休暇用レコード28:吾妻芳乃編「貴方を生かす罪の甘美」

昔、私がまだ物事の分別がつかないような、小さな子どもだった頃

両親とお兄ちゃんが食人鬼に殺された


私は、お兄ちゃんにベッドの下へ隠れるよう促され、その一部始終を隙間から目撃した

私がいる場所まで広がった、夥しいほどの血液

骨が砕ける嫌な音

肉、血管、神経が切れる小さな音

私の気を狂わせるのに丁度いい小刻みなリズムは、憎たらしいほど上品で、美しかったのを今でも覚えている


家族が死んだ後、私はある吸血鬼に拾われて育てられた

ウェスタイム・イーラと名乗る吸血鬼は、人間社会に溶け込むために壱岐西時いきせいじという名前と、人間としての立場を得て・・・私の保護者をしてくれた


どうやら私は彼にとって「特別」なのらしい

何が特別なのかはわからないけど、なんにせよ私には身寄りがない

世話をしてくれるというのなら助かる話

それに、行動を一緒にしていた存在なら・・・追う手がかりにもなるだろうし


最初は、そう考えていた

・・・互いに利用し合う関係だと、思っていた


「せいじ、せいじ」

「おー、どうした。芳乃」

「こわいの」

「また怖い夢みたのかー?よしよし。一緒に寝ような」

「一緒に寝たらどうなる?」

「夢で俺が守ってやれる」

「いつも守って」

「確かにな。けど、側を離れたらそれは難しい話なんだ。許してくれ」

「ん!」


利用し合うだけだと思っていた

けれど彼は時に母のように、父のように私を思って寄り添ってくれた

いつしか私にとっても彼は特別になり

何に変えても守りたい大事な存在になっていた


・・


とある深夜

私はある人物たちから呼び出しを受けていた


「蓬生さん。月乃瀬さん」

「きたか、吾妻」

「こんばんは」


蓬生衛ほうせいまもるさんは私と同じく祓い屋を生業としている存在

私と同じく、家族を失って・・・吸血鬼に育てられたのも一緒だ

そんな彼の保護者をやっているのが隣の月乃瀬葵つきのせあおいさん

私の保護者同様、高位の吸血鬼だ。本名は忘れた


「お隣さんは誰?」

「はじめまして。ウェスタイムのグローリア。俺はメルフェン。同族と言えば、察しがつくと思う」

「・・・グローリア?」

「吸血鬼にとって、一度飲んだら最後。その血しか飲めなくなる至高の血液を持つ存在をそう呼ぶんだ。私にとっての衛のように。ウェスタイムにとって君のように」

「知らなかったのか、吾妻」

「うん。西時、吸血鬼のこと全然教えてくれないから」


「本にも乗ってるぞ」

「活字は苦手。読んだら眠くなる」

「お前かなり強いけど、戦略は全部ウェスタイム任せだもんな・・・よくここまで生き残ってきたなって関心さえ覚えるよ」


褒められているのかけなされているのかわからないけれど、とりあえず話の続きをしていこう


「はじめまして。私、吾妻芳乃あずまよしの。ウェスタイムに世話されてます」

「斬新な自己紹介だな・・・」

「それで、そんなメルフェンさんが私を呼び出したんだよね。どうして呼び出したの?」

「ウェスタイムのこと、アルテミシアに聞いている」

「誰」

「私の本名だよ・・・忘れたのかい、芳乃」

「あ、月乃瀬さんそんな名前だったんだ。覚えにくいから忘れてた」

「・・・話を脱線させるのが好きだね、君は。一応、メルフェンにウェスタイムの現状は伝えている。聞きなさい、芳乃。ここから先はウェスタイムの命に関わる問題だ」


ウェスタイム・・・西時に関わること

ここ最近、西時の調子があまりいいとは言い難いものだった

元々「血を吸わずにお前を育て上げる」なんて訳のわからない制約を自分に課して、私の保護者をしてくれていた


・・・けれど、吸血鬼にとって吸血は食事と同義

生理用食塩水でごまかしているとは言え、それは本物ではない

猫舌な都合上、死人の冷めた血しか飲めなかったみたいだけど・・・昔はそれでも食事をしていた

今みたいに代用品で抑え込んでいたわけではないのだ

代用品で渇望を抑えるようになって十数年

西時は今、限界を迎えかけている


「・・・今、昼夜問わず常にけだるげで、半透明の状態らしいな」

「・・・うん」

