休暇用レコード20:七中理一郎編「暴走のロールローリングローモード!」

ほんの、出来心だった

昼寝しているお嬢さんを包帯で巻きたくなる欲求なんてあるわけないだろう・・・と言われることぐらい、わかっている

けれど、その欲求は確かに存在するものであり、その欲のままに行動に移したことも事実なのだ


本当に出来心だった

俺の中に湧き出た欲求は、表に出してはいけないものだったかもしれない。いいや、表に出してはいけなかったのだ

けれど、それでもこの欲は生理現象のようなもので、抑えることがとても難しい代物だ


「欲求の吐口にしてしまった事に対して許してくれとは言わない。けれどお前も人造生霊・・・道具であるなら、気持ちは理解できるだろう?」

「微塵も理解できませんね」


「お前、傘だし・・・唐突に水浴びしたくなる時とかないの?雨とシャワー。風呂に無性に入りたくなるとか、長風呂したくなるとか」

「ありませんね」


「・・・初等生の定番。傘でチャンバラ。ジャンプ傘の性質を反映して、無性に飛びまわりたくなる、とか」

「ありませんね」


「・・・お前、本当に人造生霊?」

「特別製なものですから。それは理一郎さんもご存知ではありませんか」


道具である黒傘と同じ黒髪を揺らし、冷めきった翡翠色の目を俺にむけてくる彼は「黒傘雨葉」

十番目に作られた人造生霊という道具であり、傘を媒体にして作られた存在

ベースになった人間の名前は、黒笠天羽。うちのお嬢さんと幼少期の頃に関わりがあったそうで、他の道具たちと比べたらかなり主人との親交は多く、深い

俺が間に挟まるのが申し訳なくなるぐらい、二人は仲良しなのだ


「お前、本当に人間みたいだな。きちんと我慢できるとかさ・・・俺は無理だったよ」

「元々は全員人間じゃないですか・・・」

「じゃあ言い方を変えよう。お前、聖人か何かなの?」

「違います。ただの料理人です。何なんですか、聖人って・・・」

「じゃあ尚更おかしいよ。聖人でもないのに、この湧き出る物特有の「使われたい欲」を我慢できるよなって思ってさ・・・欲情しないの?お嬢さんに」

「・・・俺の願いはいっちゃんを支えること。朝から晩までお世話することが、俺の欲を消化してくれているんでしょう」

「・・・要介護はお嬢さんの為にはならないぞ」

「放置したら着替えどころかお風呂にすら入らないし、食事だって疎かにするし、掃除もできないんですよ。きちんと面倒みてあげないと・・・人としての尊厳を失っちゃいますから。絶対にお世話しないといけないんですよ。理一郎さんも、自分の主人なんですよ?そんなみっともないことをしていたら、俺たちの評価も汚いんだろうな・・・になっちゃいますよ?」

「それは困る」


あいつそこまで酷かったのかよ・・・確かに研究バカとは思ってたけど

今もなお、俺の欲望消化という名のいたずらを受けても呑気に眠り続ける紫色の髪を持つ少女に目を向ける


彼女こそ十六夜一月。俺と雨葉のご主人様で、かなりズボラでゴロゴロしつつ変なものを作るのに定評がある博士

専門は鉱石とか生霊とか・・・この世界を崩壊させた存在のもの

しかし、それ以外の知識だってそこそこに有している。俗にいう、天才という生き物だ


「むにゃ・・・」

「・・・何でこの状態で寝られるの、いっちゃん」

「そりゃあ、十六夜一月だからだよ。お嬢さんはこういう人間だ」


包帯をぐるぐる巻きにしたのでロール状。繭と言ってもいいだろう

そんな状態にしたのは俺だけど・・・まさかこの状態でも寝続けるとは思わなかった


「雨葉、ほれ、ほっぺぷにぷにだぞ」

「寝ている人の頬を突くのは・・・その」

「いいから。ここまで深い眠りなら起こさないって・・・ほら」

「うう・・・」


恐る恐る、雨葉はお嬢さんの頬に指を伸ばしてその柔らかな白餅に指を沈めていく

想像以上の感触だったのだろう。嬉しさを悔しさが浮かぶ顔を見せないように口を結んで何度もその頬を突き続ける。彼のお気に召したらしい


「まるで赤ん坊だな。お嬢さん幾つだっけ?」

「確か、十五歳・・・」

「若いねえ・・・」


二人して頬をむにむにし続ける。うん、柔らかけえ

それでもお嬢さんは起きることなく呑気に眠る。むしろここまでして起きないとか睡眠薬でも盛られたの?


