休暇用レコード24:神楽坂小陽編「護衛を困らせる三つの事象」

私の護衛を務めてくれている野坂陽輝のさかはるきは武器を常に持ち歩く

寝る時だって銃を枕元に置いていて、お風呂に入る時は専用の桶の中に銃を入れて浮かばせていると、透と明が言っていた

基本的に彼が武器を手放すことはない

家にいるときぐらい気を抜いたらいいのに、と言いたくはなるけれど・・・家にいる時の方が逆に危険だったりするのよね


「お、お嬢様・・・轟音がしたのですが、これは一体」

「大丈夫よ、小鳥。ここのガラスは陽輝と冬月財閥が共同開発をしてくれた特殊防弾ガラス。戦車の砲弾にも耐えられるこれがその辺の対戦車ライフルの弾を通すわけがないじゃない。安全だからここでじっとしていなさい」

「は、はい!」


ロングスカートタイプのメイド服を身につけた我が家唯一のメイド「小鳥遊小鳥たかなしことり」はそのスカートをひらりと揺らしながら、安心したように笑ってくれる

彼女は私達と違って「こういう世界」に慣れていない


彼女が驚いたり、怯えたりする姿は本来なら普通の振る舞い

いわばそれは、私が忘れてしまった感覚だ


それを思い返すという理由で彼女を雇っているわけではない

彼女を雇っている理由は、唯一普通で、裏表がなかったから

後、食事が美味しいから・・・かしら

・・・そんな彼女が用意してくれる美味しい料理を、満足に食べられないことが非常に申し訳なく思う

こればかりは事情がある

だから、小鳥も理解を示してくれているけれど・・・やっぱり申し訳なくは思うのよね

お礼とかも全然言えていないし・・・


「お嬢様は窓の側から離れてください。もしもの心配がありますから」

「大丈夫よ。今頃、弾道から敵の位置を把握した陽輝が追撃を・・・」

「どうか、されましたか?」

「・・・小鳥、今すぐ透と明に陽輝を追いかけるように頼んで頂戴」

「ええっと、お嬢様。弾はアルカナムが使用している特殊弾ではありませんでしたし、今回は純粋にお嬢様を狙っている組織の犯行と推定できます。はるくん一人でもどうにか対処できると思うのですが・・・」

