休暇用レコード17:小鳥遊小鳥編「惚れ薬キャンディと一晩の語りごと」

恋をして、愛を知り、結婚して幸せに暮らしました


教本に書かれている恋愛なんて所詮、そんな可愛らしいものばかり

当然のように書かれていますが、そんな理想的な恋愛をできる人なんて、少数派なのではないかと私は思うのです


また一つ、穢れを刻んだ体を抱きしめて空を仰ぎました

本当は、嫌いなことだけれども・・・その穢れを得なければ私は発狂寸前の苦しみを得てしまう

それを避けるためには、吐き気を催す行為だって・・・


最中、嫌な快楽と共に思い描く人はただ一人

初めて恋をしたと言ってもいいだろう。長い時間関わった男性が初めてだということもあるけれど・・・

それ抜きでも、彼はなぜこんな裏世界にいるのかわからないぐらい純粋で優しい人だった


血に染まっていても穢れのない心を抱いた護衛の青年

誰よりも愛情深い彼に、愛されることができたのならば・・・

私の中に残るこの汚い泥も、どこかに消化されるのだろうかと思いながら目を閉じました

愛されたい

けれど私には、その権利はない


・・


「ふわぁ・・・」

「またお昼寝はるるだ。マジよく寝られるな。秋の花粉でくしゃみとかキツくないの?」

「はる、よく寝る。頬、ツンツンしようよ」

「まだ起きてるよ。お前らが騒がしいおかげで、眠れなくなったけど」


とある秋の昼下がり

今日も彼は拾って来た双子の殺し屋と共に神楽坂家の庭園で大好きなお昼寝に勤しむ

最も、双子はその邪魔をするから、きちんとした睡眠は彼には訪れてくれないみたいだけど


「小鳥、こいつらに何か仕事を振ってやってくれ。体力なら無駄に余っているだろうし」

「なぬっ!?今日は休みなのに仕事!?」

「お前がうるさいからだよ、明。お前だけは絶対仕事させる。透、お前はどうする?」

「・・・ど、読書に。秋と言えば読書。今日は天気もいい。読書日和。だからお休みの日に仕事なんて」

「よし、仕事だな」

「なんで」

「寝ている人間の頬を突くのは重罪だと、昔教えただろう。忘れたとは言わせないぞ」

「・・・な、ぬ」


項垂れる双子を横に欠伸をしつつ、指示を出す

お仕置き、な部分もあるでしょう

二人はもう拾われて来た時のように十二歳の子供ではなく、十九歳の大人の女の子

子供でも許されたことでも、大人になれば許されない・・・なんてこともよくある話です


しかし、無関係な私を巻き込むのは・・・できればやめて欲しいのですが

そういうところも、彼らしいといえば彼らしい

仕事になると真面目なのですが、私生活だと面倒なことは全部他人任せ・・・一体、どうしてこうなったのやら


しかし、人手が増えるのはいいことです

今日は仕事が多いし、お言葉に甘えてしまいましょうかね・・・

猫の手も、護衛の手も借りたいほど、やるべきことはたくさん

神楽坂家のメイドは私一人。護衛三人の手を借りれるのなら、普段は手が回らない場所の手入れをするチャンスでもあります


「じゃあ、二人には倉庫の整理をお願いしましょうかね。備品の確認もお願いします」

「えー!」

「終わったら、明ちゃんと透ちゃんの大好物、作りますから」

「流石小鳥!頑張る!行こう、透!」

「うん。頑張ろう、明」


双子はスキップしながら倉庫の方へ向かっていってくれる

一方、そんな二人に仕事を振るように頼んだ人物は再び大きな欠伸をした後、また昼寝をしようとしますが・・・流石にそれを認めるわけにはいきません

私の計画では、彼も頭数に含まれているのですから


「はるくん」

「・・・なんだよ、小鳥」

「皆はお仕事をしているのに、はるくんだけお昼寝というのはどうなんですか?確かに多忙なのは存じていますけど・・・暮らしている家のことの為に少し頑張っていただけませんか?」

