休暇用レコード19:虹月八雲編「化かされ科学者の発明品〜ようこそ、虹月万博へ〜」

「八雲先生、コーラと乳酸菌飲料、それから麦茶とプロテイン、牛乳と醤油を指定通りの配分で混ぜた飲み物をお持ちしました」

「おー、机の上に置いておいてくれー」


空中都市「月夜」

数千年前に起きた災害により、大地は人がまともに生活を営むことができるような環境ではなくなった

その為、現在は海上や海中、空を移動する都市を人々は作り上げ、その中で暮らしている・・・というのがこの時代の生活環境と言えるだろう


そんな空の上の都市で暮らす科学者、虹月八雲は今日も元気に世間を騒がせる発明品を作り上げていく

作業の邪魔になる髪はバンダナでなぜか束ねている。珍しい・・・


そんな彼をサポートするのは海上都市「海鷹」から交換留学生としてこの都市にやってきた「空の記録係」星宮望未

今は、彼の親友である俺の元に居候しつつ、八雲の技術を助手という立場から吸収している最中だ

家庭環境の影響で感情という感情が失われている彼女は、八雲も「ロボットみたい」というように自我というものがないのが・・・そういうものも含めて、この留学で取り戻してあげることができれば、と思うことが最近多くなったことは、俺の中に留めておこう


そしてそんな二人に茶々を入れつつ見守るのは、俺の部下である天堂穂高

今は、八雲の監視役という立場で二人の側にいる


監視というのは、まあ八雲自身の技術が月夜の要である影響だ

他の都市に行かれると困る彼の行動を監視し、上官に報告する・・・それが監視役の役目

まあ、八雲自身、俺が生きている限り月夜を離れるつもりはないと公言しているので、ほぼ八雲の世話係状態だったりする

思ったことをズバズバいうタイプの男だから、ツッコミ不在の八雲と望未の間に挟まって二人の奇行を止めてくれている

・・・かなり、苦労はさせているようだけど


「ちょい待ち、星宮・・・お前、そのおかしな注文通りに作ったのか?」

「先生がおっしゃられることですから。何か意味があるのだと思います」

「止めろよ・・・どう考えても胃袋壊すやつだろ・・・しかもなんでおかわりグラスが当然のように用意されているんだ・・・」

「私の分です。先生が三日三晩元気に発明ができる理由、この飲み物にあるのかもしれませんから。飲んでみようと思いまして」

「絶対にねえよ・・・あ、朔間航海長、あんたのところの居候、一晩便所占領しにかかってますよ。家主として止めてください」


「・・・」

「天音さんも飲まれますか?」

「いや、いいよ。少し懐かしくてね。俺も昔作ったからさ」

「・・・そうですか。お揃いですね」

「お揃い・・・ああ、そうなのかな」


こんなもの、作った経験があるなんて本当に少数だろう

同じ経験があることは嬉しいが、何だか、複雑というか・・・何というか


「あんたもあのゲロまずドリンク製造経験あんのかよ・・・だから十円ハゲが治らないんですよ」

「ハゲてない」

「・・・いや、後頭部に十円ハゲ、しっかりあるよな。二つ。な、星宮」

「はい。この前三つ目ができていました」

「望未さん、嘘をいうな!俺はハゲてない!」


ばらさなくてもいいことをバラされて少々恥ずかしいが、ないという事実を貫いていく

穂高はその様子に呆れてもう既に何も言わない空気を醸し出すが、彼女は俺の必死さなんて露知らず、首を傾げて追撃を開始していくのだ


「でも、この前鏡の前で「三十円・・・」と呟いていたじゃありませんか」

「生活費のことだ。三十円、足りなかったんだよ」

「他の都市ならあり得る話ですが、月夜は指定の税金をきちんと納めていれば、住民パスの携帯のみで買い物とかし放題じゃないですか・・・足りないなんてわけ、ないんですよ?馬鹿なんです?」


適当な出まかせをいうが、ここで俺は一つ最大のミスを犯してしまう

そう。他の都市ならばその言い訳も通用した

しかし、移動都市の中で最新鋭を取り揃えている月夜の場合は異なる

ここでは、穂高のいうとおり税金さえきちんと収めることができていればいいのだ

政府が発行した住民パスを提示することで買い物も、娯楽施設。住居や光熱費も全て無料で利用できる。この都市はそういうシステムを作り上げているのだ

・・・決して安い税金ではないが、他の都市よりは圧倒的に生活しやすいこの都市の暮らしを最大限にえられるのならば、可愛いものだと思う


「天音さん、天音さん」

「どうした?」

「ここに来た時、都市管理長様から「お金は必要ない」と聞いていましたが、このパスにお金が入っているということでしょうか?」

「少し、違うかな。何だろう。このパスは「お金を支払っている証明書」であり「この都市で生活する権利を得た者の証明書」という形になると思う。そのパスさえ持っていれば、月夜で暮らすための基準を満たしていることになるから」