「単刀直入に言おうか。それ、死にかけだぞ」

「やっぱり、なんだ」

「血を飲まない吸血鬼なんざ、それは生きがいを失って生きている傀儡だ。人間だって食事を怠れば数日で死ぬ。吸血鬼も同じだよ」

「しかしやはりイーラの血族だね。十年以上グローリアを側に置き、吸血を行わず能力を行使し続ける・・・並大抵の吸血鬼にはできない。私ぐらいでないと!」


月乃瀬さんがくるくる回りながら無駄な自慢をしてくる

確か、彼と西時は派閥は違うけれど、同じ純血の高位吸血鬼の一族と聞く

確かに彼くらい力のある存在なら、西時と同じことができるだろう

しかし・・・彼の相方の反応は対照的に冷めていた


「しかし、うちのみたいに俺がガキの頃から無遠慮に吸いまくる馬鹿がいる一方で、ウェスタイムみたいなやつもいるんだな。爪の垢貰っていいか?煎じて飲ませる」

「本人に聞いています。しかし苦労してますね」

「・・・滅茶苦茶吸ってくるんだ。助けてくれ」

「これでも加減をしているのだがね・・・いやはや、衛の血が美味しすぎるのが悪い」

「冗談は寝てから言えよ」


彼を助けることは流石に出来ないけれど・・・少し羨ましいな


「俺達は人じゃない。化物で、お前ら祓い屋からは異形と呼ばれる生物。それでも君がウェスタイムを救いたいというのなら、彼の矜持を捻じ曲げて、無理矢理にでも血を飲ませるといい。半透明の現象はもう最期に近い。一週間が限度だ。急いで行動に移せ」

「わかりました」


この日から繰り広げる一週間話を今からしよう

唯一の家族を救いたい私が、手段を選ばず血を飲ませようとする戦いの日々を


・・・・・・day1


「おはよう、西時」

「・・・はよ。今日も早いな」


けだるげに声を出す彼はもう時間の判断もできていないらしい

それもそうか。今の状態で日光を当てると、最期が早くなってしまうらしいから・・・朝だろうが、昼だろうがカーテンを締め切っているのだから


「ごめんいつもより遅い」

「遅刻するぞ」

「遅刻するんで」

「堂々と言うな三年生」

「卒業が確定した今、恐れるものはないんだよ」

「ちょっと恐れろよ担任教師の説教をよぉ」


半透明になっても、西時の小言はうるさい

けだるげなのに、どこか元気そうでいつも通りに接してしまうが・・・やはり弱っているせいか、彼はすぐに横になってしまう


「西時、これ」

「・・・ああ、レトルトおかゆ。ありがとな。生理用食塩水でも飲んでおかねえと、具合よくなんねえからなぁ・・・」

「レトルトじゃないよ。私の手作りだよ」

「・・・今なんて?」

「私の、手作りだよ」

「・・・食べ専の芳乃が、料理?お前何を企んでやがる」

「込めたのは、愛情たっぷり、産地直送のAB型Rh−。新鮮なものをちょこっと使いました。しばらく修行僧をしていた西時にも摂取できるように少量、なおかつ生理用食塩水で割ってマイルドにしております」


お粥ごときで高級料理のような解説を入れてみる

しかしおかしい。私の血はレアな血液型

なおかつ西時にとって特別な血

出会って最初の時に私の血をなめた彼は、もう私以外の血は吸えない

だから、少量でも飛びついてくると思ったのに

・・・十数年我慢してきた吸血鬼だ。そう簡単に予想通りにいってくれない


「・・・お前の血入かよ。絶対食わねぇ。作り直しを所望する」

「いいのかな。ただでさえ私のレアな血が変なものをおびき寄せちゃうかもしれないよ。それに私が用意する限り料理には常に私の血液入り・・・」


自分で言って何だが、とても気持ち悪いセリフだなって心から思う

料理に血液混ぜられて喜ぶのは月乃瀬さん(蓬生さんの血に限る)ぐらいだよなぁ・・・普通は西時みたいにドン引きだよなぁ

私も嫌だし。そんな料理。料理を侮辱しているとしか思えない


しかし今、力のない彼に血を摂取させるには生理用食塩水かそれを使った食事に混ぜ込むぐらいしかできないのだ

・・・ちなみに、原液をそのまま突っ込むのはどうかと一応考えはしたのだが、蓬生さんいわく「しばらく血を吸っていない吸血鬼に、大好物を急に与えたら・・・ちょっとした暴走を起こすぞ」とのこと。経験者は語ると言ったところか