「俺は、今日休みだ。だから正当な権利を行使して、お昼寝を・・・」

「それは明ちゃんも一緒ですよね?ほら、起きて。シーツ、干すの手伝ってください」

「ぬー・・・」


一回り大きな体を起こしながら声をかけていく

そのボケボケした感じはまるで大きな熊みたいで、そう言ったらきっと、怒ってふてくされて、次のお昼寝まで不機嫌を貫き通してしまうだろうから、言わないけれど


「仕方ないな。どうせ買い出しにもいくんだろう?後で煎餅買ってくれ」

「渋いですね・・・」

「俺は煎餅が好きだから。ほら、早くシーツ」

「ありがとうございます。では、これを」


洗い立てのシーツを手渡して、近くの物干しに干してもらう・・・のですが、干した後、彼は怪訝そうにシーツを睨んでいました


「どうしました?」

「このシーツ・・・お前のじゃないよな」

「それは明ちゃんのです」

「お菓子の食べカス多そう・・・」

「洗っているんですからある訳ないでしょう」


「じゃあ、このシーツは?」

「それは透ちゃんのですね」

「・・・透は安全だな。でも布団の中で絵を描いてたらしい。インクの跡が残っている」

「もう。シーツ講評なんてしなくてもいいので、さっさと干してください・・・」


「小鳥、これは?」

「それは小陽お嬢様のシーツですね。日陰の物干しに干してください」


止めてもまだ続けるし、うっかり聞かれたら答えてしまう自分も情けなく思う

しかし今回は聞いてもらえてよかった。お嬢様のシーツは最高級のもの

干し方も重要なものだ。雑に干せるお値段の代物ではない


「・・・道理で透と明のシーツと比べたら艶々・・・俺もこれで寝てみたい」

「まあ、夢ではありますよね」

「お前は漏らすからダメだろう。こんなの一日でダメにしちゃうと思うぞ?」

「・・・も、漏らさないように頑張りますもの」

「本当かな・・・」

「本当、ですもの。なんなら寝る為だけにおむつ、つけてもいいですよ?」

「その発想が既におかしいぞ・・・」


確かに、ゆるゆるなのでよく粗相をしてしまいますけど・・・いや、そういう問題ではなく、ですね

いいじゃないですか。夢を話すぐらい。艶々シーツで寝る想像ぐらいは許されてもいいと思うのですが!


