休暇用レコード29:鹿野上蛍編「俺だけの小さくて格好いいご令嬢」

「蛍はとっても器用ね」


ボロボロの折り紙で作られたよれよれの鶴を手のひらに乗せた彼女は、俺の手にあるお手本のように綺麗に作られた鶴を褒めてくれる


「私は不器用だから、上手く作れなかったわ」

「俺は、好きだよ。その鶴さん」

「どうして?ボロボロよ?」

「だって、かっこいいじゃん。何度でも立ち上がってきそう」

「・・・そう」


その日俺はボロボロになった鶴を貰い、代わりに俺が作った鶴をかなねえにプレゼントした


大切にすると、お互いに約束したけれど・・・

俺が持っていたかなねえが作ってくれた鶴は、俺の母さんが死んだ時に遺品と一緒に捨てられてしまった

大事に、できなかったんだ


・・


時が何度も巡った先の未来

俺は、かなねえが死んでしまった時間軸からタイムスリップを行い、今のこの時間・・・かなねえが元気に過ごしている時間にやってきた「別の時間軸の鹿野上蛍かのうえほたる

複雑な事情はあるが、まあ俺が俺であることに変わりはない


「蛍」

「冬夜兄さん!」

「ここにいたのね、蛍」

「かなねえも!」

「「・・・こっちが年下なのに、まだその呼び方」」

「それ以外の呼び方は、少し照れる・・・こっちが慣れているしさ。許してよ」


俺はこの時間軸だと二十歳のかなねえと十九歳の冬夜兄さんより年下の十八歳なのだが・・・

タイムスリップの影響で今は二十四歳。二人より年上になってしまっている

だからこそ、二人はその呼び方に違和感があるようで・・・

でも俺としてはこの呼び方に慣れきっていて、変えられずにいる

・・・せめて、かなねえぐらいは、名前で読んでみたいけど


「?」


冬夜兄さんの前で距離を近づけるような真似はしたくないんだよなぁ・・・

俺とかなねえはずっと姉と弟みたいな間柄

俺と冬夜兄さんは兄と弟みたいな間柄

そしてそんな兄貴分の恋路を応援するポジション・・・俺はそこでいい

それ以上は嫌だ。いつまでも三人で、一緒にいられるのはこの道しかない

・・・これしか、ないんだ


「冬夜と彼方。リピートアフターミー?」

「言わないよ。かなねえ」

「むしろ僕らが蛍のことを蛍兄さんと呼びたいのにね」

「冗談でもやめてよ、冬夜兄さん」


俺の気持ちなんて露知らず。二人は普段のように俺に語りかける

二人が、笑っている

俺はこれが欲しくて時間旅行をして、この時間にやってきた

二人が生きて、笑って、元気に幸せに生きている

それだけで十分だと、かつての俺は思っていた


「ところで、二人共どうしてここに?」

「彼方ちゃんが・・・」

「貴方をさっきまで探していたの。でも、外に出たのかなって思って諦めてここに来たら貴方がいた。よかったわ」

「俺を探していたの?」

「ええ。貴方に見てもらいたいものがあってね」

「なにそれ。ここにそんなものがあるの?気になる」

「冬夜、蛍。見せたいものはこっちよ」


さり気なく手を握って、僕らは三人で資料室を歩いていく

小さい頃はよく最年長のかなねえが泣き虫だった冬夜兄さんと、母さんが死んで心を閉ざしていた俺の手を引いて、色々なところへ遊びに連れて行ってくれた

昔は俺達より大きかった彼女は、今じゃもう見下ろせるほど

手だって小さくて、俺と冬夜兄さんの手を覆うことはできない

かなねえって、こんなに小さかったっけ・・・


「ねえ、冬夜。蛍」

「どうしたの、彼方ちゃん」

「二人共、とっても大きくなったわね。あんなに小さかったのに、もう私より手のひらより大きくて、身長だって高いんだから」


もう立派に男の人なのねぇ、なんて呑気に言いながら、かなねえは 俺たちをある場所に誘導してくれた


「ここ・・・」

「・・・汚いね」

「これ、朝比奈さんの「インスピレーション」の山らしいわ。本人がそう言っていたの」

「朝比奈さんの!?」


冬夜兄さんがびっくりするほど、俺のテンションは最高潮へ一気に引き上げられる

朝比奈巴衛。俺達が今過ごしている「大人数で時間旅行を可能にした船」を作り上げた張本人であり、誰もが認める天才科学者だ

俺も専門ではないにせよ機械いじりは得意だし、助手として船の整備に立ち入らせて貰っているけれど・・・どれもとてもじゃないが昭和時代に存在した技術とは思えないほど精巧で、複雑な作りをしている