「・・・目を離した隙にこんなに大きく、綺麗になってびっくりしました」

「目を離した隙ってワードで済ませるなよ。お前、お嬢さんの前で殺されたんだろ」

「そうですね。まだ彼女が五歳の時に、目の前で死んじゃいました」

「笑顔で言うことか?」

「もう笑い事ですよ。お腹にナイフがグサグサ刺さって痛かったんですけど・・・でも、それ以上にいっちゃんが隣で泣き叫んでいたんです。涙を拭って慰めてあげられなかったのが、自分の痛みより辛かったなあ・・・」


頬を突く手を開いて、彼女の頭を優しく撫でていく

生前もきっと、よくこうしていたんだろう

小さい彼女が撫でてと頭を向けながらねだって、生前の雨葉がはいはい、といいながらその頭を撫でている光景なんて想像に容易い


「そんな経験をさせたので、少し、心配だったんです」

「何が?」

「いっちゃんが、まっすぐ育っているのか。再会した時は安心しましたよ。足は動かなくなってしまっていたけれど・・・それでもいっちゃんはいっちゃんのまままっすぐ育っていて安心したんです」

「いや、かなり歪んで育ってるぞ・・・?お前、何を見てきたんだ?」


まず人造生霊に対面して最初にやることが「それじゃあ体液採取させてもらえるか?」は歪んで育った結果だろうに・・・脳味噌に補正でもかかっているのだろうか


「世界を救う為に必要なことですからね。糧になれて嬉しいですよ」

「そんな考えができるのはお前だけだ」


尿はともかく、便も採取させてくれって言われた時は気が遠くなったよ、俺は

その後はもっと凄かった・・・思い出すのも、口に出すのも憚られる


十五歳にしては幼さの方が強く、黙っていれば愛らしい見た目をした女だが、あれは天使の皮を被った悪魔だと理解した瞬間だったね

世界を救う為ならば、人権さえ容赦無く犯してくるおっかねえ女の所有物になってしまったけれど、まあ、大体の被害は隣のが被ってくれるし、俺はお嬢さんの足代わりとして働くだけでいいから採取以外は凄く楽

むしろ楽しい部類だろう


あの基本的にずっと笑っているけれど腹の中は訳がわからない三国だとか、研究職によくつけたなってレベルで常識知らずな浩二とかに所有されるよりははるかに待遇がいいし、お嬢さんとの個人的な会話も多い。信頼関係だってしっかり築けている方だと俺は思っている


しかし、どうなんだろうと思う時は多々あったりする

俺がそう思っているだけで、お嬢さんは、俺のことを・・・どう、思っているんだろうかとか。他人の評価が、気になったりしちゃうのだ

聞きたいけれど、聞いてしまえば現実を突きつけられるような気がして、聞く気になれない

むしろ、怖いというべきか


彼女は言葉を繕わない。いつだって本心で語ってくる

本当に必要なのは雨葉一人だけで、俺は別にいらないなんて言われたら立ち直れる気がしない

・・・それほどまでに、俺はお嬢さんに使われたいのだろうか。必要と、されていたいのだろうか

自分の心が、上手く、理解できない


「さて、そろそろいっちゃんを起こしましょう。流石に苦しそうですから、包帯を解いて」

「ああ。そうだな・・・おい、お嬢さんはどこだ?」

「へ?先ほどまでここに・・・あれ?」


俺と雨葉が床に目を向けると、そこにお嬢さんの姿はなく、俺が巻いた包帯の端だけが残されていた

それを目に入れた俺と雨葉は互いに顔を見合わせる


「雨葉」

「理一郎さん」


俺が包帯の回収係、雨葉はいつもの荷物鞄を持ってきて、同時に研究室を出ていく

それからしっかり戸締りして・・・俺と雨葉は研究所の廊下を全速力で駆け始めた


「いつきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「いっちゃあああああああああああああああああああああああああああん!!」