「・・・これは小鳥のだな。一部が黄ばんでいる。なんかよろしくないから新しいのに変えろよな」

「言われなくてもわかっています」

「しっかしなんだこの黄ばみ方・・・まさか大きい方も漏らしているなんて訳ないよな?」

「・・・」

「こっち向け、クソメイド」

「の、のーこめんと!」

「一番日当たりいいこの物干しに干しとくな・・・それと、何かに再利用なんて絶対にやめろ。絶対に捨てろ。なんか気分が悪い」


はるくんから謎の気遣いをされつつ、私のシーツは一番日当たりの良い場所に干される

残りのシーツは一枚

彼本人のものですが、どんなコメントを残してくれるのでしょうか


「じゃあ、残ったこれが俺のか」

「はい。それがはるくんのです」

「我ながら火薬臭そう・・・」

「洗剤の香りしかしませんからご安心を」

「・・・なぜ俺のシーツから洗剤の香りしかしないことを知っている?」

「・・・やべっ」


「あー・・・小鳥、お前俺のシーツの匂い嗅ぎながら洗濯したな。汗臭い、男臭いとかいいながら。何もしてないよな!?」

「してない!してない!・・・ヨダレは、垂らしましたけど」

「よし」

「よし、な部分ですか?」


彼の判断基準はわからないけれど、とりあえず「よし」らしい

多分これをおかずに一人盛り上がってしまっていたりしたら射撃訓練の的にされていただろうな・・・


「ヨダレ程度ならまだマシだと思っただけだ。おかずにはされていないらしいし」

「おかず・・・まあ、好みの香りですし、できないことでも」

「するなよ」

「はるくんがしていいと許可をくれるのなら、毎日毎晩盛ってもいいんですよ?さらに許可を出してくれるのなら、時間なんて気にせずに・・・!」

「盛るな万年発情期」


ドン引きした顔で私から距離を取り始めるはるくん

流石に身の危険を感じているらしい。これでも神楽坂の護衛というのに、戦闘力も何もないただの痴女相手にここまでてこずるとは・・・少々呆れていしまいます


この神楽坂家はお嬢様と使用人四人で生活しています

もちろん、主人の神楽坂小陽お嬢様

メイドの私こと小鳥遊小鳥

護衛の有栖川透ちゃんと有栖川明ちゃんの双子の姉妹

そして、お嬢様専属護衛の野坂陽輝

五人のうち、四人が女。しかも年頃

皆、はるくんが大好きです。しかし彼は誰とも付き合おうとしないし、好き放題できる環境でありながら襲うこともありません。我が家の紳士です


「・・・はるくんは実は性欲がないとか、そういう感じですか?」

「そういうわけではない。人並みにはあると思うが、俺としてはガツガツ来られるのは困るというわけだ、肉食系」

「・・・これだから拗らせ童貞は」

「今、めちゃくちゃ酷い悪口を言わなかったか、小鳥」

「言いました。手頃な女が四人もいるのに手を出さない理由がなんですか、ガツガツくるのが嫌だからって!誘ってるんですよ!?受けてくださいよ!」

「嫌だよ」


消極的に目を細めるはるくんの間髪入れない回答に肩ががっくり落ちてしまいますが、ここで諦めるわけにはいきません

・・・私、何を争っているのかわかりませんけど、ここで引き下がったらいけない気がするので攻撃を再び再開します


「もし今、その誘いを受けるというのなら・・・おっぱい、触ってもいいんですよ?好き放題にして、いいんですよ?」

「触って喜ぶほどガキじゃない」

「なっ!男の人は皆大きいの好きでしょ!?」

「お前がどういう男に狙われて来たのかよくわかったよ・・・巨乳好きばっかりだったんだな・・・俺は貧乳好きだから。趣味が違うな・・・」


「・・・ロリコン?」

「断じて違う。貧乳好きとロリコンは同一ではない。勘違いするな!」

「なんでそこ、目がガチになるの!?怖いよはるくん!?」


はるくんにも謎の矜恃があるらしい・・・はるくんは貧乳好き。小鳥、覚えた

でもまあ、はるくんは戦闘力高めの女の子好きそうだし、ポヨンポヨン揺れるものが付いているよりは、なだらかな平原の女の子の方が好きそうだよね・・・

って、それじゃあ私は好みの女の子からガン外れってことじゃないですか!?

それをいうと、お嬢様も透ちゃんも明ちゃんもそれなりにあるので全員対象外・・・

はっ!削ればいいんですね!