「念の為。まあ、大丈夫だとは思うけどね」

「どういうことでしょうか・・・」


小鳥には話さないといけないだろう

昨日の私が陽輝に何をしたのかを


・・


昨日の晩

私は陽輝の部屋に出向いて、護衛の報酬を実行していた


「しかし本当に寝具しか無いわね。クローゼットに服が数着入っているくらいかしら」


そのクローゼットの端には異臭を放つスーツが数点

ああもう。仕事を終えた後の服はすぐにクリーニングに出しなさいって言ってるのに。無頓着なんだから


「大好きな枕に血生臭い匂いがついていいのかしらね・・・」


まあ、彼にとってそれが「あたりまえ」の匂いと言うのなら私は何も言わないけれど

もう少し普通の・・・それこそこの世界に入り込む前の匂いを嗅いでいたらいいのに

部屋に充満する血と硝煙の香りが、その考えを更に強くさせる


「ゴミもちゃんと捨てなさいって言っているのに、また包装をベッドの下に隠して・・・」


家事を全て担当してくれている小鳥と、同じ護衛の透と明を出禁にした陽輝はとても掃除が苦手だ

他のことは水準以上に出来るのに、こればかりは苦手みたいなのよね・・・

全く、変なところで親子そっくりみたいなのよね

彼のお父様・・・野坂陽彦も同じように掃除が下手くそだったみたいだから


「すぅ・・・」

「あ、いた」


今日はベッドの下で寝ているらしい

穏やかな寝顔で寝息をたてている陽輝の前髪をはらい、その寝顔を拝んでおく

珍しいものではないけれど、これほどの至近距離で見られる機会は少ない


「全く、真上で寝なさいよ」

「すう・・・」

「それから、私は主人なのよ。なんで護衛の部屋の掃除をしているのかしら。理解しがたいわ」

「ぬう・・・」

「仕事の時以外は貴方の好きに・・・お昼寝だって許しているでしょう?せめて自分で掃除できるようになりなさいよ。ほら、陽輝、出てきなさい」

「すう・・・や」


ベッド下から一回り大きな陽輝を引っ張り出す

一仕事終えた私は一息吐いて、床に転がり続ける陽輝を一瞥する


「仕事着で寝てたのね。しかもベッド下のホコリだらけ・・・ん?」


服についたホコリを払い始めると、ふとそれに手が当たる

脇と腰のホルスターには銃が、それから太ももにはケースに入っているとはいえナイフが装備されたまま

それはカチャリと音をたてて、私の視界に現れた


「・・・暴発したら、どうするのかしらね」


まあ、そんなことはないだろうけれど

彼方のところに転がり込んだ技術者・・・朝比奈巴衛あさひなともえさんにオーダーメイドをしたらしいその武器は、陽輝が一番使いやすいようにカスタマイズをしている

細かい注文も叶えた、世界で一番彼の手に馴染むそれは彼の側にずっと存在している

彼を、かつての彼が家族と共に歩んでいた日常の中に戻らせないと言うように

親友の死の真相を探っていた先で死んだ父親と、それについていった母親

そして今もなお箱庭の中で生きる妹さんの代わりに

彼の側に寄り添い続けるのは、無機質で冷たい兵器だけ


「陽輝」

「むぅ・・・」


汚いことはわかっている

けれど、同じ目線で彼を眺めていたかった

側に、いてあげたかった


「・・・寝ている方が表情豊かってどういうこと?」

「・・・んぅ」


頬をつついたら嫌そうな顔をして。やっぱり邪魔されるのは嫌らしい

ふと、彼が小さな声で寝言を呟く

その声が、至近距離にいる私に聞こえないわけがなかった

絶対に言わない彼の本心は、夢と共に溢れていく

小鳥にも、透にも明にも言ったことはないわよね

それは、私にだけに零したのよね


「・・・他の女には、零してないわよね」

「・・・」

「それならいいの。これからも、私にだけに零しなさいよ」


それが果たされる限りは、貴方のその仄かな願いを叶えてあげる

私はそのまま陽輝の上着に手を伸ばし、脇のホルスターからそれを取り出す

腰も、太腿のそれも・・・同じように


しかしそれは彼になければならないもの

なければ違和感を与えてしまう・・・そうだ、あれを持たせておこう

クローゼットの中にある小さな箱からそれらを取り出す

陽輝が身につけていた武器と同じもの

正確には少し違う。今、私の目の前にあるこれはただのおもちゃなのだから


陽輝の部屋にこれがあることは知っていた

オーダーメイドを本格的に作る前、朝比奈さんが試作の模型を作っていた事は知っている

陽輝のオーダー通りに作った模型。それを元に朝比奈さんは本物を仕上げて陽輝に手渡した

その模型は記念として陽輝に手渡された。当時の本人は心底いらなさそうにしていたし、こう適当に収納しているところから存在すら忘れている可能性のほうが高い

弾が出ないだけで、全部本物と同じ素材で出来ているし重さも同じ

これなら陽輝も実際に使うまでわからないだろう

そう考えた私はその模型を陽輝のホルスターの中に入れ込む

銃もナイフも同じように・・・


「・・・お嬢さん?」

「起きた?」

「・・・何してる?」

「貴方の部屋の掃除をしに来たのよ」

「邪魔。俺のベッド占領しないで・・・」

「ここ床よ。ベッドじゃないわ」


目覚めた陽輝は早速ダダを捏ね始める

仕事をしている時以外はいつもこれ。もう十九歳でしょう、貴方

見ていて呆れてしまうわ・・・


「そのベッド、キングサイズでしょ?一人では大きすぎるぐらいよ。抱き枕やその日使わない枕なんて味気ないものを置かずに、もう少し色気のあるものを置いたらどうかしら。私とか」

「そんな貧相な身体に用はねえよ」

「は?一応Dはあるんだけど。中学生にしてはいいスタイルだと思わない?」

「胸がでかくたって、お嬢さんはガリガリじゃん?肋骨が浮いてる女は無理。それに加えて胸だけ無駄にでかいのは逆に気持ち悪い」


食べていないから自然と骨が浮き出てしまうのよね・・・

そんなに食べられないし、食事も、そこまで好きではないから

・・・と、いうかストレートにズバズバ言い過ぎでは?


