休暇用レコード21:七里祈編「堂々と二人並んで歩ける日に」

七里探偵事務所


迷い犬探しから、非現実的な存在が引き起こした事件まで何でも解決するのがモットーな私の探偵事務所は今日も閑古鳥が鳴いていた

・・・いえ、普段は仕事があるのよ。依頼人だってちゃんと来ている

しかし、去年よりは少ない


「・・・依頼、今日もないね」

「仕方ないわ。あの相良とか言う名探偵気取りのクソ野郎がうちに来ていた依頼を掻っ攫っていっているから・・・そのせいでうちは閑古鳥が鳴いてるわよ」

「実際名探偵だからね。関わった事件は必ず解決!早さも抜群!探偵業界の革命児が現れたって巷でも話題だよ」


ほら、と彼は雑誌を見せてくれる

ぐぬぬ・・・相良幸雪。探偵としての実力は申し分ない。実力でここまでのし上がってきたのだから憎たらしいが、その能力は素直に認めるしかない・・・


と、思ったらなぜか目の前にあるのは・・・ノス湖のノッシーに関する特集記事だ

とてもじゃないが、あの憎たらしい探偵の面影すらない恐竜のイラストが目の前に広がっているのだ

・・・彼らしい、可愛いミスだ


「・・・ねえ、晃」

「何かな?」

「それ、探偵情報誌じゃなくて宇宙人雑誌よ。私からしたらあの男は宇宙人みたいな存在だけど、ノッシーみたいに可愛いとは思えないわ」

「あれ?あ、間違えた・・・ごめん。ちゃんとしたもの、取りに行ってくる!」


慌てた足取りで自宅スペースに向かって雑誌の交換に向かう彼のことをそろそろ話しておこう

彼は七里晃ななさとあきら。ドジっ子気質な私の旦那さん兼助手さんだ


私がシャーロックポジションならば彼はワトソンポジション

しかし残念ながらドジっ子要素が強くて頼れる助手!とはあまり言い難い

しかし、精神的な支えと言う部分では、彼に勝る人間はいないと思っている

教会の家族でも、女学校の友達でもなり得なかった、私の人生を支えてくれる存在は彼しかいないと断言できる

だからこそ、失うわけにはいかなかった。例え禁忌を犯そうとも、側にいて欲しかった


「ちわーす」

「聖、お疲れ様」

「おー、祈。お前が暇してるのはレアだな。今日も依頼ゼロ?」

「まあね、そう言う聖こそ、サボりかしら?もう出勤時間よ?」

「すまんすまん。親父に呼び出されてさ」

「ああ・・・」


十時聖とときひじり・・・私が、禁忌を犯す手伝いを買って出てくれた協力者

今は事務員として働いてくれている魔術師だ

代々黒魔術を扱う家系に生まれた彼は、色々な禁術を扱うことができる彼は数年前にある禁術を私と共に行使した

死んだ人間の魂をこの世に結びつける、禁術を


「色々薬も補充できたし、暇だし、晃の様子でもって思ってさ。あいつどこ?」

「今はリビングじゃないかしら」

「・・・お前と一緒にいない時、いつもあいつは何かドジを踏んでいるよな。今日は何と何を間違えたんだ?」

「商売敵とノッシーよ」

「人間と恐竜もどきを間違えるとか、目が腐り始めてるのかもな・・・」


聖のいう「目が腐り始めている」というのは比喩表現ではない

本当の意味で腐っているか心配しているのだ

目を伏せて、あの日のことを思い出していく

二十年前の、あの春の日を


・・


誰よりも、信仰深い人だった

私は小さい頃に両親を何らかの形で失って、孤児になっていた


私はアホの弘樹と神父様と三人で、物心ついた時から早瀬教会で暮らしていた

両親がいなくて寂しいことなんて一度もなかった

神父様は凄く優しいし、色々なことを教えてくれた

歳の離れた兄のような存在だった弘樹は賑やかに場を盛り上げてくれた

行事には全く参加しないし、サボりだすし・・・うるさい男だったけれど、嫌悪感は一度も抱くことはなかった

そして何よりも、毎日彼に会えたから


「祈ちゃん」

「晃」


彼は元々、信仰深い人だった

毎日、朝の祈りは欠かさない人で、早朝から教会に訪れて祈りを捧げてから学校へ向かう

最初はお婆ちゃんと一緒にしていた習慣だったからただ、付き合っているだけかと思いきや、むしろ彼が主導だったらしい


