのねあのね。ゆづの具合が」


悪そう、と言う前に・・・頬に弾けるような痛みが走った

何が起ったのか理解する頃には、自分の頬が痛くなるのを感じて

自分の頬を、自分の手で覆うのだ


「・・・結月にはバイタルチェック用の端末を常に身につけて貰っている。容態が悪化したら、俺に連絡が入る仕組みだ・・・今も問題なく受信が行えている」

「・・・」

「どんなに離れていようとも、結月の身に何かあってもすぐに駆けつけられるようにしている。俺は、結月の主治医だからな」

「あっ・・・」

「・・・冗談でも、そんなつまらない嘘を吐くな」


結月が言っていたこと。適当に受け流してしまったこと

冗談でもダメなこと。やってはいけないこと

これは、主治医にとって冗談でも許したくないこと

それが今、この瞬間の出来事は・・・やってはいけないことだった


「あ、あの・・・ごめんなさい」

「謝るぐらいなら最初から嘘つくなって。どういう目的でこういうことをしたのかは知らないし、今後知る気もないけれど・・・」


お前との付き合い方は、見直さないとな

そう言って、主治医は急ぎ足で図書館のある方角へ向かっていった


「琉生」

「けー」

「君が江ノ島先輩の逆鱗に触れるようなことをするなんて意外だった」

「それは・・・」

「これが通常なら、仲間だなって茶化すところだ。俺はあの人の逆鱗にしょっちゅう触れているから」

「・・・」

「でも、今回はそういうわけにも行かないらしい。とにかく一度戻ろう。頬の腫れも気になるし、君は一度落ち着いた場所で冷静に物事を分析しないといけない。どうするべきか、考えないといけない」

「・・・うん」

「・・・俺も一緒に考えるから。そうして今まで乗り切ってきただろう?大丈夫。あの人ツンデレだから、今頃言い過ぎたって植村先輩の膝に泣きついてる頃だ。そこまで重く捉えなくていい」