「陽輝は、おデブちゃんが好きなの?」

「ああ。俺は健康的にふくよかでおっぱいでかい女の子が好きだから」

「具体的には?」

「どストライクは相撲取りぐらいの女の子。お嬢さんとかマジ論外だから。ちゃんこ鍋食えるようになってから出直してきて」

「無茶振りじゃない!?」

「冗談だ。ま。好みの女は嘘じゃないからな」

「・・・」

「事情は知ってる。だから沢山食えとまでは言わないが・・・食事は抜くなよ。ただでさえ身体はぼろぼろなんだから。栄養ぐらいはしっかり摂れ」

「サプリがあるもの。栄養はばっちりよ」

「それに頼りすぎんなってことだよ。察しろバカ。体重増やせ。なんだ三十八キロって。食わなさすぎだろ」

「う、うるさい・・・なんで把握してるのよ」

「小鳥がぼやいてた」

「くうううう・・・」


彼女が用意してくれる食事は特別というわけではない。どこにでもあるような家庭料理

でもそれが暖かくて、どこか懐かしくて・・・すんなりと糧として私の中に蓄積されるのだが・・・あまり沢山は食べ切れない

情けないことに食事が怖いのだ


かつて、神楽坂の跡継ぎ争いに派閥が存在した頃

私は双子の姉を跡継ぎに推していた料理人が用意した食事に毒を混ぜられて、死にかけたことがある

その時から上手く食事が出来ず、最低限しか摂取が出来ない


小鳥だけが作っているとわかっている

けれど・・・その時のトラウマは拭えないままなのだ


「食事は今も嫌。痩せ過ぎて、気持ち悪いって言われても嫌」

「俺が毒味しても?」

「べ、別の部分に毒が混ざってたらどうするの」

「・・・」

「小鳥のことを信用していないわけでもないし、貴方に悪意がないことはわかっている。けど、それだけがどうしても無理なの。わかってくれる?」

「ごめん理解できない」

「はるきぃ!?」


それから朝まで食事のことで彼と揉めた

陽輝の思考から武器のことをそらすのには十分すぎる話題だった


・・


本物と模型。それぐらいの違いしか無い変化

朝、気がついたか探りを入れてみたけれど・・・気がついていなかった

言おうか悩んだけど、そのままにしてびっくりさせようと思ってそのまま放置していた


「で、現在に至るというわけよ。この事態は想定外だったわ」

「つまり、ええっと・・・」

「今の陽輝は敵組織の中心に、おもちゃを片手に突っ込んでいったことになるわね」


陽輝は気づかないまま、仕事に向かったのだから

自然と彼が持つ武器は、全部おもちゃになってしまうのだ


「だから透ちゃんと明ちゃんに追いかけるように命令を出したのですね」

「ええ。大丈夫だって信じているけれど・・・一応ね」

「はぁ・・・お嬢様はやりすぎです。いたずらの度を超えています」

「わかっているわよ・・・」


小鳥は持っていた端末を操作して、透と明にそれぞれ出してくれる

一仕事を終えた彼女は、小さく息を吐いてから私に報告を入れていくれた


「透ちゃんと明ちゃんにはもう向かってもらいました。お嬢様は、はるくんが戻ってきたら・・・きちんとお話をしてくださいね?」

「わかったわ」

「では、それまでは溜まっている書類仕事を片付けましょう。私はこちらで作戦支援を行います。お嬢様、お仕事頑張ってくださいね」

「はーい」

「・・・サボったら明日が大変になりますよ。今日は予定が入ってしまいましたから、午前中に午後のノルマも達成してくださいね?はるくんたちの帰還推定時刻は午後一時ですから」

