休暇用レコード18:ユピテル編「王族の収穫祭」

俺たちが住まうここ。アルグステイン王国はとても小さな国

大国と大国に挟まれるそこは、本当に小さいけれどそれでも民が安心して暮らせる国づくりを現在進行形で続けている


夕日が沈む光景を見渡せるぐらい高い山の上にある病院に逃げ込んで、そこにいる彼女に知恵を借りる為に扉を叩いた

白いカーテンが揺れる部屋

その光景は、太陽が昇ってからは恐怖ではなく、絵になるような美しさが際立つようになった気がする


「あらあら、ユピテル様じゃありませんか」

「ステラ、助けてくれ!」

「・・・またお仕事を放り投げて、ラトリアさんに怒られました?」

「その通り」

「・・・堂々と言わないで頂けますか?一国の王である貴方がそんな弛んだ態度だと、民もついていくことはありませんよ。もちろん、私たちも」

「・・・ステラ、めちゃくちゃ厳しくなったな」

「当然です。私たちも国王に仕える家臣です。貴方の道を正すのが、仕事ですから」


ほら、椅子に座ってください。膝についた埃も、しっかり落としてくださいね・・・と優しい言葉をかけてくれる

それから椅子にきちんと座ったことを確認して、何年経過しても変わらない笑顔を浮かべてくれるのだ


「ユピテルさん。逃げてきた理由はあるんでしょう?ちゃんと話してください」

「収穫祭が気になったんだよ。ステラも入院しているとはいえ知っているだろう?今年から十月最終日のお祭りとして設定された。デメテルアスター」

「ああ。豊穣神と、アステル君の名前を組み合わせて作られた、秋の収穫を祝うお祭りですね。行きたかったのですが・・・残念ながら、今年は不参加ですね」

「倒れたと聞いた時は驚いたんだからな・・・。医者の許可が出るまで絶対に外出は禁止だ。安静にしていろ」

「わかっています」


半年以上前、ステラは執務中に倒れたと一緒にいたソフィアから報告を受けた

彼女には持病らしい持病もなかったので、全員何事かと驚きつつ、病院に向かった話はもう懐かしささえ覚えてしまう


「まあ、おめでたい感じに纏まったからよかったけど・・・もしも、悪い方向だったらと思うと、背筋が凍りそうになる」

「同じことをソフィア君からも言われました」

「・・・ラトリアはどんな反応だったんだ?俺、公務中だったから知らなくてさ」

「腰、抜かしたそうです。アステル君がそう言っていました」

「あいつが?」


ラトリア・カルディシネマ

公爵家の出身で、俺の大親友でステラの旦那さん

人の心を研究する彼は、それ以外にも様々な知識を有し、俺たちを後ろから支えてくれた大事な存在だ

何も考えていない顔をしつつも、その中では色々なことを考えており、思考の海に溺れることもしばしばだ

よく、考え事をしながら移動するものだから壁にぶつかったり、近くの川に溺れたり、沼にハマったりしている姿は我が親友ながらに、情けないなと密かに思っていたり・・・


「それほどびっくりしたということですよ。ラトリアさんらしいじゃないですか」

「意外と図太い奴だと思っていたんだが、腰抜かしたのかよ・・・情けねえ」

「繊細なんですよ。ユピテルさんが思っている以上に、貴方の大親友は。だから逃げないであげてくださいね。今頃、落ち込んでいる頃でしょうから」

「そうか?」


「・・・ステラ、またユピテルから逃げられた」

「ほら」

「誰と話しているんだス・・・ユピテル。やはり君もここにいたか」


白衣と空色の、男性にしては少々長い髪を揺らしつつ、ラトリアは俺に掴みかかってくる

やれこいつ。また資料漁りに夢中で家に帰っていないな!?何か臭うぞ!?