「何か変なこと考えていないか?」

「はるくんが貧乳好きなら、この余分な脂肪を削ってしまおうかと」

「体に傷はつけるなよ・・・大事にしろ」

「・・・惚れる。もう惚れてた。抱いて!」

「今どこにそんなキュンキュンさせる要素があったのかご教授願おうか、小鳥さんよ。ほら、まだ仕事あるんだろ?さっさと終わらせて昼寝に帰らせろ」

「え、ちゃんと、手伝ってくれるんですか?」

「・・・手伝わなくていいのなら、寝に行くが。お前が絶対に来れない場所にな!」


そんな場所は、屋敷の屋根か、秘密の地下壕ぐらいか

けれどせっかく、いつも昼寝で行方不明になるはるくんと一緒にいられるチャンスでもありますし、ここは精一杯頑張らせていただきましょう

先ほども言った通り、神楽坂家の皆は揃ってはるくんが大好きです

それは、保護者とか、使用人仲間だからとか、主従関係のそれではなくて、一人の男の子として、です

それぞれ、色々な方向でアプローチをかけていますが、彼の反応は乏しいまま


だからと言って、特定の誰かとお付き合いをしている情報もありません

・・・彼がまだ、フリーであるのならチャンスなのです。いかなる手段を持ってでも、手に入れたい。それは当然の、本能的な動きだと私は思います


「じゃあ、もう少し。買い出しに加えて、掃除と晩ご飯の調理が残っていますから。お手伝い、してくれますか?」

「・・・仕方ない。先ほども言ったが、煎餅、ちゃんと買えよ」

「煎餅で働くあたり、本当に子供みたいで可愛いです。さ、はるくん。今日は私と、デートをしましょう。まずは、買い出しから」

「・・・公衆の面前でその痴態を晒すなよ?」

「言われずとも・・・晒しますが」

「・・・心配だ」


はるくんは、私と同い年ですが性経験に乏しい人です

私のように、同意強制含めて四桁の男性の相手をしたことある女とは違って、まだ清い人

それに暮らしていた環境がとてもいいものだったのでしょう。そういう話題も、あまり好きではないらしい


けれど、私にはこれしかない

お嬢様や透ちゃんや明ちゃんと違って、アピールできるものがこれしかないのだ

やっぱり、穢れた私が綺麗な彼を手に入れるのは相応しくないのでしょうか

・・・それでも欲しいと思うのは、許されるのでしょうか


権利がなくても、欲しても、いいのでしょうか

洗い場に洗濯籠を置いて、買い出しの準備を進めてくれる

冷たい空気が、私の思考まで凍らせにかかっているような気がした


・・


買い出しを終えた帰り道


「おせんべ、おせんべ。おっせんべ」


年甲斐もなくスキップをしながら歩く姿なんて、そうそうお目にかかれるものではないでしょう

お嬢様でも、双子でもなかなか見ない、子供みたいな彼の姿

きちんと目に焼き付けておきたいけれど・・・どうしてそこまで喜ぶのか私は気になった


「そのおせんべい、子供向けのソフト煎餅ですよね?てっきり、おじいちゃんがばりぼりしているようなあの茶色いあれを想像したのですが・・・」

「俺、これが好きなんだ。小さい頃、妹とよく分けていて」

「あ、妹さんいるんでしたね。あー・・・はるくんのことですし、きっと優しくてしっかりしたお昼寝大好きお兄ちゃんだったんでしょうね。私、一人っ子でしたから、少し羨ましいです」

「まあ、父さんたちが放任主義でさ、お金だけ置いて世界中を旅してたから。俺が面倒みないと、宙音、死んじゃうかもだったし。しっかりするしかないんだよ」

「そう、ですか・・・」


子供の頃から、なかなかハードな生活をしていたらしい

・・・皆、同じ。神楽坂家に集められた主人も使用人も、皆まともな幼少期を過ごせることができていなかった


「小鳥、口開けろ」

「へ?」

「ほら、煎餅」

「あ、ありがとうございます」


まさかはるくんからおせんべいの支給があるとは

・・・流石に口に運ばれるのは予想外だったけど、少し、役得かも


「美味しいか?」

「はい。美味しいです」

「ん」


感想を述べると、嬉しそうに頬を緩ませる

いつもは無表情。寝ているか、少し面倒臭そうにするか・・・表情の変化はほとんどないのだが、笑えたんだな、はるくん


「・・・」

「どうしたんですか、はるくん。急に立ち止まって」

「駄菓子屋だ。覗いてもいいか?」

「ええ・・・構いませんが」


物珍しいものを見つけた彼は颯爽とその駄菓子屋さんへ向かっていく

・・・このあたりに毎週買い物に来ているのですが、これまで駄菓子屋さんというものを見た記憶がない

不思議な感覚を覚えつつも、私もその駄菓子屋さんへ足を運ぶ


「なあなあ、小鳥。これなんだと思う?」

「もう、なに年甲斐もなくはしゃいでいるんですか・・・ええっと、惚れ薬キャンディ、ですか」

「ただの飴玉に見えるけど、本当に惚れ薬効果があったりしてな」

「そんな、まさか。ただの商品コンセプトですよ。惚れ薬って言ってしまえば媚薬ですよ。駄菓子にそんな薬混ぜたら全国の保護者に怒られちゃいますよ。小学生がおまじないに使う程度です」