包帯を全力で巻き取りつつ、俺と雨葉は廊下を走る

ゴロゴロと勢いよく転がるお嬢さんはついでによだれも垂らしているらしい

まず転がり始めた原因だって、あのアホの寝相の悪さが原因だろう。ロール状にした俺も悪いけどよお!いい歳してヨダレダラダラは流石にみっともないぞ!


「だばー」

「雨葉!」

「ええ!お任せください!」


今まで中腰状態で走っていた彼は少し速度を緩めて荷物鞄から折りたたみ式モップを取り出していく

それを組み立てた後、雨葉はモップを廊下に下ろし、俺の後ろをついてくる


「これでいっちゃんのヨダレも回収できますね!」

「ああ!もうすぐ、左に曲がるぞ!」

「何で方向転換しながら回っているんです!?」

「それが十六夜一月の寝相だ!お前も知ってるだろ!?あいつの寝相最悪なんだぞ!でも、不幸中の幸いかもな。このままいけば出入り口で止まれる。そこで確保するぞ!」

「はい!」


・・


一方、出入り口周辺

俺と御風さんは外回りを終えて、玄関近くで一息ついた

その瞬間、何か白いものがとんでもない速さで横切った気がする


「・・・何、さっきの」

「・・・俺、知らないふりしとこうかな」

「御風、それは流石に酷くない?」


俺の相棒を務めてくれている鳩本御風は帽子を媒体にして作られた人造生命

結構意地悪な奴なのだがなんだかんだで上手くやれていると思う

元々、御風は面倒見がいい性格だし、俺は面倒をみていたくなる存在らしいし・・・

しかし、今日の彼は初めて出会った頃のようにつんけんしていた

その態度に少しだけ苛立ちを覚え、不機嫌な感情を表に出してしまいながら声をかけるが、彼はどうでもいいと言わんばかりに俺に背を向けた


「だって関わりたくないからな。ほれみろ、あの二人」

「あの二人って・・・え」


彼に言われるがまま、廊下の奥に視線を送ると、そこには彼と同じく人造生霊の二人

二番目のリボンタイ「七中理一郎」さんと十番目の傘「黒傘雨葉」さん

どちらも俺がこの研究所に入るきっかけになった推薦状を書いてくれた十六夜一月さんを主人とする人造生霊だ


「「一月外に出てる!?」」


床に伸びた包帯。さっき、俺の後ろを通り過ぎた謎の白い物体

そして、二人の発言

そこから考えるに・・・もしかしなくても、あれは


「・・・さっきの繭、十六夜の嬢ちゃんだったのか。よかった、止めなくて」

「わかってたの!?何で止めなかったのさ!?」

「だってあいつらが大慌てで走る姿なんて滅多にお目にかかれないだろうし、せっかくだと思ってな。いやあ・・・よかったよかった」

「全然よくないよ!楽しんでいるのは御風だけじゃないか!」


そんな俺たちの言葉に耳を傾けることなく、包帯を回収し続ける理一郎さんと、なぜか廊下をモップで磨き続ける雨葉さんは俺たちの横を通り過ぎていく

どうしてこうなったのか知るのは・・・後の話になるのだが、とにかく今は二人揃って緊急事態ということと・・・

俺たちが手伝えることなんて何もない。それだけは、理解できた


・・


十月二十七日

この日だけは毎年、何があっても休みをとって彼女の元へ訪れる


「紳也君が、この日が君の命日だと教えてくれてからずっと通っているな」


