休暇用レコード16:植村結月編「図書館の魔女は手始めに」

まずはお鍋を用意します

新品のものではいけません。一年以上使った黒いお鍋でなければ上手くいきません

焦げがついているものが最適。ボロボロなものを選んでくださいね


それから材料を混ぜる棒を用意します

墓地に生えている木の枝を手折り、それをその木の下に植えてください

一週間後、それを取り出せば棒が完成します

できれば長くて太いものを用意してください。混ぜるのが少し、楽になりますよ


次に、材料です

材料は黒蜥蜴の尻尾、妖精の鱗粉、万年亀の甲羅粉末、悪魔の血

それから天上果実の花弁に魔女の唾液。そして最後に・・・


「対象者の毛髪・・・」


前途多難な材料ばかりだけれども、目的の為なら可愛いものだ

まあ、飲ませたい本人からは怒られると思うけど、提案するだけタダだと思う


「頑張る・・・」


これもきっと「永遠」を得るための試練だ。飲まないというのなら仕方ない

それに永遠を得られなくても、私は構わない

その代わり、私は彼にあるものを授けたい


・・


児童養護施設「そよかぜ園」

私たちは、様々な境遇で親元を離れてここで寄り添いながら暮らしていた


今日はハロウィン。年に一度、三時のおやつが豪華になる日なのだが、お菓子の配当は年長である私たちより年少の子が優先される

先に年少の子たちが、用意したお菓子を選び最後に年長が残りのおやつを手に取る

逆年功序列、というものである。世知辛い

好きなだけ取っていいというルールのせいで、結果的に年長である私たちはいつもより少ないお菓子しか得られない

年長だって子供なのにこの待遇の差には苛立ちしか覚えられない


しかも残っているのは決まって不人気なものばかり・・・

キシリトールのガムとか、ハッカ飴とか・・・果物の飴ではなくて、何処かズレているものばかり

子供たちにも不人気なそれは、最終的に施設の先生たちに配られる

おそらく、それを見越して先生たちは大人用のお菓子を購入しているのだろう。凄く解せない


まあ、そんな感じなので私たちはもう施設が行うハロウィンには一切期待していない

だから、三人でハロウィンをやるのだ。私たちが満足できるハロウィンは、この形でしか行えない

お菓子作りが得意な良平が、お菓子を作って・・・私がそれをお手伝い

シーツをかぶった樹がお菓子をよこせってお化け役を担当して、最終的にみんなでお菓子を食べる、三人だけのささやかなハロウィンだ

材料だって自分たちでお金を出しているし、施設の電気代の一部だって・・・私と樹の給料から支払われているのに

そんな私たちを面白く思わない先生たちが、給湯室に無断で入るなと文句を言い、クッキーが焼ける電子レンジがある給湯室に鍵をかけてしまった

・・・今年は、そんなささやかな時間も、失われてしまったのである


「良平、クッキー作って」

「いいけど。小麦粉も砂糖もないから無理だよ。それに先生にバレたらお菓子分けろって言われるじゃん。給湯室には鍵がかかるし、本当に最悪だよ。なんだよあれ」

「・・・」


「結月。何かいい案ない?樹が糖分欲しさに半分キレかけてるから、少し頭を借りれると嬉しいな。うちの頭脳担当のお言葉なら、樹も納得だろうし」

「・・・買い、に。樹、私、お金、ちょっと、ある」

「そっか。でもいいの?二人のお給料なのに」

「良平だから、いい」

「ありがとう、結月。樹、買いに行こう。僕らだけのお菓子」

「おー。結月。お前外に出て平気なの?キツくないか?」

「・・・二人、一緒、きっと、平気」

「そうだね。じゃあ手を繋いで買いに行こう。離れないようにね」