「蛍は食いつくわよね。この時間旅行を可能にした船を作り上げた発明家の創造力の糧。興味は私もあったりするの」

「うんうん!」

「専用本棚の整理整頓が条件だけど、朝比奈さんの本棚を好きに読んでいいと約束を文書で取りつけて来たわ。手分けして読んでみましょう」

「そうだね。僕も気になるなぁ、朝比奈さんの本棚」


歴史に名を残した科学者の創造力の糧

その一片に触れて、俺も・・・

二人の為に、色々なことが出来たらなと思いながら、俺達三人は本棚の整理に取り掛かった


・・・のが、大体一年前のことだ


俺が時間旅行をするに至った根本的な理由と本格的に対峙する日が近づいてくる中

俺達は、少しの息抜きであるものを作り上げてしまった


「・・・ねえ、蛍。僕は怒らないから正直に答えてほしいな」

「もちろんだよ、冬夜兄さん」

「君は・・・何を作ったんだい?」


小さい白銀のふわふわを抱きかかえた彼は、髪留めのリボンをひっぱられつつ、震えた声で俺に問う


「そりゃあ、幼児退行薬だけど」

「それを、彼方ちゃんにどう摂取させた?」

「食事にチョチョイとね」

「どういう神経をしているんだい」

「だって、小さいかなねえにまた会いたくて・・・」


冬夜兄さんの腕の中でもぞもぞと動いた白銀のそれは姿を表してくる

長い長髪に隠れて冬夜兄さんにひっついている彼女こそ、冬月彼方

その幼少期の姿である

六歳ぐらい。俺と出会った頃ぐらいのかなねえだ


「とうや」

「どうしたの、彼方ちゃん」

「怒るのは、めー!なんだから」

「・・・ダメなの?」

「めー!」


俺への説教がダメと舌足らずに冬夜兄さんに告げるかなねえ

それでも続けようとするが、さらにめー攻撃を受けた彼が辞めない以外の選択を選ぶことはなかった


「わかったよ・・・彼方ちゃん」

「ん!」

「でも、蛍は悪いことをしたんだよ?」

「冬夜は優しいから、怒るの嫌だって思ったの」

「まあ、小さい頃は怒るのに慣れてなかったけど・・・今はそうじゃないんだよ」

「冬夜は怒るの好きなの?」

「いや、そうじゃなくて」

「・・・」


かなねえは悲しそうな目をじっと冬夜兄さんに向ける

彼女の記憶は六歳。すべて当時の基準になっている

五歳児の冬夜兄さんは泣き虫で、いつもかなねえにくっついでいたらしいから・・・

怒るのが得意になったなんて思ったら、そりゃあ悲しいか


「・・・苦手です」

「うん。うん。蛍は後で私に任せて!小さくなる薬を作ったの、ちゃんと「めっ」てするからね!」

「それは甘やかしすぎでは・・・」

「あまえて!」

「でも今は僕が大人で・・・」

「冬夜」

「な、なんでしょう・・・」

「いくつになっても、冬夜は私の弟みたいな存在なんだから。お姉ちゃんに甘えてね?」

「ぐべっ・・・・」


あ、やべ。かなねえがさり気なく冬夜兄さんの傷を抉った

まあ当時の本人は冬夜兄さんのことを「可愛い弟分」と思っていただろうし、この扱いは納得なのだが・・・

冬夜兄さん的にはもう弟扱いされるのは勘弁してほしいレベルだろう

十年近くかなねえへの恋愛感情をこっそり懐き続けた男にこの話は・・・酷だろうな

俺も、同じだし・・・気持ちは痛いほどわかるよ、冬夜兄さん


「蛍」

「なあに?」

「私、本当は大人なのよね?」

「そうだよ。かなねえは二十一歳の女の子」

「蛍は四歳で、冬夜は五歳じゃないのよね?」

「うん。違うよ。僕は・・・」

「けど、蛍はなんだか本当の私より年上みたい」