お婆ちゃんが亡くなられてからも、彼はこうして、毎日教会へ訪れた

一つ年上の彼は、しっかりしているようでよく転んだり、どこか抜けている人だった

怖がりで、優しくて、誰よりも命を大事にしている人

凄く真面目で何事にも一生懸命な人

そこにふざけた感情なんて絶対に持ち込まない・・・凄い人だったのだ


「祈ちゃん」

「・・・また弘樹に押しつけられなのね。花の水やり」

「嫌いじゃないからいいんだよ。それに」

「それに?」

「弘樹さん、失恋したばかりですごく落ち込んでるし・・・」

「身近にいてもわからなかったのね。太一さんと遥さんの関係・・・あのバカ」

「わからないものなんだよ。知っている?恋は人を盲目にするんだよ?」

「どういうこと?」

「その人しか見えなくなるんだって。弘樹さんがそう言ってたよ。遥さんのことばかり見て、太一さんのことは見ていなかった。だから、気がつかなかったんだよ」


彼は空になったジョウロを地面において、先ほどまで水をやっていた花に手を添えて小さく笑う

この教会で咲く不思議な花。互いの花粉を受粉することで種子を残す「ハルトキ草」と「フユトキ草」

そんな奇妙な花は表に一切情報が出ていない。植物図鑑にすら乗っていない二つの植物は、私たちが住む教会から少し離れた場所の丘に咲いている

どうやら、この教会はある家からこの場所の管理を任されているらしくこうして水やり等世話をしているそうだ


まあ、その世話も「春と冬の時間操作の使い手」さえ生まれれば終わる

同時に、この場所にも普通の人間は立ち入れなくなるそうだが・・・


「綺麗だよね、この花」

「ええ」

「それにさ、凄く素敵な花だと僕は思うんだ。この花みたいに、僕も誰かの、この人しかいない存在になれたらなって・・・」

「大人になってから考えればいいじゃない」

「そう言いながらもあっという間なんだよ。大人になっちゃうのなんて」


花弁に指を何度か添えて、満足したのかジョウロを抱えて花畑に背を向ける


「晃」

「どうしたの?」

「もしも、もしもその場所に私がいたいと言ったら、どうする?」

「・・・そうだなぁ、すごく嬉しいな」

「大人になっても、この気持ちが変わらなかったらもう一度貴方に告げるわ」

「・・・待っていても、いいかい?」

「ええ。待っていて。この約束は必ず果たしてみせるから」


大人になった約束を「あの子のように」この花の前で誓い合った

その思い出を、いつかを糧に私と彼は高校生になった


その間に、私は教会の子供から大きなお家の子供になった

七里も、今の両親の苗字

厳格な人たちで、一緒に暮らすために礼儀作法を沢山叩き込まれた

けれど、嫌いではない

おやすみの日は一緒に過ごしてくれるし、私自身の話もたくさん聞いてくれる

小さい子供にするような接し方は、凄く恥ずかしくなる時もあるけれど

お父さんもお母さんも厳しい、それ以上に優しい人たちだ。尊敬、できる人


私は私で幸せな家族を手に入れた。けれど一つ、おかしいことがあった

私が幸せに暮らす反面、晃は歳を重ねる毎に、傷が何故か増えていったのだ


「ねえ、晃。また、頬が腫れているけれど」

「気にしないで、祈ちゃん。僕がまたドジっただけだからさ」


いつも通り、教会で待ち合わせして日が暮れる時間まで共に過ごす

子供の頃から変わらない日課。七里の子供になっても、教会の子供だった時のようにその時間だけは変わらず、私たちの間に存在していた


「・・・本当に?」

「本当だよ。大丈夫、気にしないでね」

「気にする。ちゃんと、冷やして」

「うん。それだけは、ちゃんとするよ」


誰も、わからなかったのだ。彼のいいところを、そのドジで塗り潰していく

あいつは、失敗ばかり。いつもヘラヘラ笑っている

気味が、悪い・・・と


「・・・」

「いった・・・」

「消毒してるんだから当然、痛いと思うけど・・・どうしてこうなるまで放置したの?お母さんは?」

