休暇用レコード2022

休暇用レコード22:赤城時雨編「入れ替わる鷹と青鳥は」

セットした髪を崩さないように、大社のベレー帽をしっかりかぶる

制服が崩れていないことを再度確認する

双子だけど、体格はもう全然違う。ぶかぶかで動きにくいけど一日程度ならどうにかなるだろう


「男の子だもんね」


お父さんの遺品であるマフラーに顔を埋める

やわらかい顔の輪郭が隠れて丁度いいそれを靡かせながら、大社の門をくぐる

IDカードは双子の兄のものを使用だ

勿論だけど、合法的な手段で借りている

・・・大社側からしたら非合法だけど


本来、この鈴海大社に務めているのは私の双子の兄である「江上和夜えがみかずや

苗字が違うのは・・・色々な事情があったから

それでも私達は双子で家族。もう、たった二人きりの家族なのだ


今回、私が和夜君のふりをして大社にやってきたのは、彼の代役をこなすため

一昨日から風邪を引いてしまった和夜君は今日、必ず参列しないといけない式典があるそうで・・・双子の妹である私「赤城時雨あかぎしぐれ」に代役を依頼した

私はそれを引き受けて、現在に至ると言うわけだ


「まずは、第一部隊の司令室に向かえばいいんだよね」


本舎に向かう道中はかなり長い

同じように通勤している人はたくさんいるので、それについていけばいいと思う

私と同じぐらいの年代の人が多いから、通勤というよりは通学のような光景だけど


周囲をキョロキョロと見つつ進んでいると、背中をぽんと叩かれる

本人的には強く叩いたつもりはないだろうけど、私にとってそれは結構な衝撃があった

・・・背中が少し痺れたな


「よっす、和夜」

「はよ。珍しいじゃん。お前が時間ギリギリって」

「お、おはようございます。今日はちょっと色々あって・・・」


私の背中を叩いたのは宮紅葉みやあかば地井夜雲じいやくも

譲さんのお友達で、和夜君からしたら上官に相当する人だ


「それにしては、譲から睨まれる時間じゃないですかい?」

「あいつ時間にだけはうるさいから。ほら、死に急いでるし」

「いつも紅葉さんと夜雲さんが時間にルーズだから譲・・・も、時間に厳しくなるだけですよ。そう考えると、今日はお二人共早いじゃないですか」

「今日は勲章授与式あるし、遅刻したら譲から怒られるんだよ。ほら、一応俺も第二部隊の司令官なわけだしさ」

「俺も第三部隊を任されるようになったしなぁ・・・遅刻したらシメられるんだよ。伊奈帆さんとか」

「二人共、シメられなければ遅刻するんですね」

「「そりゃそうだろ」」

「さも当然のように遅刻が当たり前と言わないで頂けますか・・・」


一応、二人はもう大社の司令官のポジションに居るのだ。下手な行動は謹んでほしい

しかし私が言ったところで彼らは何一つ言うことを聞かないだろう

このマイペース軍団に言うことを聞かせられるのは・・・譲さんぐらいしかいない


本舎近くに差し掛かったところで、私は白金色の髪を持った小柄な男性から話しかけられる

確か、和夜君から預かったデータだと、この人は第一部隊のメイン通信手オペレーター葉桜光輝はざくらこうきさん

私より小さいとは思っていなかった


「・・・和夜、遅い」

「すみません、葉桜さん」

「・・・俺に謝られても困る。譲、お前がいなくて困ってた」

「そうですよね・・・」


よかった。彼が葉桜さんで正解のようだ

しかしやっぱりいつもの時間にこなかったことで譲さんの予定は多少遅れが出たらしい

申し訳ないな・・・代役を頼んでくれた和夜君にも、譲さんにも


「・・・まあ、昨日までお前は寝込んでたわけだし、多少は仕方ないんじゃねえの?」

「そうだといいのですが・・・」

「・・・しかし、俺的には少しは症状が残っているとはいえ、ここまで元気になるとは思っていなかった。昨日、まともに喋れないぐらいに酷かったみたいだし」

「そ、そうですかね?」


和夜君、昨日は自分で休暇の連絡をしたらしいけど・・・そこまで酷かったのか

今朝話した時は普通そうだったのに


「・・・一応聞くけど、無理して来てるわけじゃないんだよな?」

「大丈夫ですよ。ほら、平熱ですし」

「・・・お前の平熱より0.3度ほど高いような気がするけど」

「歩いてきた後なので・・・」


なぜ平熱がそこまで正確にわかるのだ

・・・確か葉桜さんは大社職員の情報を全部持っているんだよね

平熱のデータぐらい持っているのかな

けど、それでも今の私の体温を正確に計ってくるのはどういう原理なのだろうか

彼の、星紋ステラリープに何かあるのだろうか


「・・・ん?」


葉桜さんの反応が少しおかしい。なんというか、私を睨んでいるような

もしかして、もしかしなくても何か怪しい部分を発見された?