「どうしてそう思ったの?」

「・・・よくわかんない」


小さな手が俺の頬へ伸ばされた

届かないのか、背伸びをして不安定になる彼女の体勢を支える


「・・・」

「これ」


頬に触れた瞬間、彼女を中心として円が展開される

天球儀のように回るそれらは、かなねえが能力を使っている証明だ


「ロストタイムパラドクス。失われた時間から得られる情報が貴方には存在している」

「かなねえ、やめて」

「・・・どうして?」

「その能力は危険なものなんだ。大人の君は使いこなしているけれど、今の君はそれを使いこなせるほどの身体を作れていない」

「・・・」

「・・・使っちゃいけない。わかってくれるね?」

「うん。お母さんも言ってた。ごめんなさい、蛍。貴方の今を知りたくて使っちゃった」


呑気に言うけれど、俺も冬夜兄さんも表情が暗い

・・・かなねえは十歳の頃、この能力を一度暴走させている

その際に、かなねえのお母さんこと侑香梨ゆかりさんは、かなねえを救う為に・・・自分の命と引き換えに、かなねえを救った

今、あれと同じ暴走があっても止められる人間はどこにもいない


「・・・蛍?」

「ごめんね。この事、全然考慮してなかった。一番危ないところなのに」

「気にしないで。私も気をつけるから。冬夜も、そんなに怯えないでいいからね」

「そんな顔してたかな。全然、怖がってないよ。大丈夫!」


かなねえを二人して抱きしめて、彼女の無事を確かめる

あの時もそうだった

目覚めた時、かなねえの記憶は何一つ無くなっていたけれど・・・

それでも俺達は彼女を抱きしめて、名前を呼んで


「泣き虫ね」


対して彼女はそう言って、俺達を抱きしめ返してくれるのだ


「ねえ、蛍」

「なあに、かなねえ」

「今は、旅をしているのよね?」

「うん」

「船なのよね」

「そうだよ、彼方ちゃん」

「じゃあ、案内して!冒険!よくしたでしょう?」

「「・・・」」


それは嫌だな

いや、冒険はいいんだよ。実際にこの船に乗り込んだ時、俺達も年甲斐もなくはしゃぎながら探索したし・・・

問題は・・・変態作家かずはたくま変態軍人いちのせさくや変態技師あさひなともえに、頭のイカれた変態探偵さがらこうせつが、今のかなねえを見たらどう反応するか

答えは一瞬でわかる。お持ち帰りと自室軟禁だ


「会わせたくないのがたくさんいるんだよねぇ・・・」

「変態には遭遇したくない・・・」

「・・・ダメ?」

「「ダメじゃない。行こう」」

「やったー!」


こんな風におねだりをされたら、断れないじゃないか

変態に遭遇した時は、冬夜兄さんに叩いて貰えばいい

それか俺が麻痺毒を仕込んで動けなくするだけだ

かなねえを守る。それが俺達の任務と信じて


三人仲良く手をつないで船の探索を始める

小さい頃のように、横並びに俺達は歩き出した


・・


色々巡った後、俺達は食堂に行ってみた

かなねえも疲れたようで、冬夜兄さんの腕の中で休憩中

俺達も随分歩いたし、そろそろお昼時だったし・・・次の目的地はここで決まりと思った

しかし、お昼時ということは奴らもいる可能性がある

・・・注意したいところだ


「あれ、彼方さん・・・」

「小さくなっていますね」

「・・・誰?」

「片眼鏡の男性は筧正太郎かけいしょうたろうさん。眼鏡の方は筧正二かけいしょうじさんだよ」


食堂の管理を任されているのはこの兄弟

正太郎さんは食事の準備を、それ以外はすべて正二さんが担当をしている