だから、原液は絶対に駄目

最終手段・・・死ぬ間際にこちらも死ぬ覚悟でやるしかない時にしか、その手は使えない


「じゃあ食わなければいいだけの話だ」

「西時死んじゃうよ」

「・・・別にいいんじゃねえの。お前はもう成人したし、俺はもう役目を終えたようなもんだ。人間として退職もしてきた。もう終わりを考えるだけだ」

「私は納得していない」

「・・・」


それから西時は布団の中に引きこもってしまう

その日の作戦は、大失敗だ


・・・・・day2


「西時、血飲んで」

「二日目にしてストレート。他に手段とかねえのかよ」

「私にそんな頭があると思うの?」


周囲から脳筋だのなんだの言われている私が、そこまで知恵が回るのなら・・・もう少し仕事も効率的に行えたのではないかなと、西時に指示を貰いながら戦闘なんてしなかったんじゃないかなと思ったりするのだけど


「そんな使えない頭を持った人間に育てた俺にも責任あるよな・・・」

「生きて責任とって?」

「今からでも遅くねえから勉強しろ」

「嫌だ」

「なんでそんなに勉強嫌いなの」

「身体動かすほうが好き。座学嫌い」

「・・・せめて、一般常識だけは身につけ続けろよ?」

「西時が教えてくれないと」

「いや、俺もうすぐ消えるからさ。これからは自分で」

「だから血飲んで?」

「少しでもいいから話聞いてくんね?」


以下、無限ループに突入した私達の会話は終わることも、転機が訪れることもなかった

半透明の具合が、もっと酷くなったことには

あえて、目をそらした


・・・・day3


今日は朝から仕事の日。夜遅くまで仕事だから今日は何も出来ないだろう

西時は自身の周囲に結界を張って、自分の近くに寄らせないようにしていた。用意周到な奴め


「それで、ウェスタイムは今日も消えかけと」

「うん。あ、それ本人が聞いたら怒るよ」

「自分の名前嫌いですもんね。あの人」


私は二丁の中型銃を振り回し、東馬は弓で、北陽は超能力で今日も元気に異形退治に励んでいた


「・・・何か話しながら仕事をする連中は、お前たち以外にそうそうおらんだろうな」

「そういう南波さんは仕事してくれません?」

「何を言うか。足止めはしているだろう」

「確かに、変な術で敵の動きを遅くしてくれているけどさ」

「僕たちの動きだって遅くなっているんですけど」

「お前ら固定砲台みたいなものじゃないか。いいだろう?」

「・・・装填速度遅くなるんですよね」

「奇遇だな。俺もだ」

「力の消費が倍になるのですが」


「ふむ。お前らは我儘だな。一体誰に育てられればこうなる」

「西時」

「ミカエル姉さん」

「ごく普通の両親です!悪く言わないでください!」

「ウェスタイムめ・・・」


なんで一人だけ責められるんだろう・・・ミカエルさんも東馬の教育間違っているんだよ。どっこいどっこいじゃん・・・


「しかし天使とうま。芳乃と北陽はともかくとしてお前飛べるだろう。何をほざくか」

「だって疲れるし」

「我々の御下で甘やかされてきた鳥類ごときが何かさえずっておるな」

「あぁん?お前に従った記憶はねえわ。それに俺たちの主を批判たぁいい度胸してんなぁクソ蛇。社を潰された元神の分際で!今は妖怪になれ果てたくせに!」

「何を言うか!今も信仰されている立派な神だ!元とは無礼だぞ!」


いつもの光景だから、私も北陽も止めに入らない

だって、この二人が喧嘩するのはいつものこと

種族的に対称的な存在だし、仕方のない話かもしれないけどね


「吸血鬼に天使に蛟って、うちのチームクソみたいな編成してますよね。異形連中皆仲悪い」

「東馬と西時南波が仲悪いだけだよ、北陽」

「人間コンビは仲良くしましょうね、芳乃先輩」

「うん」


異形退治の機関に所属しているのは人間だけではない

彼らのように異形だって存在している

私の保護者であるために、取引を結んで異形退治に励んでいる吸血鬼

天界から人間社会に蔓延る異形問題を解決するために派遣された天使

そして、住む場所を用意してもらうことを条件に力を貸している蛟