今年で何回目だったか。数えるのももう億劫で・・・この日を迎える度に「彼女に会いたい」と言う思いだけが私の中に湧いてくるのだ


「桜は咲いていないけれど、今日もまた、君と花見をすることができて楽しかった」


桜の木の下に作った、十六夜鈴音のお墓に花を手向けて今日もまた終わりを迎える

桜の下には死体が埋まっている。過去、こう言う表現があったそうだが・・・墓にするにはちょうどいいシンボルだと私は思う

きっと、過去の人々も、桜の木を墓標にしたのだろう。そうに違いない。そうでなければ、そんな言葉が生まれるはずもないのだから


「・・・鈴音。一月は残念ながら、私に似てしまっていて素直さの欠片もない子になってしまった。君に似ていれば、愛嬌があって、優しい子に育っていただろうけど」


しかし、私との違いはかなり大きい

あの子は、周囲から大事にされて育ってきた

だからこそ、私のように堅物で面倒くさい人間に育たなかった

それだけが、救いといってもいいだろう


「・・・鈴音。私はいつか、君と一月、三人で暮らす日を夢見ていた。身分さも、階級差も何もない平等社会ならば、私は君と一月の三人で家庭を築くことができただろうか」


そんなことはもう、わからないけれど・・・願いを口にするだけならタダだ


「・・・まあ、そんなことを聞いても、所詮は終わった話。もう望めない、あったかもしれない未来か」


そろそろ、時間が来る

戻らないと、使用人に不審がられ始める時間だ

名残惜しいけれど・・・仕方がない


「今度は、桜が咲いた季節に。また来るよ」


そう彼女に告げた後、俺は桜の木がある空き地を出ようとするのだが、今日はなぜか騒がしい

それに、少し聞き覚えがある声がする

・・・そう、あの子と一緒にいる黒傘雨葉。彼の声が、するのだ


「帰ろうと思ったが、もしかして、と思うからもう少しここで待ってみようか。初めて、三人揃える日がくるかもしれないから」


答えは、この後すぐ

きっと、家族三人揃うことができるだろうと言う予感と共に、運ばれてくるだろう


・・


舞台は研究所から市街地へ

俺たちが住んでいる「第三白箱」と呼ばれる、ガラスの箱に包まれた都市は大きく分けて三つの地区に分かれている

一つは先ほどまでいた研究所が存在する「核」

それからごく普通の一般人が暮らす「積」

そして、わかりやすく言えばスラム街。白箱の悪いところを全部詰め込んだ「淵」と分かれている


元々、お嬢さんは淵・・・通称「廃棄区画」の出身で、娼婦だった母親と核の重鎮候補だった父親の間に生まれた所謂「妾の子」らしい

なぜ、そんな話をしているかって?

そりゃあ簡単さ。今、俺たちは走りに走ってお嬢さんの出身地である廃棄区画に足を踏み入れたのだから


「止められそうですか?」

「見りゃあわかるが勢いが凄すぎて止められねえよ・・・!全く、どこで止まるのやら・・・」

「ここからしばらく上り坂だから止められるかもしれません!」

「下り坂になってるぞ!」

「区画整理の影響か!ちくしょー!」

「お前から畜生とか汚え単語飛んでくるとは思わなかったわ!」


温和で真面目、そんな表現が似合う彼から年相応な、少し汚い言葉を聞ける機会に巡り合えるなんてまさかの展開だ。こういうのも、悪くないなと思いつつ、彼女を追いかけ続ける