「ふむふむ。つまり、留学生である私の場合は本来支払わなければいけない税金・・・「生活権」を都市が負担しているので、私はここで不自由のない生活を送れている、というわけですね」

「その通り」


俺が頷くと、彼女はそれを知識として手帳に書き込んでいく

彼女の癖にはもう十分慣れたと思っているが・・・教えたことを細かく書かれると、少し気恥ずかしさも覚えてしまう


「では、仮にですが私が留学期間を終えてもなお、ここにいたいと告げた場合・・・住民票の移籍等当然の行動はもちろんですが、税金さえ払える保証さえあれば住めるのでしょうか?」

「それは難しいと思うぞ。元より、月夜の性質は「能力者が育てた飛行都市」だから、非能力者は淘汰される。能力がなくてもここにいたいっていうなら、それこそ八雲ぐらい功績を残さないと難しいと思う」

「それか、その・・・」

「その?」


・・・月夜で、伴侶を探したらいい。という言葉が喉から出そうになるけれど、それを必死に抑えて言葉の行き先を探していく

都市によって、その恋愛感も異なるものなのだが・・・彼女が過ごしていた海鷹と俺たちが住まう月夜の差はかなり大きい方だ

・・・彼女に誤解がないように、色々と言葉を選びながらその先を話そうとすると、その先を颯爽と八雲が奪っていく


「星宮、海鷹は圧倒的女性人口の少なさの影響か、一人の女に対し、十人ほどの男がつけられる。それが海鷹の婚姻だったな」

「ええ。人口不足の解消という目的の為に、そういう婚姻を推奨しているそうです。まあ、外から見たらおかしな人口の増やし方。種違いの兄妹は多いですよ」

「しかもそれを記録しとらんときた。種違い、腹違い問わず結ばれて、血の繋がりが濃くなる現象も起きていると聞いている・・・なかなかに狂った婚姻だと私は思うよ」

「はい」


手帳に八雲の言葉をメモしつつ、彼女は彼の言葉に耳を傾ける

友人としてではなく、発明家「虹月八雲」の姿は滅多に見ることができないので、自然と目が引かれていく


「しかし一個人としての考えとしては、その行動はなかなかに合理的だと考える。問題としては血が濃くなり、遺伝子の異常、そして平均寿命の低下が挙げられるが・・・労力の確保は確実に行える。海上に住み、年老いた者が多く暮らす海鷹にとって、若い人材は喉から手が出るほど欲しい存在だ」

「そうですね」

「増やせるものなら、たくさん増やしたい。しかし、このままいけば、適齢期に育つまでに半分以上が死ぬ可能性が高くなるだろう。流行病がないとも言い切れない。では、星宮。お前はこの問題に対し解決策を論じるとするならば、どんな策を提案する?」


この話から授業に繋げるか・・・

質問を投げかけられたのは彼女だが、俺と穂高もその問題に関して少しだけ考えを巡らせる

無縁な話題だが、こういうのを考える時間は結構楽しい

それに、様々な意見を取り入れることで自分には見えていなかった部分も見ることができる。とても貴重な時間を得られるチャンスだったりする

今度、身近な話題でこんな感じに議題を出してもらえないだろうか

例えば、八雲はなぜ仕事をサボるのか。その理由を八雲の気持ちになって考えてみろ・・・とか


「・・・血縁関係の管理?」

「何代先まで?」

「三代ぐらい先でいいのでは?」

「そんな甘い目測じゃあ、結果は同じだ。この問題に対する解決策は外から人を招き、新たな血を混ぜる。これに限るよ」

「・・・」

「お前は海鷹の中でも頭の良い部類に入るだろう。しかし、圧倒的に視野が狭い。視界も思考も何もかも、だ。箱の中でしか物を見ない。お前愛用の天体望遠鏡だってそうだ。覗き込んだ筒の中に映る空が、お前の知る空か?その外にも広大な空は広がっているのに?」