「・・・はい」


静かな怒りをまとう小鳥に時々睨まれながら私は書類仕事に取り掛かり始めた


・・


一方、神楽坂家から数十キロ先に存在する倉庫街

その一つに、奴らは根城を作っていたらしい

杜撰な作戦からして、本命アルカナムの関係では無いと踏んだ俺は、スポットから逃亡する人間を追いかけて本拠地まで乗り込んだ・・・のだが


『くるっぽー!はるるくん!これは試作品だぞぉ?間違えちゃったのかな?寝ぼけるのも大概にしておけよ!』


トリガーを引いた瞬間、高らかに鳴り響く朝比奈さんの声

まさか、まさかこれは試作品!

朝比奈さんが「本物そっくりに作ったからさ、間違えた時にからかってやんよ!」と、トリガーを引いた瞬間に朝比奈さんの撮り下ろしボイスが流れるゴミみたいな機能を実装してくれていたのは知っていたが・・・

ここまで、煽り耐性が強いのか・・・?

もしかしなくても・・・と思い、脇ホルスターに収納していた銃も取り出しておく


『よっす!おらはるる!本物とおもちゃの違いもわからない間抜けだぜ!』

『とっとと〜ころすよはるるちゃん!すみから〜すみまでおかたづけ!だ〜いすきなのはぁ〜おーひるねのじかん〜!』

「・・・」


両方ダメじゃん・・・てか替え歌まで収録してるのかよ。あの人楽しみすぎだろ。むしろこれをやるためだけに、この無駄な機能を実装したはずだ


昨日寝る前は本物だったはずだ

透?明?あいつらなら入れ替える事も容易だろうけど、部屋の鍵は渡していない

小鳥も同様だ。しかもあいつは試作模型の存在も知らない


・・・まさか、お嬢さんか?


同じようにおもちゃに・・・手品用のナイフになっているそれをガシャガシャ鳴らしながら犯人を考える

ふと、触っているうちにボタンがついていることに気がつく

どうやらこれを押したら音声が出るようになるらしい。やだこの手品ナイフ。どこのおもちゃ売り場で売ってるの?

ボタンを押して電源を押してみる


『野坂陽輝です!正月の格付けチェックは、負ける自信しかありません!』


起動音最悪すぎるだろ。自分の名前でやれよ自分の名前で

なんで格付けチェックに参戦させられてんだ

先ほどと同じように刃の部分を出し入れしてみる

多分、音声モードが起動しているから・・・音声が流れるはずだ


『映す価値なし!』『映す価値なし!』『映す価値なし!』

『ゴザ以下!』

『映す価値なし!』『映す価値なし!』『映す価値なし!』

『泥水すすってろ!』

「もう暴言じゃねえか!」


ナイフを思いっきり敵の一人に投げつける


「なぁ・・・」

「お前、さっきまで遊んでやがったじゃねえかはるるちゃん!」


音声の影響で俺のことを舐めきった存在が一人近づき、俺の肩に手をおいてくる


「うるさい・・・」

「ちょっ・・・」


適当に投げ飛ばし、そいつの顔面にのんびり一撃を与えておく

武器はもう使えない

けれど、拳はまだ使い物になる

・・・肉弾戦は苦手なんだけどな


「お前らが朝っぱらから狙撃銃でうちのお嬢さんを狙わければ、俺はこんな羞恥を世間に晒すことはなかったんだ」

「ほ、ほぎぁっ」

「聞いた人間をどうするかって、そりゃあ一つしか無いわけだろ?」


痙攣を起こしている男を一瞥しながら、倉庫の中にいる人間に視線を向けた

全員殺せば、俺の羞恥を晒す人間はいなくなる

それを成すために俺は・・・


・・


「はるるー?」

「はる、いる?」


私達ははるるが向かったらしい倉庫街に向かい、怪しげな場所の扉を開ける

そこには至るところに人間の肉片らしきものが落ちていた

・・・なんで?