きつさと衝撃よりは、すでに楽しさの方が表に出てきていた


自分でもどれだけ巻いたんだよ、となる包帯もそろそろ終わりを迎える頃

やっと、彼女の白衣と身につけていた服が露出し始めたのも束の間、とんでもない速さで転がる彼女はあっという間に残りの包帯を置き去りにして転がり続けた


もちろん、転がる時間もおしまいを迎えてくれた

お嬢さんに巻きついていた包帯はやっと解け、彼女の体は急な坂道の先に存在するはずだった作りかけの道に放り投げられてしまったが


「あ」

「大丈夫、俺に任せてください!」


宙を舞うお嬢さんのもとには、雨葉が向かう

彼は傘。空を飛ぶことはできないけれど、落ちる時間を緩めることはできる

空中で彼に抱き留められたお嬢さんはそのまま彼と共にふわふわと作りかけの道の下・・・空き地へと舞い降りていった

長い悪戯の終わりは、俺の手ではなく雨葉の手で終わりを迎えてしまった


「・・・ケジメ、つかないな」

「理一郎さん!無事ですよ!降りてきてください!」


そんな俺の感情なんて気にも留めず、雨葉は無邪気な笑顔を浮かべて俺も下に降りてくるよう手を振って声をかけてくれた

そう言われて降りないわけにも行かないで、作りかけの道から飛び降りて、二人と合流を果たした


「無事に捕まえられたな。ありがとう、雨葉」

「いえいえ・・・大変でしたね。これに懲りたら、もういたずらはしないでくださいよ」

「肝に命じておくよ」


「・・・お前たちは何をしているんだ」

「あ、どうもどうも!今日もぼっちですか?」

「うわ、出たよ・・・」

「・・・」


噂をしたら何とやらか

なぜこんなところにいるのか全くわからない、場所に似合わない綺麗な格好をしたこの男は一ノ宮刻明

雨葉の腕の中で眠り続けるお嬢さんの実の父親だ


「・・・今日は私事で来ている。何か不都合なことでもあるのだろうか」

「いや、ないけど?周りに護衛という名の兵隊とか連れてこられたら困るからさ。誰が、とは言わないけどね」


包帯を構えながら、雨葉を庇うように立ち塞がる

雨葉もまた、お嬢さんをしっかり抱きしめて庇う準備を整えていた


「・・・一月は、寝ているのか?」

「そうだけど?」

「・・・そうか」


刻明は見てわかることを確認した後、俺の影に隠れている一月の顔を覗こうと一歩、足を進めてくる


「・・・なぜ寄ってくる」

「娘の顔を見たい。その行動におかしな部分があると言うのか」

「ないですが・・・」


俺も雨葉もそう言われてしまえば、反論なんてできやしない

一月自身は彼のことを嫌っているので、起きていればあの手この手で接近を拒むだろうけれど、俺と雨葉としては唯一の家族なんだから、少しは互いに歩み寄って欲しいと密かに思っている

向こうは、その思いを汲み取ってくれて歩み寄ってくれているのだが、一月はそう上手くはいかない

・・・けれどいつかは、二人が親子らしく過ごせる時間が来て欲しい。そう願わずにはいられないのだ


まあ、俺はこの男が嫌いだから、お嬢さんに近づかせたくはないんだけどね。矛盾した考えに挟まれて頭と心が凄く痛い

それは雨葉も同じのようで、少し苦い顔をしていた。俺よりはマシだけど、彼もまた一ノ宮のことを快く思っていない

けれど、ちゃんと親子をして欲しいという考えは雨葉の方が強いと言える。そうでなければ、わざわざ彼とお嬢さんを一対一で対面させる機会を作ったりするよう、三国と浩二に依頼したりしないだろうから・・・


「・・・寝顔、鈴音によく似ている」

「・・・いっちゃんのお母さんは、どんな方だったんですか?」

「廃棄区画が似合わない、太陽のような人だった」

「いっちゃんとお母さんは似ていますか?」

「目の色は似ている。他は私によく似てしまったから・・・申し訳ない」


けれど、と彼は付け加えてこう述べるのだ


「君たちのようなまともな人に囲まれたおかげで、私と同じ性質を持ちながら違う道を歩んでくれている。それが救いだと心から言えるよ。私では、一月の良さを引き出しながら育てるなんて絶対に無理なのだから」