ここは、早い段階で離脱したほうが良さそうだ


「・・・おい、和夜」

「ま、まだなにか?」

「・・・身体、冷やすなよ。しっかり着込んでろ」


それはどちらの方向で捉えたらいいのでしょうか

純粋に病み上がりだから身体を冷やさないように、ということなのか

それとも正体がばれないようにしっかり着込めということなのか

・・・とりあえずここは無難な対応をしておくべきかな


「お心遣い、感謝します」

「・・・ん。お前も災難だな」

「ど、どういう意味でしょうか?」

「・・・気にするな。まあ、バレないように頑張れよ?」

「・・・」


バレてるな。これ

なんでバレたんだろう。変装は完璧なのに


「譲はもう式典のリハ入ってるから着替えの時まで会えないと思うぞ。先に式典服に着替えてきたらどうだ。今なら更衣室も人少ないと思うし」

「左様で・・・ん?着替え?」

「・・・ああ。聞いてないのか。流石和夜。性格悪いな」

「どういうことでしょうか」

「・・・今日は和夜の「羽」称号の授与式がある。譲が「青鳥」を、お前の親父が「白鶴」を得たように、大社で功績を上げて、その技量が認められた人間には「羽」が与えられる。それはお前も知っているな、赤城時雨」

「それは知っていますけど、和夜君が羽を得たなんて聞いてないです」


和夜君、今日は椅子に座って譲さんに「次だぞ。起きとけよ。マジで。頼むから」って言うだけで終わるって言ってたじゃん。騙したな!


「だろうな。あいつ、壇上に上がるの嫌いみたいなんだよ。ほら、お前らの親父のこともあるし、大社で目立つのが嫌みたいなんだ」

「・・・でしょうね」


私と和夜君の父親である赤城白露あかぎしらつゆは、譲さんのお父さんとお母さんを殺した犯人の片割れ

その事実を知っている一部の人から、和夜君は嫌煙されている

しかしその事件の当事者でもある譲さん自身が和夜君を側に置いているし、私も事あるごとに色々な場所へ連れ回しているものだから・・・その一部も表立って文句は言わない


「・・・けれど、こういう式典とか堅苦しい公式の場になると、譲にも文句が飛んでいく。俺達はその度苦しむ譲を視ることになるけれど、譲がお前らと過ごす時間を望む限り俺は、俺達はそれを許し、彼が望む通りになるように尽力する。譲が拒むなら、俺達はその全てを持ってお前らを排除するだけだよ」

「・・・譲さんが、望むなら」

「俺達はそれぞれあいつに救われた過去がある。あいつに未来を貰った。今度は俺達があいつに未来をあげる番だから。だから、今回はお前に有利なように動くよ。バラすことはない。それだけはわかっていてくれ」