私が無言で頷くと、良平と樹は私の両手を握りしめてくれる

それから優しく引きながら足並みを揃えて歩き出す

施設の先生にはもう何も言わない。私たち三人が、いうことを聞かない悪い子だって・・・皆分かっているのだから

放置していた方が楽。犯罪紛いのことはしないし、仕事しに行ったのだろう

きっと、皆そう思っているだろうから


「ねえ、結月。コロッケ食べる?ここのコロッケ美味しいんだよ。施設に来る前、僕はよく食べていてね。きっと結月も気にいると思うんだよ」

「馬鹿言うな良平。結月は揚げ物とか脂っこいもの苦手だろう。だから、こっちのたこ焼きの方が気にいるはずだ」

「・・・」


二人が、何かを言っている。早口だから上手く聞き取れない

二人は当たり前、だけど私には聞き取るのが難しい早さ。それに声だって、周囲の雑音が入って聞き取りにくい


「・・・」

「具合、悪そうだな。良平。コンビニ行って水買ってきてくれ」

「う、うん!」

「結月、こっちの人通りが少ない道に行こう。俺の声、聞こえてる?」

「・・・」


無言で頷いたことを確認した樹は私の手を引いて、近くにある空き地の方まで向かう

ここまで来ると人通りが少なくて、うるさいのも、静かになる


「・・・あんまり無理するなよ。薬、水がきたら飲もうな」

「・・・ん」

「・・・最近、また薬の量が増えている」

「ごめん、なさい」

「結月が謝ることじゃない。また、何か耳が聞こえにくいことで、先生や学校の奴らに何か言われたのかって思ってさ・・・心配なんだよ。クラス、離されてるし」

「仕方、ない」


「要望出してもいつも別クラスだ。悪意を持ってクラス分けしてるとしか思えない」

「・・・もっと、聞こえ、なく、なれば」

「ダメだ。これ以上はクラスどころが学校まで離される。自傷なんてするなよ、絶対に」

「・・・わかった」


生まれつき、聞こえにくい耳を持って生まれてしまった

そのせいで、実のお父さんとお母さんを怒らせていた

何度も、何度も、聞こえないから何をしたらいいかわからなくて失敗して、怒られる

両親は特に教育熱心な人だったから、暴力がとても酷くって・・・元々聞こえにくい耳はもっと聞こえが悪くなった


それから少しして、両親の間に新しい子供ができた

今度は、健康な子。耳もちゃんと聞こえる使える子。愛嬌があって、とっても可愛い女の子

使えない私は、役立たずでお荷物な私は、そよかぜ園に預けられた

・・・ううん、捨てられた。いらないから、捨てるのは当然。世界の理なのだから、仕方ない


「樹、水」

「おー、仕事が早いな良平。ほら、結月。薬飲んで」

「ん・・・」

「良平、助かった」

「大丈夫。結月、ごめんね、気遣えなくて」

「いい・・・私が、悪い、から」


目を閉じて、現実から目を逸らす

私が悪い。聞こえないのが悪い。具合を悪くするほど精神バランスが危うい私が悪い

全部、私が悪いから


・・


彼女は自分を追い詰めた後、一度眠る

その気持ちを記憶に、心に刻むように短時間の眠りにつくのだ


「突発性の睡眠障害も治ってなかったか・・・ここ最近、睡眠時間を管理してある程度はマシになったんだけどな」

「結月は全く悪くないのに・・・どうしてこう、責めちゃうのかな」

「この子はそういう子なの。自分を責めていないと、必要ないって言い聞かせておかないと、生きられない、幸せを享受できない子なんだ」


寝息を立てる結月の頭を撫でる

けれど、そうしたって彼女が幸福感を得ることはない。彼女が起きている時に、頭を撫でようとすると「叩かれるかと思った」と言う恐怖心だけを与えられる。本来与えたい、優しい幸福は、彼女にあげられない