「いっちゃんを、引き取る気はないんですか?」

「彼女自身が拒んでいるし、何よりも私と共にいれば彼女の未来を狭めてしまう。これまでも、これからも他人という関係でいるのが理想だと言える。しかし」

「しかし?」

「・・・君たちには、話しておこう。そこで、青ざめた顔をしながら眠る娘には絶対に教えないでくれ」


そう前置きした後、彼は背を向けつつ・・・いや

お嬢さんのお母さんとの思い出がつまった桜の木を眺めながら、心に閉じ込めていたものを見せてくれた


「私は、ある志を持って核の行政機関に入った。いつか、鈴音と一月、家族三人で暮らせる日を夢見て・・・」


しかし、その夢は十六夜鈴音の病死とともに破れ去ってしまったがね、と付け加えて、彼は空き地と俺たちに背を向けてそのまま廃棄区画の街中に消え去っていってしまった

この話は、俺と雨葉しか知らない話にしていいのだろうか

でも、話してしまえばどんな目に合うかはわからない

・・・・胸の中にしまっておくことしかできなかった真実を心の中に落とし込みながら、俺と雨葉は適当な場所に腰掛けて、お嬢さんが起きるのを静かに待ち続けた


・・


頭がぐわんぐわんする

気持ち悪い感覚を覚えながら目を開けると、視界いっぱいに雨葉の顔が映り込んだ


「起きました?」

「・・・あ、ああ」


かすれた声で返事を返すしかない。ああ、気持ち悪い

何なんだろう。この強い吐き気は・・・・うっぷ

転がり始めた時のことは覚えているんだが、それ以降のことがさっぱりだ・・・


「顔、真っ青ですよ。具合、悪いですか?水、飲みますか?」

「・・・揺らすな」

「お薬ですか」

「だか、ら・・・うっぷ」

「うっぷ・・・?」


流石に彼に嘔吐するわけにはいかないから、ふらふらの体を起こして適当な場所に吐きに行こうとする

しかし都合が悪いことに理一郎がそれを邪魔してくるのだ

いつもは傍観に徹しているくせに何でこんな時だけ寄ってくるんだこいつ・・・


「お嬢さん、一人でフラフラ歩くのは危ないって」

「うぷ」

「俺が支えてあげるから、寝に行こう?ね?」

「・・・」


吐きたいのに、目の前に彼がいるから吐くのは申し訳ない

しかし僕とて人間。我慢の限界というものは、残念ながら存在してしまっているのだ


「う、うぷ・・・おげええええええええええええええええええええええええ!」

「・・・・え」

「あちゃー・・・」


思いっきり吐瀉されたワイシャツを眺める理一郎と、僕が吐き気を催していたことはわかっていたけれど止められなかった雨葉は頭を抱える

そして僕は気持ち悪さがなくなって、落ち込む二人と対称的に晴れやかな笑みを浮かべていた

・・・口は、気持ち悪いがな


「おはよう、雨葉、理一郎。いい朝だな」

「もう夕方ですけどね」

「しっかし吐瀉物臭いな」

「お前のだよ、お嬢さん」


「しかし、何であんなに気持ち悪かったんだろうな?」

「・・・それは、その」

「・・・ノロウィルスにでも罹患したんじゃない?」

「ふーん。じゃあ、なぜ廃棄区画にいるか、説明はできるか?」


知っている。僕は何でも知っている

理一郎が包帯で僕をぐるぐる巻きにして遊んでいたことも、その後、雨葉も交えて僕の頬を突いていたことも!

・・・眠りが浅かったから全部知っている!