「それは・・・」

「星宮。お前の留学は、お前自身の視野を広める目的もある。いつまでも筒の中で見る世界が、お前の世界だと思い込むな。外に目を向けてみろ」

「・・・はい」


少し落ち込んだ彼女の横を通り過ぎ、そのまま用意された謎ジュースを飲み干していく

・・・平気な顔して飲んでいるが、よく平気な顔して飲めるなあんな物


「さて、星宮」

「はい」

「とりあえず遊ぶか」

「はい・・・はい?」

「なんでそんな流れになるんだよ・・・」


どこから出したのか、白髭にシルクハット。杖をくるくると回して謎紳士を模した姿をとった八雲は高らかに叫ぶ


「ようこそ!虹月万博へ!」

「帰っていいですかー!」

「穂高・・・」

「ばんぱく・・・?」


首を傾げる彼女にそっと解説を耳元で囁いておく

彼女にとっては馴染みのない言葉だろうから


「万博・・・まあ、なんというか、発明品の展覧会でイメージはできるだろうか。月夜ではよく行われている。八雲はよく単独開催しているんだが・・・」

「だが、ということは?」

「開催するたびに問題が起こるんですよ・・・あの人、加減とか知らないポンポコンですからね。情操教育に悪―い・・・」

「ポンポコン、というのは?」

「月夜で放送されているアニメキャラの名前だよ。月夜の子供なら誰もが一度は見たことある子供向けのアニメでね。ポンポコンは色々な無理難題を不思議な道具で解決する狸なんだ」


確か、八雲は大ファンのはず。近くに何かしらグッズが何かがあると思い適当に探してみると、ポンポコンのぬいぐるみがあったので彼女にこれだと示すようにそれを見せてみた


「・・・ふわふわですね」

「ぬいぐるみだからな」

「天音さんの髪みたいに、ふわふわです」

「・・・そうか」


「そこも情操教育に悪―い」

「あれは少女漫画レベルのいちゃつきだ。許さん、ほだチュウ!100万ボルト!」

「いちゃついてないし」


茶々を入れてくる部下と友人に抗議の言葉を返しつつ、ぬいぐるみをモフモフし続けている彼女を横目で見た

・・・とても気に入ったらしい

しかし、それをモフモフするのは気に食わない。八雲のよだれが染みついていそうだし


「・・・」

「ああ・・・」

「帰りに同じ物を買ってあげるから我慢しなさい」

「・・・せんせー、朔間航海長が年甲斐もなくヤキモチ焼いてまーす!」

「まだ二十四歳だ」

「え・・・?」

「なぜそこで驚くんだ、望未さん・・・」

「ねーそろそろ本題に入らせてくれよー。新作、たくさん用意したんだからさ」


八雲の声に、なんだかんだで望未と穂高が召集されて彼の前に腰掛ける

何が出てくるかと目を輝かせつつ待つ姿は本当に子供

穂高も同じような表情を浮かべていた。逃げようとしていた人間がする顔ではない


「まずは一つ目。ででーん。全自動コーヒーバリスター」

「・・・どこからどう見てもカプセル式のコーヒーマシンじゃないか。商標的な意味合いで怒られるぞ」

「のんのん。俺がそんなヘマをするとお思いで?まずな、ここの電源ボタンを入れるんだよ」

「入れたらどうなるんですか?」

「小人ロボットバリスタが現れる。それから、カウンターが出てきて、バリスタがコーヒを入れてくれる。以上だ」


「もうコーヒーマシンの形を取る必要ないじゃないか。なんなんだよ、この外皮は!」

「コーヒーマシンと言えばこの外皮だろ?」

「製造会社に怒られろ!次!」


俺の声に合わせて八雲は次の発明品を箱の中から取り出していく


「・・・なんだかんだでノリがいいですよね、天音さん」

「朔間航海長、巻き込まれたら全力で巻き込まれるタイプだから・・・自分から精神にストレスを与えにいっているからハゲるんだよ、あの人」

「・・・ああ」

「ハゲてない!」


「お次はこれ。オルゴールー」

「・・・普通に見えるけど、どうせただのオルゴールじゃないんでしょー?」

「その通りだ穂高!まあ、使い方は他のオルゴールと同じなんだけど、俺のオルゴールは一味違う」


八雲がオルゴールのネジを巻いてしばらく

それは、唐突に始まった

オルゴールが奏でるような優しい音色は何処へ。現在進行形で奏でられるのはまさかのロックである

ギターとかドラムとか、その小さい箱からどうやって出てきているんだ全く


「と、このようにロックアレンジから曲調変更もできる」


ボタンを一つ押せば、あっという間にオーケストラアレンジ

いや、ヴァイオリンとかその他諸々機械音とは思えない。生音源にしか聞こえないんだが本当にその箱の中身はどうなっているんだ

まさか、小人がいるのか・・・?さっきのバリスタみたいに?