彼女に何かしようとしても、彼女にとっての優しいことはない。全部、怖いことなのだ


「・・・どうやったら、この呪いは解けるんだろうな。解いて、あげられるのだろうか」

「誰かが解かないと、結月はずっとこのままだよ」


良平の言葉は、俺の中にゆっくりと沈んでいく


「樹は結月の事、大好きだもんね」

「ああ。幸せにしてやりたいが、まだ子供だから何もしてやれない。制限が、多すぎる」

「それでも、好きな女の子の為に史上最年少で医師免許を取るなんて真似はそう簡単にできることじゃないよ」

「良平がいなきゃ無理だったよ。最高の家政夫が当番とか家事全般変わってくれなきゃ、勉強に割く時間を作れなかったし・・・」


世間は努力の賜物だと言う

しかし全て、結月を救う為。医者になるのと同時に心理学とか、色々と必要な勉強は一通りこなした

大変だったけれど、その背後を家事万能の良平が支えてくれていたから成し遂げられたことだ

俺一人だったら、ここまで事を運ぶことは難しかった


後は、その努力が実を結ぶだけ。難しいけれど、地道にやって彼女が笑って過ごせる未来を、得て行きたい

お礼なんて言われなくてもいい。この想いが実らなくてもいい

ただ、俺をあの毒親から引き離してくれた結月にできることを、したいだけだ


俺がこの施設に来た理由は単純。親からの虐待だ

結月のように暴力とかそう言うものじゃない。精神的な虐待


初めての子供が可愛い理由も理解できる。満足な食事、望めば得られる物

しかしそんな俺でも望んでも得られなかったのが、自由だった

牢屋の中に入れて子供を育てる。それが俺の両親がやっていたこと


学校のプリントを届けに来た結月が両親の「入ってくるな」と言う声が聞こえなかったおかげで・・・俺は、こうして自由を得ている

結月は、俺の親に叩かれていたけど・・・それでも彼女は笑って言うのだ

「よかったね。これで君も、外に出られるよ」・・・と、辿々しい口調で、血が出る額を気に留めず、俺が外に出られたことだけを喜んでいた


「・・・昔、救われたからな。結月から。今の俺は、彼女がいなければ存在していなかった」


恩返しと言う部分もあるが、俺を救ってくれた彼女が救われない姿は見ていられない

だからこそ、救いたい。俺を救ってくれた彼女を、今度は俺が救いたい

その為にできることなら、何だって・・・


「・・・ねえ、樹。君にも、来たんだよね。ギフテッドの、学校案内」

「来た。もちろん、結月にも。お前もだよな、良平」

「もちろん。三人で行こうね。政府のバックアップがある、学校。日柳へ」

「ああ。そこなら結月が大好きな本がたくさんある。俺たちだって最高クラスの設備で医療ができる、家事ができる。施設にいる時よりも何倍もいい暮らしができるんだ」

「そうだね。見学会の時、凄いなって思ったよ。こんなところで、家事ができるなんてって思うぐらい、最新設備ばかりで凄かった」


「ああ。良平。俺たちはギフテッドとして認められ、ここまで来たんだ。お金を搾取される生活もおしまい。結月にちゃんとした補聴器も買ってやれるし、ちゃんとメンタルケアもしてやれる」

「お給料取られてたの!?」

「ああ。俺と結月、二人揃って搾られてたよ・・・まあ少し手元に残してるから、その辺りはまあ、どうにかなる。しかし本当に腐ってんな。あの施設。昔はそうじゃなかったみたいだけど」