・・・他にも沢山いるけれど、うちのチームはこんな編成だ

ちなみに隣の北陽は超能力者。さいこきねしすの使い手?らしい


「しかし心配ですね、西時さん。血も飲んでくれないのでしょう?」

「うん」

「というか、話を伺った時から、芳乃先輩は西時さんに消えてほしくないっていう意志はわかったのですがね・・・どうして、消えてほしくないのかよくわからなくて」

「どうして?」


それは、家族だからに決まっている

もう身近な人に消えてほしくないから

大事な人に、死んでほしくないから


「どうせ先輩のことですから、理由とか話さずに「とにかく血を飲め」って言っていると思います」

「・・・なぜバレた?」

「先輩は良くも悪くも単純な人ですから・・・察しがつくと言うか」

「すげー北陽すげー。私のこと滅茶苦茶わかってんじゃん。嫁に来ない?」

「行きません。なんで嫁なんですか。そこはせめてお婿にしてくださ・・・えふん。まあ、そんな訳です。西時さんに「なぜ生きてほしいのか」理由を述べるべきだと、俺は思います」

「アドバイスありがとう、北陽。流石私達のブレインだね!」

「いえいえ。先輩はもう少し・・・頭を回してくれませんかね」

「お礼にー」


銃をくるっと回して東馬と南波さんに一発ずつ食らわせる

二人は激痛に身悶えて、しばらくすると動かなくなる。気絶したのだろう


「なぁ・・・」

「なに。急所は外している。二人を黙らせないと帰れないからね。北陽、お疲れのところ悪いけどもう少し能力使ってくれる?」

「・・・やり方が滅茶苦茶なんですよ。本当に大丈夫なんですかね」


北陽に心配されながら、私達は気絶した二人を連れて家に帰る

帰還後、くれない司令官にフレンドリーファイヤの件で滅茶苦茶怒られた


・・・day4


「椿先生」

「なんだ、吾妻」

「私、なんで土曜日に学校に呼び出されているの?」

「それはな、吾妻。お前の卒業試験がボロボロだったからだぞ」

「卒業試験がボロボロだったらどうなるの?」

「吾妻。うちはな、県内でも有名な馬鹿高校だ。赤点のハードルもお前らみたいなアホでも取れないよう他の高校より低く設定している」

「ふんふん」

「それでもな、卒業させられないラインってのは存在していてな」

「ふむふむ」

「例え異形退治の仕事で忙しくても、オール一桁の結果で卒業なんかさせないからな!」


机の上にテストの答案を叩きつけられる

おう、全部一番だ!すげー


「西時さんに聞いたぞ!卒業確定してるから大丈夫とかほざいたらしいじゃねえか!これで卒業できるなんて思っていたなんてどんな思考回路してんだ!卒業させねぇに決まってんだろ学年最下位!どうやったらオール一桁なんて点数が出てくるんだ!」

「問題が難しすぎるから」

「お前地頭はいいほうだろうが!単純に解く気がないだけだろ!一+一も間違いやがって!」

「答えは田んぼの田!」

「これはな、数学のテストだが実質算数のテストなんだよ!普通に足し算しろ!変なトンチをきかせるな!」


なんと。今日は一対一の補習授業らしい。憎たらしい・・・

ちなみにこちらは銅座椿どうさつばき先生

私を三年間世話する事になった哀れな教師件司令官補佐

今日も胃を痛めつつ、私の補習の為に授業を行ってくれる

ちっ・・・東馬め。いつもはここで一緒に仲良く補習をしているというのに

一人だけ逃げられて!ずるい!


「・・・体育の成績だけ無駄に高いよな、お前」

「急になんです?」

「・・・つまりだ。食人鬼カニバル殺しの為にそっちに全振りしてきたろ?」

「まあ、そうだね。復讐の為に全部、それにつぎ込んで」

「自分で殺すことを目標とした。頭を使うことは全部西時さんに押し付けた」

「うん。その自覚はある」

「千歳とも話していたんだが、お前は本当に考えが足りない。全部西時さんに押し付けたツケが今、思いっきりやってきていると俺は思うよ」

「・・・そうかな」

「そうだぞ・・・正直、今回の西時さんの行動には思うところがあるし」


思うところ?西時の状態に?