正論を投げかけてみるが、彼の反応は乏しい

魔法にかけられているかのように、彼らしい行動ではない・・・なんだか、変な感じだ

それに、ここ、本当に駄菓子屋、なのだろうか

見渡す限り飴の瓶しかないし、他のお菓子とかおもちゃとかそれらしいものが全くない

逆に不気味で、恐怖さえ覚えてしまう


「試してみようぜ。なんか雰囲気あるんだよ、ここ。本当に効果がありそうだ」

「正気ですか?」

「ああ。でも俺、薬効果ないから小鳥に試してもらうけど」

「それなんのプレイで・・・ゲフゲフ。もしもその薬が本物で私に何かあったらどうするんですか」

「痴女だから問題ないだろう。媚薬だぞ」

「ごもっともなご意見で!」


「まあ、なんだ。何かあったその時は、ちゃんと責任取るさ」

「つまり、私が薬で寝たきりになるような事態になっても、お嫁さんにしてくれると」

「勿論だ。男に二言はない」

「プロポーズ!耳が聞こえなくなる前にしていただきたいです!夕日の海岸をバックに!」

「なんだそのロマンスセレクトは。それに媚薬で耳が聞こえなくなるような事態は起こらんだろう。店員さん、この飴の効果は何日ですか?」

「一晩だよ」

「ありがとうございます。飴の効果が切れるまでは、小鳥が何をしようとも俺は文句を言わない。これで、どうだ」

「是非とも食べさせてください!」

「・・・拒否してたのに、この掌返しようは怖いな。店員さん、この飴二つ」

「毎度あり」


はるくんは店員さんに声をかけて、飴を包装してもらう

先にお財布から代金を取り出し、トレーにぴったりの額を置いて一息ついた


「どうして、二つ?」

「ものは試しというやつだ。俺の体質上、薬の効果は出ない。けれどなんとなく、効果が出そうな気がしてな」

「へえ。でも予感通り薬が効いたら面白いですね。トロトロになったはるくんとか、見てみたい気もします」

「・・・効かないといいんだけどな」


それから飴を二つ受け取った私たちは、再び屋敷への道のりを歩き出す


「・・・ひひっ」


店主さんの謎の笑い声が聞こえた気がしたが、気のせいということにして・・・聞こえなかったふりを貫き通した


・・


その日の晩、私は彼を自室へ招いた

理由は勿論、あの飴の効果を試すため、だ


「い、いらっしゃいませ、はるくん」

「んー・・・」

「枕、持参なんですね」

「枕が違うと寝られないから」

「腕じゃ、ダメなんです?」

「寝る時は絶対に枕だ」

「もう、寝ることにはこだわるんですね・・・」


彼を部屋に入れて、鍵を閉める

それから何があってもいいように、ドアにチェーンをつけて、南京錠で二重に鍵をかける

これで、外に問題を持ち込むことはない

朝まで、この部屋は二人きりの密室だ


「じゃあ、食べるか」

「は、はい・・・」


二人揃って、薄い桃色の飴を口の中に放り込む

あ、桃の味がほんのりする。色が色だったし、味も見た目と同じのようですね

・・・しかし、今のところただの飴と大差ないようですが


「・・・んぅ」

「はるくん?どーしました?」

「・・・なんだか頭がぽわわんってしてきてな」

「ぽわわんってなんですか。なんでそう、表現がいちいち可愛いんですか・・・?」

「んー・・・」


そのままはるくんは新品のシーツが張られたベッドの上にダイブして、自分の枕に頬擦りを始める


「自分に惚れ薬の効果、出てません?可愛いですねぇ、はるくん」

「そういう小鳥こそ、もうフラフラじゃないか。ほら、こっちこーい・・・」

「いいんですか?襲っちゃいますよ?」

「責任取るって言ったろー・・・ほら、ほら!」


ベッドをバンバン叩いて、隣に来いと主張する

勿論、来ない理由はない。彼の隣に飛び込んで上機嫌気味なはるくんの顔を覗くようにベッドの上に転がった


「小鳥」

「どうしました?」

「お前は・・・普通にしてるだけでも可愛いぞ。だから、変に、自分が、嫌なことで勝負しにこなくたっていいじゃないか」

「・・・覚えていたんですか?」

「ああ。お前が、父親に売られてさ、身売りして・・・それからセックス依存症になったこと、聞かせてくれたじゃないか。覚えてないなんていうわけないだろう?」

「・・・」

「嫌なことはしなくていいんだよ。そうして、自分を選んで欲しいと言われても、俺は少し、困る。小鳥は、いいところたくさんあるんだからさ、そっちで、きて欲しい。小鳥が一番自慢できるのがそれなら、俺も受け入れられるように頑張るからさ・・・」

「困る、というのはどういうことでしょうか」

「いいのか?俺が、小鳥が嫌なことに惚れて、強要する真似をするようになっても。お前が好きになってくれた俺が、お前の嫌いなことをする・・・それで、いいのか?」

「それは・・・」


「ごめんな、小鳥。お嬢さんの気持ちも、透と明もお前も、全員が俺に向けてくれている気持ち、全部わかっているいるんだ。でも、俺は・・・凪咲のことが・・・まだ、忘れられなくて、次なんて、考えにくくって・・・」

「凪咲・・・さん」


そのまま彼は、眠りの中に落ちてしまう

安らかな寝息をたてて眠る姿に、私の意識もきちんと覚醒してくれた


「・・・惚れ薬でも媚薬でもないじゃないですか」


あの飴の正体は、本音を打ち明ける薬だ

いつものはるくんなら、言わないような本音と弱音


「まだ、相棒のことを忘れられないのか」


彼の白髪を指で掬い上げ、そっと耳打ちする


「ねえ、はるくん。星海凪咲さんはもう亡くなられているじゃないですか」

「忘れられない気持ちも、わかるんですよ。でも、そろそろ一番の座を奪い取らせてくださいね。せめて目的を終えたら、前を向いてください。私、頑張ります。選ばれるように、頑張りますから」