葉桜さんはそう告げた後、その場を後にする

厳しそうだけど、いい人だったな


「光輝の奴、今日は丸いじゃん」

「そ、そうかもな・・・」

「光輝はいつもガミガミうるさいんだぞ、時雨」

「・・・へ?」

「さっきの話聞こえてたからな」

「なんか面白そうな事してんじゃん」


紅葉さんと夜雲さんは凄く悪そうな顔をしながら私の肩に手を置く

二人の悪い企みに、私は付き合わないといけないようだ


・・


紅葉さんと夜雲さんから司令を受けた後、私は式典の舞台である儀礼場まで足を運んでいた

元々大社は大きな社だった

異形から人々を守るために作られた社。それが鈴海大社の前身だと聞く

それ故に、堅苦しい時期の建築物や名称が今も流用されており、実際は「多目的ホール」なこの場所は今でも「儀礼場」という名前で呼ばれているそうだ


歳月を重ねて、今の防衛機関となったのは昭和中期の話

普通の人間が持つことがない力を持つ能力者や魔法使いが住まうこの鈴海でも、指折り の実力者が所属して異形が引き起こす問題へ対処する

それが鈴海大社と呼ばれる防衛組織だ

そんな鈴海大社の中でも、命をかけた入社試験に受かったのが「特殊戦闘課」に所属する面々

譲さんや和夜君を始め、この場にいる面々はそんな試験に受かった特殊戦闘課の方々だ


「あら和夜。今日は遅いのね」

「体調面と相談して・・・優梨さんは少し早めですね」

「今日はリハの時から司令を見ていたいの!今日もお美しいわ!」


こちらの長髪ブロンドの乙女は日々音優梨ひびねゆうりさん

和夜君が入社試験を受けた時、一緒に合格した同期であり、共闘した仲間でもあるそうだ

その立ち振舞いから察するように、彼女の家は名家と呼ばれるようなお家柄で、椎名家とも縁があるらしい

娘がこの調子だから、彼女の両親は譲さんの嫁にぜひ!と椎名家に声をかけた事があったらしい

しかし譲さんが断ったことで、この話はなかったことになった

今じゃ、譲さんの追っかけをやっているらしい。中々に面倒なお方だな、と私個人は思っている


「ほんっとうに和夜はもったいないわね!今日の司令、舌足らずになった瞬間があったのよ!もう可愛くて可愛くて!あー・・・赤面してる司令も可愛かった!」

「は、はあ・・・」

「でも本番じゃなくてよかったわ。司令の醜態は私達だけが知っていればいいものね。あ、動画は撮っているけどあげないわよ!」

「わかっていますよ」


「優梨、和夜が困っている」

「八坂さん。今日は来られていたのですか?」


今度現れた男性は薄墨色の髪の男性

八坂さんということは、彼は「雷鳥」の八坂浩一やさかこういちなのだろう

こちらもまたかつて大社で羽を貰った指折りの能力者だと聞く

・・・あの譲さんが兄のように慕い、懐いている稀有な人物とも


「非常勤でも一応所属しているわけだし、こういう式典とかには強制参加なんだよ」

「お店は?」

「休業。今回は家族全員で鈴海に来て、今日の式典以外は観光の予定だ。心乃実も千歳も鈴海は初めてだし、せっかくだからな」

「相変わらず家族仲がよろしくて」

「まあな。って惚気けている場合じゃなかった。和夜、譲が探していたぞ。今は控室にいるから早く行ってやれ」

「わかりました」


控室にいるらしい彼の元へ急ぎ足で向かう

その道中で改めて考える

・・・本当にやっていいのかな。あれ

ううん。あの脅迫を実現されては困る。きちんと嘘を貫き通さねば


「和夜、お疲れ様。やっと来てくれたね」

「・・・」


八坂さんが言ったとおり、控室にいたのは目的の人物

椎名譲しいなゆずるは遅刻してきたのにも関わらず、私を笑顔で迎えてくれた


「・・・譲さん」

「どうしたの?」

「た、助けてください!」

「何かあったの?」

「じ、実はですね・・・」


紅葉さんと夜雲さんが私が忍び込んでいることを黙っている代わりに、私にやってくるように頼んだ事

それがこれ。譲さんに嘘をつくことだ

夜雲さんが用意した設定を一言一句間違うことなく譲さんに告げていく

正直嘘くさい話だが・・・


「・・・ふむ。君は今、和夜と精神が入れ替わっているんだね、時雨」

「は、はい」

「君がこんな嘘をつくわけがないもんね。信じるよ。大変だったね」


すみません本当に嘘なんですごめんなさい

すんなり信じてくれた譲さんに心の中で謝りつつ、私は嘘を貫き通す


「しかし、やけに体つきが女性らしい・・・いや、でも精神交換魔法の副作用で、入れ替わった先の体格が精神側に合わせて変わる場合もあると聞く」

「そうなんですか?」

「うん。そうなってくると、向こうは僕と同等ほどの魔法使いを探してきたみたいだね」

「へ」

「しかもこのタイミングだ。君達を僕の側から引き剥がそうとして起こしたことだろう。待っていて。すぐに解決してみせるから」


譲さんはそのまま自分の部隊を緊急招集する連絡ボタンを押そうとするが、それは必死に引き止める

葉桜さんにバレたら白い目を向けられることは間違いないし、皆さんにもご迷惑をかけてしまう


「ま、待ってください譲さん」

「何かな?」

「あ、あのですね。騒ぎは大きくするべきではないと思うのです。犯人の思惑は和夜が式典に参加出来ないようにすることだから・・・逆に、私が和夜君のフリを貫き通すことで犯人の思惑を阻止できると思うのです。今日は大事な式典ですから、譲さんを始めとして大社の皆さんもそちらに集中してほしい」