見てもないのに、不思議なことを言う


「明日は西時さんの説得じゃなくて、お前と同じグローリアの蓬生と接触してみろ。あいつならアルテミシアが半透明になった時の状況を知っているから」

「わ、わかった」

「・・・もう少し、色々見て、知って、知識を蓄えろ。西時さんが用意した世界だけがお前の世界じゃないことをそろそろ理解しろ。上官からの命令だ」

「はっ!」


「後、補習に集中しような」

「それは嫌です」

「上官に歯向かうな!」


上官としての椿さんに頭を叩かれて、私は一日補習につけられる

・・・最悪な、一日だった


・・day5


「なんでお前がいんの・・・司令官様」

「あら、部下のお見舞いに来てはいけないの?」

「いや別に来るなとは言ってないだろ。せめてアポはいれてくれないか」

「幻術の準備が必要だから、かしら?」

「言わなくてもわかってんじゃねえか」


俺は身体を起こして、アポ無しで訪れた紅千歳を睨みつける

芳乃の保護者をする為に、この女に有効的な異形として契約を交わし・・・機関に所属して異形退治をこなすようになったのは記憶に新しい


「あのねぇ・・・私と椿は気がついているけれど、あの子は気がついていないわよ」

「仕方ない。芳乃には吸血鬼に関する知識は与えていないから」


そんな無知な芳乃に知識を授けるなら、アルテミシアとその相方ぐらいだろう


「最悪ね・・・そこまでして何がしたいの?悪戯にしては質が悪いわよ」

「悪戯ってか・・・なんだろう。芳乃にそろそろ独り立ちをしてほしくてさ、俺が消えるってなったら意識ぐらい変わるかなって」

「やり方が滅茶苦茶よ。貴方と芳乃、二人共同じすぎてため息しか出ないわ・・・」

「へ?」

「一昨日、フレンドリーファイアをやらかしてるのよ。相手は東馬と南波だから影響は殆どないけど」

「どうせ二人の喧嘩を止めるのに銃をぶっぱなしたんだろ」

「・・・そうよ。けど、もう少しやり方があるでしょう?」

「それが最善だろ」

「保護者の貴方に聞いた私が馬鹿だったわ。思考回路一緒よね」


すげぇ失礼な事を言われた気がするが、気にしないようにしておこう

こいつに逆らったら討伐対象に逆戻りだ

かつての俺なら簡単に蹴散らしたが・・・今は死にかけではないにせよ、弱体化はしている

こいつに動かれたら普通に殺されるからな。今は何も気にしない。気にしない


「しかし、貴方一週間経過して「はい嘘でーす」とかいうの?」

「そのまま消えるつもり」

「貴方、芳乃を壊すためにこの「悪戯」を仕掛けたの?今すぐ消すわよ?」

「・・・」


千歳の目は全く笑っていなかった

ここまで怒っている彼女を見たのは、初めてだ


「小さい頃から芳乃のことは知っている。事情も何もかも。いつも西時、西時ってひよこみたいについていって、貴方にひっついていたわね」

「そんな時期もあったな」

「親とお兄さんを失った時の夢を何度も見て、貴方に泣きついていたわね」

「今もたまに泣きつくぞ」

「だったら尚更よ!貴方はまたあの子から家族を消すの!?」


胸ぐらを掴まれて、彼女から聞いたことのない怒号を向けられる


「あの子を、一人にしないで。あの子の側にいられるのは貴方だけよ。それだけは覚えておきなさい」

「・・・努力はするよ」

「命令よ。歯向かうなら殺処分も検討するわ」

「怖いねぇ・・・いいだろう。だが、一つ条件がある」

「何かしら」

「契約更新だよ。元々、俺との取引期間は芳乃が高校を卒業するまでなんだから」


俺はその日、ある取引を紅千歳と交わす

彼女は心底嫌そうだったが、飲まないと保護者をやめると揉めに揉め

俺はある条件を、奴に飲ませることに成功した


・day6


「西時」

「どうした?」

「頬を出せ」

「なんだよ。死にかけの吸血鬼にぐべぼぉがぁ!?」


芳乃は俺の頬に思いっきり平手打ちを食らわせる

それと一緒に、集中力も切れたのか幻術も解けて俺の姿は通常の姿に戻ってしまった


「消えかけの吸血鬼は、光の粒子が飛ぶんだって。蓬生さんが言ってた」

「・・・」

「私も西時も消えかけの吸血鬼なんて見たことがなかった。本を読んでも半透明になるぐらいしか情報がなかったから・・・騙された」

「芳乃」

「死んじゃうと思ってた。皆みたいにいなくなっちゃうって思ったら、凄く怖かった」


力なく崩れ落ちた彼女は、小さい頃のように俺の懐に潜り込んでくる

随分、大きくなった

俺には刹那的な時間だったけれども、芳乃にとっては十数年