だからこそ、許せないこともあるのだ

二人して嘘をついて、いたずらをしたことから逃げようとするその腐った根性が、二人の主人としては納得できないことであり、許してはならないことだと思うのだ


「・・・二人とも、臭いけどカモン」

「はいはい」

「何です?」

「・・・僕を包帯巻きにして遊んだことも、頬を突いて遊んだことも咎めないから、今度、行われる缶詰即売会、本気出せよ?」

「「はい。この度は大変申し訳ございませんでした・・・」」

「よし」


そっと耳打ちして、二人の謝罪とお詫びの約束を取り付ける

それから理一郎は雨葉が持ってきてくれた着替え一式を片手に、近くに水浴びへ

僕は水筒の水を使って口の中を濯いでスッキリモードに切り替える


「雨葉」

「何ですか」

「今度の缶詰はホタテかアサリだからな。シチューがおいしい季節になるし」

「海産物とシチュー、本当に好きですよね・・・わかりました」

「やったー!」


吐いたばかりだというのに早速ご飯の話

変な話だが、まあこういうのも僕たちらしい

僕と、雨葉と理一郎。浩二と三国とは違う、三角形

道具と主人という間柄だが、どこか家族のような近さのある不思議な関係と僕は思う


「・・・ただいま」

「おかえり、理一郎」

「・・・ん。元気そうだな。お嬢さん」

「ゲロったからな」

「マジやめろよ・・・雨葉。臭い、落ちるかな?」

「持って帰るのに抵抗があるので、できればここで破棄して欲しいが本音ですかね」

「だと思ってもうすでに捨てる準備は整えていたり」


そう言いながら、先ほどまで来ていた吐瀉服を彼は思いっきり廃棄区画の崖下「終の奈落」へ投げ込む

あそこに落ちれば、もう戻ってくることはない


「・・・お嬢さん」

「何だー」

「俺、いたずらするなんて年甲斐もないことやってさ、嫌いになったよな」

「何だそのガキすら考えないようななよなよした悩みは・・・話は起きていたから聞いていたんだが、今回の君は欲に従っただけだ。それは悪いことではないんだよ、理一郎」

「・・・けれど、その」

「ああああああこれだから女々しいのは。いいか、理一郎。僕はね、君が必要だから君を側に置いているんだ。嫌いになることなんて絶対にないから、これからも大人しくついてこい。君は僕の大事なリボンタイであり、足であり、家族なんだからな。もちろん、雨葉もだ。大事だから、きちんと、大事にさせてくれ」

「やだ、うちのお嬢さんイケメン。一生ついていく・・・」

「ふっ、惚れるなよ。理一郎」

「威張っていうことじゃないですよ、博士。けど、本当にありがとうございます。これからも大事にしてくださいね」

「ああ」


ストレートに嗜められつつ、僕ら三人は、桜の木の下に集って、枯れ葉すら残らない木を眺める


「知っているか、二人とも」

「何がですか?」

「この桜の木が、母さんの墓だそうだ。この木の下に、母さんは眠っている」

「そうか・・・だからあいつはここにきてたんだな」

「あいつ?」

「いや、何でもない」


雨葉と理一郎は首を横に振って、何事もなかった感を装うが、その反応こそ彼が・・・

一ノ宮刻明がここに来ていたことを示すような行動だとなぜ気が付かないのだろう

・・・しかし、あの男もきちんと命日には顔を出すんだな。そこだけは、人らしい動きができるじゃないか、クソ親父め


「なあ、理一郎」

「何だ?」

「なぜ、桜の木の下には死体が埋まっているなんて言われるんだろうな?」

「さあ、お嬢さんはどう思うんだ?」

「桜の木は、とても綺麗だ・・・だから、墓標としては、シンボルとしてはちょうどよかったんじゃないかなと思うのだが」

「じゃあ、俺が死んだら俺の死体の上に、桜の木を植えてくれるかい?」

「君が死んだら、僕も雨葉も死んでいそうな気がするがね・・・まあ、まずやることはただ一つさ」


僕は立ち上がって、二人に手を伸ばす


「まずは、世界を救いに行こう。箱の中から飛び出して、この壊れた世界を救いに行くのが僕らのやるべきことだ。それから先のことは、後で考えよう」


僕が差し伸べた手を、雨葉も理一郎も笑顔で手に取り、立ち上がる

そう、僕らが進むべき道はただ一つ

これはただの寄り道にしか過ぎない話だ


母さん、見守っていてくれよ

僕と雨葉と理一郎が、この世界を救うまでの物語

その結末まで、どうか、見守っていて欲しい


そう願いながら、二人の手を引いて僕は歩き出す

大事で、大好きな二人と共に、明日を目指す為にーーーー!

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