「あー・・・透と明か。なんで来たんだ?」

「こ、ことりんから、はるるを追跡するようにって」

「お嬢様の命令だって、言ってたけど」

「だろうな」


「・・・で、はる。これは何?」

「元人間だ」

「げぇ・・・」

「骨までミンチにしておいた。途中でメリケンサックを手に入れてな。快適に殺れたよ」

「やりすぎ・・・どうしてこんなことに・・・」

「話せば長いんだが、武器をおもちゃとすり替えられていてな」

「その怒りの発散で?」

「うん」


子供みたいに、さも当然と言うように

はるるは丸い目をこちらに向けて小さく頷いた

・・・いやぁ、流石にこれは


「うんじゃないよ、はるる・・・流石にこれはまずいよ。処理班も泣いちゃうよ・・・」

「壁にも肉片が飛び散ってる。はる、全身にモザイクかけないと外にも出られないよ」

「そんな表現はうちの父さんの小説の中だけにしておいてくれ・・・とにかく、下水道を経由して帰るぞ」

「「いや、普通の道で帰る」」

「はるるだけ、下水道ね」

「・・・下水道で身体のそれ、落としてきたら?」


私と透ははるるに冷めた目を向けつつ、その場を後にする

一応温情としてことりん経由でお嬢様に連絡を入れておいた

はるるがブチギレてるから、早く逃げたほうがいいんじゃないかな・・・と


・・


その日の夜

神楽坂家には、阿鼻叫喚が響き渡っていました

理由は・・・ここまで来てくれた皆様ならお察しかと思います


「いやぁ!」

「黙って食え、小陽。俺が満足する体重になるまで毎日食わせてやっから」


はるくんの膝の上に座ったお嬢様は必死に抵抗しながら、はるくんが用意したお仕置きを受けていました

けれど、本職護衛とガリガリお嬢様・・・その力の差は大きすぎて話になりません


「食べたくないって何度ぐぼぉ・・!?」

「いいから黙って食え。お嬢様だろ。もうちょっとお上品に食えよ」


お嬢様ははるくんから食事の乗ったスプーンを口へ突っ込まれつつ、苦しそうな顔でその味を堪能されていました

シチュエーションだけなら、なんというかご褒美みたいな時間ですが

お嬢様からしたら、はるくんの手法を見たら・・・そうとは言えませんね


「透ちゃん、明ちゃん、ご飯は食べないのですか?何も口にしていないようなのですが・・・」

「今日は牛肉メインのシチューでしょ・・・今日は、今日だけは絶対にお肉の気分じゃないんだ」

「もう慣れた光景かと思ったんだけど、流石にあれは無理だったみたい・・・ごめん。パンだけ後で頂くね」

「わかりました。後でお肉を使用していないご飯を用意しますね」

「いいの?」

「それぐらいならすぐにできますから。ほら、二人共。先にお風呂入っちゃってください。あの様子じゃ普段一番風呂なお嬢様は一生食事が終わらないでしょうし・・・入れる時に入っちゃいましょう?」