「・・・」

「起きたか、結月」


話している間に規定の時間が過ぎたのだろう

重い目蓋を開け、彼女は現実へ戻ってくる


「・・・は、よ」

「おはよう、結月。気分は?」

「・・・・」


無言で首を横にふる。良くはないらしい


「ここで待ってるか?」

「やだ。二人、と、一緒」

「ん。じゃあ、もう少し我慢してくれよ」


無言で首を縦に振る。少しだけ、頑張ってくれる

後もう少しの辛抱だ。もう少し我慢して、ギフテッドの申請をしたら俺たちは全寮制の日柳学院に入学できる

そこに行けば、通販だってできる


こんな騒がしくて不快な場所に結月を連れ回さずに済む

良平一人に買い物を頼むこともしなくて良くなる

もう少しで、三人だけの、自由が・・・得られるんだ

そうなったら、結月の治療に集中できるはず


あの時は、そう信じていたな・・・希望しか、抱いていなかった

現実を、見るまでは


・・


あれから三年。十七歳の俺たちは日柳学院高等部の三年生に在籍していた


ギフテッド制度

才能あふれる人間を保護し、その才能を伸ばす為に同じような立場にいる人間を集めて、才能を高あう・・・

その為に作られたのがこの日柳学院という学校だと、俺たちは聞いていた

普通の授業が行われていたことも、設備だって見学会で確かに確認した


しかし蓋を開けてみればこれである。例えるならギフテッドの蠱毒

ギフテッドが才能で他のギフテッドを殺し、その才能を昇華していく・・・悪趣味極まりないところに結月と良平を連れてきてしまった

この学院に未来を描いていた時の俺をぶん殴ってやりたい


しかし静かで、課題さえこなせば自由が得られる

施設にいた時よりも、家にいた時よりも自由なのは・・・皮肉としか思えない

設備も一応最新のものだった。耳が聞こえないことをバカにする暇もない。自分が生きるのに必死な環境

他者との関わりが課題の時以外存在しないおかげか、結月の精神も安定しているのは・・・本当に、皮肉だよ


「良平、あいつらは?」

「今日も追い返した。どうせ図書館の資料が見たいんだろうさ」

「すまないな」

「いいんだよ。来客の相手ぐらい任せてよ」


ここ最近、変な来客が後を絶たない

理由は単純。結月が根城にしているこの「図書館」に貯蔵されている資料がお目当てだ

とある課題で好きなエリアの所有権を得られる、というものがあり、それぞれ俺が「保健室」、良平が「調理室」、結月が「図書館」の所有権を得ている

あの課題も大変だったが・・・所有権を得る為だ。可愛いものだった


「・・・そういや、あの小蝿の名前って何だっけ」

「井上圭と逢坂卓郎。後三人ぐらいいるみたいだけど・・・いつも来てるのはこの二人だね。やっぱり図書館の資料が目当てみたい。結月に直接交渉したいみたいだけど。ねえ、そろそろ話だけでも・・・」

