休暇用レコード25:四十万浩二編「貴方が引きこもって十年経過しました」

それは僕が損と苦労をするだけ。なんのメリットもないじゃないか

君は僕に、価値を示せるのか?四十万浩二いっぱんじん


「・・・」


夢でも現実でも見たくない、俺をこき使ってくる悪魔の声と共に目が覚める

目覚めは酷く最悪

だが、それでも起きなければならないのだ

仕方ないことに、その悪魔の為に

朝の身支度を整えて、朝食を軽くとった後・・・荷物を片手に第三白箱研究所の社員寮を出た


時刻は朝の五時

仕事をするのには早すぎるその時間から、僕の「役目」は始まっていく


・・


世界に突如出現した万能石「パージ鉱石」

数多のものを浄化する力を持ったそれは、汚染された世界で生きていた人類の生活を支え、同時に粛清という形で、人類の営みを滅ぼした

治療する方法も見当たらない病に、人類が生活できない環境をもたらしたパージ鉱石は数多の人類を死に至らせていって、世界は崩壊へと進んでいく


そんな中、数少ない生き残りは、地下にガラス張りの空間を作り上げ、パージ鉱石の影響を受けない場所を作り上げた

その一つにあたるのが、ここ「第三白箱」だ


「おはようございます」

「おはよう、四十万君。今日も早いね」

「あの人、放っておくと何もしないままなので・・・」

「十六夜博士かい?あの子の側で助手って羨ましいと思うけどね」

「よく言われるのですが、あの人本当に研究以外はさっぱりなんですよ・・・風呂にも入らないし、食事も忘れるし、酷い時には寝ることも忘れるんですよ!?頭の中どうなってんだって話なんですよ!」

「研究一色って感じじゃないかな。ほら、もうあの子だけだよ。パージ鉱石の解析を進めて、世界を救おうとしている子」

「それは・・・」


こんな終わった世界に、まだ可能性を見出すためにこの研究所は存在している

けれど大体の人たちは、この世界を救うことを諦めた

この場所で細々と生きる道を選び取った

けれど彼女だけは、諦めずにその道を歩いている

無謀だと、無駄だと言われても


「先人が諦めて、逃げ出した道に挑んでいる子はもうあの子だけなんだ。四十万君は助手だろう?しっかり支えてあげてね」

「助手ではないのですが・・・まあ、ここに入れたのは博士のお陰ですし、出来ることはなるべくやりたいなとは思っています」

「頼んだよ。俺達があの子に直接なにか出来ることは、ないから」

「・・・応援ぐらいは出来ると思いますよ。あの人がまっすぐその厚意を受け取ってくれるかはわかりませんけど」


IDカードを受け取り、これで時間外入所の手続きは終わり

毎日毎日これをやるのも面倒だけど、深夜の守衛さんとか巡回さんとかと話せる貴重な機会だから、嫌いではなかったりする

・・・これから待ち受ける時間は嫌いだけども


「・・・曲解して受け取ることがあるのかい?」

「ええ。あの人、性格と根性がひん曲がってますから」

「そうかい。確かに、十六夜博士はちょっと・・・いや、かなり変わった性格の持ち主だとは聞くけれど、そこまでなのかい?」

「そんな性格じゃないと、世界を救うなんて豪語は出来ませんよ。それでは、いってきますね」

「ああ、行ってらっしゃい」


守衛さんの見送りを背に、俺はあの人の根城へと足を向かわせる


「四十万君もいい性格してるよね・・・あれぐらいじゃないと、彼女には付き合えないってことかねぇ・・・」


大変不名誉なことを言われていたけれど、気にせずに

ただ前へと、進んでいく


・・


第三白箱研究所

入り組んだ道の先にある彼女の根城は専用の鍵がないと開かない

彼女の元お世話係だった井三国いみくにさんから預かった、空に浮かんでいるらしい「月」をかたどった鍵を使って、その扉を開いた


「十六夜博士・・・うわ、起きてる」

「・・・浩二か。今日もはた迷惑な来訪ご苦労。もう帰っていいぞ」


そう一言

目も合わせることなく、何かの本を夢中で読んでいた

・・・あれ、なんだろう?