「けれど・・・」

「犯人のことは気がかりです。しかし、譲さんなら私達にかかった魔法を解くことが出来ますよね。犯人探しをする前に、これが終わったら私達を元に戻して・・・それから秘密裏に犯人を探しましょう」

「・・・わかった。それでいこう。君は和夜のフリをできるね?」

「それぐらい、造作もありません」

「よし。僕が出来る範囲のサポートはするから、今日を乗り切ろう」

「はい」

「・・・時雨には悪いけど、光輝にこの魔法が使える魔法使いのリストを送ってもらおう」

「譲さん、どうされました?」

「いいや、なんでも」


・・・話が大きくなってしまった。本当に大丈夫なんだよね

和夜君にも聞きたいことが山程ある。式典を乗り切ろうがなんだろうが、今日はそう簡単に終わりを迎えないと心から予感した


・・


「・・・え、何言ってんの譲。身体も精神も赤城時雨なのに」

「どした光輝」

「・・・浩一さん、どうしよう。譲がアホの子になっちまった。今すぐ目の前にいる奴の服を脱がせろって言ったほうがいいのかな?犯罪になっちまうかな」

「何を言っているんだお前は。とりあえず何があったのか説明してもらえるか?」

「・・・実は」


俺は一緒にいた浩一さんと優梨に自分が知っている事情を話す

面倒な話だけど、二人は意外とすんなり受け入れてくれた

流石、非常事態ばかりの大社の職員と言うべきか・・・状況の把握が早くて助かる


「なるほど。双子の妹に押し付けたのか」

「事情はわかるけど、妹に全部押し付けるのは褒められた事ではないわね。しかし妹さんが譲に自分の正体を打ち明けるならともかく、更に事情を複雑にする嘘を吐く理由はないと思うけど・・・」

「他の人間にバレたのかもしれないな・・・」


しかし妹が譲に嘘を吐く理由か

あいつはかなり譲に懐いている。譲も同じようにあいつを大事にしている

嘘を吐いて困らせる必要なんてないぐらい、譲はあいつ中心の考えだ

赤城時雨の私欲ではないはず


「妹さんの性格上、彼女が司令を騙して得することはないわね。むしろ怒られる」

「・・・そう、だよな」


じゃあ、その嘘で得をする人物は?

和夜は得をするけれど、あいつの場合「自分の代役として妹が式典に参加する」ことであいつの目的は達成されているのだから違うだろう

譲自身がその設定で行こうなんて言うのなら、あんな怪文書を送ってくるわけがない


「妹さんが嘘をついて利益を得られる。それに縛られてたらだめかもね・・・その嘘は、完全に司令に狙い撃ちでしょう?私達がその嘘を聞いたところでなんとも思わない」

「・・・譲は俺にこんな文書を送ってくるぐらい赤城の嘘を信じている。まあ、赤城の事ならだいたい信じるからな、あいつ」


それを知っている人物に譲は騙されて、赤城は嘘を言うことを強要された可能性がある

赤城と和夜ならともかく、今の状況で譲が騙されているところを楽しめるアホの候補は二人しかいない


「譲が騙されているのを見て、それを面白がれる奴か・・・」

「私、凄く心当たりがあるのだけど」

「・・・奇遇。俺も凄く心当たりがあるバカ葉がいる」

「答え言っちゃってるじゃない。私は夜雲も一口噛んでると思うけど、八坂さんはどう思う?」

「俺もその二人だ。譲をからかって遊べるバカはあの二人しかいない」

「私、今からあのアホコンビを捕獲してくるわ」

「優梨は和夜の捕獲で」

「あ、あのロクでなしもいたわね。了解。そっちは任せて」


「光輝、お前は譲のところに。俺はあのアホ共を捕まえに行く。他の連中にも作戦共有を頼むよ」

「・・・了解。バカ葉と夜雲を見かけ次第捕獲でいいな」

「助かるよ」

「・・・それが仕事なもんで。と、いうわけだお前ら。全員聞こえてたなー・・・第二部隊の司令と第三部隊の司令、見かけ次第袋叩きにして譲のところに連れてこい。以上だ」


通信機からそれぞれ罵声込みの了解が聞こえてくる

・・・あいつら相当やらかしてんな、なんてしみじみと感じながら俺は譲が待っている控室にのんびり歩き始めた


・・


「おい夜雲お前何しやがった!」

「お前こそこんなに追いかけ回されるなんて・・・何をやらかした!」

「「しかも全員第一部隊所属!」」


俺と夜雲はそれぞれが何かをやらかしたと考えて、それぞれを生贄にするために足を引っ張り合いながら追いかけてくる連中から逃げ回っていた


「いやぁ・・・でも和夜がいないから追撃のレベルが低いな!」

「あいつ飛んでくるもんな!」

「「まあ俺達の能力はあいつを潰すのに丁度いいんだけどな!」」

「「・・・」」


和夜がいない

そういえば和夜のふりを時雨に譲を騙す嘘を吐くように脅したことを思い出した

・・・まさか、バレた?