たまに冬夜兄さんも調理補助に入っているお陰か、初対面が多いこの船の中でも冬夜兄さんと正太郎さんの仲はかなりいい


「・・・こんにちは」

「小さい頃の彼方さんってこんな子だったんですね。小さい頃の正二みたい」

「あのお嬢様が腕の中で丸くなってますよ、兄さん。めっちゃ可愛いですね」

「・・・しかし冬夜。事情は俺達も味わった「あれ」と同じなんだよな?」

「はい」

「蛍さん。あまりやんちゃはやらないでくださいね・・・?」

「善処はしますよ。善処は」

「冬夜さんと蛍さんは、向こうに用意している食事を」

「彼方さんは少しだけ待っていてくれ。小さい子用を別に作るから」

「・・・ん。ありがと、ございます」


大人相手の時、かなねえはいつもより口数が減っていた

いつも見ていた、堂々と立ち振る舞い、僕らの手を引いてくれていた彼女は、どこにもいなかった

冬夜兄さんの腕の中でもぞもぞしている子は、かなねえなのに

俺が知っているかなねえではなかった


「・・・昔はね、大人相手にどう振る舞ったらいいのかわからなかったんだよ。特に男性にはね」

「・・・」


見たことのない彼女は、執事として長年側にいる冬夜兄さんにとっては当たり前の姿

俺には見せていなかった弱みも、彼は知っている

・・・少し、羨ましかった


「あれ、冬夜君・・・え、マジ?」

「冬夜さん。その子は」

「すんすん・・・彼方か、その子」


今度は食事中の四人に遭遇する

その中で、小さいかなねえのことを知っている彼は事情もわかっているようで、安心させる声音でかなねえに語りかけていた


「久々だねぇ、小さい彼方。わかる?僕のこと。修だよ」

「修?四季宮修しきみやしゅう?」

「うん。会えて嬉しいよぉ。抱っこしていい?」

「うん。冬夜、修のところに行く」

「了解」


「いいなあ、修君。私も抱っこしたい!」

「小さい・・・」

「ほらほら、そこの年少組。彼方ビビってっから・・・」

「大丈夫だよ。彼方。彼女は新橋夏樹にいばしなつき。新橋神社の巫女さんだよ。隣にいる子は相良雪季さがらゆき。将来君の相談役になる相良の子」

「・・・こんにちは」

「で、こっちのあからさまにしっぽをだしてモフ待機している駄犬が森小影もりこかげだよ」

「駄犬ちゃうわ!?」


駄犬はその性質が影響しているのか、子供が大好きだ

もちろん、そういう意味ではないというのは一応言っておこう

人間嫌いなのに、子供には厳しくできないらしく、撫でられるのも許容しているとか


「わぁ・・・わんちゃんだ」

「だから俺は犬じゃなくて、おおかうおっ!?」

「彼方!?」


修さんの腕を抜け出して、かなねえは小影のしっぽにダイブする

彼はしっぽを使って器用にかなねえを受け止めてくれるがその後は・・・


「もふ!」

「おー、ここまでやんちゃだったんだな、お嬢様。ほれ、優しく撫でられるか?」

「うん!」


小影のしっぽに埋もれて、嬉しそうにはしゃぐ彼女を俺達はほっこりしながら眺める

・・・新橋は写真をバシャバシャ撮っているな

まあ、同性だし、新橋だし気にしなくていいか

後で「小さくなっていた時の彼方はね〜!」って女子トークをしている光景が容易に浮かぶ


「・・・剣が重いな、悠翔。傷をつけられそうにない」

「接近戦で私に傷をつけられるのは朔也ぐらいですよ。戦闘兵器として作られた私と剣を交えただけでも、現代人としては十分すぎます。誇ってもいいですよ。拓実?」

「そんなところを誇りたくねぇ・・・」