「・・・母さん、が」

「?」

「ううん。母さん、ここ最近家にいないからさ。父さんも出張多くて・・・全然。話もしていないから」


「弘樹に相談してみる?一応、ああ見えても大人で、神父だし・・・絶対力になってくれる。ううん、力になってもらうから」

「弘樹さんは今、子育てが大変なんだから面倒をかけるわけにはいかないよ。だから祈ちゃんも黙っていてね。後、一年。一年頑張れば・・・終わるんだから」

「遠慮なんてしないで・・・大事な一年じゃない。高校最後の、一年なのに」

「いいんだ。所詮高校なんて通過点。大事なのは、その先だよ」


高校三年生になろうとしていた彼は、残酷までに強くなっていた

幼い頃の約束を、信じ続けて、抱え続けてくれている

それが良かったのか、ダメだったのかもうわからない


「・・・もうすぐ、だから頑張れる」

「晃・・・」

「この国の成人年齢はもう少し。だから、もう少しで大人になれる」

「そうね」

「書類上大人になるだけ。だけど、それでいいんだ。ねえ、祈ちゃん。僕はまだ信じていて、いいのかな。待っていても、いいのかな」

「・・・幼い頃のように、素直にはなれないけれど、それでも」


一回り大きくなった大きな手を握りしめる

その線は弘樹よりは細いけれど、それでもちゃんと男の人の手だ


「もう少しで、私も追いつくから。待っていて」

「祈ちゃん・・・!うん、待ってるよ。絶対に」


もう少ししたら、彼はまた普通の高校生に戻る

裕福な家庭の生まれである彼はミッション系の名門校に

私は、お父さんとお母さんが薦めてくれた全寮制のミッション校に戻るのだ

本当は普通に通ってもらいたかったみたいだけど、聖ルメールの特進クラスは絶対に寮生活を義務付けられているから、仕方のない話だ


ちなみに、今外出しているのは教会の手伝いという名目

弘樹だけというのは面談で把握しているし、それにあの子もいる

一人だけでは手が回らないというのは学校側も理解してくれているので簡単に、永続的な外出許可が取れた。門限はあるけれど


「貴方にふさわしい存在になって、必ず戻るから」

「それなら僕は君が隣に置いても恥ずかしくないような存在になろう!さて、そろそろ弘樹さんと、へにゃぁ!?」


弘樹さんと、あの子のお世話を交代しにいこうと言いたかったのだろう

立ち上がって少しした先にあった石につまづいて、早速彼は思いっきり転んでしまった


「痛い・・・」

「相変わらずドジっ子ね。そういうところも、好きだけど」

「ありがとう。でも直したいんだけどね、これ・・・」


少し複雑そうに、私が差し伸べた手をとる彼はいつも通り笑い続ける

その裏に隠したものを見せないように、ただ安心させるように柔らかい笑みを浮かべ続けるのだ


「そういえば、祈ちゃん」

「どうしたの?」

「あの花畑、もういけなくなってしまったね。道なりに歩いているはずなのに・・・」

「あの土地は元々選ばれた人間しか入れないの。今代はもう揃ってしまっているし、何よりもその縁は深いもの。もう、訪れることはできないわ」

「そうなんだ・・・寂しいね」

「・・・あの子が大きくなったら、連れて行ってと頼んでみましょう?あの子はあの土地に立ち入れる権利があるから」

「そうなんだ。じゃあ、あの子が・・・」


少し口を開けようとした彼の口を押さえる

彼が告げようとした名前は、誰かに聞かれると・・・いけないものだから


「その名前で呼んではだめよ。あの子は冬夜。早瀬冬夜。私にできた、新しい弟。私たちが知らない誰かが死んで、ここにやってきた可哀想な男の子でなくてはダメなの」

「そう、なの?」

「ええ。あの子の両親は殺された。もしかしたらその血縁者だからという理由で、あの子を狙う存在が現れるかもしれない。だから、あの子は偽名でなくてはいけないの」

「でも、僕らは彼のご両親のこと、よく知っているよ?弘樹さんだって・・・片思いとはいえ愛した人の子供なんだよ?僕らはすべてを知っている。それでも、彼に教えてはいけないの?何一つ?」