気になりながら、部屋に入り、床に落ちている汚れ物を回収していく


「帰れるわけがないでしょう?今日もお風呂に入らず・・・洗濯物だってこんなに・・・うわ、白衣も油と薬品だらけじゃないですか」

「当然だ。先程まで、新しい発明品をこさえていたんだ。僕の引きこもりライフを充実させるためにな!」


回転椅子でくるくる回りつつ、ドヤ顔でそれを俺の前に差し出してくる

彼女こそ十六夜一月いざよいいつき

俺をここに導いた立役者である、いつか世界を救うと豪語する天才と呼ばれる生き物だ

その思考回路は正直俺には理解できないし、できれば関わりたくない人種だけど

どうも目が離せなくて、こうして面倒を見ている感じだ


「あうっ」

「貴方回転するものですぐに酔って吐くんですから・・・わざわざ掃除の手間を増やさないでくれますか?」

「だって楽しいし」

「楽しいのはわかりますから・・・ほら不機嫌にならない」

「ぬ・・・お兄さんは許してくれたのに。お前は心が狭いな」

「狭くて結構」


時折、彼女の口から出てくる「お兄さん」という単語

三国さんではないらしい。ちなみに彼女は一人っ子らしい


「僕が吐いても笑顔で掃除してくれて看病までしてくれたんだぞ!」

「・・・貴方一人っ子でしょ」

「お兄さんはお兄さんだ」

「だからそのお兄さんってどちら様なんですか!?」

「お兄さんはお兄さんだぞ。ご飯が美味しくて、優しくて、ご飯が美味しくて、わからないことはちゃんと教えてくれて、後ご飯が美味しい」

「ご飯が美味しいしか印象に残らないのですが」

「・・・天羽お兄さんは、料理人だったからな。優しくて料理が上手な、非の打ち所のないお兄さんだったんだよ」

「だったというのは」

「死んだから過去形だ。彼が死んだのは僕が五つの時だよ。もう少しで、十年になる」

「・・・なんか、ごめんなさい」

「気にするな。僕もこればかりは後悔しているからね。お兄さんと過ごす時間は楽しかったが、その時間は許されないものだったのだから」


その罪に対する罰はこの足にしっかり刻まれている

彼女はそう言って、机の上にある本・・・図鑑を見始めてしまった

その図鑑はどうやら子供向けの大きな写真がついた図鑑のようだ

海洋生物なんて、今じゃもう存在すら怪しい生物の図鑑

ボロボロになっているところからみて、昔からの持ち物かもしれない


十六夜博士の足は、動くけれどそれ以上は何も出来ない

自力で立つことは出来ないし、歩行は当然不可能

出来ることと言えば、力なく足をぶらぶらさせることだけ

・・・おそらく、そのお兄さんとやらが亡くなった時に、十六夜博士の足は今の状態になったと思われる

彼女自身、過去は語らないし・・・聞いても適当にはぐらかされることはなんとなく理解できている

だから、何も聞かない

彼女自身が話してくれるその日まで、俺は何も聞かないでいるのだ


「てか、博士。また変なものを作ったんですか」

「その話に戻るのな」

「・・・今度は何を作られたんですか?身につけるだけで老廃物を除去する布ですか。家事ロボットですか」

「この部屋に立ち入る人間を襲う機械なんだ。せっかくだ浩二、実験台になってくれたまえ」

「絶対に嫌ですよ」

「じゃあ取り付けの手伝いだけでも」

「嫌です」

「全く・・・イヤイヤ期は三歳で終わらせておけよ。面倒だな」

「違います!」

「じゃあなぜ嫌なのか述べたまえ」

「・・・これ、三国さん専用の撃退装置でしょ?」

「なぜその結論に至った」

「設置場所の高さ。俺の身長以上ですし・・・」


十六夜博士が示した設置場所から考えて、この機械は身長が百七十以上の人間を撃退することを想定している

それ以下の俺は対象外となるわけだ

逆に、十六夜博士の天敵である三国さんは射程圏内

なのでこれは自然と三国さんを狙ったものであると考えたのだが・・・十六夜博士の反応を見る限り、それは不正解らしい


「全く。思考が甘いぞ四十万浩二。確かに君は正解へと片足を突っ込んではいるが、それまでだ。もう少し思考の深淵まで潜りたまえ」

「思考の深淵、ですか」

「ああそうだ。君は想像力がない。面白みのある人間ではあるが、それまでだ。想像力と創造力は持っておけ。現実ばかり見ていても、そこに変化はもたらせないぞ!三国の身長ほどの高さなら、この研究所に在籍している人間の身長とほぼ当てはまるだろう!僕に働けと言ってきたり、野次馬をしてくる愚物共を蹴散らすための装置だ!覚えておけ!」