「まあ、今回は生演奏ぽく聞こえるスピーカーを採用して、予め楽団とバントに収録を依頼したものなんだ。いつかはこの箱の中に小人をとは思っているんだが、演奏プログラムはなかなかに難しくてな」

「一生できなくていい技術じゃないか」

「それはつまらんだろう。まあ、そんなつまらん退屈思考な天音の為につまらないことに、普通のオルゴールとしても使える機能も見せてやろう」

「最初からそれを見せてくれよ」

「だってつまんないじゃん」


やっと奏でられるオルゴールアレンジのそれのおかげで、実際の曲がなんなのか俺は理解した

それは穂高も同じのようで、少々苦い顔をしている


「・・・これ、原曲は?」

「お前らお馴染み月夜都市歌。軍歌バージョンもあるぞ」

「ふざけたアレンジを施すな!管理長に怒られてこい!次!」

「あー!」


オルゴールを投げて念の為破壊しておく

流石に都市歌のアレンジは怒られるどころじゃ済まされない。アレンジ行為は侮辱行為に相当する可能性だってある

・・・楽団もバントもよく依頼引き受けたな!?


「へぐ、へぐ・・・天音が鬼になった・・・」

「すまない・・・でもお前が裁かれる姿なんて死んでも見たくないんだ・・・」

「天音・・・!大好き!結婚しよ!」

「月夜の法律では同性婚は認められていない。ついでに言えば、俺はその手の趣味は持ち合わせていないし、もしも先ほどの条件二つを俺がクリアしていてもお前と結婚することは絶対ない。俺の胃袋がもたないからな。胃潰瘍で入院したのは流石に堪えた」

「ど正論・・・じゃあ次・・・入るか」


八雲はしょんぼりしながら箱の中からまた新たな発明品を取り出していく


「・・・去年、謎の入院をした時があったのは知ってたけれどまさか胃潰瘍とはね」

「ストレスやばそうですもんね。中間管理職」

「お前は謎ドリンク飲みながらコメント返すんじゃねえよ。てか真顔で飲んでんじゃねえ」

「・・・望未?」

「んぐんぐ。意外といけますね、これ」


ふと、視線を向けると、望未さんは横で例のドリンクを飲んでいた

平気な顔をしているあたり、普通に飲めているのだろう・・・感覚は、わからないが

俺と穂高が引き気味の表情を浮かべる中、同志を得た八雲は目をキラキラさせて、ドリンクを飲み続ける望未さんに視線を向けた


「星宮・・・!お前とはうまく付き合えそうだな。そういうところ、好きだぞ」

「私は人に好かれる感覚なんて全くもってわかりませんので貴方からそう言われてもどう反応を返したらいいのかわかりません。言葉だけなら何を返したらいいかわかりますが、その言葉に自分の感情が伴っているのかはわかりません。なので返答はなしで」