今度、食堂に現れたのはピカピカの制服を身にまとった小さな少年と、ボロボロの男二人

星月悠翔ほしつきはるとは涼しそうな顔で、疲れ切った一葉拓実かずはたくみ岸間雅文きしままさふみを支えつつ歩き、会話を続けていく


「でしょうね。現代の平和の世の中では、戦闘訓練なんてしませんし。むしろどこでそんな力を身に着けたんですか?」

「俺、高校時代グレてたって言わなかったか?」

「不良の喧嘩だけでここまで?貴方の相手はどこまで強かったんですか?」

「・・・足蹴りでコンクリ砕くし、鉄骨を歪ませる」

「そいつ人間かぁ?」

「残念ながら能力者でもなんでもない人間だ・・・まあ、ただ幽霊の類は見えているようだけどな」


「ふーん。珍しいな」

「小影か・・・おい、その子は?」

「彼方だ。ところで、その足蹴りがやばい男の話。もっと聞かせてくれ」

「・・・あまり子供に聞かせる話じゃない。雅文、この子は保護者にお届けしてやれ」

「へいへい・・・俺、一応お前が仕える側の人間なんだけどな。顎で使いやがって」

「仕えた覚えはない。俺はいつだって子供の為に教鞭を取る教師。仮に仕える相手がいるならそれは六歳から十二歳の子供だけだぞ?」

「・・・」

「お前は俺が仕える年齢だったりするのか?」

「拓真といいお前といい本当にいい性格してるよな!?ちょっとかっけえじゃんって思った俺の関心を返してくれ!ほら、行こうぜ彼方」

「っ・・・」


「あー・・・初対面の奴が怖い感じ?大丈夫。俺、岸間雅文。岸間平文・・・永海市長はわかるか?」

「・・・わかり、ます」

「俺は市長の息子だ。知らない大人ばっかりで怖いと思うけど、俺はおや・・・父さんの名に誓って、彼方が嫌がることはしないと約束する。こっちに来てくれるか?」

「・・・うん」


・・・雅文、きちんとした言葉遣いできたんだな

かなねえの周りには変な男が多いけど、俺達を除いて比較的マシな性格をしているのがこの男だ

・・・正直、特殊な立ち位置なのはわかるけど、俺達の中じゃ普通過ぎて影が薄いのが難点かな。よく忘れる


「冬夜たちのところに連れて行ってあげるからな」

「うん」

「いい子だ」

「雅文さんは、いい人だね」

「・・・初めて言われたよ。ほら、冬夜」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、雅文さん」

「いいって。これぐらい。ほら、そろそろ飯食えよ。あの馬鹿共も動き出す頃だ。さっさと食ってーーー」


「しょうたろー!ごはーん!えっ、マジで」

「正太郎。済まない。軽食を作ってもらえるか。読書中でも食べられるような・・・」

「正太郎君、珈琲とパンを貰えるかな。部屋に持って帰らないと締め切りが・・・」

「正二、頼まれていた文書の解読終わっ・・・」


あら不思議。変態共が一堂に会してしまった

彼らは一瞬で冬夜兄さんの腕の中にいるかなねえを確認し、それぞれ動き出す


「冬夜、蛍。ここは俺が食い止める!さっさと逃げろ!」

「誰が逃がすか!」

「ちぃ、朔也め。相変わらず瞬発力だけ無駄に高いな!」

「・・・朔也は私が相手をします。夏樹さんたちは脱出のルートを!」

「「「了解!」」」

「悠翔、なぜ邪魔をする!」

「それは私と彼方さんの契約ですから。時間旅行終了までは協力関係です。彼女がいないと成り立たないんですよこの旅は!だから止まれ巴衛!支援者パトロンに手を出すな!」


食事中だった面々も動き出して食堂は大騒ぎ

あれ、俺のいたずら・・・なんか変な方向に進んでない?