望んではいけないものかと思っていた

けれど、きちんと見てくれている。大好きな彼は今は私だけではなく皆のことを見て、その気持ちにだって気がついてくれている

今は、その事実だけでいいのだ


「いつか、愛されてみせますよ。貴方だけに、一番に。その権利も、自分で掴み取ってやりますから」


権利がないと思うのならば、それを掴み取って見せる

必ず振り向かせて見せる。それが今の私の全力の誓いです

頬に軽く、キスを落としておく

それに気がついて起きることはないけれど、いつかはもう少し横にずらせたらなんて思いつつ、私も彼の隣で眠りにつく

・・・明日は少し、忙しいだろうから


・・


次の日


「・・・」

「おはようございます、はるくん」

「ああ、小鳥か。おはよう。昨日は何事も?」

「覚えて、いないんですか?」

「全く・・・すまないな。ところで小鳥、その格好は?」

「ああ。これですか。私なりの勝負をしようと思いまして」


彼女はスカートの裾を軽く握り、ボリュームのあるスカートをそっと持ち上げる

いつもならそこから太腿部分までたくし上げて、その先まで見せようとするのに、今日はそんなことをしない

少し違和感があるけれど、昨日、俺は彼女に何か言ったのだろうか

全然、覚えていない


「・・・昨日はミニスカメイド服だったのに、急にクラシカルメイド服。足が見えていない小鳥はなんか違和感だな」

「慣れてください。今日からずっと、これですから」

「え」

「・・・私、これまで少し無理をしていたんです。だから、これからは私なりの姿を、ありのままの私を貴方にぶつけていきます!」

「は、はあ・・・」

「・・・本当は、こっちが好きなんです。誘惑はやめません。でも過度なものはやめます。等身大の私で、いつか貴方を振り向かせて見せますから。一番に、なってみせますから!」


どういう心境で変わったのかわからないけれど、過度なアピールをやめてくれるのは、俺の精神衛生上いいのかな・・・

真っ直ぐに、俺の目を覗いてくる小鳥の言葉はなぜかすんなり俺の中に落ちていく

・・・頭の中では違和感がある行動なのに、なぜか違和感がない。不思議な感じだ

それから鍵を開けて、俺は一度自室に戻り、いつもの仕事着に着替える

外で待ってくれていた小鳥と共に、食堂へ向かうと、そわそわした素振りのお嬢さんがまっていた


「あ、陽輝、小鳥。おはよう!トリックオアトリート!」

「おはよう、お嬢さん。しかしなんだ、急にハロウィンなんて・・・」

「あ、あれ?昨日彼方が陽輝にこう聞けば、ピーチ味の飴をくれるわよって言ってたんだけど・・・それを二人に食べさせて、いたずら祭り!って予定だったんだけどね」

「ピーチ味の」

「飴、ですか」

「ええ。どうやら暴露飴っていう薬みたいでね。あれ?二人とも、持ってないの?」


「お嬢さん、ちょっとタイム。相談タイム入れていい?」

「ええ、構わないけど・・・」


小鳥を連れて一度食堂から出ていく


「・・・あれ、だよな」

「あれ、ですよね」

「知らないフリで行こうか」

「そうですね。昨日の夜は、内緒です」

「っ・・・そういうのは、急にやるな、心臓に悪い」


口元に手を当てて、小さく笑っただけなのに、なぜか少し動揺してしまう

なぜ、笑った小鳥の表情に・・・よくわからない


「・・・こういうのが、好きなのでしょうか。可愛いです」

「二人とも、何を話しているの?」

「いいや。今日の買い出しの相談かな」

「はい。今日はお米を買おうと思うので、車を出してもらおうかなとか、相談していたんですよ」

「ふーん」

「「それと、飴は持っていない」」

「そう・・・彼方、なんであんな嘘ついたのかしら。はっ!もしかしてこれが彼方なりの悪戯かしら!?」


お嬢さんと仲がいい冬月のお嬢さんとこれから悪戯のことで少し揉めるんだろうな・・・と思いつつ、俺と小鳥は仕事に取り掛かっていく

少し、変化を生んだ飴と一晩のことは、俺と小鳥だけの内緒の話


「はるくん?」

「あー・・・うん。なんでもない。ほら、朝食の準備をしようか」

「はい!」


・・・あの薬、惚れ薬じゃなくて暴露薬なんだよな

それにしても、昨日に比べて小鳥の振る舞いを目で追ってしまうのは、なぜだろうか

不思議な感覚を覚えるが、その理由に気づくのはまだ先の話

今はいつも通り、使用人としての一日が幕を開ける

今日はハロウィン当日、なんだか騒がしくなりそうな気が、しなくもない

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