ステラがいないと本当にズボラになるんだな、この学者先生は・・・


「ラトリアさん」

「どうした、ステラ」

「・・・またお風呂にも入らないで、資料室に入り込んでいましたね。臭いです」

「うぐ・・・」

「言われてやーんの」


茶々を入れると、面白くなさそうなステラの視線と、うるさいと言わんばかりのラトリアの視線が俺に向けられる

二人して怖かったが・・・これが、似たもの同士というものだろう

だからこそ・・・選ばれたのだと、思うよ


「元はといえば君が私に仕事を押し付けるからだろう。ステラ、やはり君がいなければ資料が上手く纏まらない。というか、見つからない」

「・・・ラトリアさん。まずは資料室の整理から始めてくれますか?また山を築いていると、アステル君から教えてもらいましたよ?自分でどうにかできないんですか?置くだけが整理整頓ではないんですよ?」

「私に整理整頓ができると思っているのか」

「してください」


ラトリアは本当に整理整頓ができない

それに加え、ステラに出会う前は新公用語の存在を忘れ、旧公用語しか扱えないなんて事態に陥っており、論文の作成も滞っていた

そんな彼に誰も救いの手を差し伸べることなく、結果、彼の部屋は整理されていない資料の山が築かれ、本人ですら出入りできないようなとんでもない部屋になってしまったという経緯がある


「・・・どう思いますか。こんな人が貴方のお父さんなんですよ?自分で整理整頓もできない、子供みたいなお父さんがお父さんだと、貴方にも苦労させそうです」

「・・・言われてるぞ」

「それでも私が整理整頓できないのは変わりない。どうしたらいいかわからないからな」

「だから堂々と言うなよ・・・」

「・・・そこまで言うのなら私も少しは考えましょう」

「!」


ステラが整理整頓、全般を担当してくれると思ったのか、ラトリアは無表情を貫いたままだが、どこか嬉しそうに言葉の続きを期待する

頭の触覚みたいな毛が揺れているし、整理整頓全部やる宣言を期待しているんだろうな

けど、相手はステラだぞ

そう上手くはいかないと思うのだが・・・


「ラトリアさんが整理整頓を覚えないのなら、この子のお父さんとしてユピテルさんを紹介します!」

「はい。パパですよ〜違うけど〜」

「それだけはやめてくれ!」


慌てふためくラトリアなんて初めてお目にかかった気がする

それほど別の人物が父親に置き換わるのが嫌なのだろう。気持ちはわからないこともない


「わかったなら整理整頓、この子が生まれる前に覚えてください」

「わかった・・・」

「聞きましたね、ユピテル「様」」

「ああ。アルグステイン王国、三十五代目国王ユピテル・アルマハルチェは確かに、家臣のラトリア・カルディシネマの宣言を聞いた。王の前で嘘はご法度。破ればわかるな?」


ステラが公的な場面で使用する呼び名を使ったので、どういえばいいかなんて簡単に予想がついた

まあ、ここはノリで。大事な家臣のお悩みだ。国王である俺が聞き届けない理由はない

整理整頓ができなければ、俺がもうすぐ生まれるステラの胎にいる子供の父親

ある意味、悪くないような気がする!後継問題はとんでもないことになりそうだけど!