俺はただ、小さかったかなねえにもう一度会いたかっただけなのに


「おいおいおいおいおい蛍さんよぉ。師匠で資料提供者の俺に、そんな最高イベントを報告しないってどういう神経してやがるんだよぉ・・・!ちょぉぉぉぉっとお話聞かせてもらえるかぁ?」

「ひっ!?」

「・・・お願いします」


小さく呟かれた声と共に、突如食堂に現れた不衛生極まりない黒い昆虫は巴衛を目指して大行進を始める

それに他にも蜂やムカデ・・・毒を持っている虫も混ざっているようだ


「・・・雪季か」

「貴方に戦闘力はありません。けど、その防御だけはこの場にいる誰にも打ち破れない。足止めはさせてもらいます」

「・・・」

「俺の防御壁を覆うように昆虫外壁を作る。それを破っても・・・その先には真空の牢獄ね。これは動けそうにもない」

「・・・駄犬扱いされてるけど、空気の操作だけは得意なんだわ。しばらくそこで黙って寝ていろ」


朔也と巴衛はクリア

問題は・・・


「相変わらず面倒なクソ兄貴ですね・・・」

「あはは。俺も空気の操作だけは得意だからね。通してもらうよ!ロリ彼方を拝ま・・・っ!?」


拓真は拓実がある場所に追い詰めてくれていた

反撃しようと能力を行使し、浮かび上がったところを固定するように杭と糸が彼に絡まる


「どいつもこいつも食堂で暴れないでください!ぶっ殺しますよ!」

「お前は特に動かれると厄介だ。動かないように固定するからな」

「そしてトドメに、俺が能力を軽く使えないようにするよ!弟君、車椅子持ってきてあげて!」


筧兄弟と四季宮さんの三人が拓真をクリア

そして最後はまさかの人物


「・・・難しいね、君を止めるのは」

「行動パターンは十分予測できる。それに狭い空間だ。その槍を振るうのは大変だろう。自慢の瞬発力も殺されている」

「っ・・・」

「残った雅文も、その狙撃銃じゃ俺を狙うどころの話じゃないな。全く、普通の拳銃も扱えるようになれよ」

「余計なお世話だよ!全く、お前は銃に、針の投擲に・・・目を離した隙に変な戦い方身につけやがって!」

「探偵って色々と手数があったほうがいいだろ?一極しているお前らが異端なんだ」


出会った時とは想像できない瞬発力で、雅文と戦闘力トップの新橋を避けて、俺達の前に到達したのは幸雪


「・・・小さい彼方も可愛いな。うおっ」

「蛍。彼方を連れて外へ!僕が止めるから!」

「冬夜兄さん・・・」

「行け!」

「う、うん!」


「なんで皆止めるとか、止めないの話をしてるの?」

「かなねえ、あの四人はロリコンなんだ。だから今のかなねえを見たら、かなねえに怖いことをしちゃうんだ。だから止めるんだ」

「危ない人達なんだね・・・」

「「「「風評被害にも程があるぞ!蛍!」」」」

「こういうことするからだよ!」

「「「「後で異端審問だ!覚えておけよ!」」」」

「ひっ・・・」


後のことが怖くなる中、俺はかなねえを抱きかかえて食堂を後にする

腕の中のかなねえは、お腹が空いたのかしょんぼりした表情で、新橋たちのテーブルに置かれていた食事を眺めていた


・・


図書館に逃げ込んだ俺達は、息を整えながらこれからをどうするか考える


「蛍」

「ああ、かなねえ。お腹すいたよね。ちょっと待っていてね」


紙に包まれたクッキーをかなねえに手渡す

冬夜兄さんが作ってくれた軽食だ。お腹がいっぱいになることはないけれど

空腹をごまかすには丁度いいだろう


「ありがとう。はい」

「え?」

「半分こ!」

「いいよ。かなねえが全部食べて」

「でも、蛍もお腹空いてるでしょ?いいから、はい」

「・・・ありがとう」


手のひらに置かれた半分のクッキーを俺は口にひょいっと放り込む