「ダメだ。ロクな連中じゃないよ、飛び級組なんて」


映像で、井上と逢坂を含む五人のことは知っている

今年入学して、課題をこなして・・・この三年生まで飛び級してきた期待のルーキー

ハイリスクな方法で他者を蹴落とし、才能さえ一定基準伸ばせば進級できる。その制度をふんだんに利用したのだろう

・・・そんな自分の為なら人を、仲間を殺すのも厭わないような連中を、結月に近づかせるわけにはいかない


「・・・良平、あいつらに少し甘くなったよな。何か、あったのか?」

「別に。けど、彼らなら日柳の真相に」

「・・・そんなに手伝いたいのならお前一人で行けばいいだろう。俺と結月には関係ない」

「樹・・・君だって分かっているんだろう?このままじゃ、いけないことぐらい。最終課題をクリアして、外に出ることこそが、一番理想的な道だってことぐらい・・・」

「・・・興味ないな」


「樹」

「そんなに後輩共の手伝いをしたいなら、家政夫契約を切っていい。ほら、お前は自由だよ。出ていけよ。もう、ここには入れないけどな」

「・・・」


それから良平は何もいうことなく、図書館を後にする

その背中を見送った後、俺は図書館の鍵を閉めて用意していた白衣を纏う

学生ではなく、医者として

最奥で待つ彼女と、過ごす為に


・・


「・・・と、いうわけで樹の説得は無理でした」

「家上先輩、江ノ島先輩から追い出されてるじゃないですか・・・」

「まあ、しょせん家政夫だしね・・・。それに、樹、家事も普通にできるからさ、本当は家政夫なんて必要ないんだよ。今は無職。家政夫なんて名乗れないニートだよ」

「いや学生でしょあんた・・・」


ごもっともな意見を卓郎君に言われつつ、自分の無力さを感じさせられる

日柳を出て行きたい。その理念をかざした二人の意見に共感したので手を貸した

しかし、僕は二人の為に、何もしてあげられなかった

それに大事な家族さえも裏切った形になってしまった・・・


「植村先輩は、できないんですか?」

「できないよ・・・あの子は、もう何もできない」

「江ノ島先輩に、甘やかされたから?」

「そうじゃない。そうじゃ、ないんだ・・・」


最奥にいる彼女を思い浮かべる

籠の中の鳥。図書館の魔女「植村結月」

課題で両足を失った魔女は、今、何を夢見ているのだろうか

それは、彼女の専属医である江ノ島樹しか、知らない話だ


・・


図書館の最奥には、読書エリアが存在している

偽物の日光が差し込む天窓。管理が面倒くさくないように作り物だけど、植物の匂いを纏う草

樹が別の空間から私でも快適に読書ができるベッドを運んでくれて、今はここで、一日を過ごすことが多くなっていた


「・・・」


義肢が重い。調子が悪いのだろうか。樹がきたら、油をさしてもらわないと

それに、この本の内容も・・・相談してみなきゃ

口の中に、少しだけ体調がいい時に作った飴を放り込む

やっぱり、読書のお供には飴が最適。これを作った人は教科書に載るべきだと心から思う


「結月」

「樹」


飴を口の中で転がしていると、私の専属医を勤めてくれる彼がやって来た

その表情は少し疲れている。上で何かあったのだろうか

ここ最近、上には言っていないし・・・少し様子見も兼ねてお散歩を進言してみようか


「具合はどうだ?補聴器の調子も、問題ないか?」

「平気。耳もちゃんと聞こえるよ。でも、右足の動きが少し悪い。見てもらえる?」

「ああ。任せてくれ。いざというときに動かないのは厄介だもんな」


ここに来る前に、樹と私は互いが貯めていた給料を元手に補聴器を買った

今も現役なそれは、私にきちんと聞こえる世界を与えてくれた

こうして、普通に話せるようになったのも大きな進歩

樹と良平の声を聞けるのは、本当に嬉しい話だ


「ゴミが間に挟まっていた。すまない、メンテを怠ってしまって・・・不便をかけた」

「気にしないで。こんな生活してるから、なかなか動かさないし、気がつかないよ」


樹は白衣の中からティッシュを取り出し、出てきたゴミをそれに包んで再びポケットの中に入れていく

後で、上のゴミ箱に捨てるのだろう


「ねえ、樹。最近、上が騒がしいけど、何かあった?」

「小蝿が来ているだけだ。良平は、連れて行かれたけど」

「そっか」

「あまり興味なさそうだな」

「私は、樹さえいてくれれば別に・・・」


思ったことを口に出すと、樹は悲しむどころかむしろ嬉しそうに頬を緩ませて私に抱きついてくる


「そうか、そう、言ってくれるのか」

「うん」

「そうだな。二人でいいのか」

「・・・でも、私は、いつかは置いて行っちゃうから」

「ついていくさ、どこまでも。結月が寂しくないように、ついていくよ」

「嬉しいな。二人一緒なら、怖くない、けど・・・」


両足を課題で失った私はもう自分の力で動くことができない

それに、現代医学では治すことが難しい病気も発症して・・・私に残された時間は残り少ないものになっていた

外に出ても、いいことはない

だからこうして、大好きな本に囲まれて最期の時間を過ごそうと考えたのだ


「ねえ、樹。面白いものを見つけたの。材料集め、手伝ってほしい」

「それは構わないが・・・なんだこれ。黒魔術の本?この学校、こんなものがあるのか?」

「あった」

「・・・悪趣味極まりないし、これ、衛生的に問題ないのか?」

「・・・多分」


「問題大有りだけどな。毛髪唾液入りキャンディとか・・・」

「そう、だよね・・・」

「普通にお菓子、作るのはダメなのか?」

「ダメ。だって、この黒魔術の魔女キャンディの効果は・・・その」

「その?」

「・・・」


言うのが少し照れくさくて、そのページを樹に押し付ける

樹はその本を持って、中身を改めて確認する

材料のページは眉間を寄せて、不快そうに。作業ページはさらにおぞましかったのだろう。何事にも動じない彼が顔を青くしている姿なんて初めて見た

そして最後に、効果のページに差し掛かってやっと理解したのか、本をそっと閉じる


「効果は永遠か」

「うん。服用者は、薬の中に入っている毛髪の主と・・・一生、一緒にいられるものだから。おまじないでも、効果がなくてもいいから、一生一緒が欲しくって、飲みたいなって」