それは彼女を変えるのには十分な時間であったが

トラウマが消えるほどでは、なかったらしい


「死んでほしくないから、無理にでも血を飲ませようってしたんだ」

「わかってる」

「全部嘘って酷いよ」

「自覚はしてる。けど、こうでもしないとお前は俺から離れようとしないだろ。もうすぐ成人するんだ。大人になって、いつまでも俺にべったりなんて・・・よくないから」

「家族とべったりで何が悪いの?」

「悪いことはないが・・・」


将来、誰かと付き合ったりとか考えないのだろうか

結婚して、誰かときちんとした家族を築く。芳乃にはそれができる

・・・できるのに、俺と一緒にいたらできないだろ


「西時は私の大事な存在。だから、死んでほしくないし、これからも一緒にいてほしい。私が死ぬまで、家族でいてほしい」


ああ。そうか。そうしてほしいのか

だからあんな滅茶苦茶な・・・千歳が言う通り、俺もこいつもやり方が滅茶苦茶すぎる

だからよく、本心に気が付けない

目的を果たす前に問題が増えてしまう


「それでも、消えちゃうの?」

「消える。少なくとも「壱岐西時」という人間は」

「西時が消える」

「機関との契約満了が近い。お前の保護者でいられる時間はもう少しでおしまいなんだ」


芳乃の頭を撫でながら彼女の顔を両手ではさみ、上に向ける

視線があって、俺はやっと迷いを捨てられたと思う

何度も泣いたところは見た。その度に、大丈夫だとあやしてきた

だから、今回も大丈夫だと彼女に言い聞かせよう

そしてお願いしよう


「芳乃、俺を使役する気はないか?」

「使役って、蓬生さんたちがしてるようなこと?」

「ああ。芳乃が俺を従えるんだ」

「・・・それは、いいことなの?」

「いいことだよ。お前と俺はこれからも一緒にいられる。お前の影で生き、常にお前を守り続ける。離れられないこと以外はメリットしかない取引だ。俺も、本来の力を取り戻せるし」

「じゃあそれで。どうしたらいいの?」

「迷わないのか?」

「迷う必要はない。これからも一緒にいられるなら私はどんなことだってするよ。血だけじゃない、私自身を差し出してもいいほどなんだから」


大人びた笑顔を浮かべて、芳乃はそのまま爪を使って自分の指先から血を垂らす

芳醇で、濃厚な香りが俺の鼻孔を刺激してきた

本能でほしいと思わせるそれに、理性を保ちながら口を近づける

十数年ぶりの血は、とても甘くてしょっぱかった


day7


「と、いうわけだ。俺は正式に芳乃の吸血鬼になった」

「そう。一応丸く収まったのね」

「うん。私達はこれからも一緒。西時に私がご飯をあげるようになったことと、影に入り込んでいるから日常生活で小言が増えた事以外変わりもないよ」


私達は色々と手間を掛けた千歳さんに報告をするために機関本部に出向いていた

報告を聞いた彼女は「人騒がせね」と笑いながら、契約の更新をしてくれる


「芳乃、それはアルテミシアみたいにぐびぐび飲むタイプじゃないわよね?貧血起こしたらいつでも言いなさい」

「大丈夫だよ。俺だって加減は心得ている」

「西時は少食だから」

「「それに猫舌だから一度にたくさん食事が出来ない」」

「・・・大変ね、それ。しかし貴方。金髪赤目に戻っているということは、力も本来のものに?」

「ああ。元に戻っているよ。試してやろうか」

「・・・いいけれど。どんなものなのかしら」


「あ、いましたよ嘘つきウェスタイム!」

「出たぞ人騒がせ吸血鬼」

「やーい。いんちき吸血鬼―!」

「・・・的があちらに三つ」

「西時、あれは東馬と北陽と南波。的じゃない」


西時は片手を前に向けて、指先で何かを操るように引いて、何か叩きつけるような動作をする

一瞬何をやったかわからなかったけど・・・

目の前に三人を中心としたクレーターが出来ていれば、自ずと何が起こったのか理解はできた


「力戻りすぎて加減できてないだけ?」

「これでも加減したほうだぞ」

「西時は嘘つきだからなぁ。信用できないなぁ」

「加減したって。滅茶苦茶。千分の一程度だよ!」

「強すぎでしょ、貴方・・・」


千歳さんにドン引きされながら、私達は三人が生きているか確認をしに行く

もちろん三人が戦闘不能なので、その日の仕事は私と西時だけでやりにいった

これで、私達の人騒がせな一週間はおしまい

これからは、ずっと家族でいられる確信を得た日々を二人で送っていく

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