・・・何を言っているんだこの人は

現実を見ないと現状を把握できないじゃないか

何だよそうぞうりょくとそうぞうりょくって、同じこと二回も言ってさ

馬鹿にしているだろ、この人

・・・いいよ。それなら俺も日頃の恨みを晴らすために滅茶苦茶な嘘を吐いてやる

我儘放題好き放題。傍若無人の悪魔にはそろそろ痛い目を見てもらいたい

なに、ちょっとしたいたずらだ。たまにはからかってやる

気づいた瞬間に、馬鹿にしてやる


「・・・その思考、遅いですね。十年前なら通用したかもですけど」

「ほう。つまりどういうことだね」

「十六夜博士、気づかれていないのですか?貴方が引きこもってもう十年が経過しているんですよ」


彼女も流石に驚いたのか、いつもぼんやりと開いている金色の目を思いっきり見開いた

純粋に驚いて、面白そうに笑う

こんな顔をした博士は初めて見た

適当に、ざっくり十年。けど、急に吐いた嘘はボロボロ

・・・上手く補強して騙し続けないと


「・・・ほうほう。十年か。引きこもってもうそんなに時間が経過していたのだな。三国がすっ飛んでこないのはなぜだ?」

「忙しいんですよ」

「あの男がかぁ?」

「み、三国さんだって偉い人なんですからね!室長なんですから!」

「十年経っても出世出来てないのか・・・」

「そ、それは・・・」

「まあ、五ノ井の事情は複雑だからな。上層部があのままであるのなら、あいつはあれ以上昇進できんだろ。哀れなり、三国」

「・・・」


なんか巻き添えでごめんなさい、三国さん

決して、決して俺を見つけてくれた貴方を馬鹿にしているわけではないのです・・・!


「・・・僕は存在を忘れられたのか?」

「せ、世界が救われれば貴方は必要ないじゃないですか」

「なるほど。世界が救われた・・・いい報告だね。しかし、そうなると僕は完全に穀潰しになってしまうのだが・・・」

「貴方は引きこもっても許されるでしょう?引きこもっているうちに新しい世界に必要な発明品を作ればオールオッケーなんですよ」

「では浩二。これ、現代で通用すると思うか?」


先程設置しようとした迎撃装置を抱えながら、彼女は小さく笑う

俺の答えは唯一つ。もう決まっている


「通用しますよ。十六夜博士の発明は、現在から二十年先でも同じものが出てくる気がしません」

「お褒め頂き光栄だ」

「貴方が考えることって、基本的に誰にも真似できない突拍子もないことなんです。だから、自信持ってくださいよ。貴方はこれからでも必要な人です。これからも作ってくださいよ。色々な変なもの」


こればかりは本心だ

彼女の思考は誰にも読めないし、誰にも真似出来ない

憧れはある。けど、その場所には到達出来ない

・・・悔しいんですよ、貴方を見るだけで

俺に到達できない、高みにいる貴方を見るだけで

自分がちっぽけな存在すぎて惨めになる


「・・・お兄さんとの約束、自分の力で果たせなかったな」

「悔しいんですか?世界が、救われたのに」

「悔しいさ。籠もっている間に全部終わった・・・その最後の瞬間の目撃者にもなれなかった。自分が惨めに思える。あんなに世界を救うと言っていたのに、何も出来ず・・・恥ずかしい。これからも引きこもるしかなさそうだ」


世界が救われて終わり

それでいい。普通ならそれでいいのだ

けれど彼女にとって、それで終わりな話ではないらしい


「世界を救えなかったこと、悔しいなんておかしいですよ。世界が救われた・・・それでいいじゃないですか」

「それじゃあお兄さんとの約束が果たせていないから」

「・・・お兄さん。さっきの、亡くなった方の?」

「ああ。僕は彼の願いを引き継ぐ形で世界を救うと言い始めたからね。いわばこれは・・・僕がお兄さんに出来る唯一の弔いの手段だったんだ。例え手段が違うとも、彼が彼なりに世界を救おうとしたように、僕は僕なりに世界を救いたかったんだ」