「謀ったな、ステラ・・・」

「使えるものならなんだって使います。ラトリアさん、貴方はもうすぐ父親になるのですから、しっかりしてください。いつまでも、このままではいられないのですよ?」

「・・・わかった」

「では、今日は解散ですね。ユピテルさんもちゃんと執務してくださいね。ラトリアさんの整理整頓の教育はお任せしても?」

「乗り掛かった船だしな。最後まで付き合うよ。ラトリアが整理整頓できるようにできるようになるように、俺も手助けする」

「ありがとうございます。それでは、また」

「ああ」


彼女に見送られつつ、病院を後にする

・・・で、俺は何を相談しにステラのところに来たんだっけ

まあ、いいか

・・・と、いう具合にその日は過ぎたと思う

それから、それから一ヶ月近く経過した頃かな。話が、動いたのは


・・


デメテルアスター。世間ではハロウィンと呼ばれる我が国の収穫祭当日のことだ

デメテルというのが、豊穣の神を示す存在

アスターは、アルグステイン王国に再び植物を芽吹かせた功労者・・・植物学者の「アステル・フローレルカ」から取られたものだ


そんなアステルは今日の収穫祭に参加しているのだろうか

いや、外に出れば騒ぎが起こるだろうから、家で庭の手入れをしているか

賑やかな場所が好きではない男だし、想像に容易い


「・・・顔を隠せば、バレないよな?」

「おそらく」


包帯で顔をぐるぐる巻きに。ミイラ男と呼ばれるものに仮装・・・いや、収穫祭を楽しむ一般人に変装した俺は、念の為同伴している彼に問題ないか確認しておく


「そういうラトリアは何か仮装しないのか?他国の収穫祭は、仮装が基本らしいぞ?」

「化物の仮装なんてして・・・ステラを驚かせたら大変だ。もうすぐなんだぞ」


一方、今日の俺とお忍び視察についてきてくれるラトリアは普段着のまま

・・・これではお忍びではない。ただの視察だ


「気持ちはわかるが、せっかくだし楽しめ。ステラだって、楽しんで欲しいって言っていたじゃないか。今年の情報を元に、来年二人、いや三人で楽しめばいい」

「そう、だな。うーん・・・しかし、どんな仮装をしたらいいのだろうか」

「脱ぎやすいものにしたらいい。あそこに、かぼちゃの被り物が売っている。ジャック・オーランタン?だったかな?背の高いお前なら映えるだろう」

「かぼちゃの化物か。それなら顔も隠せているし、お忍びもきちんとできるだろうな」


そう言いつつ、フラフラと店に向かってかぼちゃの被り物とマントを一式揃えてくる


「んしょ・・・これでいいか?」

「・・・お前、それで歩くと誰かびびらせそうだ。雰囲気あるぞ」

「そうか・・・やはり身長がな・・・」


ラトリアの身長は俺より少し高いぐらい。確か、最新取り入れたセンチという測り方でいえば、190を超えていたはずだ

彼にとってその高い身長はコンプレックスであり、公的な場面以外、いつも猫背だ

この国に住まう成人男性の身長は高い部類だが・・・それでもラトリアの身長は高い方だと言っていいだろう

仲良く180な俺とソフィアと並べたら、まあ馴染む

170ほどのアステルと並べたら、兄弟みたいな感じ

そして150に満たないステラと並べると、その大きさは特に際立つ


「・・・なあ、ユピテル」

「何だ?」

「私と身体を交換しよう。普通ぐらい、平均ぐらいがいい」

「やなこった・・・身長が高くなったら苦労しそうだ」

「そんな・・・」


しかし、ラトリアと肉体を交換・・・か

もしそんなことが可能であり、もしも俺がラトリアの身体を得てしまえば・・・俺はもう二度とラトリアと顔を合わせることはないだろう

一生、ラトリア・カルディシネマとして、ステラとのんびり暮らすのだ

ラトリアと偽ったまま隣で過ごし・・・老いたら共に夫婦として埋葬される

そんなことが叶うのならば・・・どんな手段を用いても入れ替わりを果たしたくなる


しかしそんなことをしても、ユピテル・アルマハルチェとして、ステラ・ルーデンダルクに愛されることはない

ステラ・カルディシネマの伴侶であるラトリア・カルディシネマして愛されるのだ

それは面白くない話だと心から思う


「・・・俺は、俺として彼女に愛されたいからな」

「・・・ユピテル?」