「「はーい」」


透ちゃんと明ちゃんと普段どおりの生活をしつつ、お嬢様たちの様子を見守る

やりすぎな状態になったら止められるように、いつでも動けるようにはしておく

しかし・・・今回はお嬢様の自業自得です

少しは痛い目を見てもらいたいという気持ちはあったりします

それに・・・


「うぐ・・・の、のまなむぐぅ!?」

「口の中に飯がある状態で喋るなよ。さっさと飲みこめ」


お嬢様ははるくんに口を鼻を抑えられ、呼吸が出来なくされました

我慢できなくなって、食事を飲み込んで・・・息ができるように解放してもらう

見ているこっちが辛くなる光景ですが・・・

こういう荒療治も多少は必要なのかもしれません


「はるき、ごめんなさい、もうたべたくない・・・」

「まだ一口だぞ?これ、完食するまで頑張ろうな。小鳥には少なめに盛り付けて貰ったから、ちゃんと小陽も食べ切れるようになっている」

「ひっ・・・」

「口答えせずに食えって」

「なんで」

「そりゃあ、あんた自覚してくれよ。今日のあんたは俺を殺しかけたんだぞ?」

「・・・それは」

「それに対する誠実な反省と対価を支払え。もう守ってやんないぞ」


はるくんほどの護衛を探してこいと言われたらもう無理だろう

彼は元々、敵組織の最高傑作と言われた殺し屋だ

彼と出会えたことも、契約を結べた事も・・・本来なら不可能だった

今、彼がここでお嬢様の護衛をしているのは奇跡の産物なのだ


はるくんが守らないということは、透ちゃんと明ちゃんもお嬢様に従わなくなる

私は戦闘能力がない

つまり、お嬢様にまた命の危機が訪れると同義だったりする

死にたくない。食べたくない。全部嫌だろう

でも・・・マシなのは


「・・・ちゃんと食べるから。無理やり食べさせないで。ペースってものがあるの。だから、これからもきちんと護衛をして」

「おー」

「頭を撫でないの。あと、ちゃんと貴方が食べさせてね」

「はいはい。本当にあんたはうちの妹みたいだな」

「・・・どうせ四歳ぐらいの妹さんと重ねているんでしょ?」

「よくわかったな」

「・・・それぐらい幼稚と言いたいのでしょう?そうよ私は幼稚なのよ。ほら、二口目!」

「はいはい。はい、お口あーんしような」

「あーん」


ひな鳥のように大きな口を開けて、二口目を味わい始める

その光景はかつての私が欲しかった光景だ

ついつい、笑みが溢れてしまう

きちんと食べてくれるお嬢様に、食事を積極的にしてくれているお嬢様に

全部、はるくんがもたらしてくれた光景だ


「いっぱい食べて大きくなれよ〜」

「んぐ・・・仕方ないわね。将来、ちゃんこ鍋を一人で食べられるようになってやるわ。貴方の好みなのでしょう?」

「今の状態からそこまで太るのは健康に悪いぞ・・・?数年かけような?」

「・・・急に正論を言われると困惑しちゃうわね」


それからもお嬢様は何口か食事をしてくれる

きっかけは酷いものだったけれど、それでも着地点は・・・十分すぎる好位置


「お嬢様、無理はしないでくださいね」

「わかっているわ。ねえ、小鳥」

「はい」

「美味しいわね、貴方のご飯。いつもありがとう」

「・・・っ」


長い間、この人に尽くしてきた

あの日だって隣で迎えた。苦しんでいる貴方を見て、何も出来なかった


「ありがとうございます、お嬢様」

「あ、お嬢さんが小鳥泣かせた」

「う、うるさいわね!ほら、十口目!」

「はいはい」


はるくんの手で、お嬢様がまた食事をしてくれている

何度夢見た光景か

泣きたくなるほど嬉しいその光景を、私も呆然と眺めているわけには行かない


「お嬢様、デザートは別腹ですか?」

「流石に今日は・・・」

「そうですか・・・」

「またの機会に、貰えるかしら?」

「はい。いつでもご用意いたしますね!」


いつかの約束と共に、その慌ただしい日々は終わりを迎える

数年後、お嬢様は適量の食事ができるようになり、体重も平均的なものへと落ち着くことになるのだけれど・・・


「陽輝、ご飯食べさせて」

「またか!?そろそろ一人で食えるようになれよ・・・」

「貴方が食べさせてくれないと、食事出来ないもの」

「はいはいわかりましたよ・・・」


もう一人で食事が出来るのにできないふりをして、はるくんにご飯を食べさせてもらうお嬢様をどう処理・・・ではなかった

どうその嘘をバラそうか、透ちゃんと明ちゃんと考える羽目になるのはまた、別のお話だったりします

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