俺達は顔を見合わせて、もしかしての可能性に行き着く

第一部隊の全員が追いかけてくる事態なんてこれぐらいしかないだろう


「これはやばいな、夜雲」

「ああ。譲にもうバレたんだな。早かったなぁ。まあ流石に気がつくか」


流石にこの手の話に鈍感を極めた譲でも男女の変装ぐらい見抜けるよな!

時雨も時雨で事情は隠さずに話すだろうし、追いかけられるのはわかっていた


「待てやバカ葉ぁ!この前の昼飯代返せぇ!」

「夜雲君!また別の女と歩いてたって聞いたけど!私だけって言ってたのは嘘だったのね!死んで!永遠に私のものになって!」

「けれど流石にあそこまで怨嗟の籠もった声で追いかけられることはなくね?」

「今までのツケだろ」

「それはお前にそっくりそのままお返しするわ」

「・・・」


ふと、物陰から誰かが現れる

俺達の背筋に寒気・・・というよりは軽く電流が流れたような気がするのだが、気のせいだと思いたい

こんな殺気を出せる人間なんて俺が知る限り一人だけ

自分の能力の調整が効かなすぎて、全身を絶縁体・・・全身ラバースーツで覆った電撃使いだけなのだ


「・・・八坂の気配がしたんだが、気のせいか?」

「今じゃ非常勤勤務で、本土で一般人として過ごしてるあの妖怪全身ラバースーツが帰ってきているわけがない!」

「いや目の前にいるんだが?」

「幻覚だ!」

「後ろにいた連中、誰一人いなくなっているんだが?」

「招集時間になったんだろ。譲のことだ。早めに調整していてもおかしくない!」

「目の前の八坂、めっちゃいい笑顔で笑ってるぞ」

「空気もピリついてて楽しいな、夜雲!」

「全然楽しくねえよ、ばーか!」


俺がその日最後に見た光景は、久々に見た夜雲の笑顔だった

目の前が白くなり、全身に衝撃が与えられてから自分に何が起きたか理解できないまま・・・

俺達は意識を失った


・・


式典が滞りなく終わってしばらく

僕は浩一の電撃を食らって瀕死状態の紅葉と夜雲と、優梨からボコボコにされた和夜と対面していた

どうやらこの状況は全て三人に原因があるらしい


「ええっと、つまりどういう事なんだい?僕は今まで時雨が和夜になっていて和夜が時雨だと思っていたけど、実際は時雨が和夜の変装をしていただけで時雨は時雨のままだったということかい?」