「何でもない。ほら、かぼちゃの帽子を被ったら歩き出そう。収穫祭はもう始まっている」

「おい、帽子が後ろに・・・少し待ってくれないか、ユピテル・・・!」


子供の時のように彼の手を引いて、前を歩き出す


慣れ親しんだ夜の街。賑やかなのも当然だ

人々にとって夜であることが、つい最近までは当たり前だったのだから

星が瞬き、慣れ親しんだ街灯がいつもの街を賑やかに彩る


紙吹雪が舞い、仮装した人々は楽しそうな声を出して収穫祭の開催を喜ぶ

子供たちは異国の文化に従って、大人たちにいたずらをしない代わりにお菓子を要求していく

とても、愛らしい光景だ


「あら、包帯のお兄さんとランタンのお兄さんもお菓子かい?」

「い、いや俺たちは・・・」

「いいからいいから。ステラ様が収穫祭はこう楽しむのだと、本で教えてくださったからね。お兄さんも、収穫祭楽しみましょうね!」


近くにいたおばさまから、俺たちは飴を一粒もらう

きっと、収穫祭の為に用意していたのだろう


「とにかく、ぱっと見バレてないみたいで安心した」

「まあ、そうだな。私たちを見ても、ただの一般人だと認識してくれたようで安心した」


まずは我が身のことを考える

安心したと同時に、次の考えが頭の中に入り込んでくる

この収穫祭は今年初めて開催されたものだ。異国の文化を取り入れたものだから、抵抗感が強いものも多いと聞いている

こうして、抵抗なくお菓子を差し出すなんて・・・予想すらしていなかったが、あのおばさまはステラの名前を出していたな


「ラトリア、収穫祭に関して、ステラは何か行動を起こしているのか?」

「ああ。今年初開催の収穫祭の、他国での歴史。そしてその文化を予め本にして国の大人たちに配布したんだ。もちろん、国費で」

「いつの間に・・・まあ、宰相が許可したならいいけど」

「お前には連絡が入っていなかったのか?」

「ああ。何も、聞いていないが・・・」

「ユピテルが不在の時だったから、私が王妃殿下に許可を得たんだ。全く、何をしているんだあの女は・・・遊ぶことだけが、王妃の務めではないんだぞ・・・」

「すまない。あいつとは最低限の会話しかしないから」


この国に太陽を取り戻した後、俺たちはそれぞれの道を歩んだ

空色の家臣として、俺に力を貸してくれた四人は、今もまだ俺に仕えてくれている。家臣として良き友人として側にいてくれている

・・・「離別」を選ぶことしかできなかった者もいるけれど、今もこうして側にいてくれるからいいのだ


「しかし、王妃殿下はステラのことをとても嫌っているよな。なぜだ?」

「・・・空色の家臣って理由で俺とステラが一緒にいるのが気に食わないらしい。文官の立場としても、行政にしゃしゃり出ているから他のを呼べといつも言われる」

「・・・他の、ねえ」


珍しく、ラトリアの眉間が動いた

相当気に障ったのだろう。それからも、彼は眉間にシワを寄せたまま俺との会話を続けてくれる


「お前としては自分の妻が王妃から睨まれているってだけで面倒な案件だろう。しかし、俺は何度言われようともステラを側から離すつもりはない」

「それでいい。ステラは君を裏切らない。どんなことがあろうとも・・・一番信用でき、有能な文官を側に置く。君は国王として正しいよ、ユピテル」

「随分な評価だな。身内ボーナス付きか?」

「君もわかっているだろうけど、私を初めとした少々厄介な学者連中は揃ってステラに助けられているからな。彼女の仕事はこの身できちんと理解している。たくさん、助けられたよ。それはもちろん君も・・・」


確かに、彼女にはたくさん救われた

膨大な量で埋まっていた図書館の整理

そこから、かつてこの国に存在していた夜の呪いと太陽を取り戻す為に必要なことを探る為、何日も掛けて蔵書を漁った日々

彼女がその手助けをしてくれた日々を俺は忘れない

野宿同然の三年間を共に駆け抜けてくれたことを・・・俺はーーーー


「だからこそ、私は彼女に選ばれるとは思っていなかった。ステラは、君のことが好きだと思っていたからな」

「・・・家臣だが、貴族でもない平民の女と一国の王。そんな身分差が通用するのは、御伽噺の中だけだ。それに、俺はステラのことを良き友人であり、読書仲間だと思ってはいるが、それ以上で見たことはない。安心してくれ」