私は彼の言葉に無言で頷いた


「・・・愛されて生まれたことも、教えてはいけないの?」

「ええ。私たちは、何も知らないふりをし続けなければいけない。あの子が、真実を知る日まで。その役目に向かうまで」

「・・・残酷だね」

「・・・私も、そう思うわ」


早瀬教会に、新しい子供が増えたのは今から少し前のこと

私も晃も、弘樹だってあの子の両親が死んだと聞かされた時はびっくりした


昨日、二人が生まれたと紹介してくれた男の子

その二人は棺の中で眠っている。つい昨日まで生きていたのにと何度も考えた

同時に、人が死ぬのもあっけないということをこの日、私は理解した

だからと言って、あの日のことをすんなり受け入れられたというわけではない


少し先の、四月の頭

私は学校に戻り、寮で身支度を整えていると・・・先生から私宛に電話が来たと教えてくれる

教会からの電話なんて珍しいなと思いながら、受話器を手にとった

周囲が騒がしい。冬夜が泣いているのだろう

しかしそれすら構わないと言わんばかりの弘樹の声。泣き声の方が大きくて、全ての会話を理解できたわけではなかったけれど

それでも、今朝、晃が亡くなったという単語だけは、私の耳にしっかり届いた


・・


戻って、現代の話をしよう

それから二十年。色々なことがあったと言い切れる


まずは、晃の葬式。あの人の遺体が、火葬場に運ばれる前に・・・突如失踪したこと

それから私が探偵として初めて挑んだ儀式「サクラメント・セレクト」

ここでその術を行使されて生き返った晃と再会し、黒魔術師である聖と出会うことになる

この事件さえなければ、今の私はなかっただろう


サクラメント・セレクトは死体に魂を戻す黒魔術の儀式

その術を完成させるには、九十九日の時間と・・・無関係な人間の命が必要だった

命を糧に、彼はこの世で再び人間として生きられる権利を得られる

九十九日間、屍人は九人の人間と共に、人のフリをして暮らせ

そして最終日・・・ランダムに選んだ「選択者」が屍人をセレクトし、殺す

そこで屍人を殺すことができたら、普通におしまい。屍人は死体に戻るだけ

二回目の死を迎えるだけ


しかしここで屍人ではなく、人間を殺してしまえば、屍人は人としての人生を取り戻す

それは彼自身が望んだことではない、もちろん私でも、聖でもない

だからこそ、屍人として生き返った彼は酷く驚いていた。なぜ、生きているのかと

誰が、こんなことを願ったのか・・・と。狼狽え、死因となった頭を抱えていた


詳しい話は長くなるからしないでおく。まあ、結論を言うとそのサクラメント・セレクトは失敗に終わった

私たちは誰も殺さなかった。だから晃は屍人としてこの世に留まり続けている

けれど術が中途半端だから魂が死体にひっついたままの屍人として、彼はこの世を彷徨うことになった


その身体は氷のように冷たく、眼だって誤魔化しているけれど瞳孔は開いたまま

どこからどう見ても死体・・・なのだが、生きていた頃と同じように体は自由に動かせるし、食事だってできる

しかし身体はどうやっても時間経過で腐るので、定期的なメンテナンスをしなければいけない

そのメンテナンスの担当が、聖というわけだ


「あれ、聖さん」

「よっす晃。定期メンテで来てみた。身体はどうだ?」

「平気ですよ。ほら、元気いっぱい!ああ!?」


戻ってきた晃は元気アピールで腕をブンブン振っていると、彼の腕がスポーンと入口近くに飛んでいく


「・・・」

「あら」

「ああ・・・」


陸に打ち上げられた魚のようにピチピチ動く晃の腕を私たちは黙って見続ける

最初に、沈黙を破ったのは聖だった


「・・・俺は術式と内臓のメンテ担当だよな」

「そうね」

「じゃあなんで外側担当のお前が見ていないといけない腕がすっぽ抜けるんだよ」

「仕方ないじゃない」

「ごめんなさい、聖さん。僕が脱がないからです」

「・・・お前が服を脱がないとなると、また死斑でも浮かんだのか?」

「はい。だから先に聖さんに相談したくって。祈ちゃんにたるんだ体を見せるわけにはいきませんから!」

「別にいいのに・・・」

「こだわりがあるの!」


「じゃあこの面倒くさい屍人のメンテナンスに入るわ。死斑消したら呼ぶから後で腕縫いにこい」

「うん。じゃあ、お願いね」

「いくぞ、晃」

「祈ちゃん、綺麗になって戻ってくるねー!あー!」


まだ取れていない腕を振って別室に向かう・・・が、扉が閉まると同時にもう一つの腕もスポーンと事務所に落ちる

ドアが閉められたと同時に椅子から立ち上がり、魚のようなピチピチ音を鳴らす腕を拾い上げる

それから処置が終わるまで、のんびり晃が持ってきてくれた探偵情報誌を見ることにした


・・


「季刊ディティックブック」

それは、数多の探偵の情報が記載されているらしい探偵界ではわりと有名な情報誌

各探偵の特集もあれば、探偵事務所の電話番号が専門ごとに記載されている

まあ、ざっくりいえば探偵の活躍が載っている探偵特化のシティページみたいな感じだ


私も何回か特集されている。ちなみに専門は「魔術」

晃の体のメンテナンスを行うところから予想はできていただろう。私も、魔術師だ

世間は「屍人使いの魔女」だというけれど、魔術師の方が格好いいから「魔術探偵」と名乗り、魔術関係の事件を解決し続けている


この界隈なら、晃の存在も簡単に受け入れてもらえるから・・・生きやすい環境ではある

しかし事件の陰湿さと連続殺人率は高いから何度か逃げたいと思ったことはあるけれど

犯人が「与えられた魔術でたくさん人を殺してみたかった!」みたいなクズならいいんだけど、被害者の方がクズの時が多いし困るのよね・・・

わかりやすくいえば、晃が好きな探偵漫画の金田二である感じね・・・私、じっちゃんの名前なんて知らないけれど、そういう探偵家系だったのかしら・・・


「しかし、あのクソ探偵は一体なんなのかしら。どんな事件でも解決できるから専門系の同業者は廃業したり困っているらしいし・・・うちもこのままじゃ大変なことになるかも」