「・・・」


絶句している八雲の様子を見つつ、俺と穂高は小腹がすいたのでストックしていたお菓子を食べ始めた


「しっかし辛辣ですね。星宮ってこういう女なのか。付き合いにくそうだけど、あんたにはぴったりじゃないですか」

「俺にはぴったりねえ・・・どういう意味で、だ?」

「面倒くさい性格してるところとか、かなあ・・・」

「・・・」

「いてぇ・・・なんで拳骨するんですか」

「全然面倒じゃないぞ。しかし八雲が贄になってくれてよかった。これからどうするべきか見えた気がする」

「・・・あ、あんたまさか」

「さあ、どうだろうな。ほら、八雲。最後の発明品を出せ」

「なんで最後にしてるんだよ!文字数とネタの関係か!そういうネタは椎名とかご先祖とかあのあたりが使う手法じゃんか!俺はまだ使わないぞ!」

「誰のことを言っているんだ」


どこかで聞いたような、不思議な単語を並べつつ八雲は最後の発明品を取り出していく

箱の中に収まっていたと思えない、巨大な筒

むしろあの箱の方が発明品なんじゃないかと考えつつ、俺と穂高は無言でその筒を眺めていた

しかし、どこからどう見てもそれはただの筒。変わったものとは思えない


「・・・それは、なんだ」

「見て分からんのか」

「見て分からないから聞いてるんですよ。なんなんです、その謎望遠鏡的な筒」

「え・・・これ八雲キャノンじゃないですか。先生の武器。天音さんも穂高さんも忘れたんですか?」

「正解!では早速、試運転と行こうぜ!」

「「おい待てや」」

「・・・あ、芋虫シェルターだ。入り込んでおこう」


どこかで見たような爆発をオチに持ってこられて、俺と穂高はその攻撃を・・・

自分の能力で、受け止めていた

望未さんはその辺に転がっていた芋虫的なシェルター?の中に引きこもったらしい

しかし、爆風に押されてコロコロどこかへ転がっていってしまう


「へえ、俺キャノンを穂高が雷撃を放つことで最低限に抑え込んで爆発か・・・それから天音の空気操作で爆風を緩和。やるねえ、特殊能力者」

「・・・これぐらいできないと、航路の安全を確保することはできないんでね」


月夜は文化レベルが他の都市に比べて高い部類に位置する

しかし他の都市になくて、月夜だけの文化が一つ存在している

それがこの特殊能力。適応試験を経て一定基準を満たした新生児の遺伝子に、特殊能力を刻む・・・それが、月夜に生まれた子供に行われる処置の一つだ

八雲のように才能を予見されている子供には行われない。ごく普通の子供が特別になるための処置だ

・・・月夜で不自由なく生きるには、特別でなければいけないから。仕方のないことだと思うけれど


「天音も穂高も能力者的には凄いことは理解した。けどさ・・・一ついいか?」

「なんだ」

「なんです?」

「・・・星宮、崖から落ちそうなんだけど」

「穂高ぁ!」

「あいあいさー!」


彼に指示を出して、俺はその場から急いで空気を操作し、芋虫シェルターを宙に浮かせる

それから安全な場所に降ろして、穂高に彼女を保護してもらう


「・・・じぬがどおもっだ」

「お前がそこまで表情崩したの初めて見たわ・・・」


穂高に支えながら子鹿のように震える望未さん

そんな彼女を見て、八雲はこう呟くのだ


「・・・芋虫、改良しないとな」

「そういう問題じゃないだろう。ちゃんと謝れよ」

「むー・・・」

「しっかし、なんで都合よくそこに転がしていたのか聞かせてくれるか?」

「・・・俺にも分からん。多分こういうやつだよ」

「こういうやつって?」

「ご都合主義ってやつだよ。でも、この世は俺の都合よく進んではくれていないけどな」


八雲はそう言いつつ、二人の元へ向かっていく

やれ、と肩を竦めた後、俺も彼の後を追って二人の元へ・・・


・・


あの一件が終わった夜

さて、そろそろ時間かね

全く・・・天音のやつ。俺だと語り部ができないとかいう理由で語り部ポジションを奪いやがって・


「驚いたか。驚け。俺は何だって知っているんだぞ。いや、知ってしまったが正解なんだがな!」


神様でもなければ、能力者でもない。ただの人間

しかし、その世界の理ぐらいは歪められるただの人間だけれども・・・


「今回の俺の大発明は、このバンダナ!多次元干渉バンダナ!これを身に付けるだけで、指定した人物の人格と才能をコピーできる万能アイテム!」


今回読み取ったのは、朝比奈?とかいうのとエドガー・・・だったかな。あいつらの才能

二人とも、発明に関してはとんでもない才能を持っている

俺も世間的にはぶっ壊れ開発してると思っていたんだが、まだまだ世界は広いらしい


「なあ、椎名。本当によかったのか?」

「・・・何が?」

「俺に、他の世界の干渉なんてさせてさ。色々と辻褄が合わなくなるんじゃないか?」

「気にしなくていいよ。どうせ、これはあったかもしれない時間軸なんだから。君たちが進む物語には影響しない」

「じゃあ、バンダナは廃棄した方がいいのか?」