「・・・本当に?」


彼の言葉に動揺したのか、巻いていた包帯が少し、解けてしまう

まさかこんな言い返しをされるとは思っていなかったから


「本当だ。そうでなければ・・・今頃、彼女の手を引いて、田舎に隠居して・・・のんびり農家をしているだろうさ」


嘘をつく。正直になれというように、また包帯が少し緩んだ

その下に潜んでいた表情も、白日のもとに晒される

表情変化が豊かになった彼は悲しそうに目を細め、彼の中で長年抱いていた疑問の答えを口に出すのだ


「・・・嘘をつくな、ユピテル・アルマハルチェ。君は・・・本当は・・・!」


ラトリア、お前に俺は嘘をつけないのか

やっと、他人の妻になったスティを見て笑えるようになったのに、お前の前では嘘をつき続けることができないとは・・・

情けない。一国の王としても、一人の男としても

同じ少女に、恋をした男としても・・・


「・・・笑え、ラトリア。これが、正直さを忘れた愚鈍な王の姿だ」

「・・・」

「ああ。けど、俺もスティも皆、収まるところに収まった。これ以上はない。望むことも、ないんだ」


少しだけ、振り返ろう。彼女と俺の、取り戻せない思い出の話を


・・


スティと共に過ごした三年間は俺の大事な「思い出」になってしまった

月明かりすら差さない図書館の中で、ランプの光を二人で囲んで資料を漁る日々

太陽を取り戻す方法を漁る中、第二王子と専属文官という立場も変化を遂げる

元々、趣味が似ていた。彼女も俺も、本が好きだったから


「・・・ユーチェ、まだ続けますか?」

「平気だ。もう少しで糸を掴めそうな気がするからな。疲れたなら眠るといい、スティ」

「ううん。私ももう少し頑張ります。せめてこの山を消化するまで!」


この国では、家族以外を愛称で呼ぶということは「心を許した関係」であると言われる

互いの想いを確かめ合った後、俺とスティはそれぞれ家族から呼ばれている愛称を教え合った

ステラはその名前を少しだけ短縮して、スティ。どうやら、同じく文官だったお父さん・・・アルバ・ルーデンダルクがつけてくれたものらしい

母上の専属文官を勤めていたほどの実力者・・・そして母上の初恋の男性と聞く

血は争えないな、と密かに思ったが、これは墓場まで持っていくべき話

それは母上も同じ気持ちだった


しかし母上は、俺がステラと行動を共にしていることを知って、この話を俺にしてくれた

それから数日後に亡くなるとは思わなかったが・・・何となく、俺も同じ道を辿りそうな予感を覚えてしまった


「・・・日の時になるぞ。全く、無理をするなよ?」

「はい。ユーチェも、ダメですからね?疲れたらちゃんと寝てください」


誰かを思って動く姿、誰かを気遣う姿、そしてその愛らしい顔に浮かべる笑顔に惚れた

この時は、これからもずっと彼女の側にいられるものだと思っていた

彼女との仲を反対されれば、名前を捨てて平民として生きる覚悟もしていたほどだ

それほどまでに、彼女に恋焦がれていた


「寝る。でも、やはりお前を残して寝るのは」

「で、では・・・ユーチェは、同衾を所望、ですか?」

「疲労を回復させる為に眠るのに、さらに疲れてどうする・・・」

「そうですね。しかし、かつてのユーチェはこう言いました。可愛いは正義。可愛いは疲労回復の効果がある。だからお前の可愛い姿を見せておくれと」

「・・・言ったな」

「言いました。そして、同衾の最中に見せる表情が俺的に一番好きだと!」

「よく覚えてるなそんなこと」

「ユーチェが、好きだと言ってくれたので」

「そうか・・・」


彼女のプラチナブロンドの髪を掬い上げながら撫でていく


「・・・しかし、ユーチェ。私は一つ、我儘を言いたいのです」

「どんな?」

「そろそろ、その・・・家族を安心させたいのです。父も母も、手紙でユーチェの存在を伏せた上で、男性とお付き合いしていることは報告したのですが、早く会わせてくれと何度も催促の手紙が来ていまして・・・しまいには」