かな姉は両手で握りしめて、ハムスターのように頬を膨らませてクッキーを食べていた

俺にとっては小さいクッキーだったけど、彼女には大きいクッキーなのかな


「ふんふん!」

「紙で何作ってるの?」

「鶴!小さい頃の蛍より下手だけどね、練習して、キレイな鶴を折れるようになるの!」

「そっか」

「蛍は、あの時交換した鶴まだ持っててくれている?」

「ごめん。母さんが死んだ時に遺品に紛れてたみたいで・・・捨てられちゃった」

「そう・・・」


それからかなねえは黙々と折り鶴をしてくれる

しばらくした頃、かなねえは俺の手に何かを置いて、静かに見上げてくれた


「これ、鶴?」

「新しいのをあげる。けど、やっぱり下手よね」

「ううん。そんなのどうでもいいよ。ありがとう、かなねえ。今度はなくさないように大事に持っているよ」

「うん。あ、蛍はやっと笑ってくれたわ」

「へ?」

「ずっとね、悲しそうな顔をしていたの。だから、笑顔になってよかった」


ただただ純粋に、俺のことを心配して、気にかけて

小さくても変わらない

目の間にいるのは俺が知っている、優しくて格好いいご令嬢


「そろそろ教えて。どうして私を小さくしようと思ったの?」

「それは・・・」

「それは?」

「ち、小さいかなねえに元気をもらおうと思ったんだ。そろそろ最終決戦だからさ。不安で、怖くて。失敗したら、かなねえが死んじゃうからさ・・・俺、めちゃくちゃ頑張りたくて。ちょっと元気を貰おうかなって。馬鹿みたいだけどさ」

「ありがとう。私の為に頑張るって言ってくれて」

「・・・そんな」

「でも無理はしないでね。私、蛍がいなくなったら・・・」


ぼふんっ!と煙が周囲を包む

薬の効果が切れた証拠だ

・・・前回は薬が切れる頃、それぞれ小さくなった面々を一室に着替えと共に押し込んで自力で対処させたが・・・


「蛍がいなくなったら、私、悲しいもの」

「わ・・・わわわ」

「蛍?どうしたの?そんなに顔を真っ赤にして。熱でもあるの?」

「みっ・・・みえっ・・・みえっ!?」

「・・・・」

「なんでそんなに落ち着いてるの?」

「落ち着いているように振る舞ってはいるけれど、かなり恥ずかしいのよ?」


両腕で大事なところを隠しながら、俺の問いに答えてくれる

・・・目の保養にはなるけれど、流石にどうにかしないとな


「下手にうろたえて、叫んだりして事態をおかしくしたくないの。だからね、蛍。上着、貸してもらえる?着替えに行くにしても、流石に全裸でうろつきたくないわ」

「ううううううん!」


ジャケットを手渡し、大人に戻ったかなねえは俺のジャケットでその陶器のような肌を隠して・・・あれ?


「蛍、ちゃんと食べてる?かなり細いのね。これじゃあ色々とはみ出ちゃうわ。胸も収まらないし、その、下も・・・鍵を預けるから夏樹に頼んで服を持ってきてもらえないかしら」

「も、もちろんだよ。でも、俺じゃダメなの?急いで持ってくるけど」

「・・・ダメ。下着とか見られたくない。それに蛍は日記とかも勝手に見ちゃうでしょ。だから立ち入り禁止」

「わ、わかった。物陰に隠れて待っていて。新橋に交渉してくる」

「お願いね、蛍」

「任せてよ、かなねえ」


それから俺は新橋に頼んで、かなねえの洋服を用意してもらい・・・図書館の中で急いで着替えてもらう

色々とトラブルがあったが、無事にかな姉は元に戻り普段の生活に・・・


「・・・」


・・・戻ることはなく、かな姉はそれからしばらく俺と目を合わせてくれなかった


やっぱり恥ずかしかったんだな、と思う後ろで

四人の変態共が俺を裁くために準備を進めていることにはまだ気がついていない

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