「誰の毛髪で」

「樹の毛髪で」

「そんなもので効果があるのなら、死に別れなんて言葉はない」

「ごもっとも」


「それに毛髪なんて飲み込んだらお腹痛くするんだから医者としては認められない」

「しゅん・・・」

「以上。医者としての俺の言葉はおしまい。ここから先は個人としての意見だが・・・」


きちんと公私を分けている姿を見守る

白衣を近くに椅子に引っ掛けて、一度咳払い

学生としての、江ノ島樹は私の目を見て静かに意見を語る


「俺は、こんな簡単なもので永遠が得られるのなら作って飲む。生命としての永遠でも、互いの命が尽きるまでのひと時の永遠でも、俺は結月となら望みたい」

「うん」

「しっかしこんなちんけなもので永遠が得られるわけはない。それこそ、お前がいう通りおまじないの範疇。具合を悪くするだけだ。やめとけ。普通の飴で我慢しろ」

「結局やめろって意見に行き着いた」

「だって不味そうだし」

「・・・そうだね」


近くの机に黒魔術の本を置きに行き、改めて樹は椅子に腰掛ける。もう、永遠は望めない

もう一つの方を、動かす必要がありそうだ


樹は溜息を吐いて、遠くを見る

こういう時の彼は何か心配している時の顔

何もない時間、ふとした瞬間に本音の表情が浮かぶのが、彼の特徴と言ってもいい

大方、追い出した良平のことが心配なのだろう

私がいない時はずっと良平と一緒だから、その隣が空いていることに違和感を抱いてしまっているのだと思う

何年も見てきた。彼は、こういう人だ


「ねえ、樹。私、お散歩に行きたい」

「図書館の中ならどこでも連れていくぞ?」

「ううん。外に行きたい。ねえ、良平がついて行った小蝿・・・ううん。その言い方だと飛び級してきた子達だよね。その子たちに、私も会ってみたいな」

「・・・けど、飛び級の連中なんて、人の命を犠牲にして登って来ている連中だし、そんな野蛮な奴を結月と関わらせるわけにはいかない」

「人の命を踏み台にして生き残ってるのは私たちもでしょう?きっと、良平と樹の為になるから。会っておきたいな」

「俺と、良平の?」


そこに決して自分は含まれない。きっと、日柳から卒業できるころには、私はこの世にいないだろうから

ついて来てくれるというのは、嬉しい話。ひとりぼっちだった私の側にずっと一緒にいてくれた貴方がついて来てくれるのなら、死ぬのも怖くない


けれど、私は彼には生きていてほしい

私の書物に記載されたことを全て暗記する「司書」のギフテッドよりも遥かに凄い才能を、お医者様のギフテッドを・・・一緒に失うわけにはいかない

彼は優しい人だから。私と同じような立場に置かれた人を、救える人だから

同じ思いをする人を救ってほしいから、だから彼には酷かもしれないが、生き残る為に手段を設けよう


手始めに、彼に友達を作るのだ

共依存の関係は、暖かくて捨てがたい

けれど死んでしまうとわかったら、樹が私に依存しているのは・・・よくないことだと心から思う

だから、彼には良平の他にも大事な人を作らないといけない

私が死んだ後、彼の自殺を止められる、人たちを・・・見つけに行かないといけないのだ


ベッドから車椅子。彼に押されて前へと進む

共に歩めない私の代わりに、彼の行くべき未来を照らす光を、見つける為に


・・


図書館から出ると、そこにはどうするか唸りつつ考える人物が外にいた


「・・・結月?」

「良平。ここにいたんだ」

「・・・」

「どうして。奥の部屋で休んでいるんじゃ」

「良平の様子を見に来たの。何かしようとしてるんでしょう?」

「・・・結月、これ以上は」

「樹も追い出した手前、口数が少なくなっちゃうのはわかるけど、目的を果たすまで帰らないからね?良平、飛び級の子たちに会いにきたの。案内、してくれる?」

「うん。もちろん」


良平の案内で、私たちは飛び級で三年生に上がって来た子たちの元へ案内される

正攻法ではない、他者を犠牲にする方法で進級して来た彼ら

そこまでしないといけない、急がないといけない理由が彼らの中に存在しているのかもしれない

わからないけれど、きっと・・・その意志は、信念は強いものだと、思う

車椅子で現れた私に、映像でよく見た、メガネをかけた狙撃手さんがそっと呟いた


「彼女が・・・図書館の、魔女」と


その反応に、樹の表情が嫌悪感で染め上げられた

この表情は、嫌いだけど、期待が持てる

良平が施設に来た時も、樹はこの表情を浮かべていた。自分たちの輪を乱す、象徴として認識したのだろう

しかしそれは同時に、自分たちの輪を乱し、入り込んでその輪を強固にする存在


「そう呼ばれているんだね。図書館の魔女。素敵なあだ名だね」

「そうか?」

「うん。魔女なんてかっこいい。私は魔法なんて使えないけどね」

「あ、その・・・ええっと」

「その代わり、元気な時に甘いお菓子は作れるの。お近づきの印にお一つどうぞ。オススメは、飴かな。今回は特に上手にできているから」


確か彼の名前は、井上圭

彼ならば、きっと・・・樹の人生を変えてくれる

私がいなくても生きられる樹を、作ってくれるだろう

これから、きっと上手くいくように・・・頑張らないと


手始めに、彼らと樹の関係を築いて行こう

まだまだやることは多い。それを成し遂げるまでは、死ぬわけにはいかない

課題をこなさなければ罰が与えられるギフテッド育成に特化した学院

その中で、唯一「才能を伸ばす」ではなく「才能を生かす」ために行動を起こした

私の行動が実を成すのか、まだそれはわからないけれど

願うのは、ただ一つ。彼の未来が明るくなりますように。ただ、それだけのお話だ


さあ、魔女らしく最期の魔法をかける準備を始めよう

私が透明になる前に、彼が生きられる世界を、築く魔法をーーーーーーー

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