「・・・」

「適当なことで空気が明るくなったりもしないらしい。卓郎ならいい感じに空気を和ませてくれるのにな・・・」


圭に手を引かれて、私は家庭科室へと向かっていく

頬の痛みという名の罰と罪悪感を混ぜ合わせ・・・贖罪の時間へと向かうのだ


・・


家庭科室に戻った私は、卓郎と圭とテーブルを囲んで事の経緯を話していた


「そっか。まあ琉生は生まれた瞬間からこの状態だったんだろ?子供らしいことに憧れるって言うのはわからないこともない」

「俺はわからん」

「お前は琉生同様特殊な立ち位置だろうがい・・・家上先輩はどう思います?」

「そうだねぇ・・・琉加ちゃんがまともな教育なんてできないって思っていたから特段驚きはしないかな」


事実だけど、他人からの評価もそんな感じだったんだね、お姉ちゃん・・・

なんだか呆れを通り越して悲しくなってきた


「それに、今はそうでも・・・これからは違うでしょう?琉生ちゃんは何が良くて、何が悪いのか、なぜ樹を怒らせたのか・・・もう理解できたよね」

「うん」

「僕がついていくから、樹のところに行こう。大丈夫。樹は今頃結月の布団の中でわんわん泣いてる頃だから」

「そうなの?」

「うん。樹はね、怒られるのも、怒ることも苦手っていうか・・・嫌いなんだよ。その後はいつも結月に泣きついて、落ち着くまで宥めてもらってる。情けないよね」


席を立った良平に私はついて、図書館へと向かう

その後を、圭と卓郎もさりげなくついてきてくれていた


「・・・りょーへーは、主治医に厳しいよね。なんで?」

「さあ、どうしてだろうね」


辛そうに笑う良平の数歩後ろで私達は固まり、コソコソと相談を始める


「やっぱこの人さぁ、植村先輩のこと好きだろ」

「主治医に遠慮してると見た・・・」

「二人共、引っ掻き回すのだけはやめろよ・・・?」


図書館に入り、最深部に繋がる階段を降りて・・・結月がいる部屋へ

良平がここで待っていて、と私達を止めて・・・一人で様子を見に行ってくれる

私達は部屋の様子を伺いながら、結月たちの様子を見守った


・・


「あ、良平。どうしたの?」

「結月。樹は・・・」

「寝ちゃってる。課題で疲れたのかも」


結月のベッドの上で本に紛れるように眠る主治医の表情は少し険しいようだ

課題で何人か殺してきたのだろう。彼は色々と抱え込みやすい性格だ

医者としても、それは大きい弱点

・・・これからが非常に心配になる弱点だ


「あーあ、私が死んだらどうなるんだろう」

「ただでさえべったりだからねぇ。可愛いけど、そろそろ結月離れしないと、後が苦しくなっちゃうよ、樹」

「私としてはこの状況をどうにかしたいんだよ。信じてね」

「大丈夫。信じているよ」


遠くから二人の様子を見守る


「・・・まるで親子だな」

「江ノ島先輩が息子か。やだなぁ。あんな子供」


主治医が大人げないと言うか、才能使用時以外は子供から進んでいないような感じなのは知っていた

けど、その相方たちは十八歳なのに、長年大人をしてきた人みたい・・・


「・・・ゆづき、りょうへい。何を話しているんだ」

「起きた、樹。大丈夫だよ、悪いことじゃないから」

「んー・・・」

「それよりも、琉生ちゃんはいいの?言い過ぎた自覚はあるんでしょ?」

「・・・まあ、うん」

「謝りたいんでしょ?だから泣きついて。どうしようって」

「泣きついてない!」

「じゃあその充血した目はなんなんだって話になっちゃうよ」

「充血してない!目がかゆいだけだ!」

「「その涙の跡は?」」

「二人してなんなんだよ、もう!」


「ほら、三人とも、入っておいで」

「・・・」


合図?を貰って、私は圭と卓郎に背中を押されながら結月の部屋へ立ち入る

ベッドの上で、点滴に繋がれた手を振る結月と、それを支えるように座る良平

そして、私達の姿を見て、嫌そうに顔をしかめた主治医が待っていた


「げぇ・・・木下。それに井上に逢坂まで」

「樹。きちんと話すことを話さないと、もう私の延命治療をさせないからね?」

「・・・それは困るんだが」

「だったらやることやっておいで」

「・・・わかったよ。ほら、木下ツラ貸せ」

「うん」


「そろり」

「そろそろり」

「保護者はついてくんな!」


ついてこようとしてくれていた圭と卓郎は主治医に睨まれ、その場に待機する


「気をつけてな」

「頑張れよ」


白衣をはためかせて歩き出した彼の後ろをついていく

連れて行かれたのは、あの本があった場所だった

近くには絵本のコーナーもある。なんでわざわざこんなところに


「・・・さっきは、その」

「ごめんなさい。冗談でも言っちゃダメなことを言っちゃって!」

「・・・何が悪かったか、わかるか?」

「口で説明するのは、今の私には難しい・・・」

「じゃあ、例を俺に示してみろ。絵本は結月に読んで貰っているだろ。その中に、あるはずだ。今のお前が起こしたこと、そして起こしてしまうかもしれない未来が載っていた童話」

「・・・童話」


結月は前、私に聞かせてくれた

・・・寂しがり屋の羊飼いの少年は、村人にかまってもらうためにいたずらでホラを吹いた

狼が来たぞ、そういった彼を心配して・・・村人は彼の元に駆けつけて狼を探した

その光景が面白くて、羊飼いの少年は何度もホラを吹いた

狼が来たぞ、狼が来たぞ・・・と

それを何回も繰り返した彼の嘘は、回数を重ねるごとに誰にも信じてもらえなくなった

そして・・・本当に狼がやってきた時

羊飼いの少年は叫んだ。狼が来たぞ、と

けど誰も彼の言葉は信じてもらえません


「・・・羊飼いの少年は、いたずらをしすぎて狼に食べられちゃった」


オオカミ少年の絵本を持って、答えを示す


「正解だ。それと同じことが起こってもおかしくなかったんだぞ。最悪の事態は、お前の「姉貴」のお陰で免れたことを覚えておけ」

「どうしてここでお姉ちゃん?」

「結月のバイタルチェック用の機材は、琉加が作ったものだからな。いい姉貴を持ったな、琉生」

「私、お姉ちゃんの妹でいいの?クローン、なんだよ?」

「そうだけど、お前、琉加みたいに生意気じゃないし。それに、そう簡単に死なないだろ」

「・・・気にしてる?お姉ちゃんが死んだ、特別課題のこと」

「あいつのことは、それなりに信用していたからな・・・多少は、うん。気にした」


それは、私達が二次カリキュラムに上がった直後でもあった


「俺達三人が三次カリキュラムに上がった直後だったから・・・あいつら三人、置いていかずに一緒に連れて行ってやれば・・・生きていてくれたのかなって」

「三人と面識あるんだ」

「そりゃあ、この学校三人一組だろ。一人と面識があれば自然と後の二人とも面識ができる。一緒に課題に行ったこともある」

「知らなかった」

「話さないからな・・・なあ。木下」

「なあに?」

「俺も、そのな・・・さっきは言い過ぎた。すまない」

「いいよ。じゃあこの話おしまい!戻ろ!樹!」

「はいはい。全く、こういう開き直りのいいところは、あいつそっくりだよ、琉生」


作られた小人は、本物の自分から子供らしいことを教えてもらえなかった

どうやって過ごして、どうやって道徳心を得たかなんて・・・十五歳で始まった私には何一つわからない

けど、こうして間違っていることを正してくれる人


「琉生ちゃん、樹」

「おかえり、二人共」


成長を優しく見守ってくれる人


「おかえり、琉生」

「大丈夫みたいだな。おつかれさん」


一緒に成長してくれる人と一緒に私は知っていく

ねえ、お姉ちゃん。今はどこで、どうやって私を見てくれている?

私はね、もうお姉ちゃんの複製品じゃないんだよ

誰かと関わることで、私は私を手に入れていくの

私は、もう木下琉加のクローンじゃない。クローンだけど、クローンじゃないんだ


私は今日も「木下琉生」としてここで、皆と生きて、皆と戦っていく

いつか来る「卒業」の日をを目指して!

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