「・・・そういうことだな」

「で、時雨は遊びで変装していたわけではなくて、和夜の代役をしていたんだね?和夜が式典に出たくないとか言う酷い理由で。時雨も和夜もそこの認識は一致しているね?」

「私は途中で気が付きましたが、大体そんな感じです」

「ほふひあひまへん・・・」

「相違ありませんか。喋りにくそうだね」

「ほひになははふ」

「ええっと、お気になさらずかな。優梨、やりすぎだよ。会話にならない」

「度が過ぎたいたずらに対して、適量の鉄槌を下しただけですわ、司令?」


「・・・せめて事情聴取の後にしてくれないかな」

「事情聴取が終わればボコボコにしていい。言質頂きましたわ、司令。これからはそうします!日々音優梨、心と脳に今日のことをしっかり刻んでおきますわ!」

「君にそういう事をさせない事態を作りたい」


優梨はその、こういう暴走機関車気味な部分があって操縦が難しい

ある程度の言うことは聞いてくれるけど、細かい注文は受け付けない

中々に扱いにくい存在だけど・・・今回はまさかの人物が暴走を果たしてくれていた


「やりすぎといえば、浩一も。意識すらないなんて」

「だって妖怪全身ラバースーツとか聞こえたし」

「事実じゃないか」

「不本意だ」

「確かに不本意だったんだろうけども・・・まあ、なんだ。この件については心乃実さんに報告しておくね。後で八坂家緊急家族会議でもするといいよ」

「心乃実にバラすのか!?」

「バラすよ?だって君、雷撃で軽く二名ほど殺しかけてるし」

「か、加減はした・・・だから心乃実にバラすのだけは」

「君の加減は致死率高めなのに何言ってるの。君が加減をするのなら、能力を使わずに二人をぶん投げてたね」

「うぐ・・・」

「それに君は僕の言うことを適当に聞くでしょう?もう心乃実さんには連絡をしたから、そっちで怒られてね」

「・・・はい」


浩一と僕の兄弟のような関係はとても心地が良いものだ

しかし今は仕事。上官と部下という関係なのだ

その関係はあまり彼にとって影響力はないようで、注文をつけても適当に流される

こんな浩一に何を言っても僕は影響を与えられない。そこは本当に悔しい話だ

彼に影響を与えられるのは、彼が暴走しやすい能力者だと理解した上で、家族として一緒にいてくれる非能力者の奥さんと子供だけなのだ

僕はまだ若い部類だけど、そこそこの立場にいる

権力はあっても、影響力はない

それでも僕は、鈴海大社の総司令官

治安を守らないといけない。その義務を背負っている

形式的にはきちんとお説教をしなければならない。もちろん、無関係の君にも


「最後に時雨。君の事情は把握した。そこにいるアホ三人のせいで君がこの場にいることも僕はちゃんと理解している」

「はい」

「・・・僕に嘘を吐く前の君はまだ引き返せたんだよ?そこは理解しているね?」

「・・・はい」


「僕は信用できないかい?それとも君はそこのアホ二人と同じように、僕をからかって遊びたかったのかい?」

「違います!」

「じゃあなんで嘘を吐いたの」

「だ、だって・・・それは」

「それは?」

「嘘、吐かなきゃ・・・嘘を吐く前に全部バレたり、バラしたりしたら、譲さんを」

「僕を?」

「鈴海フルマラソンに選手登録するって言われたら、絶対嘘を吐かないといけないじゃないですか!」


・・・僕のマラソンの選手登録を阻止するために?

どれだけもやしと思われているのだろうか

流石に大社で職員として戦うようになってからそれなりに体力はついたんだよ?

魔法の行使は体力が資本なんだから。もう寝たきりの子供じゃないんだから

しかし・・・時雨も含め、この場にいる全員の認識は同じ


「・・・鈴海フルマラソン。島内一周ひたすら走り続けるだけの競技に譲が耐えられるわけがないもんな。そりゃあ騙したほうがいいわ」

「体力ないからな」

「貴方の決断は英断です」

「・・・」


そうか、僕はここまで体力なしの人間と思われていたか

・・・悔しいな


「はっへゆふふはひひほほりはひは(訳:だって譲は引きこもりだからな)」

「和夜、今日の君の行動は目に余るよ。しばらく君は今日与えられた「鷹」の名乗りと特権を無期限使用禁止ね。研修からやり直して」

「ほんは!?」

「和夜君、やりすぎです」


「時雨はそうだな。しばらく秘書官が不在だから、代わりに秘書官の代役を」

「できるって言わないと帰らせない、ですよね?」

「ご明答」

「やります。やらせてください」

「うん。じゃあ早速お願いしようかな。今からお仕事だから」

「わかりました」

「後は解散。お疲れ様」


それぞれに形式的な説教と罰を与えて解散

紅葉と夜雲はまた後日になるけれど・・・


「浩一」

「どうした?」

「紅葉と夜雲、後で地下牢に放り込んでおいて」

「殺すなよ」

「そんなことしないよ」


まあ、半殺しにして病院送りにはするけどね

度が過ぎたいたずらに対して、適度な報復を

僕からの個人的な報復はまだだからね、二人共


「譲さん、凄く悪い顔をされています。御影さんと対面した時より虫の居所が悪そうです・・・」

「本当に、ごめんなさい・・・」


秋の夕暮れ。慌ただしい一日は終わりを告げる

報復はまた、別の機会に


「入れ替わる鷹は手始めに醜態を、青鳥はそれに対して報復か」

「伊奈帆、来てたのかい?」

「まあね。事後処理で時間がかかったけど。何があったか聞かせてくれるね、譲」

「勿論」


一日の終わりに、僕は保護者代わりの伊奈帆に今日のことを語る

大社名物、羽の称号持ちの初日醜態晒し・・・

その嫌な歴史の一ページに名を刻んだ新たな鳥のお話を

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