「・・・博士」

「十年経過して、色々なことがあっただろう。君は、なにをしているんだい?」

「俺ですか?」

「まさか何もしていないというわけでは・・・無いだろうね?」


その視線を向けられた瞬間、俺は背筋が凍る感覚を覚える

なんだろう、この視線

これだけは、これだけは・・・おふざけなしで答えないといけない気がする

けれど、この話のすべてが嘘

世界は救われていない。何も変わっていない世界

俺は、何も成せていない

・・・けど、もし世界を救えたなら

俺は、こうして生きていたい。その理想なら存在している


「は、博士に言われたくはありません。俺は自分の分野で・・・作物栽培を充実させるために日夜頑張っています!」


適当に吐いた嘘。けれどそれは俺の理想でもある

俺が研究している分野は植物学

白箱の食料自給問題を解決するために、研究所の門を叩いたのだが・・・

この白箱研究所は、所属研究員の推薦がなければ入所の試験すら受けられないという規則が存在している

俺は最初、俺を見つけてくれた三国さんに推薦状を書いてもらっていたが・・・どうやら彼の実家は色々と複雑な事情があるようで、その推薦状は上層部に受理をしてもらえず


そんな三国さんが俺を研究所に入れるために推薦状を書くように頼んだのが十六夜博士

俺は彼女に今を与えられた恩があったりするのだ

今、三国さんと十六夜博士のお陰で俺は研究に没頭できている

彼女が推薦した影響か、予算は潤沢、品種改良もやり放題。栽培はまだ土地が少ないから結果を出せていないけれど・・・植木鉢での栽培でもいい結果が出ているし、これからはしっかり見込めている


「浩二の研究は、今から広がる世界に必要なものだ。これからも励んでくれ」

「え・・・」

「ところで浩二」

「はい、何でしょう」

「とても満足そうだな・・・気は、済んだか?」

「はい?」

「だから気が済んだかと聞いている。流石に引きこもりでも日付感覚は衰えていないよ・・・」

「げぇ!?」

「そんな大きな声で驚くことか?」

「驚きますよ。うわぁ・・・バレてたんだ」


嘘がバレた恥ずかしさ、それからこれから起こるお仕置きタイムに身を震わせて、顔面を隠す


「・・・むしろそんなガバガバな設定でよく騙せていると思ったな」

「え・・・唐突にしては結構いい感じだったと思いません?」

「・・・冗談も大概にしてくれ。で、浩二。一つ聞いておく」

「はい」

「どこまで嘘で、どこまで本当だ?」

「・・・十年経過は嘘ですよ。でも、世界が救われた時にやりたい時は本音です」

「・・・なら、いい」

「ん?」


博士はその問いに対する気持ちを小さな声で呟いた気がしたが・・・小さすぎて聞こえなかった

けど、その表情はどこか・・・

いや、嬉しそうなんかじゃない。これは間違いなく・・・!