「しまいには、嘘だと思われ始めたか」


スティは無言で頷く

今はまだ話せないし、きちんとした報告もすることはできない


「最近はお見合い写真も来るようになりまして・・・困っているのです」

「まあ、十八となれば、この国ではむしろ婚姻していない方が珍しいからな」

「そうですね。周囲からの連絡に「ステラはいつ結婚するの?」とか「うちは三人目。ステラは?」なんてことがよく書かれるようになりましたし・・・」


この国は、家の為ではなく互いの為に婚姻をすることが多い

しかしそれは、平民に限った話である

貴族階級には、無関係な話だが


それでもこうして若いうちに恋をして、婚姻を結ぶものも多い

・・・スティやソフィアは俗にいう「行き遅れ」

アステルとラトリアに至っては「売れ残り」なんて言われる始末だ

そんなことを言われるようにしてしまったのは・・・俺にも責任がある


「・・・待たせてすまないな」

「い、いえ・・・立場や状況は理解しています。謝るのは私の方です。ユーチェを、急かせるようなことを、責めるようなことを行ってしまったので・・・」

「・・・せめて、君のご両親には挨拶を済ませてしまいたいのだが、それも苗字を捨てるまで不可能だからな。申し訳ない」

「気になされないでください。私は何年でも・・・え、ちょっと待ってください?苗字を捨てるって・・・」


まだ、話していなかったことを口走る


「・・・ああ。この国に太陽を取り戻した後、苗字を捨てて、ただのユピテルになろうと思ってな」

「それはいいのですが、何の為に・・・」

「わからないのか?アルマハルチェとしての役割も立場も、その特権も全部捨てて、平民になるんだ。苗字がない分、平民よりさらに下に扱われそうだが・・・」


そういう、格差社会も、取り除けたらいいのだがそれは兄上の仕事だ

俺の仕事はこの国に太陽を取り戻すまで

後は、陛下に褒美として苗字を捨てる選択を得るだけ

これで、準備は整うのだ


「では、その時はユーチェに私の苗字をあげないとですね」

「ああ。ありがたく、受け取らせてくれ」


後でお願いしなければならない部分を先に提案してくれる

そう。後は当初の予定の通りに

そうなると、あの時は本当に思っていたよ


・・・兄上と陛下が、母上が亡くなられた病に罹患し、崩御された

その報告をラトリアから得るまでは・・・心からスティとの未来を信じていたさ


・・


「ユピテル、君は・・・」

「いいんだよ。もうあの日から七年経った」


太陽を取り戻して、俺は後継として国王の座についた

スティ・・・ステラとラトリア、それからソフィアとアステル。俺と共に太陽を取り戻した存在は「空色の家臣」と呼ばれて人々に親しまれるようになった


それから俺は公爵家の娘を一人、娶った

周囲から早く王妃になる女性を迎えろと言われたが、それなりの階級でなければ認められなかった

平民を娶ることは、たとえステラでも許されることはなかった


アルマハルチェの血を持つ人間は、もう俺しかいなかった

国を守る為には、国王の座を埋めなければならない。俺以外が座れない、荊の椅子に

逃げられるものなら逃げたかった


しかし俺が逃げたら国が傾く

偶像でも、役立たずでも国の象徴として玉座に座らなければいけないのだ。それが、民の為なのだから


「俺たちだって、あの時のままではいられない。変わらなければいけないんだ」

「それでも、君にも望むものを手に入れる権利があるはずだ」

「バカをいうな。俺は一国の王だ。常に民のことを考え、見本になる振る舞いを心がける。我欲を表に出していい立場ではない」


何よりも俺を長年支えてくれた彼を、彼女が前に進むきっかけを、長年かけてアプローチを続け、彼女の側にいられるようになった彼を裏切る真似はしたくない


「さあ、ラトリア。仕事へ行こう。今日の視察は楽しいものになりそうだぞ?」


包帯を巻き直して、彼に手を差し伸べる

何もかも、蓋を閉じて鍵をかけて・・・真相は、当人しか知らない箱の中