この探偵が現れてからは、依頼数も少なくなるし本当に困る

特集記事にうつる、あの子そっくりな風貌を持つ男の笑顔は凄く憎たらしくて、今すぐにでも呪ってやりたいのだが・・・凝視している内にその存在に気がついた


「あら・・・」


困ったように映る背広の彼には見覚えがある

憎たらしい探偵にそっくりだけど、どこか愛らしさがある男性がその背後に写っている


「冬夜・・・あの子、なんで」

「祈―死斑消えたぞー」

「祈ちゃん。ほら見て!普通の体!ピカピカでしょー」

「よかったわね。ほら、おいで。ちゃんと縫い付けてあげるから」


聖に支えられながら両手がない晃を目の前に座らせて、ポケットの中に入れていた裁縫道具を使って彼の腕を縫い付けていく


「ところで、祈ちゃんは何を見ていたの?」

「貴方が持ってきてくれた探偵情報誌。冬夜が写っていたの」

「へえ・・・何か変なことに巻き込まれてないといいけど・・・一度、連絡を取ってみたら?力になれることもあるだろうし」

「ええ。そうね。後で連絡してみる。晃、片腕、終わったわ。確認をお願い」

「うん。少し動きを確かめるね・・・」


何度か腕を振って、縫合と動きを確かめる

しばらくしていると、糸は彼の体に溶け込んでいき、中へ混ざっていく

縫合痕すら残らない、普通の人間と変わらない皮膚が、私の前に現れてくれる

魔術はちゃんと作用してくれているようだ


「バッチリ。反対もお願いします」

「まかされました」


今度は反対。同じ要領で腕を縫合していく

この魔術は赤い糸を血管に見立てて縫い付ける「身体増幅」を応用して使用している

本来ならば、キメラを作る時に使う魔術らしいのだが・・・こういう風に、屍人の落ちた体を直す時とかにも使えたりする

他にも、例えば戦闘中に腕が落ちたとかそういう時にも使用できる。道具さえあれば簡単に使える魔術なので、かなり重宝している


反対側の腕も縫い付けて、いつもの服を着せてあげる

ボタンもちゃんと自分で付けられるようだし、機能面でも問題はないようだ


この魔術を使う時、凄く緊張してしまう

失敗してしまえば、晃の腕が落ちるまでまともに機能しなくなってしまうし・・・責任はとても重いものだから

だから上手くいく度に安心するし、倒れてしまいたくなるような疲労も抱えてしまう

側から見たら、これは大した魔術ではないけれど、私にとってはどんな大魔術よりも扱うのに苦労する魔術なのだ


「ありがとう、祈ちゃん。聖さんも」

「いいってもんよ」

「どういたしまして。しかし、死斑を消すのも意外と早かったわね。晃が見せたがらないあたり、かなり酷かったんじゃ・・・」

「・・・祈、鎖骨あたりの死斑に心当たりはないか?」

「あら、そんなもの昨日はなかったじゃない・・・」

「・・・お前が付けたのか」

「何がよ」

「別に・・・まあとりあえず、これでいつもの七里晃の完成だ」

「完成です」


「晃?顔が真っ赤よ?大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫だからね・・・本当に・・・」


狼狽える理由が分からないので、私は首を傾げることぐらいしかできない


「・・・結婚してもう十年経つのに、この夫婦は未だに若いね。享年十八歳と、不老不死を手に入れた魔女じゃ、感覚も違うか」