「そんなにニヤけて、これから僕をしばき倒すのを楽しみにしているなんて・・・」

「・・・君に期待している自分がバカバカしく思えてくるね」

「へ?」

「いいだろう。僕で遊んだことは極刑に処してやりたいが・・・今回は無罪放免に処す。今日は失せろ。君の顔は見たくない」

「でも掃除」

「命令だ。とっとと出ていけ。鍵を変えるぞ」

「それは・・・困ります」


鍵を変えられたら、この部屋に入る手段がたった一つになってしまう

ドアを破壊する。そんな原始的なことは繰り返したくない

ここは大人しく引き下がるべきだろう

彼女の本心も何もかも知らないまま、俺は博士の研究室を後にした


・・


それからまた一年が経過した頃

俺は、その時の話を雨葉さんと理一郎さんにしていた

この一年で、俺達を取り巻く環境は大きく変化した

まずは、世界を救う道を博士は本格的に、その道に俺と三国さんもついて歩き始めたこと

パージ鉱石を糧として作られた「人造生霊」と呼ばれる存在と過ごすようになったこと

目の前にいる黒傘雨葉くろかさあめはさんと七中理一郎なななかりいちろうさんもその人造生霊に当てはまる存在であり、一月さんの所有物として行動を共にしている


「お前、一月にそんな嘘仕掛けたのかよ。無駄なことしてんな」

「だ、だってたまにはからかいたくなるじゃないですか!いつもからかわれて、こき使われて、俺としてもちょっといたずらしたくもなるんですよ!」

「幼稚だね・・・」

「雨葉さん!?」


いつもはほんわかに「まあまあ」と窘めてくれる雨葉さんですら辛辣な反応を返してくれた

なぜそこまで・・・


「そうだぞ、浩二。君は幼稚過ぎた。僕にいたずらを仕掛けようなんて百億万年早いのうぷっ・・・」


そんな俺達の会話を聞いていた一月さんは今日も元気に回転椅子でぐるぐる回っていた。幼稚なのはどっちだろうか

しばらくすると、顔が真っ青になって椅子から揺れ落ちていく

それに気がついた雨葉さんはとっさに彼女を受け止めて、そのまま床に座り込んだ


「ああ、博士。回転椅子でぐるぐるしたらゲロっちゃいます。もう何回目ですか」

「だ、だって格好付くじゃんか・・・」

「その発想自体が幼稚です。それに三半規管激弱なんですから。せめて手加減して回りましょうね・・・」

「うぷ・・・」


返事が完全にゲップじゃないですか、一月さん

全く・・・貴方もう十五歳でしょ

子供だけど大人でもあるような年齢ですし、なんなら貴方それなりの立場でしょうに

年相応な行動をとってくださいよ・・・全く


「背中撫でますね。よしよし・・・気持ち悪かったら俺におえってしていいですからねー・・・」

「げろげろげろ・・・」

「うげ。本当に吐いたぞ。それを笑顔で受け止めるとか聖人かよ、雨葉」

「いつものことですよ。小さい頃からずっと。もう服にゲロがつくの、慣れました!」

「・・・慣れたらダメじゃないですかね」

「あ、そのまま寝ちゃいました」

「「よく寝られるな!?」」

「あはは・・・お風呂に入れてきますね。顔面吐瀉物だらけですし・・・疲れもあったのかな・・・」


雨葉さんは的はずれな事をいいつつ、彼女を抱えてお風呂に閉じこもってしまう

理一郎さんはさりげなく着替えを持っていき、いつもの三人らしい日常を繰り広げていた


「・・・お世話係から解放されたはいいけれど、逆に介護度上がってませんかね、博士?」

「まあ、雨葉は甘やかしすぎだからなぁ・・・お前らが世話してた頃は着替えは一人でしてたみたいだし」

「え、雨葉さん着替えまで手伝っているんですか?」

「小さい頃みたいに扱ってんだろ。あいつの中じゃ、一月はまだ五歳児なのかもしれん」

「確かに言動は五歳児ですけど・・・もう十五歳なんですから」


「だよなぁ・・・しかし、浩二」

「はい、なんですか?」

「話を聞いている限り、一月の考えは今も昔も変わらないみたいだが、今のお前はどうなんだ?」


理一郎さんの質問はぱっと聞いただけで何のことか理解できないだろう

けれど、俺にはわかる。彼が何を問いたいのか


「一月さんが、当時から俺を気にかけてくれていたことをやっと知りました」

「うんうん」

「帰れは研究しろの裏返し。彼女は最初から、俺に期待をしてくれていたんです。これからの世界を生かす為の存在として。自分に出来ないことを成し遂げられる人間として」


正直、本気を出せば彼女は俺がやろうとしていることだって成し遂げられるだろう

けど、彼女は自分自身の出番は「世界を救うまで」と定めていた

それから先は好きに生きる予定らしい。彼女らしいきっぱりとしていて適当な考えだ

そういうところは、昔は嫌いだったけど・・・今は嫌いじゃない


「俺は、いつか一月さんの期待に応えてみせますよ。だから早く世界を救ってくださいよ」

「言われなくても。今度の最終遠征で塔の最上階まで登る予定だ。そこから帰ってこれるかどうかはわからないけど・・・少なくとも俺と雨葉、銀・・・それから有理と一月の父親は一月と三国だけは必ず帰還させる気でいる」


最後の遠征には人造生霊の所有者になった四組が挑む

残りの六組は待機・・・俺も、その内の一人だ

最後は一月さんと三国さんについていくことは叶わない


けれど、それは彼女の意志なのだ

未来を俺に託してくれた十六夜一月は・・・俺を地獄へは連れて行かない

わかっている。だから俺は・・・今からとこれからで出来ることをしながら、彼女たちの帰りを待とうと思う

それが今、俺が一月さんと三国さんに出来る唯一のことだから


「俺、待ってますからね。誰一人欠けることなく帰ってくる日を」

「・・・俺達も待ってくれるのか?」

「当然でしょ。だって、理一郎さんと雨葉さんみたいな人がいないと、俺がまた世話係に戻って研究に専念できなくなるじゃないですか」

「だな」


それからお風呂に入って、ほっこりした様子で眠る一月さんと、彼女の髪を甲斐甲斐しく手入れする雨葉さんが戻って来て、話は再び彼を交えて広がっていく


・・


その出来事があったのは、とある秋の昼下がり

世界が救われる前の出来事を、私はふとした瞬間に思い出す

もう帰ってこない、暖かい日常の風景


遠い遠い昔。私がまだ一介の研究員であった頃のお話だ

ぼろぼろになった海洋生物の図鑑を読みつつ、日向ぼっこをしながら再び今を過ごしていく


救われて、生きている世界の先で

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