これでいい。これがステラと思いを通じ合わせた「監査官」としてのユピテル・アルマハルチェの終わり

あっけない終わり方だが、死ぬのには遅すぎた

その顔は、これからずっと棺桶の中に入れてしまっておくのだ


これからは「国王陛下」のユピテル・アルマハルチェの顔だけを掲げていこう

私欲を殺し、民の為に生きる・・・理想の王として、この命が尽きるその日まで玉座に座り続けるのだ


「・・・ユピテル、君はとても無理をしているように見える」

「気のせいだろう。さあ、お前もカボチャを被るんだ。お忍び、だからな」

「・・・ああ」


不服そうにカボチャを被り、本心を頭と共に被り物の中へと彼は収めていく

それからは二人で収穫祭の調査を兼ねて歩いていく

賑やかな街の喧騒すら聞こえないぐらい、その空気は闇夜のように重く、暗かった


・・


「あ、ユピテルさん。ラトリアさん。こんばんは」

「久しぶりだな、ソフィア。アステル。まさかこんなところで会うとは・・・」


重い空気を抱えつつ、収穫祭の偵察を終え、普段着に着替えた俺たちはステラに会う為に病院へ向かう

するとそこには空色の家臣であるソフィア・アングトロイカとアステル・フローレルカの二人が立っていた

アステルはともかく、ソフィアとこんな夜中に会えるのはかなり珍しい

普段は夜通し天体観測に勤しむ彼は夜の時間は絶対に天文台に引きこもる

しかし今日はなぜここにいるのだろうか・・・


「今日の天体観測は?」

「収穫祭である今日は夜通し灯をつけ続けるんです。なので普段は使わない天文台も灯をつけるそうで・・・今日は中止です」

「なるほど・・・」

「そろそろステラの予定日なので様子を見に来ました。それに彼女から出産報告の手紙の代筆を頼まれまして。ご両親に出す手紙ですからね。ラトリアさんが仕事だから託されたので・・・後は頼んでも?」

「ああ。すまないな、ソフィア」


「お気になさらず。ああ、それと先ほど一人目が」

「そうか・・・!ん?一人目?」


嬉しそうにはしゃぐラトリアも、彼の言葉にやっと気がつく

そう、一人目。生まれてくる子供はまだいるのだ


「どうやらもう一人いるそうで。今はそちらが」

「双子か・・・」

「・・・それが、その。少し事情が複雑なようで・・・今回はその関係でアステルさんをお呼びしました」

「・・・ユピテルさん。一応聞いておきますが、姦通罪の幇助をした・・・わけではないですよね?」

「・・・先に生まれた子が、俺と同じ赤毛だったか?」


ソフィアとアステルが同時に頷く

なるほど。アステルが呼び出されたのは・・・一応、公的な質問だからか

残念ながら、その可能性は一切ない

というか、ソフィアもアステルも覚えていないのか?ステラと同郷でご両親と付き合いもあるのだろうに・・・

少し呆れてしまうけれど、答えをきちんと提示しておかなければ、俺だけではなく、ステラとその子供たちも裁かれてしまう


「二人とも、覚えていないのか?お義父さん・・・アルバ・ルーデンダルク氏は赤毛だぞ。ステラはお義母さん似のプラチナブロンドだが・・・赤毛の因子も備えているんだ」

「なるほど。遺伝の不思議という奴ですね」

「アステルは遺伝関係も植物で研究しているから理解はしてもらえるか。そういうことだ。疑わしいかもしれないが・・・信じてもらいたい」

「・・・まあ、疑っていないのでそこは安心してください。どんな反応をするか試しただけなので」


困ったように眉を下げるアステルの横で、ソフィアが真顔で言い放つ

まあ、こんなことだろうと思ったよ。こいつはたまに、唐突にこんないたずらを仕組んでくるから・・・


「・・・ソフィア。お前、性格悪いとか言われない?」

「よく言われていましたよ。だから学生時代はステラ以外友達いなかったんですから」

「堂々というな堂々と・・・」

「むしろ自慢できる部分なので。ステラと二人三脚で卒業まで走り抜けた青春を、俺は忘れません。誰の奥さんになろうが、俺とステラは「ずっとも」という奴です。テルがそう言っていましたから」