「そうだね。君はまだ大丈夫だろうけど、回数を重ねれば分からない。それから君以外の人物が付けたら何が起こるか分からない・・・特に、天音くんとかね」

「・・・」


天音に何か影響を与えるわけにはいかない

今の天音は幸せに生きている。変な影響は、彼には必要ない

要注意しなければいけないものは、一つだけでいい

だから、懸念材料の一つは消しておこう


俺はそのバンダナにアルコールランプを使って火を灯す

あっという間に燃えて灰になったそれを確認してから、彼に声をかけようとするが・・・

目の前には、誰もいなかった


「・・・やれ、悪戯好きのお化けに化かされたかね」


あれがどうもお化けには思えなかったが・・・まあ、いいか

さて、次のお遊びの準備をしようか


「今回の発明は、天音の興味を引かなかった。天音は、全然俺を見てくれていなかった」


ずっと隣の女を見ていた・・・居候風情が。上からの命令じゃなければ教育のサジなんて投げていびってやるのに

天音のお気に入りじゃなきゃ、消していたのに

・・・これ以上あいつが一緒にいると、天音の興味があいつに映ってしまう

次は、天音をたくさん喜ばせられる発明をしないと

興味を失われたら、困るから

俺を見ていてくれないと、困るから


「さあ、パーティーは始まったばかりだ。天音」


狂気を携えて、パーツを一つ手にとった

次の、万博はそう遠くはない日に再び・・・


・・


おまけ、というのには少し長い気もするから話しておこう

俺が天音に執着する理由を


俺は才能がある子供だった

毎日、工具を片手に発明の日々。大人たちはその行動を褒めてくれたけれど

同年代の子供からは不評で、変わった子供、一緒に遊ばない子供

つまらない子供だと、周囲は俺を評価した


「・・・ねえ、君」

「・・・何だ、朔間天音」

「名前、覚えていてくれたんだ」

「一応な。で、何だ。お前に構っている暇なんてないんだが」

「才能ある子供だから?」

「まあな。お前らみたいに植え付けられた才能じゃなくて天性の才能を伸ばさないといけないんだ。お前らと遊んでいる暇なんてない」


大人には媚び諂う笑みを浮かべて、同世代は馬鹿にする

本当に最低な子供だったと、今は思う

けれど彼はお構いなしに俺の隣へ腰掛けた


「でも、話してくれる暇はあるんだよね。凄いな、八雲君は」

「・・・うるさいやつだな。で、何のようだ」

「君のお友達になりたくて」

「親から命令でもされたのか。お前も大変だな」

「そうじゃないよ。お父さんは戦争で死んじゃったし、お母さんは病気で死んじゃったんだ・・・だから、僕にはおばあちゃんしかいない。だからって、おばあちゃんから君とお友達になりなさいなんて命令なんてされていないよ」


「じゃあ、なんで」

「僕が、君のことが気になったから。それだけじゃ、ダメかな?」

「・・・」

「それにおばあちゃんはね、友達になりたいとおもったら、きちんと伝えなさいって!いやいや言っても好きのうちだからアタックアタックって!」

「お前のばあちゃん言葉が古いのかイケイケなのかわかんねえな・・・」


工具を床に置いて、話しかけてきた彼を視界に入れた

そこに座るのは・・・銀と琥珀の色を持つ少年

彼は俺の目を見て嬉しそうに笑うのだ

こうして、目を見て話してくれた存在も、友達になりたいと言ってくれたのも彼が初めて

・・・同時に、こう思った


「お前は、一人だから誰かの側にいようとするのか?」

「おばあちゃんがいるからそんなことはないけれど・・・そうだね。いつかは一人になっちゃう。その時に、誰もいないよりは誰かいる方がいいかなって」

「子供のくせに利己的だな。失ったものが多すぎるとそんな思考になるのか?」

「さあ。分からないね。ねえ、八雲君。僕の存在は君の利益にはならないかい?」

「さあね。長く一緒にいないと、それは分からない。いいよ。友達になろう、天音。いつか、君が俺の利益になることを期待する」

「友達に求めるものが利益とはね・・・面白いね、君は。ありがとう、でもいつかはそんな利益関係なしに一緒にいられるようになればいいね、八雲」


最初は、互いの利益のために友達になった

しかし、社交的な天音は俺の他にも友達を作った

対称的に、俺の友達は天音だけ

気がつけば、俺の側には天音しかいなかった


・・・天音を失えば、俺は一人になってしまうから

一人は嫌だ、から・・・天音を一生側に置いておきたい

それが俺の欲であり、叶えるべき願望だ

ずっとは望めるのか、望めないのか分からない

けれど、邪魔者を蹴散らし、最後に天音の側にいるのは俺でなければいけない


まだそれは蓋をしておこう

本気を出すのはまだ遠い話。その時は

・・・全員、消して、天音と生きる時間を見つけ出す

例えこの手を血に染めようとも、必ず果たして見せる

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