「まあ、これからも晃の側にいる為ならばそれぐらいはね、まさか貴方も不老不死薬を完成させて飲むとは思っていなかったけど」

「お前ら二人一緒だと面白いからな。最期まで付き合わせろよ」

「それは嬉しい話ね。最期まで、ね?最期を迎えても屍人として三人一緒にいるかもよ」

「それもそうだな!」


二人して笑うと、晃が複雑そうに顔をしかめていた

晃としては、私と聖には普通に天寿を全うして欲しかったらしく、揃って不老不死になったことに対して、珍しく怒りを見せていた

納得してくれたと思っていたけれど、まだ、彼自身割り切れていないようだ

頬を膨らませて、不機嫌そうに私と聖を睨み付ける


「まあその話は置いておいて、そんな七里夫婦に一つ提案だ」

「何かしら」

「・・・依頼なくて暇なら、俺が事務所の留守番しておくからさ、二人で出かけてきたらどうだ?お前、ここ最近ずっと缶詰だろ?」

「まあ、そうだけど・・・」

「何かあったら連絡するからさ」


「でも、晃と一緒に外出は難しいんじゃない?まだ九月よ?暑いのよ?」

「缶詰しすぎて日付感覚もなくなったのか?それとも、不老不死の影響で色々と時間感覚が失われたのか?」

「・・・かもしれないわね。でも難しいのは事実じゃない」


晃は屍人。下手に動いて、腕が外れたり、腐敗臭がし始めたりしたら・・・外出時はうまく対処なんてできやしない

そんな危険があるのに、一緒に外出なんて、したいけれど無理な話なのだ

たまに冬の夜に二人で散歩する程度が関の山なのに・・・


「メンテ後だから多少は無理してもいいぞ。それに今日は晃が屍人だって絶対にばれない日だからさ」

「ばれない?」


聖はそう言いつつ、愛用のタブレット端末で表示したカレンダーを見せてくれる

十月三十一日。世間一般でいう、ハロウィンの日

確かに今日ならば・・・屍人である彼も、違和感なく溶け込める日なのかもしれない


・・


街を歩いていく

出かける時刻はあえて夜にした。その方が、コスプレしている人も多くなるだろうからと

今日は買い物に行ったりするのが目的ではない。冬の散歩のように、ただ出かけることが目的なのだ

だから、これでいい。この時間でも十分楽しめる


街はハロウィンらしい飾りと音楽で彩られ、人々は仮装して街を歩く

その中に私と晃も混ざって、普通の人のようにハロウィンの街を歩いていくのだ


「僕は普通でいいのかな」

「パーツが外れても、コスプレなんですよって演出をしたらいいって聖も言っていたじゃない。貴方は普通でいいのよ」

「祈ちゃんは、その・・・魔女さんかな?」

「ええ。まあカモフラージュとして着てみたの。黒魔術を使う、黒魔女・・・らしいでしょう?でも・・・」

「でも、別のがよかった?」

「ええ。でも今、本当に着たかった修道服とロザリオを身に付けると、身体中に電流が走ったみたいな感覚を覚えちゃうから」

「あー・・・わかる。だから僕もおばあちゃんからもらったロザリオ、付けられなくてさ」

「・・・魔の世界に踏み入れちゃったものね。神様は、そんな私たちをお許しにはならなかった」


神様が用意してくださった未来を蹴り、一緒にいられるよう魔の道に歩んだのだ。その行為は、背徳行為であり・・・神様はお許しになんてなられないだろう

けれど私はこれでいいと思っている。そうでもしなければ、私が今、幸せだと言い切れる時間は存在してはいないだろうし、晃も灰になってお墓の中