「・・・例の召喚者か。まあいいや。でも、こういうところで、このタイミングでその冗談は洒落にならんから、場所と遊ぶ相手ぐらい選べ。今回は許すが、次は罰を与える」

「気をつけます」


本当かぁ?と疑わしい部分もあるが、今はそれでいいか

あれ、そういえばラトリアはどこに行ったんだろう


「ステラァァァァァァァ・・・」

「もー、情けない声出さないでください。よしよし・・・」


二人目もソフィアから遊ばれている間に産まれたのだろう

赤毛の男の子と、白髪の女の子

両親の血をしっかり受け継いだ二人の赤子を、二人は慈しむように見守っていた


「・・・」


時間が、関係を変えるというのはいい言葉だと思う


「・・・全く、ラトリアは考えすぎなんだよ。ステラが未練たらたらなら、あの二人は産まれてねえっつーの」


そう悪態をつきつつ、俺もまた彼らの元へ向かっていく

かなり時間がかかったがきっと、収まるべきところに収まったのだ


ソフィアとアステルは友人として

俺は、主人であり、王として二人の前に立つ


これからもきっと、その関係の天秤はぶれることはないだろう

それはもう変わらない、死ぬまでずっと・・・箱の中だ


「二人とも、おめでとう。可愛いなぁ・・・うちも女の子欲しいー」

「あげないからな」

「そりゃあ残念」


それから、夜は遅いけれど四人の家臣と王は新たな風の誕生を喜び、一時を過ごす

これは新たな一ページの始まりに過ぎない物語

この子たちが築く未来の先に待つ、ラトリアと同じ白髪青目の技師と天真爛漫で、貴族として産まれたふわふわ令嬢の一生へと続いていく


・・


「エドガー」

「おー。ピスケ。遅かったじゃないか」


暇つぶしに書架に飾られたその本を手にとって、少しだけ過去のアルグステイン王国の姿を見る

ユピテル・アルマハルチェの手記・・・だが、考察の話は本当だったのか


平民に恋慕を抱いた民には優しい国王陛下

それから彼は、民が暮らしやすい国を作り上げ・・・その人生を全うしたという

数代前の王が圧政を敷くまでは、アルグステイン王国はとても暮らしやすいと言われていたほどに


しかしそんな賢王としての姿が目立つ反面、私生活に置いては愚王と呼ばれるような暮らしをしていた

当時の王妃殿下と会話は一度もない。王子たちとも最低限の会話しか行わなかったそうだ

それ以上に、家臣たちと過ごした時間の方が多かったと・・・

民のために生きた賢王。家族は省みること一度もなし・・・それが、ユピテル・アルマハルチェという王様を例える言葉となる


「一応、公的な場だから陛下と呼んでくれると嬉しいのだが・・・国一番の技師様には常識なんて通用しないと思うべきか?」

「さあな」

「お前、空色の家臣の話、好きだよな」

「ああ。この王様のこと、俺は大嫌いだからな」

「・・・貴族令嬢を平民落ちさせて娶った男は言うことが違うな」


「ああ。欲しいものは必ず手に入れるのが俺の主義だからな。ところでピスケ」

「なんだ?」

「ご飯くれ」

「・・・相変わらず食い意地が張っているな。いいよ、食事の準備をしよう。我が友人。エドガー・ユークリッド。収穫祭の為、今日はカボチャ尽くしだ」

「おうとも。あ、食事は軽めに頼む。アイリスの飯が入らなくなるからな。ピスケ・アルマハルチェ殿下?」


家臣の物語の本を閉じて、友人との会話を弾ませる

過去はしっかり糸を繋いで、今のアルグステイン王国を作り上げた

これからも、この国は穏やかな時間を過ごしていく。終わりを迎える、その日まで

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