聖には出会うことすらなかっただろう・・・そんな生活に比べたら、神様に祈れない日々だって、辛くはないし・・・幸せだと言い切れる


「うん。お祈りすると頭が痛くならない?」

「さあ。もう、神様にはお祈りを捧げていないもの。晃はまだ祈っているの?」

「・・・ううん。最初の一度だけね。神様はもう僕を見放された。だから僕も、祈りを神様には捧げない。何も、捧げるものはない」


その代わり、と彼は数歩前に歩いて、いつも通り笑顔を浮かべる

小さい頃から、高校生の頃から、屍人になってから・・・どんなに時間が経とうとも変わらないこの笑顔が、私は大好きだ


「僕を僕でいさせてくれるのは、祈ちゃんと聖さん。だから僕は、二人に祈りを捧げるよ。不老不死になったことは今も納得はしていないけれど、一緒にいられる時間が長くなったのならば、僕はこう祈る。これからも、三人で一緒にいられますように、と」

「そう。じゃあ、私も貴方に「祈」を捧げるわ」

「・・・どんな祈り?」

「七里祈の、これからを全部貴方に。約束したでしょう?」

「・・・そういう祈か。じゃあ僕も、同じように君へ全てを捧げるよ、祈ちゃん。これからの三好晃・・・ううん。七里晃の全てを、君へ」


彼の手をとり、普通の、ハロウィンの仮装をした一般人に溶け込んだデートをしていく

生前は一度もしたことなかった。こう、賑やかな場所でデートをしたのはこれが初めてだったりする


「たまには、また。こんな賑やかな場所でデートがしたいね」

「ええ。夏場とクリスマスは難しいけれど、それでもまたいつか、必ず。時間はたくさんあるし、どこへだって行けるわ。私たちはもう、人の理の中にはいない、人外なのだから」

「うん。でも、よく見たら・・・」


晃が周囲をキョロキョロしながら立ち止まる


「どうしたの?」

「僕たちと同じような人たち、たくさんいるよ」

「本当に今日は人外でも溶け込みやすい日なのね・・・」

「そういうものだよ。声はかけないでおこう。今日の僕らは、ただの人としてここにいるんだから」

「そうね。普通の夫婦としてここにいるわね」


十五年前の十二月に、私たちは結婚式をあげた

頭痛や吐き気に悩まされつつも、思い出がつまった早瀬教会で小さな挙式をあげたのは懐かしい話だ

どうしても、そこがよかったから

私の家で、晃との思い出が、神父様と弘樹、そして冬夜との思い出があるあの場所で・・・新しい一歩を、踏み出したかったのだ


「もう夫婦になって十五年になるのね。これからも、よろしくね、晃」

「うん。もちろんだよ、祈ちゃん!」


彼の、氷のような冷たい手が私の手を握りしめる

いつもは痛いそれは、手袋をしているおかげかその冷たさでも十分耐えきれる

繋いだままで、いられるのだ

彼から手を引かれて、街を歩く


普通のフリをした人外たちは、普通の中に足を踏み入れ、溶け込んでいく

誰も、彼が屍人であり、私が不老不死の魔女だとは気が付かない

それでいい。今は、この仮初の平穏を二人で楽しもう


きっとまた、しばらくしたら、魔術関係で波乱を呼ぶ事件に巻き込まれていくのだろうから

今は、この優しい時間の中で・・・神様がくれなかった時間を手に入れていく

私たちの手で手に入れた、幸せを私たち自身の手で掴み取っていく

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